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04 天国の朝食、地獄の朝食(ざまぁ回)

04 天国の朝食、地獄の朝食(ざまぁ回)


「い……いったい……なにがどうなっておりますの……?

 もしかして昨夜、間違って他の女聖の家に入ってしまったんですの……?」


 キツネにつままれたような表情で、1階へと下りるアクヤ。

 漂ういい匂いを追っていくと、食堂へとたどり着く。


 そこには、さらに我が目を疑うような光景が広がっていた。

 純白のクロスが駆けられたテーブルに、それに負けない白さの食器、その上には、すべての女聖の理想とする朝食が。


 オムレツに小さなパンケーキ、フルーツとヨーグルト、木のボウルにたっぷりと盛られたサラダ。

 しかもバスケットにはまだ湯気をたてているクロワッサン。


「う……うそ……!? こ……これは、夢なんですの……!?」


「夢ではありませんよ」


 そして彼女のハートにトドメを刺したのは……。

 執事服姿で給仕をしている、Gっ……!


 彼の執事服姿は見事という他なかった。

 執事服のデザインは古くさいものだったのだが、彼が身にまとうとシックという表現がしっくりくる。


 艶のあるツーブロックの黒髪は、オシャレなのに主張しすぎていない上品すぎるバランス感覚。

 しかもあふれ出る知的さを、穏やかな微笑みというやさしいヴェールで覆っている。


 昨日までの、薄汚れていたヒツジの印象は全くない。

 そんな完璧執事を体現しているかのようなイケメンが、


「おはようございます、アクヤ様」


 などとスマイルで迎えてくれたものだから、アクヤは思わず卒倒しそうになる。

 後ろによろめいた彼女を、Gは自然な動きでエスコートし、椅子に座らせてくれた。


 女聖を気づかい、恥をかかせないこの動き……!

 Gはビジュアルだけでなく、立ち振る舞いまで完璧であった……!


「あ……あの……このお料理はどうしたんですの?」


 アクヤは小王級になって、すべての使用人に逃げられてしまう。

 身の回りのことは自分でやっていたのだが、彼女は料理ひとつ満足にできなかった。


 そのため彼女にとって、料理というのは魔法も同然であった。


「あっ、わかりましたわ。出前を取ったんですのね?」


「いいえ。台所にあった材料を使って、わたくしが作りしました」


「えっ? あの材料で、これだけのお料理が作れるんですの?

 あっ、でも、クロワッサンは買ってきたのでしょう?

 いくらなんでも、パンを焼くだなんて、お店みたいなことが……」


「いいえ。わたくしが焼かせていただきました」


「ぱ……パンってお家で作れるんですの!?」


 アクヤにとっては、パンというのは店で買うものの代表格であった。

 そして焼きたてのパンをいつでも食せるというのは、この世界ではステータスシンボルのひとつでもある。


 なぜならばパンを焼くためには、家に専門の職人と、専用の焼き窯が必要だからだ。

 そのふたつを持っている者となると、かなり上位の女聖に限られてしまう。


 現にレンプエスも、毎朝焼きたてのパンを食べることを日課にしていた。

 白きバラの女王に向けていた以上の笑顔を、赤きバラの女王に向けるG。


「焼きたてのパンを食べると、お腹に太陽が宿るといいます

 お城で働く女聖にとってはいちばんの活力となりますので、温かいうちにお召し上がりください」


「こ……こんな朝食、初めてですわ……!」


 ごくりっ……! 周囲に響くほどの音量で喉を鳴らすアクヤ。

 震える手つきでバスケットからクロワッサンをひとつ取った。


「あ……あたたかい……! 本当に、お日様みたいですわ……!」


 アクヤは感激のあまり、とうとう瞳をうるませはじめる。

 女聖の憧れである『焼きたてのパン』を、震える唇に運ぶ。


 しかし途中ではたとなり、クロワッサンを手元の皿に置いた。

 Gは不思議に思い「おや、熱すぎましたか?」と尋ねる。


 アクヤは答えるかわりに、Gをしっかりと見据えた。


「……ご苦労でしたわ、G……! いただきますわ……!」


 Gはいつも穏やかな微笑みをたたえているが、この時ばかりは驚きのあまりわずかに目を見開く。


 彼はずっとレンプエスに仕えていたのだが、礼など一度も言われたことがなかった。

 執事というのは主人の身体の一部であり、自分の身体に礼を言う人間などいない、そう思っていたのだが……。


 しかしアクヤは違った。これ以上ない感謝の言葉をGに捧げたのだ。

 Gはすぐにいつもの表情を取り戻し、「はい、どうぞ」と応じる。


 アクヤはあらためてクロワッサンを手に取る。

 宝物を持つような手つきで、ゆっくりとふたつに割った。


 ふわっ……! と湯気があふれ、白い糸が引く。


 アクヤは「うわぁ……!」と子供のように顔を輝かせ、その半片を口に運ぶ。

 パリッ……! とした歯ごたえとともに、その表情はさらに童心にかえっていく。


「おっ……おいひぃぃぃぃぃーーーーーっ!!」


 アクヤはおかずそっちのけで、ひたすらクロワッサンを頬張る。

 食べ盛りの幼子のような彼女を、Gはいつもより深い笑みで見守っていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 アクヤが最高の一時を味わっていた頃。

