11 執事風サラダ
11 執事風サラダ
Gは八百屋の軒先に立つと、店内をぐるりと見渡す。
問題のトマトは、すぐ目の前にあった。
ゲッツェラントではトマトは鑑賞用なので、鉢植えに鈴なりになった状態で売られている。
Gは、その中からよく熟れていそうなトマトを選び、ひとつもぎ取った。
そして、八百屋の隅にある調理台に立つ。
これは、果物や野菜を切ってお客さんに味見させるための、簡易な調理台だ。
Gは、そこに置いてあった包丁とまな板を使ってトマトを切る。
それは鮮やかな手つきだったが、観衆からは「うげぇ」と悲鳴が聞こえてきた。
先ほど衛兵がトマトのことを『内臓』と呼んでいたように、庶民の間ではトマトはグロテスクなものの代表格。
しかも中身も赤いので、余計そう見えるようだった。
それがさらに、黒い噂に尾ひれを付ける。
見るからにガラの悪そうな男たちが、聞こえよがしな大声で話していた
「うわぁ、トマトを食うだなんて、どうやらあの噂は本当らしいなぁ!」
「知ってるぞ! アクヤ様が、夜な夜な人の肉を喰らってるって噂だろ!?」
「きっとああやって、あの執事に殺した人間を調理させてるんだぜ!」
Gが一瞥すると、彼らは黙り込んでしまった。
その間にも、トマトはサイの目に切り分けられる。
Gはそれを器に移すと、上から塩を振りかけ、さらにオリーブオイルを垂らした
そしていったん手を休め、ふたたび八百屋の中を見回す。
ニンニクを見つけたので拝借して、すりおりしてトマトと和えた。
もうじゅうぶんに完成形なのだが、こだわり派の執事はこんな時でも妥協しない。
鉢植えのバジルを取り、彩りとしてトマトの上にパラパラと散らした。
「できました。トマトとバジルのサラダ、執事風です」
料理に、『~風』というのは付きものである。
『ブルゴーニュ風』『マルセイユ風』など、地名から取られたものや、『漁師風』『情婦風』など、職業から取られたものまで様々。
今回は後者のほうなのだが、その職業は前代未聞。
『執事風』などという聞いたこともない料理の出現に、衛兵や八百屋の主人、ヤジ馬たちは呆気に取られている。
Gはその中でもっともポカーンとしている人物に、器を差し出した。
「どうぞ、アクヤ様。お召し上がりください」
「わ……わたしが……?」
「はい。この場はアクヤ様が召し上がったほうが、説得力があるかと思いまして」
アクヤはGに促されるままに、料理の皿とフォークを受け取る。
その様子があまりに不安そうだったので、Gは緊張をほぐすように微笑む。
「どうぞ、とってもおいしいですよ」
アクヤは答えるかわりに、額から一筋の汗をたらりと流す。
その汗がGのハンカチで拭き取られると、彼女は覚悟を決めたように、サイコロ状のトマトをフォークで突き刺した。
「ままよ!」と声が聞こえてきそうな表情で、トマトをぱくりとひと口。
そのままきつく目を閉じていたが、それがパッと見開いたかと思うと、
「おっ……おいしいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
数秒前までの嫌悪感はどこへやら、器に口を付けんばかりの勢いで、ガツガツとかきこむ。
「こっ、こんなにトマトがおいしいものだったなんて!? 知りませんでしたわぁーーーーっ!?」
Gはこうなることがわかっていたのか、もう調理台に戻って追加のトマトサラダを作っていた。
食べ盛りの子供のように「おかわり!」とやってきたアクヤに、今度は大皿に持った大盛りのサラダを渡す。
衛兵たちはどよめいていた。
「……う……嘘、だろ……!?」
「トマトを食べるだなんて……!?」
「それも、あんなにおいしそうに……!?」
アクヤはふと気付いて、彼らにも勧めた。
「あなたたちも召し上がるのですわ。
わたしだけが食べても、トマトが食べられるという証明にならないと言われても困りますしね」
すると衛兵たちはヒソヒソ話をしたあと、八百屋を主人を突き出してきた。
どうやら、彼を毒味役にしようとしているらしい。
八百屋の主人は衛兵たちに脅されでもしたのか、すごく嫌そうにしていたが、清水の舞台から飛び降りるような覚悟を持って、執事風サラダをぱくりとひと口。
噛まずに飲みこむみたいにして、ゴクリと喉を鳴らした次の瞬間、
「おっ……おいしいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
信じられないように目を白黒させながら、通りじゅうに響き渡るような大絶叫を轟かせる。
そしてアクヤ以上に無我夢中になって、トマトを貪りはじめた。
「こっ……! こんなにトマトが美味しいだなんて、知らなかった! 知らなかったぁぁぁぁ!!
