105話 避難者の行き先
蒼依家に寄った一樹は、八咫烏達を連れて群馬県に向かった。
二学期は始まっており、お供を強いて挙げるなら、水仙だけである。
蒼依や沙羅を連れてくることは簡単だが、今回の妖怪がカラスに似た鳥であったため、一樹は蒼依の動員を躊躇った。
――妖怪を狩ることに疑義はないだろうが、見た目がカラスに近いからなぁ。
妖怪の元となった鳥は、ハシボソガラパゴスフィンチ。
学術的にはカラスではなく、スズメ目フウキンチョウ科ダーウィンフィンチ類に属しており、ガラパゴス諸島で進化した吸血鳥だ。
それがガラパゴス諸島に到達した人間の船に乗り、大陸に渡って獲物を食べて、増加した。
爆発的な増加の理由は、大陸に天敵が殆どおらず、逆に獲物が豊富だったからだ。
空を飛べて、カラスよりも遥かに強くて、血を持つ生き物が餌になるのだから、増えるのも道理だろう。
人間の活動範囲が拡大した結果として、吸血鳥も世界に広がった次第である。それが妖怪化したのは、それほど不思議な話ではない。
日本では生物に、分かり易い名前を付ける。
ハシボソガラパゴスフィンチは、奇しくもハシボソガラスに似た外見だった。
そして八咫烏達を子供のように思っている蒼依は、八咫烏達に同じカラスのような存在を追い回させることについて、一体どのように考えるだろうか。
そのように考えた一樹は、蒼依を家に残すことにした。
蒼依を省いて沙羅を同行させるのも、ややこしくなる。
そのため一樹は、蒼依と沙羅の両方を家に残して、八咫烏を入れたキャリーバッグの一つを水仙に持たせて、群馬県に遠征した次第であった。
「妖怪が人間の血肉を喰うのは、そこに含まれる気を吸うためだ」
人を喰う権化のような水仙に語るのは、釈迦に説法するようなものだろう。
敢えて解説したのは、一樹が自身に言い聞かせるためだ。
「今回探すのは、群馬県太田市強戸などで目撃例が多い、鳥の妖怪の『生血鳥』だ。元となった生物は、血を吸うハシボソガラパゴスフィンチだと考えられる」
「ほかの鳥の妖怪は、血を吸わないのかな」
「血肉を喰う鳥なら、いくらでも居る。だけど主に血を吸う鳥は、そいつだけじゃないか」
鳥は種類が多くて、食性も多用だ。
そのため動物食性の鳥は、探すまでもなく沢山いる。
虫類を食べる食虫型、肉類を食べる肉食型、魚介類を食べる魚介型などに分類されるが、それらが妖怪に変じれば、生前同様に獲物を喰って気を得るようになるのは必然だ。
そして血を吸う食性のハシボソガラパゴスフィンチは、妖怪になって血を吸ったのである。そのため『生血鳥』と名付けられた。
「それで、どうして生血鳥の妖怪を探すのかな」
「俺の血を吸わせて、木行に寄った強い鳥の妖怪を作らせる案が出たからだ」
鳥の妖怪は数多居るが、B級以上の数は少なく、五行が判明している妖怪も少ない。
だが木行に偏った一樹の血を吸わせれば、生血鳥の五行が何であろうとも、莫大な気に押し流されて木行に寄る。
そして呪力量に関しても、莫大な呪力を持つ一樹の血と気を吸わせれば、生血鳥が保有する呪力が上がるのは明らかだ。意図的なレベルアップ、あるいはドーピングである。
それこそが、宇賀の考えたズルであった。
なお生血鳥の場所が判明しているのは、群馬県太田市だけだ。
そのため一樹が血を与える形となるが、もしも2羽が居たならば、宇賀の血で水行も得られただろう。
「へぇ、それは大胆な発想だね。受けるダーリンも、大胆だけど」
一樹の気を深く吸わせると、妖怪は強くなる。
神性を持つ牛太郎、蒼依、八咫烏、鎌鼬は、閻魔大王の神気によって。
怨念を持つ猫又、水仙、幽霊巡視船は、魂に染み込んだ穢れによって。
