08 執事の名推理
08 執事の名推理
Gの手によって、フルスイングの軍服はあっという間に元通り。
仕上げに軍服をパッと広げて見せると、まばゆい純白が翻った。
「え……ええっ!?」「う……うそだろ……!?」「マジかよ……!?」
騒然となるヤジ馬。
Gはフルスイングの背後に回り込むと、筋肉質の手を取って軍服の袖を通す。
フルスイングは呆然とするあまり、着せ替え人形のようにされるがままになっている。
「フルスイング様、お待たせいたしました。軍服のほう、お届けにあがりました」
耳元で囁きかけられて、フルスイングは我に返った。
フルスイングは、この場の誰もが聞きたがっていることを口にする。
「い……いまのは何だったんだ? 魔法か?」
「いいえ」と微笑むG。
「いまのはシミ抜きというものです。
紅茶のシミの原因は、紅茶に含まれているポリフェノールやカテキンが、水に含まれているミネラルと反応して変色したものです。ポリフェノールもカテキンも水溶性。
時間が経てば落ちにくくなりますが、こうやって、いち早く適切な処置をすれば、シミはなくなるんです」
普段は聞かれたこと以外には答えないGであったが、なぜかこの時は饒舌だった。
「この国を覆う厄災も、紅茶のシミのようなものだとわたくしは考えます。
自分は悪くない、悪いのは自分以外の誰かだと叫ぶヒマがあったら、事態を悪化させないために、まずはできる限りのことをするのが先決です。
そうすれば、最悪の事態は避けられる……そしてそのためにこそ、フルスイング様のような方がおられるのだと思っております」
するとフルスイングは「おお……!」と感嘆のため息を漏らす。
「たしかに……! 起ったことを責めるのは、後からいくらでもできる!
まず最初にすべきことは責任の追及ではなく、事態の収束ということだな!
まさに今回のことがいい例といえよう!
アクヤさんを責めていたら軍服のシミは取れず、最悪の事態になるところだった!
いやぁ、大変勉強になった!」
これにて、万事解決……!
かと思いきや、わざとらしい泣き声が立ち上ってくる。
「えんえん、えーん! 終わったんだったら、アクヤさんに謝ってほしいですぅ!
執事はなんとかしてごまかそうとしてますけど、エリーチェはごまかされませぇん!」
ここでまた、あの男が動く。
「エリーチェ様。ひとつだけ確認させていただいてもよろしいですか?
あなた様は、どちらにお紅茶を運ぼうとしていたのですか?」
「えーんえーん、そんなこと、どうでもいいでしょぉ!?
エリーチェがお紅茶を持っていったのは、この廊下の先にある、権王級の執務室だよぉ!
これから討伐に出かけるフルスイング様や、他の男聖の方々に、元気いっぱいになってもらおうと思ってぇ!」
「なるほど、差し入れというわけですね。
その途中で、前から歩いてきたアクヤ様にぶつかった、というわけですね?」
「そうだよぉ! エリーチェがこの廊下をお紅茶を持って歩いてたら、前からアクヤさんがやって来て、ぶつかってきたんだよぉ!」
「前からやって来てぶつかった? おかしいですね? そんなはずはないのですが?」
やりとりを横で聞いていたフルスイングが、興味深げに問う。
「なぜだ?」
「アクヤ様も、権王級の執務室に向かっていたはずです。
なぜならば、アクヤ様はフルスイング様にお届けする軍服を持っていましたから。
ということは、アクヤ様とアリーチェさんの進行方向は同じのはずです。
進行方向が同じなのに、正面からぶつかった……おかしいとは思いませんか?」
「あっ! そういえばそうだな!
