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第二章 4月30日 ボールと勇気だけが友達

 それは、誰もが不思議に思う出来事だった。

 それまでスーパープレイで何度もゴールを守っていた坂上智代が、何でもないような浮き球を見送ってゴールを許してしまったのだ。

 「どうした智代?怪我でもしたか?」

 心配しながら岡崎さんと杏さんが智代に駆け寄る。

 「いや、大丈夫だ。すまない。どうしたらいいか分からなかった」

 それに対し、智代は首を振ってばつが悪そうに答えた。

 しかし、それを聞いた二人はますます困惑して思わず顔を見合わせる。

 「どうって……ヘディングでクリアすりゃいいんじゃなかったのか?」

 「あれは怖い」

 「怖いって……」

 「はぁ?あんたサッカーなめてませんかね?」

 かつて多くの不良どもを狩り、最強とまで謳われた坂上智代が語った意外過ぎる理由。

 キョトンとする二人の背後から、上半身を直角に曲げポケットに入れる代わりに腰に手をあてたチンピラモードの春原さんが因縁をつけはじめる。

 「まあまあ、仕方無いわよ。女の子にはさすがにヘディングは抵抗あるもの」

 「そうだ。女の子には抵抗有るんだ」

 険悪なムードにキーパーのお姉さんがフォローに割って入ったが、それを援護射撃と思ったのか智代は自分の方が正しいと言わんばかりに春原さんを睨み返す。

 「そうよね。あたしもやれるかって言われたら自信無いし、普段から顔を鍛えてるあんたとは違うのよ」

 「別に顔なんて鍛えてねえよ!」

 「えっ!!違うの!?いつもあたしが投げた本顔で受けてるから、てっきり修行の一環か何かだと思ってたんだけど……」

 「私の顔への蹴りも避けようともしないな」

 「あんたらがいつも僕の顔狙ってるだけでしょうが!!」

 「そうだぜ。こいつのは修行じゃなくて、ただの趣味なんだ」

 「うわ……!」

 「気持ちが悪い奴だな……!」

 「すみません。修行でいいです……」

 智代と春原さんの対立でますます雰囲気が悪くなるかと思われたが、杏さんと岡崎さんがうまく?場を濁してくれた様だ。

 多勢に無勢で圧倒され、春原さんが肩を落ながら定位置に戻った所で試合は再開される。



 「坂上さん、どうしたんでしょうか?まさか怪我でもしたんじゃ……?」

 「別に……ビビッてヘディング出来なかっただけだろ」

 やはり心配していた宮沢に、それは無用だとあえて素っ気無く断言する。

 コートの中の会話が聞こえていた訳では無いが、身体のどこかを気にしている様子も無いし、まず間違いないだろう。

 初心者にはありがち、と言うより、経験者でもヘディングが“ちゃんと出来る”奴はあまり多くない。

 「坂上さんが……ですか?」 

 「と言うより、迷って身体が硬直しちゃった感じね……オーキ君が言ってたとおり、派手なプレイばかりに目を奪われがちだけど、あれで彼女、来たボールを蹴り返すだけでサッカーに慣れてるって感じじゃないもの。咄嗟に『ヘディングをする』って選択肢が浮かばなくても、不思議じゃないわ」

 意外そうな顔をする宮沢に、朱鷺戸が俺の代わりに解説した。

 やはりこいつ、なかなかいい眼をしている。

 それに着眼点や口ぶりからして、かなりサッカーに詳しそうだ。

 「別にビビッてるのは坂上だけじゃないけどな。岡崎さん達も足先だけで取りに行ってるから、ちょっとしたボールタッチで抜かれるし、抜かれた後も体勢が崩れてて直ぐに追いつけない」

 やや誇張して棒立ちから上体を反らし足だけ伸ばす仕草を実演して見せる。

 これも実に初歩的な、初心者にありがちな拙いディフェンス例だ。

 “サッカーは足でやる物”と言う概念と相手に接触する怖さが先立ってか、例え運動神経に優れていても、身体が逃げて足先だけでボールをとろうとする人間は多い。

 だがそれは、ある程度ボールの扱いに慣れた者にとっては格好の餌だ。

 相手が格上なら、尚更小細工など通じず“身体で止める”以外に無い。

 まあ、それ以前に“不用意に相手からボールを奪いにいくべきでは無い”んだが……。

 とどのつまり、演劇部のディフェンスは基本からしてなってない。

 そういった事はまず経験者の春原さんが教えるべきなんだが……彼は天才肌なFWっぽいから人に理屈を教えるのは苦手なのか、はたまたメンバーに春原さんをリスペクトして教えを請う気が無いのか……。

