12 執事風格闘術
12 執事風格闘術
衛兵たちが逃げ去ったあと、市場にふたたび平和が訪れる。
八百屋の主人はアクヤに大変感謝して、半泣きで何度も頭を下げていた。
「ありがとうございます! ありがとうございます……!
アクヤ・クレイ嬢様に助けていただかなければ、私は今ごろ牢屋行きでした……!」
八百屋の主人はGには目もくれず、アクヤにだけ感謝をしている。
アクヤは『執事のしたことは主人の手柄になる』というGの言葉を、世間的な認識なのだと思い知らされていた。
「気にすることはありませんわ。わたしは、わたしが正しいと思ったことをしたまでです。
わたくしはまだ未熟者ですから、かわりにわたくしの執事であるGが形にしてくれたのですわ。
あ、そんなことより、今日は食材の買い物に来たのですわ。
こちらで扱っているトマトは良いトマトですわね。いくつか頂くのですわ」
「は、はいっ! もちろんです! お好きなだけお持ちください!
アクヤ様でしたら、店の商品まるごと差し上げます!」
「なりませんわ。ちゃんとお金はお支払いするのですわ」
アクヤは八百屋でのショッピングを楽しんでいたが、それを快く思わない者が、この町には大勢いる。
その者たちは、路地裏で野獣のような瞳をギラギラさせ、アクヤを睨んでいた。
「チッ、アクヤの最期が見られると思ってたのによ……!」
「へんな執事野郎さえいなかったら、今頃は……!」
「このままおめおめ帰れるかよ。そんなことしたら、おまんまの食い上げになっちまう」
「なにか手があるのか?」
「ああ、これを見ろ、ゴミ捨て場で拾った腐ったトマトだ。
コイツをアクヤに投げつけてやって、恥をかかせてやるんだ」
「なるほど! アクヤを腐ったトマトまみれにしれやれば、今日のアイツのしたことはぜんぶ帳消しになりそうだな!」
「ああ、あのお方からもご褒美が頂けるってもんよ」
「どなたからご褒美が頂けるのですか?」
チンピラたちは、ふと割り込んできた声のほうを見やる。
そこには、あの男が立っていた。
「あっ!? テメェは、さっきの執事! 余計なことをしやがって!」
「それはこちらの台詞ですよ。アクヤ様にヤジを飛ばしたり、悪い噂を流していたのはあなたたちでしょう」
「へっ、知るかよ、そんなこと!」
「そうですか、でもわたくしは存じ上げておりますよ。
あなた方は、レンプエス様の派閥の女聖に雇われたゴロツキでしょう?
城下町でアクヤ様を貶めることで、その女聖から報酬を頂いているのですよね?」
「知りてぇか? なら俺たちのアジトに来いよ、その女聖とやらに会わせてやるぜ」
「そうですか? では、お邪魔させていただきましょう」
見え見えの罠だったが、Gはゴロツキたちについていく
裏路地に入り、ゴミだらけの広場に出たところで、物陰からどやどやと量産型のゴロツキたちが飛び出してきた。
「へへっ、バカが! まんまと引っかかりやがった!」
「テメェみてぇな優男はワンパンだろうから、あの場でのしてやっても良かったんだが……人目があるから用心しねぇとなぁ!」
「それにこれだけの人数が出てきちまった以上、ワンパンじゃすまねぇぜぇ!」
「執事くん、荷物を奪われ身ぐるみ剥がされ、ブチ殺されるの確定でぇ~っす! ぎゃははははは!」
20人違い荒くれどもに取り囲まれてしまったG。
背はGのほうが高かったが、ガタイは比べるまでもない。
ひとりひとりが腕っ節に自信がありそうで、並の男ならたしかにワンパンで沈められそうだった。
しかしこれだけの男たちを前にしても、Gの表情はピクリともしない。
「せっかくですので、あなたたちにもご馳走いたしましょう」
「ハァ? なに言ってやがんだ? こんな所で料理しようってのかよ!」
「コイツ、ビビりすぎて頭がおかしくなっちまったようだぜ!」
「いいえ、料理ではありませんよ。料理以外にも『執事風』はあるのです」
Gは音もなく、片脚を高く上げる。
「執事風、格闘術……! とくと、ご賞味あれ……!」
「ふ……ふざけやがってぇ!」
目の前にいたゴロツキが殴り掛かっていく。
しかし風鳴りの音と、燕尾服の裾がわずかになびいただけで、
「ふぎゃあっ!?」
ゴロツキは、鼻血を吹き出しながら吹っ飛ばされていた。
周囲にいた仲間たちは、何事かと目を白黒させる。
「な……なんだ、今の!? 見えなかったぞ!」
「け……蹴りだ! すげぇ速さの蹴りだったんだ! 見ろ! ヤツの足を!」
Gの掲げたままの片脚に、視線が集中する。
黒い革靴のつま先には、どす黒い血が付着していた。
それを、足先だけを振ってピッと払いのけるG。
それだけでエナメルのつま先は、新品同様の輝きを取り戻す。
「いまは、あいにく片手が塞がっておりましてね。
それに手袋を汚したくありませんので、足だけで失礼させていただきますよ」
「や……野郎! やっちまぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!!」
取り囲んでいたゴロツキたちが、一斉にGに挑み掛かっていく。
その数、8人。
もやは勝負にもならない人数差だったが、Gは眉すらもしかめることはなかった。
地面に残した片脚で跳躍しつつ、その場でフィギュアスケートのように回転。
旋風のような回し蹴りを放つ。
その蹴りが、最前線にいた男たちの鼻先を一閃。
間をおかず、鮮血の水芸が8方向で起った。
殺虫剤をかけられた虫のように、バタバタと倒れる男たち。
「うっ……うぎゃぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!?!?」
「はっ、はにゃがっ!? はにゃがぁぁぁーーーーーっ!?!?」
「いでぇいでぇ、いでぇよぉーーーーっ!!」
鼻血が止まらない顔を抑え、死にかけの虫のようにジタバタともがく男たち。
それだけで、残りの11人のゴロツキたちは後ずさった。
「な……なんだ、なんなんだ、コイツ……!?」
「め……メチャクチャ強ぇっ……!」
「コイツ、本当に執事なのかよ……!?」
そして男たちは、見てはならぬものを見てしまう。
どんな時も絶えることのなかった、あの微笑みが消え去る瞬間を……!
それは、Gがわずかにうつむき。
額に手を当てて髪をかきあげた瞬間に、この世に降り立った。
降り立った……そうとしか言いようがなかった。
炎のように逆立った髪に、血に染まる月のように光る瞳、地獄の割れ目のように裂けた口。
その異形ともいえるものを目にした瞬間、すべての男たちはメデューサに睨まれたように硬直してしまう。
鼻をへし折られた痛みもどこへやら、まるで死神の手で心臓をわし掴みにされたかのように、顔面蒼白になっている。
たったのひと睨みで、20人もの大男を制圧したG。
男たちは歯の根も合わないほどに、ガチガチと震えていた。
「……お前たちの主に伝えよ……! これは、最後の警告であると……!
もし次にアクヤ様に手出しをするようなことがあれば……!
路地裏のトマトよりも、悲惨な最期を迎えるであろうと……!」
掲げていた足を振り下ろし、足元にあったトマトを踏み抜くG。
それは、頭を撃ち抜かれた脳漿のように飛び散り、男たちはついに限界を迎えた。
「ひっ……ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
股の間をしとどに濡らし、我先にと這い逃げていく。
それをGは一瞥すらせず、髪型を元通りにしていた。




