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14 少年をからかうカラス

 白髪少年がこちらを睨みながら、衝動的に事務所にある小さな置物を手に取った。白くてカラスみたいな形の陶器だ。


「おいやめろ。それ誕生日プレゼントに、もらったやつなんだぞ」

「どうせひっかけた女のだろ。いつまで未練がましく使ってんだよ」


「ちげーよ。娘がくれたやつだ」

「え?」


 おっさんの言葉に、やけにたじろいだ白髪少年は、白い陶器を投げるのをやめたようだ。

 なんだもう終わりか。煽るつもりで、念押しのアホーをお見舞いしてやったら、白髪少年はこちらを睨みつけている。


 やはり、白髪少年をからかうのは、なかなかに楽しい。


 だが白髪少年で遊ぶのは、このぐらいにしておいてやる。下手に刺激して、またいろんなものを投げつけられても困るからな。


 おっさんは白い陶器を、白髪少年から取り上げて、大事そうに棚に飾っている。


「知ってるか? カラスが黒くなった理由」

「最初から黒いんじゃないの。たまにいる白いのは、アルビノでしょ」


「まぁ、ただのおとぎ話だ。ギリシャ神話なんかだと、太陽神アポロンの怒りを買って、カラスは美しい羽の色や声を奪われたとかって話があるな」

「なに、カラスって、昔から悪者なの?」


 なんだと。聞き捨てならないじゃないか。


「いや、諸説あるらしいけど、カラスは奥さんの浮気を密告したらしい。アポロンが怒りに任せて妻を殺して、カラスに八つ当たりしたっぽいんだよな。カラスが虚偽の報告をしたなんて話もあるけど、一番悪いのは、妻を殺したアポロンだしな。まぁ結局のところ、とばっちりってやつだ。カラスは夫婦喧嘩に巻き込まれて、天界を追放されて、喪に服したように黒くなっちゃったわけだから」


 それ、カラス悪くないじゃねぇーか。いい加減にしろよ、アポロンのやろう。お前こそ、喪に服して黒くなっとけ。


「ふーん。ひどいね。けど、神様でも、浮気とかしちゃうんだ」

「むしろ、ギリシャ神話は、そういうのばっかりだ。最高神のゼウスなんて、浮気話が山盛りだしな。ろくでもない神様が勢ぞろいだぞ。人間も動物も、いっぱい迷惑を被ってるからな」


 おっさんはやけに楽しそうだ。こういうホラ話が好きなのだろうか。


「日本の民話だと、元々は白かったのに、フクロウに染めてもらった時に、真っ黒にされたなんて話もあるみたいだな」

「日本にもあるんだ、そんな逸話が」


「わりと世界中で、そういうカラスがあとから黒くなったという話があるのって、不思議だろ。あながちおとぎ話も、嘘じゃないかもしれない。それにカラスと遺伝子的に近いのは、実は色とりどりなフウチョウっていうやつらしくてさ」


「フウチョウ?」

「日本じゃ、極楽鳥って言われてるやつだな」


「じゃあ、もしかしたら本当に昔は、もっと違う羽の色をしていたかもしれないの?」

「かもな。実際には、共通の祖先がどんな色をしてたのかは、わからないみたいだけど。でもだったら、人間だって、元々はみんな、全然違う髪の色だった可能性もあるんじゃないか。なーんて考えたら、ちょっと面白いと思わないか」


 白髪少年は、自分の髪の毛をつまんで、じっと見ている。


「じゃあ、おれもいつか、黒くなったりするの?」

「さぁ、どうだろうね。ここにはアポロンも、フクロウもいないからなー。別にいいんじゃね。オレは格好いいから好きだけどね。お前の髪の毛も、目の色も」


 おっさんはニカっと笑って、白髪少年の頭を撫でた。


「おれだって、別に……気に入ってるよ」

 白髪少年はそっぽを向きつつも、まんざらでもなさそうな顔をしていた。


「そうだ、ちょうどいい。これやるわ」

 棚を漁っていたおっさんは、細長い箱を白髪少年に渡した。


「なんだよ、これ」

「見りゃわかんだろ。クッキーだよ」


 その箱に描かれた絵には見覚えがあった。中に入っている丸くて平べったいお菓子が、なかなか美味だった記憶がある。前に公園で遊んでいたガキどもが、無防備にお菓子を広げたまま席を外した隙に、何個も横取りをしたやつと同じだ。


「そんなの、見ればわかるよ。だから、急になんなの。まさか報酬は、現物支給とか言うんじゃないだろうな」

「一体お前は、オレをどんだけ、極悪非道な大人だと思ってんだ」


「おっさんが想像しているよりはずっと、ろくでなしだと思ってるよ」

「……大人の心を、地味にへし折ってくるのはやめないか、少年よ」


 そのクッキーとやらは、あまりに美味いので、いくつか持って帰って、白カラスのメスにも分けてやろうと思っていた。


 なのに一度は失敗したが、もう一度、そのクッキーとやらをくわえて戻ったら、白カラスは巣ごと消えていた。


 そのお菓子は魔性の餌だ。

 最高の気分が、最低になったあの日に出会った、極上の餌だった。あんなものに夢中にならずに、とっとと巣に帰っていたら、もしかしたら、きっと。


 って、また嫌なことを思い出したじゃないか。やっぱりこいつらと関わると、ろくなことがない。


「つーか、おれ、クッキーって、別に好きじゃないんだけど。口の中の水分が取られて、パッサパサになるし」

「お前にじゃねーよ。確か、じいさんがこれ、好きなんだよ」


「そんなこと、よく覚えてるね」

「まぁな。オレの娘も、このクッキー好きだったしな」

「ふーん」


 おっさんが娘とやらの話を持ち出すたびに、白髪少年は、やけに表情を変える気がするが、気のせいかもしれない。


「そういう、ちょっとした気の配り方ができないから、お前は女に見向きもされないんだよ」

「うるせーな」


 おっさんがにっこり笑うと、白髪少年はムッとした顔をしている。


「誰だって手土産ぐらいあったほうが、気持ち良く仕事してくれんだろ。ついでに牛乳も買って行けよ。一緒に食うのが最高に美味いって、あのじいさん、奥さんに教えてもらったんだってさ」


「……面倒くせぇ」

「つべこべ言わず、ほら、さっさとじいさんのところに行ってこい」


 おっさんに追い出されるように、白髪少年は店の外に出た。

 大きなあくびをしてから、白髪少年が歩き出すと、少女もあとをついていく。


 俺も少しだけ、あの硬くて不味そうな、犬のようなものの末路が気になって、どうせしばらくは暇だし、こいつらの観察を続けてみることにした。




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