完全に使役した式神達の力が1段階上がるのは、一樹の特性が原因だ。
駅構内に居るために、具体的な言及は避けたが、水仙は一樹の判断を大胆だと表した。
日本政府によって、避難命令が出されてから3日。
神奈川県西部、山梨県全域、静岡県東部に住む300万人は、命令範囲から脱出して各地へと移動している。
駅で多数が目撃されるのは、政府が鉄道会社に、全面的な協力を要請したからだ。
政府は鉄道会社に対して、駅で『避難命令地域の居住が分かる身分証明書』を提示した者について、8月は乗車を無料にしてもらった。その補償として政府は、鉄道会社に一定額を支払う約束をしている。
ほかにも政府は、近隣地域の公立学校にある体育館、大型公共施設などに避難所を開設した。
だが避難所ではプライバシーが守られず、ストレスも絶大なので、避難先がある国民は避難を選択する。
避難先が無い者については、仮設住宅の斡旋が行われる予定だ。そして仮設住宅の供与期間を過ぎる場合は、家賃を徴収する公営住宅への入居が斡旋される。
それが『妖怪・災害救助法』に則った日本の対応だった。
「当事者ではない立場だけど、避難命令地域に蒼依の家が入っていたらと考えると、まったくの他人事には思えないな」
「そうなった場合、ダーリンは魔王を倒しちゃう?」
「倒せるなら倒すが、リスクも考える。とりあえずプレハブ工法の仮設住宅には、入りたくないな」
2017年以降、妖怪・災害救助法で定められる仮設住宅は、次のとおりとなっている。
・対象者
住家が全壊、全焼、流失、帰宅不可能となり、居住する住家がない者であって、自らの資力では住宅を得ることができない者。
・費用の限度額
限度額:1戸当たり561万円以内。
・着工期間
被害発生日から20 日以内に着工し、速やかに設置する。
・供与期間
建築工事が完了した日から最長2年3ヶ月以内。
過去に北海道で、208戸作られたプレハブ工法の仮設住宅の建築費は、解体費を含めて25億6560万円だった。1戸当たりでは、1233万円だった。
しかも2年3ヵ月で解体されて、何も残らない。
広さは9坪(16.3畳)ほどで、家賃で考えれば月51万円。県がアパートなどを借り上げたほうが、遥かに安い。
なおハウスメーカーでは、普通に住む場合のプレハブ住宅の坪単価を50万円から150万円に設定している。
2年3ヵ月で解体する仮設住宅は、何十年も保たせるプレハブ住宅よりも簡易な作りであり、当然ながら坪単価50万円以下となるはずだ。
そのため9坪の仮設住宅は、普通に考えれば450万円以上にはならない。
それでは1戸につき783万円の税金は、一体どこへ消えてしまうのか。
そんな苦い経験を踏まえた北海道は、アメリカが多用するトレーラーハウスを導入するに至った。
トレーラーハウス型の仮設住宅は、15棟の建築費が8500万円で、1棟566万円。電気、ガス、水道と接続できて、広さは仮設住宅と変わらない。
しかも内部の居住環境、断熱性、防音性は、トレーラーハウスのほうが優れている。
耐用年数も30年で、トレーラーなので移動してどこにでも展開可能で、撤収も簡単だ。
妖怪被害や災害が起こるとは限らないが、全国で貸し借りすれば、投資の無駄も少なくなる。
「被害規模が小さければ、トレーラーハウスが活躍しただろうけど、今回はプレハブ工法で仮設住宅が量産されるだろうなぁ」
貧乏暮らしの長かった一樹としては、無関心では居られない。
価格設定のおかしな仮設住宅は、なるべく少ないほうが良い。
実家などに向かうのか避難民を見送りながら、一樹も群馬県へと到着した。
























