表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/34

12 何も言っていないカラス

「こんにちはー」


 ガラス戸を開けた少女は、ハキハキと挨拶をする。

 だが、誰も返事をしない。


 開けたら閉めるということを知らないのか、少女が扉を開けっ放しにしているせいで、涼しい空気が、むわっとした熱気を押し流している。まったくしつけがなってないが、俺にとっては好都合だ。


 店前の薄っぺらい立て看板のところまで降りて、少しだけ冷気のおすそ分けをもらうことにした。なかなか良い涼しさだ。


 人間どもは卑怯だな。自分たちだけ、こんな快適な場所で暮らしやがって。俺たちの寝ぐらにも、同じような涼しいやつをつけてくれないだろうか。


 ひんやりとした空気にうっとりしながら、店内をのぞくと、やたらとでかいソファーに、小柄な白髪少年が寝ている。


 あの白いカラスが姿を消す前に、巣のあたりをうろうろしていた人間のうちの一人だ。


 背丈から考えると、まだ学校に行っているぐらいの年に見えるが、どう考えても学校に行っていない。いつも店の中にいるようだ。


 てっきり病気か何かかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。体は健康そうだが、見た目が普通のガキとは違っている。まるで俺の嫁だった白いカラスみたいに、真っ白な髪と赤い瞳をしている。


 もしかしたら、学校に行く道で、普通ではない見た目のせいで、ほかの人間に狙われたりするのかもしれない。だからこそ、人目がある昼のうちは、閉じこもっているのだろうか。


 もし、そうだとしても、白髪少年は少々、ダラけすぎである。


 学校に行く代わりに、店番を任されているようだが、まともに動いているところを、ほとんど見たことがない。やってくる客は、いつもすぐに奥の部屋に消えていく。きっともう一人の黒コートの男が、対応しているのだろう。


 だから白髪少年は、昼間はいつだって店の中で寝ている。寝ていない時のほうが珍しい。寝ながらお菓子を食べるか、寝ながら漫画を読むか、寝ながら寝ているか。


 かろうじて動いているのは日が落ち始めてから、飯を食いに行くために、ようやくコソコソと外に出て行く時ぐらいだ。


 もしかしたら、俺が寝ている間に、俺の嫁や巣を奪った時みたいに、何か悪事をしている可能性もあるが、悪いことをする時しか動かないなんて、まごう事なき、ろくでなしというやつだ。


 実家を出たばかりの若いカラスですら、ゴミをあさったり、ゴミをつついたり、ゴミを散らかしたり、もう少し何かをしている。


 どうしてこの少年が店番をクビにならないのか、さっぱりわからない。この店の店主は、こいつに何か弱みでも握られているのだろうか。


「あのー、すみません」


 少女が寝ている白髪少年に近づいて、声をかける。

 怖いもの知らずにも、ほどがありすぎるのではないだろうか。


「……うっせーな」


 白髪少年は、まぶしそうな顔をしながら目を開けた。両腕を上げて、猫みたいな伸びをする。少女を見て、値踏みをするように、頭から足先まで確認して、怪訝そうな表情を見せた。


「またお前か。店にまで来るな。つーか、断りもなく、なに勝手に入ってきてんだよ」


 どうやら知り合いだったようだ。だが寝ている店番に、断ることができるやつなどいないし、勝手に入ってきてもクソもなかろうに。


 明らかに客に対する態度ではない。なぜクビにならないのかが理解できないが、人間の事情というものがあるにしたって、限度というものがあるだろう。


 少女は犬のようなものを、ちらりと見てから言う。


「あの、この子のお家を探して欲しいんですけど」

「は?」


「ずっとお家に帰りたそうに、電信柱に向かって歩いてて」

「電池が残ってて、勝手に動いてただけじゃないの」


「でも、動かなくなっちゃったの」

「電池が切れたんだろうよ」


「だってピーピー言ってたし」

「なら故障したんじゃねぇの」


 白髪少年はあくびをしながら、面倒臭そうに受け答えをしている。


「このお店はなんでもしてくれるんでしょ」

「なんでも、じゃねーよ。できることなら、なんでも、だ。全然違う」

「あの看板にとまってたカラスさんが、ここに頼んだらいいよって、教えてくれたの」


 しつこいようだが、俺は何も言っていない。

 濡れ衣だ。とんだとばっちりだ。


 白髪少年は飛び起きた。


「まさかお前も、カラスと喋れるようになったのかっ?」


 赤い瞳を輝かせて、少女をじっと見ている。こいつのこんなイキイキとした表情は、未だかつて見たことがない。


 少女は目を左右に揺らし、困ったような表情で、小さい声で言う。


「そんな……気がしただけです。ご、ごめんなさい」

「なんだよ。嘘つくやつは、針千本飲まされるんだぞ。知らないからな」


 白髪少年は興味を失ったのか、ソファーにどかっと倒れこんで、横になった。


 それほどまでに、この少年は体力を使いたくないのだろうか。低燃費体質にもほどがあるだろう。


「でも、お家に帰ろうとしてたのは、本当なの。だから助けてください。この子をちゃんとお家に帰してあげたいの。弱って動かなくなっちゃったし、この子を見捨てないで。お願い、この子を元気にしてくださいっ」


 少女は犬のようなものを、ばーんと見せつけた。銀色の硬いやつは、うんともすんとも言わないし、ピクリとも動かない。


 さすがに流暢な言葉で「ありがとう」と吠えろとは言わないが、自分のためにいろいろしてくれている少女に対して、「ワン」ぐらい吠えてみたら良いのではなかろうか。そのぐらいしてもバチは当たらないと思う。


 白髪少年は頭をかいて、うーんと唸っている。


「……金あんの?」

「お金?」


「お前みたいなガキは、知らないだろうけどさ、お仕事ってやつはさ、それなりなお金が必要なんだよ」


 同じようなガキに向かって、『ガキ』というのは、なかなかに滑稽だ。自分もガキだということを白髪少年は自覚していないのだろうか。


 たぶん自分だけは、特別なガキだと思い込んでいるのかもしれない。まるで自分だけが特別なカラスだと、錯覚していた俺のように。


「ちゃんと払えんの、お前に」


 少女はカバンの中から財布を出して、銀色のコインを出した。


「五百円じゃ、さすがにちょっと無理だろ。せめて札は用意しなきゃ」


 白髪少年の言葉に、少女は目を伏せる。


「じゃあ……この子もう、壊れたまま、お家戻れないの?」

「しょうがないよ、ゴミなんだから」

「……ゴミなんかじゃないもん」


「それ、どうせ捨てられてたやつだろ。ごみ置き場のところで見たぞ。フホートーキってやつだ。飼ってたやつも、ろくなやつじゃない。家になんて、帰れるわけがない」

「でも、でも……まだ動いてたもん。お家に帰れないなんて、そんなの……可哀想だよ」


 少女は必死にこらえていたようだが、堰を切ったように涙が溢れて、肩を揺らして泣き出した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