100話 五行配当
「お疲れ様。首尾はどうだったのかしら」
鳥海山から太平登山口に戻った一樹達は、結月の車で、春日邸への帰路に就いた。
B級陰陽師の結月に運転手をさせるのは、人材の無駄遣いも甚だしい。
車の運転免許証であれば、日本人の半数が所持している。運転中に妖怪から襲われることもあり、電車のほうが信頼性は高いが、それでも運転できないわけではない。
それに対して、兵器が効かないC級の霊障は、日本全体で72人の上級陰陽師しか対応できない。B級陰陽師であれば確実に対応できるが、他の人間を向かわせれば、妖怪にとっては鴨が葱を背負ってくるようなものだ。
一樹がB級よりも貴重なA級陰陽師だとしても、その送迎にB級陰陽師を用いるのは過剰だ。
もっとも一樹達の送迎に関しては、結月が自ら買って出ているのだが。
「上々でした……と言いたいところですが、手に入ったのは2枚でした」
結果を結月に報告する義務はないが、結月は怪鳥の情報を提供して、車で送迎してくれている。
沙羅の従姉妹であれば、いずれ知れることでもあるため、一樹は結果を伝える判断を下した。
もちろん単なる善意ではなく、陰陽大家の1家であり、情報の質と量も高い春日家と友好的な関係を構築する必要性にも鑑みてである。
ルームミラーに映る結月は、僅かな間、無表情で考え込む素振りを見せた。
――2枚だけは、露骨だったかな。
羽団扇の作成は、10個を計画している。
そのうち2個が沙羅、残る8個が五鬼童家の分だ。
今回の怪鳥は、薬師如来に関わる金文の霊鳥だった。倒して全ての羽を手に入れるなど不可能で、獲得枚数が限られたのは、理解される話だ。
だが短時間で2枚を手に入れたのならば、入手方法は抜け落ちた風切羽を探し回ったのではなく、譲渡だと考えられる。
縁のない人間が「風切羽を下さい」と言っても、神仏から軽々しく譲渡されたりはしない。だが一樹は、中禅寺湖の龍神と関わりを持っており、統括陰陽師には周知されている。
交渉で手に入れたのならば、3枚入手できた可能性も想像される。
自家を優先することは、五鬼童家や春日家、各陰陽大家も行っていることだ。一樹が身内を優先しても、非難される謂われは無い。自家を保って継続的に調伏するほうが、長い目で見れば人のためにもなるのだ。
だが一樹も利害は見ており、五鬼童家は金文の霊鳥の対価を払えなかったのだと、結月は考えたかもしれない。
――霊鳥の価値も、相応に高く見積もったかな。
1つの情報を与えるだけで、様々なことが読み取られる。
だからといって一樹には、結月に隠す選択もなかった。
ルームミラー越しに一樹は、運転手を買って出た結月を通して、陰陽大家の強かさを見た。
「金文の霊鳥なら、五行は土行よね。手に入らなかったのは残念だけれど、五鬼童家にとっては、不幸中の幸いだったかしら」
枚数に関しては言及せず、結月は結果を総括した。
それに対して、一樹の隣に座る蒼依が首を傾げる。
「どうして金文の霊鳥だと、土行になるのでしょうか」
「五行は、木行が青色、火行が赤色、金行が白色、水行が黒色、土行が黄色だからだ」
車内にいる4人と八咫烏5羽のうち、人型では蒼依だけが陰陽の専門的な教育を受けていない。部活で4月から行っていたのは、主に柚葉と香苗の受験対策だった。
後部座席で隣に座る蒼依に向かって、一樹は五行の色について説明した。
「普通の鳥だったら、身体が青色でも木行とは限らない。だけど霊鳥が翼に金文を刻んでいるなら、それは流石に土行だ」
五行の五色は、世界を象徴的に表わすシンボルだ。
木行は、東で青色。
火行は、南で赤色。
金行は、西で白色。