アクヤさんが軍服を届けた帰りならまだしも、届ける途中でそれはありえない!」
エリーチェはウソ泣きの顔を覆うのも忘れ、言い繕った。
「そ、それは……! アクヤさんはエリーチェの前を歩いていたんですけど、後ろにエリーチェがいるのに気付いて、廊下を引き返してきたんですぅ!」
どうしても罪を認めようとしないエリーチェに、困り笑顔を向けるG。
「エリーチェさん、それでもやっぱりおかしいんですよ」
「な……なんでぇ!? なにがおかしいのぉ!?」
「正面からぶつかったのに、アクヤ様の背中まで濡れているからですよ」
「ハッ……!?」
エリーチェは「しまった!」と言わんばかりに息を飲む。
「え、えーっと、ぶつかった拍子に、お紅茶が肩にかかって、背中にまで垂れたんですぅ!」
「アクヤ様は後頭部まで濡れていますよ?」
「えっ、えっとえっと、えーっと……頭にもかかったんですぅ!」
「アクヤ様とエリーチェ様は30センチほどの身長差がありますよ? 立場が逆なら頭にかかることはあると思いますが……」
じれったくてたまらない様子のフルスイングが割って入る。
「おい、どういうことなんだよ!? その様子だと、お前はもうわかってるんだろう!? もったい付けずに教えてくれよ!」
「わかっているというか、これはあくまでわたくしの推理なのですが……。
エリーチェさんが、アクヤ様の背中から紅茶をかけたのだと思います。
そうして振り返ったアクヤ様に、今度はトレイごと紅茶をぶちまけたのでしょう」
「そ、そんなわけないよぉ! エリーチェがそんなひどいことをするわけないじゃない! えーんえーん!」
エリーチェは追いつめられるあまり、顔を覆うのを忘れてウソ泣きをしてしまう。
バレバレの猿芝居を、大勢の衆目に晒されているとも知らずに。
「そうですか? ではなぜ、エリーチェ様はまったく濡れていないのですか?
ぶつかったのなら、一方だけが紅茶まみれになるのはおかしな話ですよね?」
「ぎっ……ぎっくぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーっ!?!?」
エリーチェはとうとう、自白も同然のリアクションを披露。
得意のブリッ子フェイスの化けの皮は、もう半分以上も剥がされていた。
顔の片側だけ化粧を落としたような変顔が、みるみるうちに青くなっていく。
それと反比例するかのように、フルスイングの顔は真っ赤な怒りに染まっていった。
「おいっ、エリーチェ……! お前、とんでもなく卑怯な女だったんだな……!
お前こそ、アクヤさんに謝れ……!」
フルスイングの剣幕に、エリーチェは慌てた。
ぎこちない動きでテヘペロと舌を出し、コツンと自分の頭を小突く。
「え……えへへ! これで、おあいこだね!」
ぜんぜん目が笑ってない笑顔で、うつむいたままのアクヤに向かって、引きつったウインクをひとつ。
「おいっ! なんだそれは!? 俺は謝れって言ったんだぞ!?」
今にも殴り掛かりそうなフルスイングを「お待ちください」とGは押しとどめる。
「フルスイング様。きっとエリーチェ様は、まだ精神のほうが赤子なのでしょう。
そう考えれば、ちゃんとした謝罪ができないもの頷けます。
赤子は、謝るということを知らないでしょう?
それに、なにかあるたびに『えんえん』泣くのにも、納得がいきます。
叱るよりも、憐れんでさしあげたほうが良いかと……」
すると、クスクスとした失笑がまわりから起る。
Gはその一言でフルスイングどころか、ヤジ馬までもを味方に付けてしまった。
そして再び「謝れ」コールが起る。
エリーチェは逆転サヨナラホームランをくらった投手のようにうなだれ、ワナワナと肩をわななかせていた。
やがて肺腑を振り絞るったかのような、苦悶の呻きをあげる。
「わ……わかっ……た……! あっ……謝れば……いいん……でしょ……!」
次の瞬間、大地の割れ目に向かって叫ぶかのように、
「 こ゛ ・ め゛ ・ ん゛ ・ な゛ ・ さ゛ ・ い゛ ・ っ !! 」
やにわに面をあげた、エリーチェの顔は……。
わずかに取り戻していたはずのブリッ子フェイスすら、もはや微塵も残っておらず……。
かわりに、ウソ泣きの時には一滴すら無かった、涙を浮かべ……。
「悔しいです!」と言わんばかりの表情を、貼り付かせていた……!
そのあまりに醜悪な顔に、周囲はドン引き。
「エリーチェさんが、あんな表情をするだなんて……!」
「もしかして、あれが彼女の本性なの……?」
「ショックだなぁ、俺、彼女に憧れてたのに……!」
エリーチェがアクヤに背を向けると、彼女の背後にあった人垣は潮が引くように割れる。
彼女は自分の最凶フェイスを隠しもせず、もう半ばヤケになった様子で、のっしのっしと歩き去っていった。
--------------------王族の階級(♀:女聖 ♂:男聖)
●女神級
●女帝級
♀レンプエス
●準帝級
♀ザマーソルト
●熾王級
●智王級
●座王級
●主王級
●力王級
●能王級
●権王級
♂フルスイング
●大王級
♀エリーチェ・ペコー
●小王級
♀アクヤ・クレイ




