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10 城下町へ

10 城下町へ


 夕刻を知らせる鐘が、ゲッツェラントの王都に鳴り渡る。

 城を出たアクヤは、心地良い疲労感に包まれながら橋の上を歩いていた。


「今日はたくさん執務をいたしましたわ! こんなに働いたのは久しぶりなのですわ!」


 彼女にとって世界はずっと灰色だった。

 しかし、いまは鮮やかな色をなしている。


 あたりはオレンジ色に輝き、まるで世界のすべてが彼女を祝福しているかのようだった。

 しかしなによりも喜んでいたのは他でもない。


「アクヤ様、今日一日よくがんばってくださいました。執事のわたくしも鼻が高いです」


「ふふん、わたしにかかればこんなものですわ!」


 アクヤはすっかり上機嫌であった。


「あ、そうそう! G、約束は忘れるんじゃありませんことよ!」


「もちろん覚えておりますよ。アクヤ様を屋敷まで送り届けたあとに、市場までイチゴを買いに行ってまいりますね」


「なら、これから行くのですわ。わたしも一緒にまいりましょう」


「よろしいのですか?」


「ええ。たまには庶民の暮らしぶりを見てみたいのですわ」


 アクヤは城下町に行くことはほとんど無かった。

 城だけでなく、町でもアクヤは嫌われ者だったからだ。


 王族であるアクヤのほうが庶民よりもずっと立場が上なので、さすがにおおっぴらにいじめられることはない。

 しかし悪い噂が広まっていたので、アクヤが町を尋ねると、まるでいじめっ子が来たみたいな対応をされてしまうのだ。


 それは、久々に訪れた市場でも変わらなかった。

 市場は夕食の買い物で多くの人で賑わっていたのだが、赤いドレスのアクヤを見た途端、町の人たちは赤鬼が来たかのような反応を見せる。


 楽しそうに立ち話していた者たちは顔を伏せ、店の前で呼び込みをしていた店員はそそくさと引っ込んでいく。

 誰もが遠巻きに、ジロジロとした白い目と、ヒソヒソとした話し声を向けてくるのだ。


「おい、アクヤ様が来たぞ」「なんだってこんな所に来るんだよ」「どうせ俺たちをいたぶりに来たに決まってるだろ」


 あからさまに避けまくる人々を眺めながら、アクヤはため息をついた。


「わたしは一度も庶民をいじめたことなどないのに、この有様ですわ」


「いずれ誤解が解ける日がやって来ますよ。でもいまは、すぐに買い物をすませたほうが良さそうですね」


「この先に、いい八百屋さんがあるのですわ」


 アクヤがオススメだという八百屋へと向かったのだが、そこには衛兵たちが集まっており、ちょっとした騒ぎになっていた。


「おいっ、貴様! 食せぬトマトの税率を、偽って申請していたな!?」


「す、すいません! ちょっとした手違いで、間違ってしまったのです! すぐに追加の税金をお支払いいたしますので、どうか、お許しを!」


「ならん! 過去のトマトの売り上げまで遡って、違約金を支払うのだ!」


「そ、そんな!? 間違ったのは、今回だけなのに! 過去のトマトの売り上げのぶんまで違約金をお支払いしたら、店は潰れてしまいます!」


「払えぬというのなら、牢にブチ込むまでだ、さあこいっ!」


 八百屋の主人は、衛兵たちに取り押さえられていた。

 ヤジ馬たちは「かわいそうに……」と気の毒がるばかりで、誰も助けようとしない。


 ゲッツェラントでは、植物にかかる税金は、主によっつに分けられている。


 『火を通さないで食べられるもの』『火を通せば食べられるもの』『薬品となるもの』『食べられないもの』。

 前者のほうが、より税金は安くなっている。


 なぜかというと、戦争や飢饉などの救荒(きゅうこう)時を考慮してのこと。

 火を通さなくても食べられるものが国内に多く流通していれば、非常時に役立つからだ。


 ここでいう『食べられないもの』というのは、動植物の飼料や、花とかの観賞用植物のことである。

 そしてこの王都では、トマトは食べられないものとされている。


 ちなみにではあるが、15世紀の頃にメキシコからヨーロッパに持ち込まれたトマトは、最初は観賞用であった。


 八百屋の主人は『食べられないもの』のトマトを、『食べられるもの』として税金を払っていたらしい。

 ヤジ馬にまぎれてその様子を見ていたアクヤは、悔しそうに歯噛みをしていた。


 ついにガマンできなくなったのか、衛兵たちを怒鳴りつける。


「お待ちなさいっ!」


「誰だっ!? あっ、アクヤ・クレイ嬢様……!? これは、どうもどうも!」


 振り返った衛兵たちは、相手がアクヤだとわかると、媚び媚びの笑顔を満面に浮かべる。

 アクヤは王族の立場をふりかざして庶民をいじめており、衛兵ともべったりという、ありもしない噂があったからだ。


 その噂を振り払うようにアクヤは叫ぶ。


「話はすべて聞かせてもらいましたわ!

