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13 勝利宣言をするカラス

「なんだ、騒がしいな」


 騒ぎを聞きつけたのか、事務所の奥から、背の高い男が現れた。

 白いカラスがいなくなった日に、巣の近くをうろうろしていた、もう一人の男だ。


 相変わらず、黒いフード付きのコートに、黒い丸メガネと、黒づくめの姿をしているが、そんなに俺たちカラスみたいに、黒ずくめの見た目に憧れているのだろうか。看板に白いカラスの絵を使うぐらいだから、何かカラスに思い入れでもあるのかもしれない。


 相変わらず手には金属製のライターを持っている。蓋の開け閉めをして、キンっと音をさせている。タバコを吸うわけでもなさそうなのに、ライターを弄ぶのは、ただの癖なのだろうか。


「あれ、おっさん、まだいたの」


 おっさんと呼ばれた優男は、白髪少年に比べると立派な大人だが、店に戻ってくるたびに、いつも違う人間を連れこんでいるという点では、別の意味のろくでなしであるのは間違いない。


 よっぽどのことがないかぎり、同じメスと添い遂げる、俺たちカラスのほうが、はるかに誠実である。なのにどうして、俺たちカラスは迫害されているのか。納得がいかない。


「お前さぁ……とうとう自宅にまで、呼んじゃったかー」


 おっさんは泣いている少女と、白髪少年の顔を見比べて、しょっぱいものを食べたみたいな顔をした。


「いくら若気の至りでも、やっていいことと、悪いことがあると思うんだわ」

「何の話だよ」


「確かにオレは言ったよ。お前は選り好みをしすぎだとか、食わず嫌いはよくないとか。たまには苦手そうなものも食ってみろとか。言ったけども」

「だから、何の話を。つーかそれ、飯の話だろうがっ」


「いくら同じ年頃の女子に、相手にされないからって、低学年のお嬢ちゃんに手を出すのはどうよ。ちょっとばかし、神経を疑っちゃうよ」


 毎日のように違う女や男を連れ込んでいるような、お前が言うな、である。

 白髪少年だって、人間関係にだらしないおっさんに言われたくないだろう。


「はぁ? なんもしてねーよっ」

「学生時代はブイブイ言わせてた、いくらストライクゾーンのでかいオレでも、このクラスは経験ないな」


 確かにおっさんは、若い女だけではなく、若い男も、腰の曲がった老婆や、しわがれた老人なんかも、奥の部屋に連れ込んでいるのを見たことがある。年齢も男女も関係なくという意味では、ストライクゾーンがでかすぎだろう。


 白髪少年はおっさんの胸ぐらをつかんだ。


「ガキをエロい目で見るな。汚れるだろうがっ」


 おっさんはニヤリと笑みを浮かべる。


「そうやって過剰に反応するやつほど、汚れた目で見てるって法則、知ってるか」


 白髪少年は顔を真っ赤にしている。

 言い返さないところを見ると、図星だったのだろうか。


 おっさんは笑いをこらえるようにして、白髪少年の頭をわしゃわしゃと撫で回す。


「ほんと、お前、顔に出すぎ」

「うるせー、触んな、ボケ」


 手を払われておっさんは、心外だという表情を見せる。


「つれないねぇ」


 少女をちらりと見たおっさんは、目線を合わせるようにしゃがんで、にっこりと笑う。

「お嬢さん、うちの店に、今日は、なにかご用ですか」


 泣きじゃくりながら、少女は必死に答えようとする。


「この子……お家に帰りたがってたの……もうお家がなくて帰れない私みたいで……可哀想だったから……直してあげたいの」


 おっさんは立ち上がると、白髪少年のほうを見た。


「だとさ。どうせ暇なんだろ」

「いや、でもこのガキ、どうせ助けたって、夕方には……」


「ガキじゃねぇ。お嬢さんだ。お客さん相手に、少しは口の聞き方を覚えろ」

「わかったよ。うっせーな」


「ごめんなさいは?」

「すいませんでしたぁ」


 白髪少年の返事は、まったく心がこもっていなかった。どうせすぐにその教えを忘れるにちがいない。


「知ってるか。いい男ってやつはね、女を泣かせたらダメなんだよ」

「どの口が言ってんだよ」


 俺もそう思う。珍しく白髪少年と気が合ったようだ。


 これまでにおっさんが店に連れ込んだ女が、しばらくして泣きながら出て行くところを、俺は何度も目撃している。このおっさんは間違いなく、白髪少年よりは、女を泣かせているはずだ。女どころか、男も、老婆も老人も泣かせているのだから、とんでもないろくでなしだ。


「オレはいいんだよ。あっちで大事な女を泣かせた分、こっちでは、ちゃんとベッドで別の女を喜ばせてるから」

「……よくガキの前で、そんな下ネタが言えますね」


「何勘違いしてんだ。俺がやってんのは、整体マッサージ。昔、スポーツトレーナーを目指してたから、ちゃんと資格も持ってんだからな。マッサージしながらだと、みんな普段は話せないようなことも、素直に話してくれるんだよ。体の毒抜きだけじゃなく、心の毒も抜いてんの。素直にあちらの世界に戻っていただくために、オレは貢献してんだっつーの。つーか、だいたい、お前、何を想像してたんだ。このエロガキが」


「な、なんでもねーよ」


 白髪少年の顔はなんだか赤くなっているようにも見えた。いつもダラダラと寝てばっかりで、恋愛経験の少ないウブなガキなのかもしれない。人間は交尾ができるようになるまで、かなり時間がかかるらしい。だからいつまでもガキなんだろう。


「そういやこの前、依頼で行ったとこのじいさん、確かおもちゃとか機械の修理をやってるって言ってなかったっけ」

「じいさん?」


「部品を集めすぎてゴミ屋敷になってるって、近所から苦情が来て片付けに行ったとこ、あったろ」

「あーあの家か。ガラクタの臭いがひどかったよな」


「その犬、サクッと見てもらって、元の持ち主を探してこいよ」

「嫌だよ。直すだけならまだしも、人探しとか時間かかるじゃん。おれ、無駄な時間、過ごしたくないんだけど」


 おっさんは、哀れみに満ちた半目で、白髪少年のことを見下ろしている。


「お前がソファーで、ゴロゴロしてるだけの惰眠タイムより、無駄な時間なんてものは、この世にそうそうないと思うんだがな」


 まったくその通りだと俺も思った。うっかりアホーと鳴いてしまったぐらいだ。

 俺のほうを見たおっさんが、プッと吹き出すように笑う。


「ほらみろ、あいつもお前のことをバカにしてんぞ」


 白髪少年がこちらを睨んで叫ぶ。


「うっせーボケナスっ」

「いやあいつは黒いけど、ナスじゃないだろ」


「う……うっせーボケ……カラスっ」


 罵倒する言葉を言いなおすことほど、みっともないことはない。

 喧嘩というのは、鮮度が大事だからだ。


 俺たちカラスだって、縄張り争いで空中戦が始まった時に、相手を威嚇する鳴き声をうっかりミスして、慌てて言い直してたりなんかしてたら、それだけで負け戦が確定だ。


 そんなオスとして知っていて当然のことも知らないなんて。あまりにも哀れな奴だ。

 しょうがないので、勝利宣言のつもりで、もう一度だけアホーと鳴いておいた。




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