 その両方っぽいから救いが無い……。

 「野球やテニスの様に道具も無く、そもそも人間が最も頼りにしている手が使えないんだ。ビビッて当然だろう。でも、その恐怖と条件反射がサッカーでは邪魔になる。『“手以外の全身を使う”って非日常的な動作が体に染み込んでいるかどうか』それが経験者とそうでない奴との決定的な差だ」

 「『ボールは友達』ってやつね。でも、その普段からサッカーをやってる子達だって、目の前でボールを蹴られると大抵は反射的に身体を庇っちゃうもの。言うほど簡単な事じゃないわ」

 「ああ。だからぶっちゃけ素人抜くのに一番いいフェイントは、“シュートを打つ振りをする”だ。そしたら大抵の奴は向こうから避けてくれる」

 「それでも避けない子が居たら?」

 「本当に一発ぶちこんで、恐怖を植えつける」

 「あははっ、それ知ってる!『キャプテン翼』の日向君がやったやつね!」

 実は女子3人に囲まれ少し居辛さを感じていたので、ちょっと引いてもらおうと粗暴なネタを言ってみたのだが……。

 引くどころか腹を抱えて屈託なく笑いだした朱鷺戸に、こちらが驚愕を禁じ得ない。

 しかも往年の名作“キャプつば”の小学生編の事まで知っているだと!?

 マジでこの女何者だ……!?

 「でも、今のシュートはそんなに怖いと言う程威力は無い様に見えましたけど?」

 「だからこそ、逆に考えちゃったんじゃないかしら?手を伸ばせば取れるようなイージーなボールだっただけにね」

 「あいつはギリギリ届くか届かないくらいのボールの方が得意なんだよ。そしたら足伸すしかないから」

 「智代ちゃん、足凄く長いし綺麗だもんねぇ」

 「いや、まあ、確かにあれだけ長けりゃ多少は有利だろうが……」

 それでどうにかなるようなレベルの問題じゃない。

 スコアは1対3。

 これ以上点差を広げられると、本当に打つ手が無くなる。

 そう思っていたのだが……幸いこの得点を境にサッカー部の攻勢はスローダウンしてくれた。

 少々強引にでも点を取りにきていた今までと違い、パスを回し続けながら時折遠目からシュートを撃つだけであまり攻めようとしてこない。

 勝利を確信し、疲れない程度に流しだしたのだろう。

 だが、それに翻弄される側の演劇部にとっては地獄であった。

 ボールを取りに走ってはパスを出されてかわされ、また走らされる。

 しかも、既に足が止まりかけているところを走らせる為に、わざと足を伸ばせば届きそうなクサイ所を通しているようだった。

 たまにそれをカットする事もあるが、それで春原さんにボールが渡っても周りに援護をする余力も無く、独り囲まれては潰される。

 智代は智代で、いい位置でボールを持ってもゴールのはるか上にふかすか、春原さんの顔にぶつけるかでまったくゴールの枠に入らない。

 演劇部に万に一つも勝ち目が無い事は誰の目にも明らかだった。

 黄色い声は野次へと変わり、今はそれすらも飽きられ、一人、また一人と背を向けていく。

 そしてダメ押しの4点目が決まると、智代に声援を送っていた一団すらもじょじょに数が減っていった。

 勝手な幻想。

 無責任な期待。

 そして、あまりに面白味の無い現実。

 終わったかもな……坂上智代は。

 仮に賭けをうやむやに出来たとしても、あいつは『学園のヒロイン』から『ただの人』、いや『ただの不良』に成り下がるだろう。

 当然、あいつの“目的”もこれで潰える。

 馬鹿げた話だ。

 あまりに愚か過ぎて笑えない。

 あいつはこれまでの努力を、ただの思いつきで棒に振るのだ。

 「オーちゃん……」

 さっきまでの喧騒の中では聞き取れなかったであろう消え入りそうな声に振り返ると、渚さんと春原さんの妹さん、それに一ノ瀬さんに椋さんまでが連れ立って来ていた。

 皆一様に今にも泣き出しそうな、すがる様な表情で。

 もうそれだけで用件が判り、勘弁してくれと思う。

 「川上さん、お願いです。今からでも試合に出てくれませんか?もうおにいちゃんの事はいいんです。でも、このままじゃ……このままじゃ坂上さんまで選挙を辞退しなくちゃいけなくなります!」

