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06 執務開始

06 執務開始


 アクヤに嫌がらせしてきたのは、エリーチェ・ペコー。

 小王(しょうおう)級であるアクヤのワンランク上の、大王(だいおう)級の女聖である。


 彼女はレンプエス派の一員で、レンプエスが嫌っているアクヤに対して率先して嫌がらせをしてきていた。


 しかも、そんな忖度をしていたのはエリーチェだけではない。

 先日の神事でレンプエスが女帝級に昇進したことで、レンプエス派は最大派閥となっていた。


 そう、このゲッツェラント城では、ほぼすべてがアクヤの敵だったのだ。


 しかしGがいてくれたおかげで、アクヤは無傷で敵だらけのエントランスを抜けることができた。


 エントランスの先からは王族の執務エリアとなっているので男聖たちの姿もある。

 男聖の目があるこの場所では、おおっぴらにアクヤに嫌がらせを仕掛けてくる者もいなかった。


 そしてこの執務エリアでは、王族たちはその名のとおり『執務』に励まなくてはならない。

 このゲッツェラント城においては、民間人は出入りできないので、すべてのことを王族たちが行なっている。


 例えば城内の窓拭きやゴミ捨てなどの清掃、書類配達やお茶くみなど雑用、休憩室のマッサージ師や食堂のコックに至るまで、すべて王族が執務として行なっていた。

 それらの事をやらなくてはいけないのは、アクヤやエリーチェなどの階級の低い王族たち。


 ちなみにではあるが、レンプエスに仕えているコックたちも王族である。

 あそこまでのクラスになると、料理の神様として民衆から崇められるほどの存在となる。


 なお、王族というのは階級あがるほどに、政治や軍事、司法や立法などの、この国に関わる重要な執務を任されるようになる。

 その中でもトップに君臨しているのは女帝級のレンプエスで、今やこのゲッツェラントのほとんどが彼女の思いのままになっていた。


 昔はレンプエスのライバルと目されていたアクヤ。

 彼女のような下級の王族は、雑用ばかりなので執務室などは与えられない。


 日々雑用が持ち込まれている、下級王族用の執務カウンターで仕事を斡旋してもらわなくてはならなかった。

 ホテルのフロントのような執務カウンターまで来たところで、Gがアクヤに言う。


「アクヤ様。それでは、今日の執務を始めましょうか。

 なんの執務をすればいいのか、わたくしにお申し付けください」


 アクヤは「なんのことですの?」みたいな顔をしていたが、やがてGの言葉の意味に気付いた。


「あ……そういえば聖執事は、仕えている女聖のかわりに執務ができるんでしたわね」


「そうです。執務はわたくしが行いますので、アクヤ様はなんの執務をするのかをご指示ください」


「Gはなにが得意なんですの?」


「ひととおりのことはできます。でも執務はわたくしの能力よりも、アクヤ様の将来に合わせて選ぶべきです」


 執務というのは将来の進路にも関わってくる。

 たとえば世界一の料理人になりたければ、書類運びなどではなく、城の厨房での皿洗いをするべきとされていた。


 その皿洗いで良い成果をあげれば、厨房にいる上役の王族に認められ、さらに重要な調理仕事を任せてもらえる。

 厨房で活躍すればするほど、料理人系の上役に認められ、昇進の推薦が得られる、という仕組みであった。


 王族が昇進するためには上役の推薦がすべてなので、自然と派閥ができあがるのだ。


 ちなみにではあるが、エリーチェは城下町に自分のカフェを出すことを夢見ている。

 そのため、今は主にお茶くみの執務をしていた。


 彼女の場合は、王族の執務室にお茶を運ぶ役割である。

 そのお茶がおいしいと認められれば、昇進に繋がるというわけだ。


 そして、アクヤの夢はというと……。


「わたしは、とにかく偉くなりたいのですわ」


 彼女が野望に満ちた眼差しをしたので、Gは一瞬だけ言葉に詰まった。


「……それは、女帝になれるほどに、という意味でしょうか?」


「ええ、その通りですわ」


「わかりました、それではとにかく多くの執務をこなすことにいたします」


「ええ、それがいいですわね」


「では、アクヤ様はこちらでお待ちください」


 Gはアクヤに一礼すると、執務カウンターに向かい、受付の男聖に向かって告げた。


「おはようございます。わたくしはアクヤ様の聖執事である、Gと申します。

 今すぐにできる執務はありますか?」


 カウンターの男聖はホテルのコンシェルジュのような身なりをしていたが、言葉遣いはフランクだった。


「ああ、あるよ。感謝祭明けだってのに、近隣にモンスターが出たらしくてね。

 午後から大規模なモンスター討伐があるから、装備を執務室まで運ぶんだ。

 かなりの件数があるから、やってくれると助かるよ」


「そうなんですのね。では、わたしにもその執務をお願いしますわ」


 Gの背中から、アクヤがひょっこりと顔を出す。

 寝耳に水が入ったような顔をするGに向かって、アクヤはニコッと微笑む。


「ふたりでやったほうが早く終わるのですわ」


 Gのかつての主であるレンプエスは、そんなことは決して言わなかった。

 休憩所でふんぞり返って、Gにハードな執務ばかりをやらせていた。


 執務の完了が少しでも遅いと叱られ、酷い時には体罰を与えられた。


『遅い! 遅すぎるぞ、Gっ! 働かざる者食うべからずという言葉を知らぬのか!

 罰として、そなたの夕食は抜きとする!

 かわりにムチをたっぷりくれてやるから、覚悟しておくのだ!』


 レンプエスは苛立つと、足を組んだまま、白いヒールをコツコツ鳴らすクセがある。

 その音は、Gにとってはすでにトラウマとして刻まれていた。


 Gは、アクヤが出世欲を見せたときに、一抹の不安を覚える。

 この人もまた、あの人と同じなのかと。


 しかしアクヤは違った。執事とともに自分も働こうというのだ。

 しかもコンシェルジュから渡された配達用の装備を、我先にと受け取っていた。


 アクヤは子供のようにはしゃいで、ツインテールを翻す。

 振り返りって、子供のような足踏みをする。

 真っ赤なヒールをコツコツと鳴らしてGを急かす。


「ほらほら、G! なにをボーッとしているんですの!? さっさとやりますわよ!

 働かざる者食うべからず、ですわよ! 今日はデザートまで食べるのですから、いっぱい働かないと!」


 同じヒールの音でも、その音はGを追いつめたりはしない。

 むしろ彼を導くかのような、心地良いリズムであった。

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