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11 感謝されるカラス

 しばらく街を眺めているうちに、うっかりうとうとしてしまったじゃないか。おかげでまた変な夢を見た。なんだか心がざわざわする。


 俺は心落ち着かせるために、街を見下ろした。

 いつもの街だ。白いカラスのいない、空っぽの街が広がっている。


 なんで俺は生きているんだろう。ふいに、自分の存在意義が揺らいで、背後に真っ暗な闇が広がってるような感覚に陥る。


 やめろ。俺はここにいる。生きている。しっかりしろ。


 ぐるぐると頭の中がおかしくなって、また夢に落ちそうになった瞬間、甲高い声に引き戻された。


「わんちゃんだっ!」


 遠くを歩いていた少女が、電信柱のほうを見て、突然声をあげたようだ。


 学校からの帰り道なのだろうか。赤い箱のようなカバンを背中に担いでいる。跳ねるように走るたびに、カバンの中身がカタカタと、音を立てている。


「もしかして、迷子さんなの?」


 ずっと電信柱に頭をこすりつけていた犬のようなものを、少女は抱き上げた。銀色の堅そうな体をあちこち確認している。


「どこにもお家のこと書いてないね。どうしよう」


 おい、そいつは返事もしない無礼者だ。話しかけるだけ無駄だぞ。

 そういうつもりでカァーと鳴いたら、少女がこちらを見た。


「もしかして、この子のお家、知ってるの?」


 そんなことはまったく言っていない。


「この子がどこから来たのか、見てなかった?」


 少し向こうの粗大ごみの山だ。

 カァーと鳴いて答えてやるも、少女は困ったような顔をしている。


「そっか。わかんないよね。カラスさんも忙しいもんね。それにそんなにちっちゃい頭だったら、全部は覚えてられないかもだね」


 せっかく教えてやったのに、なんて言い草だ。


 人間に言葉が通じないことは理解している。言葉が通じれば、俺たちカラスがこんな扱いをされるわけがない。


 どう考えたって、あのハトどもより、俺たちカラスのほうが賢いのに。いくらそんなことをアピールしようとも、どうせこの理不尽な扱いを理解してもらえるわけもない。とっくの昔に、もう諦めている。


 だからって勝手に想像して、俺が頭の悪い、残念なやつみたいな言い方やめろ。


「あれ、動かなくなっちゃった」


 少女の胸の中で、足をばたつかせていた犬のようなものが、急に動きを止めた。かと思いきや、ピーピーと変な音を立てている。犬のような見た目のくせに、えらく変わった鳴き声をしているようだ。