 「……だからそれは、あいつが自分で蒔いた種だから、気に病む事は無いって」

 「でも…本はと言えば全部わたし達が悪いんです!それなのに坂上さんはわたし達の為にあんな賭けを……」

 「オーちゃん……オーちゃんは、またサッカーをやりたくはないんですか?もしここからでも挽回出来たら、春原さんと一緒に……」

 「昨日も言いましたが、無いです。俺はサッカーはもうやめたんです」

 昨日聞かされた、渚さんの思惑。

 それは、春原さんだけでなく、出来れば俺もサッカー部に入部させたかったらしい。

 まったく、お節介にも程があるだろう。

 「そうですか……でも、サッカー部に入る気は無くても、やっぱり試合には出て欲しいです。みなさん頑張ってはいますが、今のままじゃ試合に勝つのはとても難しいと思います。でも、オーちゃんが居てくれたら、きっと逆転する事も出来ると思います!」

 「あの……私からもお願いします。体力的にも、お姉ちゃん達はもう限界だと思います」

 「朋也くんや杏ちゃん達を助けて欲しいの」

 4人がかりで頭を下げられ、とても居た堪れず溜息をつく。

 何でだ?

 藁にもすがる想いとは言え、何でこの人達は俺なんかにここまで期待している?

 実際の俺のプレーなんてろくに見た事ないだろうに……。

 「勘違いしてるみたいですが、俺が出たってどうしようも無いですよ?俺は県の選抜に選ばれてた春原さんと違って、チームはずっと万年一回戦ボーイ、俺自身もずっと才能無いと言われてきたんですから」

 「そんな事無いです!昔見た試合でのオーちゃん、凄く一生懸命でした。お父さんやお母さんもオーちゃんはサッカー頑張ってるって、いつも褒めてました」

 「うちのおにいちゃんも、川上さんが居ればなんとかなる……かも……って言ってました!人の事なんて褒めた事無い兄が、川上さんの実力は認めてるんです!」

 「そりゃあ、経験者だから多少はマシかもしれない。でも、俺はどっかの天才プレイヤーでも何でも無いんです。精一杯頑張った所で、人並みがやっとだったんですから……」

 「そんな事ないよぉ、オーキ君はぁ少なくても守備に関してはこの学校で一番だと思うよぉ」

 先輩達に変に期待をさせない方がいい。

 そう思いやや自嘲気味に答えていたと言うのに、その背後から門倉がいらん事を言い出す。

 「オーキ君が入ればぁ、それだけで守備はずっと安定すると思うよぉ」

 「守れたって、点を取らなきゃ勝てないだろうが」

 「そうでしょうか?守備が安定すれば、それだけ攻撃のチャンスも増えると思います」

 恨めしそうに門倉を睨むと、今度は宮沢までが澄まし顔で先輩達の肩を持ち出す。

 いや、まあ、こいつらの真意は端から知っていたけど。

 周囲を女子に囲まれ、まるで俺が責められてる様じゃないか。

 何だ?俺が悪いのか?

 チラリと唯一俺責めない朱鷺戸に、アイコンタクトで援護を要請してみる。

 すると彼女がにこっとしたしたので、“おっ!”っと一瞬期待したのだが……

 「編入したてのあたしとしても、是非見てみたいわね。オーキ君のプレイ」

 この女、あっさり裏切りやがった!

 まさに四面楚歌!

 抜山蓋世も、時、利あらず。

 そして更に、女子連合軍には手強い援軍の姿が……。

 「川上君、私も川上君がサッカーをしている所、また見たいです」

 「仁科……」

 「私が合唱部を創るか迷っていた時、川上君が球技大会で何度も何度も相手に立ち向かう姿を見て『私も頑張らなきゃ』って、とても勇気づけられたんです。だから、その姿をもう一度、坂上さんや演劇部のみなさんにも見せてあげて欲しいんです」

 「……杉坂は“いいのか?”」

 「えっ?」

 仁科の懇願に耐えられず、最後の砦である杉坂に視線を移す。

 一瞬何の事かわからなかった様なので先輩達を顎で指すと、何となく伝わったのか杉坂はムッとして顔を背けた。

 「……そんなの、あんたの好きにすればいいじゃない!」

 怒った様なぶっきらぼうな答え。

 いいんだな?演劇部に肩入れしても。

 それで潰れかかってる演劇部が再生し、また顧問を取り合うかもしれなくても……。

 俺は確認したからな。

 後で文句言っても知らんぞ。

 「わかった。やりますよ。でも、負けても知りませんよ?こっから勝つには、奇跡を3回くらい起こす必要があるんですから……」

 最早俺には、負けた時の予防線を張っておくぐらいしかなかった。

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