25 知りたくないカラス
「いい加減にしろ。とっとと思い出せよっ!」
そう吐き捨てるように言った白髪少年が、じっと俺の目を見てきた。
「どうせ、なんでクッキーだったのかも、わかってないんだろ」
突然どうして、クッキーの話が出てくるんだ。
「ずっと牛乳が飲めなくて、給食で居残りさせられてたあの人の代わりに、あんたが牛乳飲んでたの、もう忘れたのか」
だから誰の話をしている。
「でもずっと飲んでやるわけにもいかないから、特訓だって、こっそり持ってきたクッキーを、あの人に渡して、『一緒に食ったら、むちゃくちゃ美味いから』って。それで大嫌いな牛乳も、飲めるようになったって」
それはガラクタ屋敷にいた、じいさんの話じゃなかったのか。
「あのじいさんの奥さんが、担任の先生だったんだよ。その先生のアドバイスで、クッキー大作戦が決行されたんだってさ」
そんなつながりがあったとは。知らなかった。
いや俺は知ってたのか。
わからない。やけに頭が痛い。
「あの人は、ずっとヒントをくれてたのに。あんたはいつまでたっても、思い出そうともしない。いつまで逃げてんだよっ」
白髪少年は怒っているくせに、なんだか泣きそうな顔をしていた。
「やっぱり、あの人が言ってたみたいに、あんたって、本当におバカさんなんだね」
は? なんでお前みたいなガキに、そんなことを言われなきゃいけないんだ。
「あんただって、死のうとしてたじゃないか。わざわざオオタカに狙われるようなことをして。彼女が見つけなきゃ、そのまま死んじゃうところだったでしょ」
おい。だから、何の話をしているんだ。
「せっかく、彼女とつがいになれたのに、おれたちが巣を撤去したと思い込んで、わざと、ひとりぼっちになろうとしたじゃないか」
違う、俺は。
そうじゃない。違うんだ。
本当に? 俺はもしかして。
「さっきだって、おれは毒なんて入れてないのに、あんたが盗んだおにぎりに、勝手に毒が入ってると思い込んで、死のうとしてたじゃないか」
俺は、そんなことは。
いや確かに、いつの間にか、腹の痛みは治まっていた。
だが頭の痛みは、どんどん強くなる。
めまいが止まらない。
「彼女を助けられなかったくせに、あんたは、自分だけが幸せになるのが、どうしても許せないんでしょ」
やめろ。
それ以上、言うな。
「せっかく助かったのに、どうしてそんなバカなことばかりするんだ」
俺だって好きで、自分だけ助かったわけじゃない。
こんなことになるぐらいなら、俺は。
「彼女は生きていたかったんだよ」
知ってるよ。
「もっとずっと生きていて、いつかあんたと夫婦になって、子供も作りたかったって」
嫌という程、知ってるさ。
「あのじいさんたちみたいに、ずっと家族で、一緒に年を取りたかったって」
俺だって、そう思ってた。
「でもできないんだ」
お願いだ。
「だってもう、いないんだから」
本当のことを言わないでくれ。
「ここにいる彼女は偽物だ」
やめてくれ。
「彼女の思いが作り上げた、ただの幻影だ」
真実を知りたくないんだ。
「このままここにいても、絶対に死なせてくれないと思うよ。これは彼女の物語だから」
知ってたのに。知らないふりをしてた。
「だから、彼女が言ってただろ。この白い本は優しいから、意地悪だって」
同じことを言って、笑っていたのは先輩だ。
そう思った瞬間、俺は夕暮れ時の教室にいた。
あの日、もういないはずの先輩が、隣に座ってきた、放課後の教室が、俺の目の前に広がっていた。




