01 捨てられた執事
01 捨てられた執事
神都『ゲッツェラント』は、年に一度の感謝祭で賑わっていた。
この日のために用意された、ありとあらゆる種類の花であふれ、人々の笑顔も満開。
その中心であるゲッツェラント城は、いつもは荘厳なる白さをたたえているのだが、今日だけは七色に飾り付けられている。
城にいる、『女聖』そして『男聖』と呼ばれる王族たちも、いつも以上に着飾っていた。
ダンスホールでは大規模なダンスパーティが行なわれ、花の妖精のようなドレスに身を包んだ妙齢の女聖たちが、タキシードの男聖とペアダンスを踊っている。
その最中、ダンスホールの入口に、ひとりの女聖が現われた。
彼女は、鋭利なハサミが布を切り裂くように、ダンスの輪の中を突っ切ってダンスホールの真ん中へと進んでいく。
周囲の男女は道を開け、口々にささやきあった。
「見て! レンプエス様よ!」
「今度の神事で、ついに女帝になられるっていう、あの……!?」
「髪型もドレスもすごい! なんてゴージャスなの!?」
レンプエスと呼ばれた女聖は、まさに女帝と呼ぶに相応しい威風堂々とした佇まいだった。
そしてこの感謝祭のなかでは、ひときわ絢爛さを放っていた。
長い白銀の髪をすべて編み上げ、後れ毛ひとつない髪型は、この城の外観にそっくり。
意志の強さを示すように開かれた額に、細く鋭い瞳から放たれる視線はツララのよう。
そしてドレスは新雪の結晶だけを集めたかのように清廉、しかし光を受けて輝くその様は、ドレスの展覧会のようなこの場所においてもっとも豪奢であった。
しかしなによりも、周囲の目を引いたのは……手にしていた鎖。
飾り気のないその鎖は、このセレブリティな空間では異質であった。
鎖を目で追ってみると、レンプエスの背後にはヒツジの着ぐるみを着た男が引きずられている。
その意味に真っ先に気付いたのは、レンプエスの腰巾着と呼ばれる女聖だった。
「おほほほほほ! 執事をヒツジに見立てるとは!
どんな時でもジョークを忘れないだなんて、さすがはレンプエス様ざます!
しかもこの世界に、ほんの数人しかいない執事をそんな風に使うだなんて!
このザマーソルト、おかしすぎて笑ってしまったざます!
みなさんも今日くらいはガマンをせずに、大いに笑うといいざます! おーっほっほっほっほっほっ!」
ザマーソルトが音頭を取ると、調子を合わせるように周囲もどっと笑う。
レンプエスの足元には、端正な顔立ちの若者が、屈辱を堪えるように顔を伏せていた。
しかしレンプエスはそれを許さない。
ヒツジの頭をガッと掴むと、無理やり顔をあげさせた。
「Gよ、なにを恥ずかしがっているのだ?
普段は脇役のそなたを目立たせてやろうとている、わらわの心遣いがわからぬのか?
さぁ、みなの前でヒツジのように鳴いてみせるのだ」
Gと呼ばれた執事は、羞恥に顔を歪めながら、「め……メェ……!」と苦悶の声を絞り出す。
周囲の者たちは、ここぞとばかりに囃し立てた。
「あははははは! 見て、アレ! 本当にヒツジみたいに鳴いてる!」
「うわぁ、男として……いえ、人間として恥ずかしくないのかしら!?」
「男を畜生同然に扱うだなんて! さすがは『白きバラの女王』と呼ばれたレンプエス様だ!」
それからもレンプエスは、ヒツジに紛争させたGを引きずり回す。
感謝祭の行なわれている場内のいたる所で、Gに屈辱的な芸をさせ、時にはもみくちゃにした。
城の中をひととおり巡ったあと、レンプエスは人気のない廊下にGを連れていく。
着ぐるみの背中に腰を降ろし、Gをソファがわりにして言った。
「ダンスホールの中に、わらわの『コレクション』を誘惑しておる女がおったであろう?」
『コレクション』とは、レンプエスが気に入り、ひいきにしている男聖のことである。
「この先にある個室にその女を呼びつけてある。そなたはこれからその女に襲い掛かり、手籠めにするのだ。
その最中に、わらわは大勢の者たちを引きつれ、部屋を訪ねよう。
ヒツジとまぐわう姿をみなに見せつけてやれば、女はもうこの城にはいられぬようになるに違いない」
この時Gは、恥辱の連続で抵抗する意欲をすっかり失いつつあった。
それでも、乱れ髪の向こうにある瞳の光は消え失せていない。
「……お断りいたします」
「いまなんと申した? わらわの命令に逆らうというのか?」
すっくと立ち上がるレンプエスは、ヒールのカカトを振り上げると、床に付いているGの手をこれでもかと踏みにじった。
「なぜじゃ!? 申してみよ!」
手の甲を、ナイフのようなピンヒールが抉られ、Gは歯を食いしばりながら答える。
「あ……あなた様はすでに、じゅうぶん過ぎるくらいの権力を、手に入れられました……!