 ゲッツェラント城の上層にある住居エリアでも、朝食が始まっていた。


 女聖は城下町の住宅街に住むのだが、女帝(じょてい)級となったレンプエスは城に移り住む。

 体育館のような広さの大食堂には、50メートルはありそうな長い長い食卓。

 その上には、世界じゅうの朝食が山と盛られていた。


 これだけの規模であれば100人は賄えそうなのだが、その上座に座っていたのは女帝レンプエスひとりだけ。

 彼女はおびただしい量の料理を前に、満足そうに頷いていた。


「うむ。世界じゅうから一流のコックたちを集めて作らせたこの朝食こそ、間違いなく世界一といえよう。

 これだけのものを用意させられるのは、世界でもわらわを置いて他にはおるまい」


 レンプエスは別に大食漢というわけではない。

 むしろプロポーションを保つために食事制限をしているくらいである。


 ならばなぜこれほどの量の朝食を用意させたかというと、ただの自己満足のためであった。

 レンプエスが口にするは手元に用意させた1人前だけで、あとはすべて捨てられる。


 しかも今日1日だけでなく、毎日、毎食この量が用意されるのだ。

 その盛大なるムダこそが、女帝の力の証であると彼女は思っていた。


 レンプエスは天井に届かんばかりに盛られた焼きたてのパンから、クロワッサンを手に取る。


「わらわの大好物といえばこのクロワッサン。世界一のクロワッサン職人に焼かせたことパンこそ……」


 ちなみにではあるが、厨房でパンを焼くのは『パン職人』ではない。

 パンの種類ごとに違う職人がおり、クロワッサンを焼くのは『クロワッサン職人』と決められていた。


 クロワッサンにかけては世界一という職人が焼いたクロワッサンというのは、世界一の美味に違いない。


 しかしレンプエスがそれを口にした途端、微笑みは消え去る。

 かりに、鬼婆のような形相が浮かび上がってきた。


「こ……このクロワッサンを作ったのは……! いったい誰なのだっ……!」


 食卓の両側には料理人たちがずらりと整列しており、そのひとりが「はっ!」と前に出た。


「はい、レンプエス様。そのクロワッサンは、私が焼いたもので……ひいっ!?」


 レンプエスにギロリと睨まれ、クロワッサン職人は震えあがった。


「こんなマズいクロワッサンを、わらわに出すとは……! いったいどういうつもりだっ!?」


「え……ええっ!? そ、そんなはずはありません!

 そのクロワッサンは私も味見をしましたが、最高の出来で、間違いなく世界一のクロワッサンです!

 それに、料理長から伺っております! レンプエス様にお出しするパンは、以前までは執事が焼いていたと!

 私のパンと、執事が焼いたパン……! それはもう、比べるまでもありません!」


「そなたは、わらわの舌が間違っていると申すのかっ!?」


「い……いえっ! そんなことは……!」


「わらわの舌が正しいのなら、そなたの舌が間違っておるのだな!? ならばそんな舌、ちょん切ってしまえ!」


 レンプエスの一声で、食堂に兵士たちが入ってくる。

 クロワッサン職人を取り押さえ、食堂の外へと引っ張っていく。


「そ……そんな!? お許しくださいレンプエス様! レンプエス様ぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」


 遠ざかっていく絶叫を聞きいてもなお、レンプエスの苛立ちは収らない。

 レンプエスは食卓の淵に、毒々しい色のネイルをガッとつま立てた。


 その長テーブルは重くて巨大なのだが、魔法錬成が施されているので、持ち主であれば楽に持ち上げることができる。

 そのため彼女が軽く手を返しただけで、テーブルはちゃぶ台のようにひっくり返ってしまった。


 食器がテーブルから落ち、大理石の床に叩きつけられて次々と割れる。

 火山のように盛られたアツアツの料理が雪崩を打ち、血の池のようにグラグラと煮え立つスープが高波となってコックたちに襲いかかった。


 世界一のコックたちは、生きたまま炎に焼かれるようにのたうち回る。

 阿鼻叫喚に包まれる食堂を、レンプエスは肩をいからせながら後にした。

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