6 読んだら人間が消える本
どうせいつものように、先輩が作ったホラ話に違いないと思いながらも、俺は話を聞いていた。
「本が嫉妬して、擬態するって、どんなメルヘンの世界ですか」
真っ白な髪で赤い瞳をした、アルビノの先輩が言うと、なんだか本当にありそうに思えてくるから困る。
「まるでカッコウが、他の鳥の巣に、卵を産み付けるみたいに、中身だけ本物にすり替わろうとするんだよ。迷惑な本でしょ」
俺はさっきまで読んでいた本に目をやった。
確かに、勝手に中身が違っていたら、それは困るだろう。
だがこれから読む本の内容が、本物かどうかなんて、読むまでわからないのでは。そう思ったが、つっこむのはやめておいた。
「きっとその白い本は、誰かに読んでもらうのを、ずっと待ってることに疲れたんだろうね」
待ちぼうける本という構図は、なかなかのパワーワードだなと思った。そんなことを言い出したら、全国、いや、それどころか全世界にある、ほとんどの本はみな、待ちぼうけをしていることになるのではないだろうか。
「白い本は、誰かに読んでもらうために、本棚から抜け出して、勝手に別の本に擬態をするようになって、いろんな学校の図書室にこっそり隠れてるんだってさ」
その白い本は、やけにアクティブな変わったやつみたいだ。そういえば先輩は、こういうへんてこなタイプの話が好きだったなと思い出す。
「その『異世界放課後』って本、実は、ある学校の生徒が、学生デビューする予定だった作品らしくて」
「学生で作家デビューとか、格好いいじゃないですか」
「だよね」
なぜか先輩が自分の手柄みたいに、ドヤ顔をしている。いや先輩を褒めたわけじゃないんですが。
「でも、やっと完成して製本されたものに、致命的なミスが見つかって、発売が延期になったんだって」
「それはまた、がっかりしたでしょうね」
「……だろうね」
またしても先輩が、自分のことのようにしょんぼりしている。そんなに感情移入しなくても。
「しかも、その作者、発売前に死んじゃって」
「え、じゃあ、その本は」
「正式には発売されずに、世の中から消えたはずだったんだけど」
「だけど?」
「なぜか処分されたはずの本が、あちこちの図書館に現れて。知らずに読んだ人が、次々と消えるって事件があったんだってさ」
先輩の瞳は獲物を見つけた動物のように、赤く光っているように見えた。
普段は大人しくて、口数が少ないくせに、俺にそういう話をする時だけは、饒舌になる。そんなに俺を翻弄するのが楽しいのだろうか。
「読んだら人間が消えるなんて、そんな物騒な本、あるわけないでしょ」
なんでもない振りをしていたが、俺の声は震えていたかもしれない。