それなのにまだ、他の女聖に嫉妬するだなんて……!
あまつさえ、汚い手を使ってまで、貶めようとするだなんて……!」
「ええい、執事風情がわらわに意見するというのか! それにわらわは、女神となる女!
その野望の達成のためには、ひとつのコレクションですら盗られるわけにはいかぬのだ!
それだけではない! わらわのモノに手を出したらどうなるか、思い知らせておかねばならぬ!
やるのだ、Gっ! 『イエス』と申せ! でなければ、ヒツジよりも酷い目に遭わせてやろうぞ!」
「お……お断り、いたしますっ……! め……目を……!
どうか、目を覚ましてくださいっ……! レンプエス、様っ……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから数時間後。
レンプエスは大勢の取り巻きの女聖、そしてコレクションの男聖を引きつれ、馬車で城外へと繰り出す。
馬車はどれも感謝祭の飾り付けをされたものだったが、最後尾には罪人を晒し者にして護送する、牢馬車であった。
その中には、処刑台に固定され、強制的に四つん這いにさせられているGの姿が。
まだ着せられているヒツジの着ぐるみは薄汚れ、さながら道端に溶け残った雪のような無残さであった。
城下町の人たちは、その祭りには似つかわしくない扱いの男を見て、ささやきあう。
「おい、あれってもしかして、レンプエス様の執事じゃないか?」
「そうだ、なんだってあんな目に遭ってるんだ? 感謝祭の扮装にしては、行きすぎだろ」
「完全に罪人の扱いじゃねぇか! しかもこれから処刑される重罪人だ!」
城じゅうを家畜の格好で引きずり回されただけでは終わらず、今度は罪人の格好で街じゅうを引きずり回されてしまったG。
馬車は夕暮れまで走り続け、王都から少し離れた場所にある、とある火山の山頂までやって来る。
Gは処刑台ごと牢馬車から降ろされ、火山の火口の淵に追いやられていた。
そのすぐ後ろには、レンプエスと取り巻きたちの姿がある。
「大昔、この火山は活火山だったそうだ。
噴火を司っている山の精霊を鎮めるために、感謝祭の日になると、家畜を生贄に捧げていたという。
そのおかげで噴火が起こらなくなったことで、この火山に家畜を投げ入れて願い事をすると、なんでも叶うという言い伝えがある」
レンプエスの説明に、ザマーソルトは「ざまぁ!?」と目を見開く。
「まさかレンプエス様、その儀式をやるおつもりざますか?」
「そのつもりだ」
「ええっ? その執事は、レンプエス様のご自慢だったはずざます!?」
「もう飽きたのだ。わらわにとって、男などアクセサリーと同じ。
集め、身に付け、飽きたら捨てる……ただそれだけのモノに過ぎん」
レンプエスはあっさりとそう言ってしゃがみこむ。
クツワをかまされ、むーむー唸っているGに向かってささやきかた。
「わらわは今日の感謝祭で、わらわを敵に回したらどうなるかを、そなたを使って誇示するつもりでいた……!
しかしそなたは、それを断った……!
ならばそなたの身をもって、わらわの恐ろしさを示すための、生贄になってもらおうぞ……!」
鬼が憑依したかのような形相で、ギラリと笑むレンプエス。
立ち上がると、這いつくばっているGの尻に、ガッと片脚を乗せた。
そして、火口に向かって高らかに叫ぶ。
「わらわはこんな役立たずではなく、最強の執事を欲する!
そうすれば、わらわが女神になるのも夢ではないからだ!
この山に眠る精霊たちよ! 贄を受け取れ! そして、われにひれ伏せ!」
彼女は気付いていない。
今まさに、世界最強の執事を手離そうとしていることを。
希代の悪女エンプレスは振り返り、取り巻きたちを睥睨する。
威圧するように両手を天高く掲げると、純白の袖が火口からの熱気でふわりと浮き上がった。
「そして、すでにひれ伏している者どもよ、とくと見よ! わらわに逆らった者がどうなるのかを!」
レンプエスは、ゴミを詰まった袋をよそにやるような後ろ蹴りで、Gを火口へと突き落す。
Gが処刑台ごと落ちていった瞬間、長きに渡って眠っていた火山が、願い事を聞き届けるかのように火を噴き上げる。
その炎は、悪女の純白の袖を不死鳥の翼のように深紅に染めていた。




