24 生き続けている本
あの日もそうだった。
卒業したはずの先輩に、屋上に呼びだされて。
「君が十八歳になるまで待ちきれないから、こっそり私たちだけの、結婚式をあげちゃおうと思って」
そう言って笑った先輩は、死ぬほど綺麗で。
二人だけの誓いのキスをして。
この瞬間に、本当に死んでも惜しくないぐらい。
俺は幸せだって思ったのに。
急に大地が揺れて、あんなことになって。屋上の扉がゆがんで開かなくなって。
俺たちは二人きりで、空の真下に閉じ込められて。
「きっといつか、誰か助けに来てくれるよ」
でも誰もこなくて。
みんなそれどころじゃなくて。
その「きっといつか」はこないまま。
「君は本当にバカだよね。とっくの昔に、私たちは終わってたのに。気づいてないんだもん」
先輩は小さく笑う。
「そんなだから、偽物の本に付け込まれるんだよ。その白い本は、寂しさを糧にして、今なお、生き続けているからね」
俺が手にしていた本は、知らぬ間に真っ白になっていた。
「でもきっと、こんなことになっちゃったのは、私のせいだよね。ごめんね」
「違う、先輩のせいなんかじゃ……」
白い本の表紙には『異世界放課後』というタイトルが、ゆっくり浮かび上がってくる。
「君のそういうおバカで優しいところが、とても大好きだったよ」
先輩の頬に、一筋の涙が流れ落ちた。
ゴーッという音とともに、背後から黒い水がやってきた。
純白の衣装が汚れるのと同時に、先輩の姿は波にさらわれ、一瞬で消えた。
俺もまた、先輩と同じように、泥水に飲み込まれた瞬間、意識が遠のいた。