水行は、北で黒色。
土行は、中央で黄色。
一般人にとって身近なところでは、相撲も五行の色を使っている。
櫓の四方にある房の色は、東の青房、西の白房、南の赤房、北の黒房で、中央の土俵が黄色で土を表わしている。かつては房ではなく、柱の色だった。
「ちなみに朱雀達は、東西南北と中央に配される五神の名前と、育てるときに送った気で、五行を偏らせている。俺自身も一樹という命名で、父親が木行に寄らせたんだ」
自身の呪力が少なかった一樹の父・和則は、次代で『一行に特化して突出した力を持たせる』という打開策を試みた。
一樹は呪力が大きかったが、特化の効果はあって、符呪が際だって得意になった。
何かに特化すれば、その分だけ上の段階に至れる。
水中を泳ぐ海洋生物が水行を持っていれば、他の生物は水中で勝ちようがない。一樹は木行に限れば、そのレベルで突出している。
もっとも、特化させるのが正しいとは限らない。
特化すると、他の五行が弱くなり、汎用性が落ちる。そして木行である一樹の場合は、五行相克で金行が苦手となる。
金属の武器で攻撃されれば、非常に弱いのだ。
刀を使う槐の邪神とは、相性が最悪だった。
それだけではなく一樹は、とりわけ接近戦に弱い。
蒼依の質問に答えた一樹は、懐に仕舞い込んだ風切羽に意識を向けながら、結果を付け加えた。
「ご想像のとおり、霊鳥は土行でした」
「それは不幸中の幸いね」
結月が言及した不幸中の幸いとは、五鬼童家が探している鵺が土行だからだ。
羽団扇に使う風切羽は、五行をバランス良く集めなければならない。
五行が偏るのであれば、12枚目、13枚目の風切羽を探す必要がある。それが出来なければ、引退した五鬼童家の老人達から、風切羽を徴収しなければならない。
金文の霊鳥の風切羽を得られなかったのは不幸だが、幸いにして鵺で不足分を補えた。
「次に向かう虚空蔵菩薩の白鷹は、白色なので金行でしょう。大森山の怪鳥が金行でしたから、白鷹の枚数が不足しても、金行は補えると思います」
大森山の怪鳥は、尾去沢鉱山の始まりになった存在だ。腹を割いたところ金銀銅鉛などの鉱物が出てきて、試しに大森山を掘ってみたところ同じ鉱物が出てきた。
そんな怪鳥と、まったく同じ地脈の力を得ていた声良鶏の怪鳥は、金行でしか有り得ない。
そして虚空蔵菩薩の白鷹も、鷹本来の色とは異なる白色であるため、五行で考えれば金行だ。
「沙羅ちゃんが、怪鳥、霊鳥、白鷹。そして五鬼童が、怪鳥、鵺2枚。どちらも金行と土行ということね」
「白鷹の風切羽が足りない場合、そうなります」
八咫烏達の風切羽5枚と合わせて、一樹は8枚に目処が立っている。
五鬼童家も鵺であれば集められるし、不足する場合には引退した老人達に頼る手もある。
一樹と五鬼童家は、どちらも金行と土行が集まる。
「あとは3枚。木行、火行、水行を考えなければなりませんが……」
「まだ白鷹から手に入るとは限らないけれど、何か確信があるのかしら」
先の展開を考える一樹に対して、結月は疑問を呈した。
「確信はありませんが、白鷹の風切羽を手に入れられなくても、五鬼童から鵺の風切羽を提供してもらう手があります。大森山の怪鳥で金行はありますから、五行は残り3つです」
「そういうことなのね。あたしはてっきり、確信を持っているのかと思ったわ」
ルームミラー越しに、結月が一樹の瞳を覗き込んでくる。
それに対して一樹は、苦笑を返した。
「残念ながら、仏の信徒ではありませんので」
一樹が唱えた地蔵菩薩の真言で命を救われた沙羅が、結月の隣で僅かな笑みを浮かべた。
























