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短編集

アゲイン

作者: チャラン

 一頭の相棒としていた馬を、ほとんど自分の無理な騎乗によりG1で予後不良にしてしまい、失意に沈み、2年の間酒浸りの日々を送っている往年の名ジョッキーが今日も場末の居酒屋で飲んだくれている。


「かっちゃん、そのくらいにしといたらどうだい?」

「飲ませてくれ。金は払う」


 昔からの馴染み客でもある、この騎手勝利(かつとし)を心配して大将もそう言うのだが、彼は聞き入れない。やれやれといった顔で仕方なく徳利をつける。


 勝利が深酒をしている内に夜もかなり深まってきたが、不意に店の戸がガラッと開き、勝利と同じような小柄な体格の男が入ってきた。


「飲み過ぎは体に毒だぜ、かっちゃん」


 軽く勝利の肩をポンと叩き声をかけてきたのは、勝利の大恩人、小山調教師だった。


「小山さん……。なぜこんなところに……」


 さすがに襟を正した勝利の目を見て、小山はうんとうなずき、


「話を持ってきたんだ。今度一緒に藤岡牧場に行ってみないか?」


 自暴自棄になって、ほとんど生業も捨てたつもりでいる勝利だったが、大恩人の話を断るわけにもいかなかった。


 一週間後、二人の姿は北海道の藤岡牧場にあった。


「小山さん……これは!?」


 驚くのも無理はない。勝利が見ている仔馬は、あの日のレースで死なせてしまった相棒の小さい頃と生き写しだった。


「この子のデビューは1年半後あたりになるだろう。どうだかっちゃん? もう一度、一緒にやってくれないか?」


 この2年間のやさぐれを葛藤と共にしばらく思い起こし悩んだが、この仔馬の生き写しの目をもう一度見て、勝利はもう一度鞍に上がることを決心した。


 1年半後、このサラブレッドの鞍上に勝利はいた。馬名は「アゲイン」。若駒になった姿も、前の相棒と生き写しだった。アゲインは末脚が素晴らしく、順当に勝鞍を重ね、それと共に自分をもう一度鍛え直した勝利の勝負感も戻ってきていた。


 そして日本ダービー。アゲインは5番ゲートに入っている、悪くはないし、ここまでで皐月賞も鋭い脚で取っているから堂々の一番人気だ。


「行こうか……。前の相棒と同じ目だけは合わせないからな……」


 ゲートが開き揃ったスタートからダービーは始まった。アゲインと勝利は中団からやや後方につけ脚をためて差し切る戦法を取った。1周目は順調に終わり、第4コーナー。前の相棒に無理をさせ、骨折させた場面と展開もそっくりだった。


(ここじゃない! ここはまだ脚をためるんだ!)


 アゲインは勝利の心が分かるようにじっと待ち、


「よし! ここだ!」


 第4コーナーを少し過ぎた直線でムチを放った。雷光のような末脚が炸裂し、アゲインは見事に前にいた全ての馬を差し切った。




 翌年の正月。冬の北海道の馬の墓に勝利は線香をあげて手を合わせている。アゲインはその年の三冠馬となり、年度代表馬にも選ばれた。


「今度はうまくいったよ。もう思い残すことはない……」


 そう言って、墓から去ろうとした時……


(よかったじゃないか。でも、まだこれからだよ)


 どこからか声が聞こえた気がした。勝利はいっとき立ち止まったが、その後、涙を浮かべながら振り返ることなく微笑み、再びアゲインの待つ栗東に帰って行った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒューマンドラマ好きなんで。こういうの読みたかったんです。 [気になる点] 名前が勝利というのは少しややこしいので最初のひとつだけでもルビをふってあると混乱せずにすみそうだなと思いました。…
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