17 忘れるつもりはないカラス
目が覚めた時には。じいさんの仕事は終わっていたようだ。なんだか物騒な夢を見ていた気がする。だが、よく思い出せない。
「できたぞ」
じいさんは組み立て終わった犬のようなものを、少女に手渡した。犬のようなものは、周りを見回して「ワン」と鳴いた。どうやらちゃんと動くようになったらしい。本物の犬っぽく鳴くこともできるようだ。
少女が頭を撫でると、いっちょまえに目を細めるような仕草をする。あんなにバラバラにされていたのに、摩訶不思議にもほどがある。どんな魔法を使ったのやら。
「ありがとう、おじいちゃん」
「こっちこそ、礼を言わなきゃな。ありがとうよ」
少女は不思議そうに首を傾げている。
じいさんの感謝の気持ちを理解するには、少女はまだ幼すぎるかもしれない。たとえ思い出すことが苦しい記憶だとしても、全部忘れてしまうよりは、よっぽどいい。
俺だって白いカラスのことは、忘れるつもりはない。
いくら鳥頭と言われようが、大事なメスのことを覚えておけるぐらいの頭はあるのだ。
だがいつか、その大事で悲しい思い出が、トゲじゃなくなる時がくるのだろうか。それはそれで、なんだか寂しい気がした。
ふいに家の奥から、ニャーという声が聞こえた。まるで修理が終わるのを待っていたかのようなタイミングだ。
ガラクタの中から、ひょっこりと顔を出したのは、小さな白猫だった。
廊下に積み上げられたガラクタの上を、器用にジャンプして飛び移りながらやってきて、じいさんの膝の上に潜りこんだ。
「子猫ちゃんだ。かわいいね。ずっと飼ってるの?」
「いや最近、勝手に上がり込んできた野良猫だ」
「お名前なんて言うの」
「『かあさん』だ」
「なんか変な名前だね」
「わしが仏壇のカミさんに話しかけてたら、ニャーって返事して、それ以外の名前で呼んでも、返事をしなくなったから、まぁ、しょうがなくだよ。なぁ、かあさん」
まるで返事をするように、白猫がニャーと鳴いた。じいさんが頭を撫でると、白猫は気持ちよさそうに目を細める。
「うちのカミさんが、もしかしたら、わしのことが心配で、様子を見にきてるのかもしれないな」
じいさんは柔らかく笑う。きっと今は、亡き妻のことを思い浮かべているのだろう。
「おじいちゃん、うちのカミさんのこと大好きなんだね」
「い、いやそうじゃなくてだな」
じいさんは少したじろいでいる。少女の言葉は、まっすぐにもほどがある。
俺だって、ずっと白いカラスと一緒に居たかった。こんな風に相手を大事に思いながら、年寄りになるまで、そばに居たかったんだ。
そんなことを言ってもしょうがないことは、この俺が一番よくわかっている。
誰だって、望んだものがなんでも叶うなら、苦労なんてしない。手に入らないからこそ、その夢は眩しいほどに輝くものだ。だからタチが悪い。
それにしても、白髪少年は、まだ戻ってこないのか。
もしかしたら、そろそろいつもの時間だから、俺がいないのをいいことに、あの公園で、勝手に夕飯を食っているのかもしれない。
俺の見えないところで、美味いものを食うなんて許されない。
少し様子を見に行ってやるか。
俺は空高く舞い上がり、あの公園へと向かって、羽ばたいた。