と、止まらん! どうにも止まらぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!!」
すると、ごくりと喉を鳴らした衛兵たちが、八百屋の主人を押しのけるようにして、次々にトマトサラダに手を突っ込んできた。
あとは、絶叫のハーモニー。
「おっ……おいしいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
彼らは腹ペコの犬みたいに、奪い合うようにしてあっという間にGのサラダを平らげる。
Gはこうなることを予想していたのか、大盛りのサラダを用意していた。
しかしそれでも足りなかったようで、最後はみんなで顔を突っ込んで、皿まで舐めはじめる始末。
衛兵たちがひと心地つくのを待ったあと、Gはアクヤに目配せする。
アクヤはコホンと咳払いをすると、
「これで、トマトは食べられるというのが、わかっていただけましたわね?」
すると衛兵たちは、急に顔を赤くしてモジモジしはじめた。
公衆の面前でやり込められたのが、今になって恥ずかしくなったかのように。
「そ……そうですね。たしかにアクヤ・クレイ嬢様のおっしゃる通りでした。
八百屋への処罰はナシにいたします。では我々は、これでにて……」
そそくさと立ち去ろうとする衛兵たち。
しかしまだアクヤのターンは終わっていない。
「お待ちなさいっ!」
「……えっ? まだ、なにかあるのですか?」
「まだ、こちらの八百屋のご主人への謝罪がすんでおりませんことよ」
すると衛兵たちは、「ぐっ……!」と歯噛みをする。
アクヤが「早く!」と一喝すると、彼らは八百屋の主人に向かって、軽く手を挙げて言った。
「お……おい、悪かったな、こ、これからは気をつけるんだぞ」
「そんなのは謝罪とはいいませんわ。もっときちんと謝るのです。
ご主人の前で一列になって、頭を下げるのです。さぁ、早くなさい!」
すると衛兵たちは、「ぐぎぎ……!」と苦悶の表情を浮かべながらも、アクヤの言葉に従った。
彼らは歯を食いしばりながら、ギリギリと謝罪の言葉を絞り出す。
「ぐぐっ……! や、八百屋のご主人……! す……すみませんでした……!」
「うむ。よろしい。でも、あなたたちのすべきことは、すんでおりませんことよ」
「なっ!? ま、まだ……! まだ何かあるというのですかっ!?」
「当然でしょう。肝心のことをお忘れでなくて? 取り過ぎた税金の、返還手続きが残っておりますわよ」
「へ……返還っ!?」
「だってそうでしょう。トマトは食べられるというのが証明されたのですから、この八百屋のご主人は税金を払いすぎていたことになりますわ。
それを過去のぶんまで遡って、お返しするのです」
「そ……! そんなぁ!? 過去に払ったぶんまでとなると、とんでもない額になってしまいます!」
「あら、変ですわね。あなた方は先ほどまで、それと同じことを八百屋のご主人にしようとしていたではありませんか」
これは、アクヤ的にはちょっとした懲らしめであった。
これで、彼らが反省するようであれば、今回は許すつもりでいたのだが……。
衛兵のひとりがアクヤの側まで寄ってきて、まわりから見えないように、そっとあるものを差し出した。
「アクヤ・クレイ嬢様、今日のところは、このくらいで勘弁してください……!」
それは、ひと握りの金貨であった。
それが、アクヤの心に火をつけてしまった。
アクヤは衛兵の手を、ビンタするように平手で払いのける。
その拍子に、金貨は宙を舞い、鈍い黄金の光を、あたりに撒き散らしていた。
「このわたしを買収しようなど、十輪廻ほど早いのですわっ!
わたしに払うお金があるのでしたら、こちらのご主人に賠償なさいっ!
あなたたちのような、強者に媚びて弱者を挫く人間がいるから、この世界は一向に良くならないのですわっ!」
それからアクヤは怒りに任せて、本当に税金を返還させた。
八百屋の主人が付けていた過去の帳簿をもとに、トマトの税率を『火を通さないで食べられるもの』で再計算させる。
衛兵たちの持ち合わせがなかったので、衛兵詰所にある金庫から、金貨の入った袋を持ってこさせた。
その袋をまるごと受け取った八百屋の主人は、ただただ困惑するばかり。
衛兵たちは「おぼえてろよ」みたいな顔を八百屋の主人に向けていたので、アクヤはキッと釘を刺した。
「どうやら、まだ懲りていないようですわね……。
あなたたちはお忘れではなくて? この勝負に負けたら、わたしとGの靴を舐めると約束したでしょう?
その罰を、今からさせてあげてもよろしいんですのよ?」
「ひいっ!? こんな所で靴なんて舐めたりしたら、庶民に示しがつかなくなりますっ!
も、もう二度とアクヤ様のことを悪役令嬢なんて言いませんから、それだけはご勘弁を!」
「ならばもっと、公明正大に振る舞うのですわ!
もし今回の事がキッカケで、こちらの八百屋のご主人に違う形で嫌がらせをすることがあったら……。
その時は、このアクヤ・クレイの靴を、その口に突っ込んでさしあげますから、覚悟するのですわっ!」
アクヤにクワッ! と吠えかられ、衛兵たちは「お許しをーっ!」と情けない悲鳴とともに逃げ帰っていった。




