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5 「おまえが逃げたら、俺はあの女を殺すつもりだ」

「おれをあの場で殺さなかったのは、失敗じゃないかなあ?」

 鎖でぐるぐる巻きにされたまま、魔道士の前を歩かされていた阿津麻(あづま)は言った。


 月明かりの下で、りんりんと虫が鳴いている。

 ほうほうと、時折夜の鳥が鳴く。


 昼間に歩き回って多少の土地勘を得ていた魔道士は、少し山道を登ったところにある、山中のやや開けた場所を「変化熊(へんげぐま)」の処刑場所に選んだらしい。


「どうしてそう思う」

「やっぱり『熊』なんだろうな。家の中と山の中では、使える力の量が違う」


 くるりと振り向きそう言った阿津麻の目が赤く光ったかと思うと、人間の姿と透明な熊の姿が二重写しになった。

 「ふん!」と力を込めると、先程あれだけ彼を苦しめた鎖が、まるでおもちゃのように砕け散って風に消えた。


 けれども小柄な魔道士はまるで動揺するそぶりもなく、巨体の阿津麻(あづま)に向かい合い口を開いた。

「おまえは帰って来た時、俺を見た瞬間すぐに逃げようとしたな」

「そりゃ、昼間聞いてたから。『変化熊(へんげぐま)』を駆除するために魔道士が来たって」

「つまりおまえは自分が『変化熊(へんげぐま)』だと知っているんだな」

「どういう意味だよ」

「いや、奇妙なことだと思っただけだ。魔獣のくせに、人間が勝手につけた魔獣の名称を自分のことだと思うなんてな」


 風が吹き、木々がざわざわと揺れた。

 月明かりの夜の闇より暗い色の、魔道士のマントが音を立ててなびく。


 阿津麻(あづま)はあきれた声を出した。

「そんなことを言っている場合か?おまえの拘束はここではおれに通用しないよ」

「おまえはどうするつもりなんだ?」

「どうするって、逃げるに決まってる」

「おまえが逃げたら俺はあの女を殺すつもりだ。わかっていると思っていたがな」

 魔道士は言った。


 阿津麻は一瞬ぽかんと口を開け、それから次の瞬間には怒りに顔を赤くした。

「あ、あいつは普通の人間だし、関係ないだろう!」

「関係ないわけはない。おまえの妻だと言っていたじゃないか」

「けど、人間だぞ。何の罪もない人間を、おまえ」


「何の罪もない?俺はあの女の目の前でおまえを殺すのはさすがに忍びないと思ったから、おまえをここに連れ出したんだ。そのせいでおまえを逃がしたとしたら、それはあの女の罪じゃないか?」

「ふざけるな!そんな馬鹿な理屈があるか!!」

「馬鹿な理屈かそうでないかは、おまえが決めることじゃない」

「くそ魔道士・・・・・・っ」

 怒りのあまり、阿津麻は拳を振り上げ、魔道士を殴りつけようとした。


 が、

「いいのか?」

 微動だにせず阿津麻を見上げる魔道士の冷えた声に、その拳はぴたりと止まる。


「わかっていなかったようだから念のために説明するが、さっきあの女に術をかけた。距離も何も関係ない。俺がきゅっと指を動かすだけで、あの女の頭と胴体は離れる。一瞬だ。それでもいいなら好きにしろ」

 魔道士の額まであと少し、という場所で、阿津麻の拳はぶるぶると震えた。


「ひ、人殺しが許されると思うのか?」

「人喰い魔獣にそんなことは言われたくないが、魔獣駆除の過程で一般人が巻き添えになるのはよくある事故だからな」

「この、げ、外道が」

「俺は悪徳魔道士と言われているからな」

「外道だ。外道魔道士め」

「語彙が少ないのは熊だからか?」


 阿津麻はぶるぶると怒りに身を震わせながら、それでも拳を下に下ろすと、うなだれた。

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