03 アクヤの家へ
03 アクヤの家へ
異形の巨人は、魔法陣から首だけだしたまま、あたりを見回す。
アクヤを見つけると、地獄の裂け目から響くような声で問うた。
『我を呼び出したのは、貴様か……!
その生贄と貴様の魂と引き換えに、どんな願いも叶えてやろう……!
さあ、願いを言ってみろ……!』
「ひっ……ひひひっ!? わ、わたしの願いは、『聖執事が欲しい』でしたわ!
聖執事は決して主人を裏切らないといいますから、わたしがどんなに落ちぶれても、そばにいてくれると思って……!
アクヤは真っ青になってガクガクと震えていた。
「で……でもでも、その願いは叶わなくて結構ですわ! そんな願いのために、この子を生贄にするだなんて、嫌なのですわっ!」
『悪魔を呼び出した以上、なにもせずに帰るわけにはいかん……!
貴様の魂と生贄の命は、もらい受けるぞ……!』
アクヤとヤギ、まとめてわし掴みにするほどの巨大な悪魔の手が迫る。
「い……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」
アクヤは目をきつく閉じる。
そこまで追いつめられても決して逃げ出すことはせず、まるで子ヤギの母親になったかのように身を挺してかばっていた。
しかし、何も起らない。
アクヤがおそるおそる目を開けてみると、そこには……。
「し……執事さんっ!?」
そう、アクヤと悪魔、両者の間に割って入るようにして、Gが立っていたのだ。
アクヤはすっかり気が動転していたが、懸命に叫んだ。
「にににっ、逃げるのですわ、執事さん! ここっ、これは、わたしが撒いてしまった種……!
あっ、会ったばかりのあなたを、ままっ、巻き込むわけにはいかないのですわっ!」
しかしGは微動だにしない。
そしてアクヤは、悪魔が自分以上に血相を変えていることに気付いた。
『きっ……貴様……!? い、いや、あなたは……!』
震え声の悪魔に向かって、Gは慇懃に一礼する。
「遠い所から、お越しいただきありがとうございます。
わざわざお呼び立てして申し訳ないのですが、今回は間違って呼び出してしまったようです。
お詫びというわけではないのですが、これで帰っていただくわけにはまいりませんか?」
Gは懐から飴玉を取り出すと、悪魔に向かってポイと放る。
悪魔は屋根よりも大きい両手で、『おっとっと』とそれを受け取った。
『は……はひ! じゃ、じゃあ、わ、我はこれで……あ、いや、僕はこれで……!
し……失礼いたしましたぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!』
出てきた時の威圧感はどこへやら、異形な顔面は愛想笑いとともに、悪魔的な速さで魔法陣にピャッと引っ込んでいった。
アクヤは魂を抜かれてしまったように、唖然としている。
「あ……悪魔を……退散させるだなんて……あなた、いったい何者ですの……?」
振り返ったGは、アクヤに向かってまた頭を下げる。
それは対外用の挨拶ではなく、膝を折って頭を垂れる、主人に対して忠義を示す礼であった。
「申し遅れました、わたくしの名は『シーツ・G』。
今日からあなたさまに仕えることになりました、聖執事でございます」
すると、アクヤは腰を抜かしたまま飛び上がった。
「えっ……えええっ!? ど、どうしてなんですの!?」
「アクヤ様は、聖執事をお望みだったのですよね?
