05 アクヤの登城
05 アクヤの登城
レンプエスが、誰もを不幸せにした最悪の朝食を終えていた頃、アクヤは幸せな朝食を終える。
食後にGが淹れてくれた紅茶がまた格別で、アクヤは夢見心地に包まれていた。
「おなかもいっぱいで、お紅茶もおいしくて、幸せですわぁ……」
アクヤはすっかりとろけきっていたが、古時計が時を告げる音を耳にすると、食卓に突っ伏す。
後片付けをしていたGは「どうされたのですか?」と気づかう。
「登城したくないのですわ……」
ゲッツェラント城の王族たちは、朝から城に出向き、城内で執務をこなす決まりとなっていた。
登校拒否ならぬ登城拒否の理由を、Gはすぐに察する。
「いじめられているのですね」
昨日の夜からそのままだった、乱れきったヘアスタイルの頭が、蠢くように動いた。
「その通りですわ……。わたしがお城を歩いているだけで、悪口を言われるのはまだいいほうで……。
わざとぶつかってきたりする者もいるのですわ……」
「ご心配なく。今日からは、わたくしもご一緒しますから」
Gの労るようなその一言に、アクヤはハッと顔をあげた。
「そういえばG、あなたは聖執事だったんですわね」
「はい。普通の執事はお城の前までお送りするだけですが、わたくしは中の執務エリアにもご一緒することができます。
ですので寂しく思うことはありませんよ。では、登城の準備をいたしましょうか」
「ううっ……でも……やっぱり、気が進まないのですわ……。
それに、今日は体調がすぐれないので、お休みに……」
アクヤの仮病は、察しの良いGでなくてもバレバレであった。
Gはやさしく主人に言い聞かせる。
「ではアクヤ様、今日だけがんばるというのはいかがでしょう?
これから登城し、一日がんばることができたら、お夕食に特製のデザートを作らせていただきます。
イチゴのデザートですよ」
「い……イチゴ!? わたし、いちごには目がないんですの!」
昨晩、Gはアクヤが眠っている間に、屋敷の修繕と掃除を行なった。
その最中、引き出しの中から、イチゴのアクセサリーをいくつも見つけていたのだ。
アクセサリーはどれも子供用のものだった。
Gはアクヤがイチゴ好きなのと、とても物持ちが良いことを知る。
結局、アクヤはデザートにつられ、登城の準備を始めた。
シャワーを浴びたあと、Gに髪を梳いてもらい、いつものツインテールにしてもらう。
昨日まではみすぼらしかった彼女であったが、Gのおいしい朝食とスタイリングでいつも以上の美しさを取り戻す。
そしてアクヤは颯爽と屋敷を出る。
そこでまたしても驚かされた。
玄関まで浸食するほどに伸び放題だった草はすべて狩り取られ、まるでモデルルームかと思うような美しい中庭へと生まれ変わっていたのだ。
「こ……これも、Gがやったんですの?」
アクヤの背後に、影のように付き添うG。
彼は大きなトランクを持っていたのだが、その重さをまったく感じていないような微笑みを返す。
「はい、昨夜のうちにやっておきました。まだ中庭だけで、裏庭のほうはそのままですが」
「あっ……そういえば、あの子どうしたんですの?」
「あの子……? ああ、仔ヤギのことでしたら、あちらに」
Gが白手袋で示した先は庭の片隅。
そこには『ローズ』とネームプレートが付けられた犬小屋があり、中には昨日、生贄にされかけた仔ヤギがくつろいでいた。
Gは「納屋にあった犬小屋を使わせていただきました」と言い添える。
もうすっかり家族の一員となったような仔ヤギの姿に、アクヤは「ふふ」とナチュラルに微笑んだ。
「ご苦労でしたわ、G。それでは参りましょうか」
「イエス我が君」
アクヤはGを引きつれて通りへと出た。
美しい彼女が執事を引きつれて歩いていると、とても絵になる。
階級こそ最下位であったが、その風格はすでに女帝級。