「壊れちゃったのかも。どうしよう」


 少女が泣きそうな顔で、犬のようなものをぎゅっと抱きしめた。

 銀色の堅そうな体は、あまり抱き心地は良くなさそうだ。


 俺だってどうせつつくなら、あんな硬いやつより、モフモフのもっと毛深い犬のほうが、よっぽどつつきがいがある。


 俺がとまっている看板を、少女はじーっと眺めてから言った。


「なんでも屋カラスは……できることなら、なんでもやります? そっか、ありがとう、カラスさん」


 何も言っていないのに、なぜか感謝された。


 もしかして知らぬ間に、何もしなくても崇められるほど、俺はすごいやつになってしまったのだろうか。


 少女は俺に向かって、笑顔で手を振っている。スキップをしてるみたいな軽い足取りで、歩き出した。


 カラスを怖がらないとは、珍しいガキもいるものだ。ただ単にまだ幼すぎて、何が危険かどうかもわからないぐらい、バカなだけかもしれない。可哀想に。


 もし野生で、そんなぼやーっと生活していたら、すぐに死ぬぞ。


 お前みたいなやつは、人間だから生きていられるだけで、運良く人間に生まれたことを、少しは感謝したほうがいいぞ。


 俺の心配を知ってか知らずか、少女は路地裏を抜けて、表通りに向かって歩き続けている。その方向にあるのは。


 まさか、あそこに行くつもりか。

 おい、こら、そこはやめておけ。ろくでもない人間しかいないぞ。


 そういうつもりで、俺は何度もカァーと鳴いたが、俺のアドバイスを無視して、その少女は例の店前で足を止めた。


 店の前の立て看板には、俺がお気に入りのあの看板と同じ、白いカラスの絵の模様が描かれている。


「ここかな。なんでも屋カラスって、カラスさんの教えてくれたお店」


 俺は教えた覚えはない。


 だが、その『なんでも屋カラス』というのは、俺がとまっていた看板の店のことだ。あくまで気に入っているのは、白いカラスの絵が描かれた看板だけで、なんでも屋という店自体は、好きではない。むしろ嫌いだ。


 なぜなら、あの店のやつらに、付きまとわれて以来、ずっと敵対関係にあるからだ。俺がつがいになったメスとの巣を壊したのも、たぶんそいつらだ。


 メスがいなくなる少し前に、巣の近くをうろうろしていたのが、その店のやつらだったのを、俺は後から知った。


 もし本当にメスと卵を盗んだのがそいつらなら、間違いなく極悪人どもである。そんなやつらのいる店に、わざわざ自ら飛び込んでいくとは。なんたる愚かなガキであることよ。


 俺は忠告したからな。

 とんでもないことになっても、知らないからな。


 俺の気持ちも知らないで、少女は店の中を、じーっと観察している。

 事務所はガラス張りで中が丸見えだ。


 つがいにもならずに、群れに長く居座っている長老カラスの話によれば、もともとは髪を切る散髪屋みたいなところを改装して使っているらしい。


 それでこんなスケスケな作りになっているようだ。頭を洗う場所や髪を切る椅子などが、少しだけ残っているのは、その名残だろう。


 空いたスペースには、無理やり大きなソファーや机、謎のガラクタなど、いろんなものがごちゃごちゃと押し込まれている。


 おかげでぱっと見は、何の店だかよくわからない。


 散髪屋をやっていた時は、必ず爆発したみたいな、もじゃもじゃ頭になって出てくる客をよく見かけていたらしい。店の中に入るだけで頭が爆発するとは、なんて恐ろしい場所なんだと思っていたが、改装後のなんでも屋をやっているやつらだって、輪をかけて怪しい男達だったようだ。


 それがあの俺のメスと巣を奪ったかもしれない、白髪少年と黒コートの男だとわかった時、俺はやつらを観察することに決めた。やつらの行動を見張っていれば、もしかしたら白いカラスの行方が、わかるかもしれないと思ったからだ。かすかな望みにかけていたのだ。


 だが、こいつらを見張っていても、ろくに情報は得られなかった。


 白髪少年は昼間はいつも、この店で寝ていることが多いし、黒コートの男は、帰ってくるたびに、違う人間を連れ込んでいるろくでなしだ。たまにこの店に出入りする客は、おかしなやつばかりだった。なぜかみんな白い本を手にしている。読書会でもやっているのだろうか。


 結局人間なんて、どいつもこいつも怪しいこと、この上ないということだろう。

 だが少なくとも、白いカラスにつながるのは、この店とやつらしかいない。だから俺は、こうして時々様子を見にくるのを、やめるわけにはいかない。


「本物のカラスさんを雇ってるなんて、すごいお店なんだろうな」


 俺はこんな店に雇われてなどいない。


「なんでも屋っていうぐらいだし、もしかして、カラスさんをあやつる魔法とか、使えたりするのかな」


 少女はいろいろと勘違いをしていそうだ。


 当然のことながら、俺をあやつる魔法なんて、よくわからないものは使われていない。なんで俺が、あんなやつらのいいなりにならなきゃいけないんだ。いい加減にしろ。


 この店には、ただのろくでなしが揃っている。俺がそんなやつらと、友達になるがわけないだろ。侮辱するのもたいがいにしろ。





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