 八百屋のおじさんの申告ミスとはいえ、過去に遡ってまで納税を貸すのは、あまりにも横暴ですわっ!」


 しかしそれは衆目からは、白々しいパフォーマンスに写ったようだった。

 衛兵たちも最初は下手に出ていたが、急に馴れ馴れしい態度になる。


「アクヤ様、急にどうされたんですかぁ?」


「いつものアクヤ様だったら、この八百屋の末代まで納税しろっておっしゃいますよねぇ?」


「それはあまりにも酷いですから、今の主人のぶんだけで勘弁してやってるんですよぉ?」


「それに、税金を納めるのは庶民の義務ですよねぇ? 王族の方々は、それで暮らしてるんですよねぇ?」


「それなのに税金を減らすようなマネをするのは、良くないんじゃないですかぁ?

 いいんですかぁ? このことを上に報告してもぉ?」


「税金を減らすのなら、自分らもそれ相応の説明をしなくちゃいけないで、そのあたりを聞かせてもらえませんかねぇ?」


「それとも、いつものように強権を振りかざしますかぁ?」


 頭に血がのぼってしまったあまり、無策で飛び出してしまったアクヤに、理由の説明などできるはずもなかった。


 王族であれば、理由の説明などなしに税額を減らし、この場を無理やりおさめることもできる。

 しかしこのことが王族の上層部にバレてしまえば、いずれにしても説明を求められるかもしれない。


 そして、この場で強権を振りかざずのは危険であった。

 庶民の間で定着しつつある、『アクヤは横暴な悪役令嬢』の歪んだイメージを自ら後押しするようなものだからだ。


 アクヤにできるのは、ここで引き下がるか、噛みつくか……ふたつにひとつ。

 しかしどちらにしても、イメージの低下は避けられそうになかった。


「ぐぎぎっ……!」


 悔しくて思わず歯噛みをするアクヤ、ニヤニヤする衛兵たち。

 しかしここで、あの男が動いた。


 いままで影のように密やかだったその男は、主の隣に並び立つ。


「わざわざ、アクヤ様がご説明する必要はありません。ここは、わたくしにお任せください」


 呆気に取られるアクヤをよそに、前に歩み出るG。

 衛兵たちは「なんだぁ?」とチンピラのように絡みつく。


「わたくしはアクヤ様の執事のGと申します。以後お見知りおきを。

 単刀直入に申し上げましょう。ご主人の申告は間違っておりません」


「なんだとぉ?」


「なぜならば、トマトは食品だからです。

 しかも火を通さずに食べられますから、税率はいちばん安いものとなります」


 それはかなり素っ頓狂な言い分だったようで、衛兵たち失笑した。


「ははは、なにを言い出すかと思ったら。おい、聞いたか? トマトは食べ物だってよ」


「くくく、さすがは悪役令嬢と呼ばれた女聖に仕えているだけあるな。あんな内臓みてぇなのを食うだなんてよ」


「ぷぷぷ、ならアンタ、いまここで食ってみせてくれよ。そうしたら、食えるって信じてやるぜ」


「ぐふふ、そのかわり食えなかったら、この八百屋の末代まで税金を納めてもらうからな!

 もちろん、悪役令嬢サマの金でな!」


 とうとう歯に衣着せなくなった衛兵たち。

 しかしGは穏やかな笑みのまま言った。


「ええ、かまいませんよ。そのかわり、食べられたときはちゃんと謝罪していただきますからね。

 わたくしの主を、悪役呼ばわりしたことを」


「へっ! そうやって脅して、うやむやにしようったってムダだぜ!

 今回のことがバレたら、そこの悪役令嬢はオシマイなんだからな!」


「そうそう、もう後がねぇんだろ!? 無理して庶民の人気取りなんかしやがって!」


「だいいち、トマトなんか食えるわけねぇだろ! もし食えたら、土下座して悪役令嬢サマの靴を舐めてやるよ!」


「そうだ! もし食べられなかったら、俺たちの靴を舐めてもらうってのはどうだ!

 悪役令嬢、悪役執事、ふたり揃って! ギャハハハハハハ!」


 衛兵たちは増長しまくり、とうとう山賊のように爆笑する。

 事態はどんどん大きくなってき、アクヤは青ざめる。


 しかしGは、少しも慌てようとはしなかった。


「その言葉、忘れないでくださいね。

 八百屋のご主人、店先にあるものをちょっとお借りしますよ。

 大丈夫、アクヤ様がすぐに助けてくださいますからね」


 Gは、山賊にさらわれた村人のように怯えている八百屋の主人に断ってから、トマトを食べるための準備を始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] イキり散らした衛兵たちへのざまあが楽しみですね〜。
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