城までの道のりでも、注目と的となっていた。
「おい、見ろよ、悪役令嬢が登城してるぞ!」
「いつもと違って、すげー堂々としてるな!」
「ああ、いつもはコソ泥みてぇにコソコソしてるのに!」
「なんだか素敵ねぇ……! 赤きバラの女王と呼ばれていただけあって、お美しいわぁ……!」
「でも今のいつだけさ! また城で悪さをして、こっぴどくやられるに決まってらぁ!」
「ああ、どうせ昼頃には、泣きながら逃げ帰ってくるのがオチだろうなぁ!」
ゲッツェラント城の近くまで着くと、それまで堂々としていたアクヤの足が止まり、急に震えだした。
背後に控えていたGから、「大丈夫、わたくしがついていますよ」と励まされ、勇気を振り絞って歩きだす。
城を囲む湖に掛けられた大きな橋を渡り、緑あふれる中庭を抜け、王族専用の入口から城内へと入った。
エントランスは男聖用と女聖用に分かれており、トイレや休憩室、シャワーなども完備されている。
城内でもそこは女の園のひとつとされており、本来は男子禁制の場所であった。
そしてその場所こそが、アクヤにとっての地獄の一丁目。
男聖の目がないこの場所では、おおっぴらにイジメをすることができるからだ。
大理石の廊下を、真っ赤なヒールをコツコツと鳴らして歩くだけで、女聖たちのトゲのような視線がアクヤに突き刺さる。
「うわぁ、見て、アクヤさんよ」
「えっ? なんでアイツが執事を連れてんの? 執事を連れてる女聖なんて、ほんの数人しかいないのに……」
「うわぁ、生意気! 今日も泣かせてやろうよ!」
「えーっ、エリーチェ、またアレをやるつもり?」
「当たり前でしょ、今日こそは思いっきり壁に叩きつけて、鼻血を出させてやるんだから!」
エリーチェと呼ばれた女聖はとても小柄で、身長はアクヤよりも30センチも低い。
しかしその態度は誰よりも大きく、アクヤのそばまでツカツカとやって来ると、肩がぶつかるくらいのギリギリの距離ですれ違おうとする。
すれ違いざまに両手でアクヤを突き飛ばそうとしてきたが、その寸前でGは後ろからアクヤを抱き寄せた。
エリーチェの渾身の突き飛ばしアタックは空を切り、勢いあまって前のめりに倒れてしまう。
大理石の床にまともに顔面を打ち付けてしまい、ゴシャッ! とひどく痛そうな音を響かせていた。
アクヤは最初はなにが起ったのか理解できず、目をぱちくりさせる。
しかし自分の後ろにはなおもGがいて、とっさに守ってくれたのだとわかった。
そう、男子禁制のエリアでも、聖執事だけは例外的に立ち入りを許されているのだ。
アクヤに、百人の味方を得たような勇気が湧いてくる。
「あ……あ~ら、エリーチェさん、そんなところで横になっていてはお風邪を召してしまいますわよ?
G、助けてさしあげなさい」
「はい、アクヤ様」
Gは大の字になってうつ伏せになっているエリーチェの脇の下に手を入れ、子猫のようにひょいと持ち上げた。
「ぐっ……! ぐぎぎっ……!」
軋むような声とともに、起こされるエリーチェ。
その目は血走り、頬は紅潮、しかも鼻からはタラーと血が垂れ落ちていた。
Gとアクヤは示し合わせたわけでもないのに、同時にニコッと微笑む。
「良かったですね、エリーチェ様。今日は鼻血を出したいご気分だったのでしょう?」
「でもエリーチェさんは、壁に叩きつけられて鼻血を出したいとおっしゃっておりましたわ。
G、せっかくですので手伝って差し上げるのですわ」
「イエス我が君」
Gは、プロレスで対戦相手をロープに振るうような仕草をしてみせる。
エリーチェは「ぎょっ!?」となり、Gの手を慌てて振り払った。
「お……覚えてなさいよっ! この借りは、倍にして返してやるんだから!」
ありきたりな捨て台詞を吐き捨て、エリーチェは逃げ去っていった。




