8 よちよちと本棚を登る本
「なに、怖いの?」
先輩はニンマリと笑みを浮かべる。魅惑的な笑顔だった。それはもう、つい抱きしめたくなるぐらいに。
「心配しなくても大丈夫。見つかった白い本は全部、焼却処分されたから、本当はこの世に存在しないはずの本だし。普通の人は知らないことだよ」
「だったら、どうして先輩が、そのことを知ってるんですか」
先輩が少しだけムッとした表情をした。
話の途中で腰を折ると、いろいろあとが面倒臭いので、黙っておいたほうが良いのはわかっていたのに。結局我慢しきれずにつっこんでしまった。
俺はいつまで経っても学習しない。
だからバチが当たったのかもしれない。
「まぁ……あれだよ、かなり危険な本だから、全国の司書さんとかには、連絡が行ってるんだよ、きっと」
「連絡が……ですか」
「で、私はその……噂をちょっと、小耳に挟んだだけっていうか」
急に雑な感じの設定が出てきた。
先輩が作ったホラ話なら、よくあることだ。
いつも俺を驚かせようと、あの手この手を使ってくるが、だいたい詰めが甘いことが多い。そういうところがやっぱり微笑ましい。ついニヤついてしまいそうになるのを、必死にこらえていた。
「全部処分されたはずなのに、なぜか最近になって、うちの図書室にも、その『異世界放課後』っていう、真っ白な表紙の本が出現したんだって」
「誰かのいたずらなんじゃないですか」
「だったらいいんだけどね。鍵を管理している司書さんが、朝一で図書室に来た時には、いつの間にか本棚に置かれてるってことが、一ヶ月ぐらい続いたらしいよ」
いたずらでやるにしては、一ヶ月というのは長すぎるし、かなり執念めいている。
「司書さんが撤去して、捨てても焼いても、また翌日には、本棚に舞い戻ってしまうんだって」
「……やたらと帰巣本能が強い本なんですね」
お掃除ロボの遺伝子でも、組み込まれた本なのではなかろうか。
「消えたくない。消されたくない。その思いが強すぎて、その本は意思を持ってしまったのかもしれないね」
普通に考えたら、ホラーめいた現象なのかもしれないが、ふと本に手足が生えて、よちよちと本棚を登っている姿を想像したら、少しだけ笑えてきた。
無意識のうちに、怖くないように心が悪ふざけをして、ごまかそうとしているだけかもしれない。これはきっと、先輩のホラ話を聞かされ続けたせいで、防衛本能が働きすぎた結果だ。悪いのは先輩だと思う。
「ここ笑うところじゃないんですけど。頭おかしいんじゃないの」
「ホラ話ばっかり俺に吹き込む、頭のおかしい先輩に、言われたくありません」
「なんだとぉーっ」
いつものように、頭を叩かれる予感がして、少し顔を背けたが、ビンタは飛んでこなかった。今日の先輩は久しぶりということもあって、少し優しいのかもしれない。
「っていうか、ホラ話じゃないし」
「はいはい。じゃあ続きをどうぞ」
またムッとした表情をした先輩だが、どうしてもホラ話を、すべて話してしまいたかったのだろう。再び、目を輝かせて、話を続ける。
「……たぶん白い本は、図書室の本棚にいても処分されるし、読んでもらえないと悟って、別の本に擬態することを覚えたんだよ」