どうかその願いを、わたくしめに叶えさせていただきたいのです」
顔をあげたGは「お願いします」と真摯に訴える。
身なりは死にかけのヒツジだというのに、表情はあまりにも凜然としていて、アクヤは思わずドキリとなった。
「と……とりあえず、行くところがないのでしたら、我が家に来るといいですわ。
まあ、我が家を見たら愛想を尽かして……ひゃああっ!?」
Gからいきなり身体を抱き上げられ、アクヤは釣られた魚のようにジタバタする。
「な……なにするんですの!?」
「じっとしていてください。これからアクヤ様のお屋敷へとお連れいたします。
アクヤ様はここまで歩いて来られたのでしょう? おみ足を見ればわかります」
アクヤは小王級なので、馬車や馬の類いは与えられていない。
そのためドレスで山道を登り、さらにはマグマに繋がる洞窟まで歩いてきたのだ。
ヒールは途中で失ったのか、裸足のままだった。
「その美しいおみ足が、これ以上傷付くのは執事として耐えられませんので。
では、まいりましょう」
Gはアクヤをお姫様抱っこして、岩棚から外へと繋がる洞窟へと向かう。
繋がれていた子ヤギを引きつれるのも忘れていない。
洞窟内は真っ暗だったが、Gは明かりもなしに迷うことなく抜け出した。
夜の山道すらも、星明りだけでカモシカのような軽やかさで降りていく。
満天の星空の下、イケメン執事のお姫様抱っこ……。
父親以外の男の腕に抱かれるのは初めてのアクヤは、ずっとドギマギしている。
街にさしかかったところで、アクヤは誰かに見られないかと不安になったが、もう真夜中だったので誰もおらず、野良猫に見られたくらいだった。
アクヤの屋敷は、城下町の外れの、閑静な住宅街にあった。
そこは女聖たちが住まう一等地とされており、階級に応じた豪邸が建ち並んでいる。
その中で、雑木林に紛れるようにしてポツンと建っているのがアクヤ邸。
アクヤ邸は屋敷というより、『ただの二階建ての民家』だった。
無理もない。
女聖でもいちばん最下級である小王級は、庶民に毛が生えた程度の存在でしかないからだ。
しかしその下っ端たちと比べても、アクヤの家は特に酷かった。
幽霊屋敷もかくやというボロ家で、まるでいじめのように豪邸に挟まれている。
しかもまわりの住人からよほど嫌われているのか、家のまわりの垣根は落書きだらけであった。
『悪役令嬢』『ダークネス令嬢』などという悪口はまだマシなほうで、『肥溜め令嬢』『掃き溜め令嬢』とまで書かれている。
すでにアクヤの執事となっているGは、悲しそうな顔をした。
「この落書きは、あとで消しておきますね」
「どうせ消してもまた書かれるのですから、そのままで結構ですわ」
イケメンに汚い家を見られるのが恥ずかしいのか、アクヤはそっぽを向いていた。
Gは錆びた門をくぐり、雑草だらけの中庭を通り、取っ手の取れかけた玄関扉を開ける。
屋敷の中も酷い有様であった。
どこもかしこもオンボロで、床はところどころ抜けており、壁は穴だらけ。
そしていろんな動物が住み着いていたのだが、Gは、きっとアクヤが拾ってきたのだろうと察する。
アクヤは抱っこを嫌がる猫のように身体をよじらせ、Gの腕から下りた。
「今日は疲れたので、もう寝ますわ。
えーっと、シーツさん、あなたは1階の廊下の突き当たりにある部屋を使うといいですわ。
先祖から受け継いだ執事用の服もありますから、それに着替えるといいでしょう。
この家からこのまま出て行くとしても、執事服は差し上げますわ」
アクヤは気恥ずかしいのか、Gの顔も見ずにそそくさと2階へとあがっていく。
その背中に向かって「ありがとうございます」と一礼するG。
「わたくしの事は、どうかGとお呼びください。
それと、これだけは忘れないでください。
わたくしは、あなた様に暇を与えられない限り、決してあなた様から離れることはありませんので。
……それではアクヤ様、おやすみなさいませ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日の朝。
ネグリジェに着替える気力もなく、ドレスのままベッドに倒れ、そのまま眠ってしまったアクヤ。
窓辺の小鳥たちのさえずりと、香ばしい匂いで目覚めた。
「ん……なんだか、すごくいい匂いがしますわね……? この匂いは、もしかして……」
アクヤはまさかと思いつつ部屋を出てみる。
しかしその匂いの正体などどうでもよくなるような、衝撃の光景が廊下にはあった。
「な……なんということでしょう!?」
なんと、床や壁のあちこちにあった穴がすべて塞がっている。
それも戸板で打ち付けただけのような適当な修繕ではなく、ちゃんと壁紙まで貼り替えられていた。
しかも、掃除がしっかりと行き届いており、どこもかしこもピッカピカ。
窓から差し込む光を受け、まるで新居のような輝きを放っている。
それは一夜のうちに魔法を掛けられたかのような、劇的すぎるビフォア&アフターであった。




