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第二章 4月30日 僥倖真理

 どっと歓声がわいた。

 試合開始早々、鮮やかなパスワークでボールを繋ぎ、智代のセンタリング(?)を春原さんがヘッド(顔面)で直接押し込む見事なゴール。

 それを素人集団と思われていた演劇部チームがやってのけたのだ。

 観客が驚かないはずもない。

 「キャー、智代せんぱーい!」

 一年の女子達もきゃっきゃと黄色い声を上げている。

 例の落書きと噂でかなり智代シンパも減っただろうと思っていたが……。

 揺れるたびに陽光に煌く腰より長い髪に、男のみならず女にとっても理想とも言えるスタイル。

 エンジのブルマが脚線美をこれでもかと主張し、それでいながら凛として気高く、一度その肢体が躍動すれば、そこに驚きと熱狂が生まれる。

 その姿は圧倒的にカッコよく、こんなのを見せつけられたら、どんな悪い風評もどこかに吹き飛んでいってしまうかもしれない。

 “このまま彼女のターンが続くのなら”の話だが……。

 「あちゃ~、もう先取点決まっちゃったのぉ?見逃しちゃったよ~」

 まったく残念そうに聞こえない声に首だけ捻ると、校舎の方から門倉と宮沢が歩いてきて俺の右隣並んだ。

 「決めたのは坂上さんですか?」

 「いや、春原さんだ」

 「春原さんだったんですか。てっきり……」

 宮沢が勘違いしたのも無理は無い。

 観客の歓声は智代に対する物ばかりで、春原さんの“す”の字も出てこない。

 しかも決めた本人はまだ事情を飲み込めていないのか、身体を起こしながら智代に文句を言っている。

 おっ、点が入った事にようやく気付いたか、周囲を見渡してから岡崎さんに向かって『ぼく?』って感じで自分を指差した。

 「うっひゃほっほ~~~い!!」

 そして岡崎さんが頷くと、その喜びを表す為に奇声を上げながら飛び上がりコートの周囲を走り回りだす。

 もうセンターにボールが戻ってるんだが……。

 「相手が油断していた所に、うまい具合にパスが繋がったわね」

 その声で、数日前に出会った少女……朱鷺戸沙耶がすぐ隣に居た事に気付く。

 いつの間に……?

 まあ、観客はどんどん増えてきているから、それに紛れて来ていたのかもしれないが……。

 「ああ……最悪の展開だ」

 気配を察知出来なかった事がちょこっと悔しかった事もあり、そんな意味有り気な事を言ってみる。

 「あら、意外ね。てっきりあなたは演劇部の方を応援してるんだと思っていたけど?」

 「まあ……見てればわかる」

 ピーーー!

 素直に食いついてきた所をもったいぶっておあずけし、丁度鳴ったホイッスルに視線を戻す。

 って、春原さんまだ外でカズダンス?っぽい事して……こけた!!

 踊ってる最中に試合が始まって、慌てて足がもつれたらしい……。

 「ちょっと、陽平!早く戻りなさいよ!」

 「杏、ほっとけ!来るぞ!」

 「えっ!?あっ!」

 「クソッ」

 春原さんがまだ戻ってない上に、恐らくミッドフィルダー(フットサルではアレ)の杏さんは春原さんに気を取られてる間にあっさり抜かれてしまう。

 そして焦って止めに行ったディフェンダー(フィクソ)の岡崎さんをあざ笑う様なパス。

 「しまった!美佐枝さん!」

 「ちょっと、あっさり抜かれ過ぎよ!」

 キーパー(ゴレイロ)のお姉さんが身構えるも、一対ニ。

 しかも、動きから慣れていないのが丸わかりだ。

 ピッピーーー!

 シュートと見せかけたフェイントで体勢を崩され、更に横にパスを出されて同点ゴール。

 「あ~ぁ……」

 「何やってんだよ春原!」

 「陽平!あんた真面目にやりなさいよ!」

 「お前は一体何を考えてるんだ!」

 「何だよ!悪いのは僕が戻ってないのに勝手に始めたあいつらだろ!」

 たちまち声援は落胆と春原さんへの叱責に変わった。

 「ありゃぁ……」

 「あっさり追いつかれてしまいましたね……」

 「最悪の展開って、これを見越していたって事かしら……?」

 「いや……今のは予想以上に酷いが……最悪はむしろこっからだ」

 ピーーー!

 暫く揉めていたが、気を取り直して演劇部のキックオフで再開する。

 ガッ!

 「ぐっ!」

 すかさずボールを持った春原さんに対し、サッカー部のキャプテンが強烈なチャージ。

 よろけながらも春原さんはボールをキープしようとするが、そこを狙っていた敵の7番にボールを奪われてしまう。

 「何をしてるんだ!」

 たまらず左ミッドフィルダーの智代が中央に止めに行く。

 だが、その空いた左サイドのスペースに走りこんだ相手ディフェンダーの2番にボールを回され、その2番を止めに岡崎さんが向かうも、中央へ折り返しのセンタリングを出されてしまう。

 またもキーパーのお姉さんと、相手のキャプテン(10番)と7番の一対ニ。

 パスを受けたキャプテンが自分で行くと見せかけてキーパーを十分に引き付け、7番にラストパス。

 バシッ!

 誰もが決まったと思った瞬間、一陣の風が吹き抜け相手のシュートしたボールを蹴り返しゴールを防いだ。

 ここまで戻ってきた智代だった。

 「キャ~~~智代せんぱ~~~い!!」

 ファインプレーに歓声が上がる。

 しかし、サッカー部はすぐさま7番のキックインでリスタート。

 最後尾のディフェンダー4番を中継し、中央のキャプテンにボールが渡る。

 そのマークには、杏さんがついていた。

 「毎度毎度問題児共のお守りたぁ、お前も大変だな」

 「うっさいわね!あんたには関係無いでしょ!」

 「何だよ。人が折角同情してやってんのに……それよりよ、“例の件”どうなってんだよ?」

 「はぁ?何の事よ?」

 「だからその……大分前に手紙渡しただろ?まだ、椋ちゃんから返事もらってねえんだけど」

 「そんなの私が知るわけないでしょ!それと、椋ちゃんとか呼ぶのやめてくんない?」

 「そうか……よ!」

 「あっ!」

 10番は暫くのらりくらりとキープしながら杏さんと何かを話しているようだったが、それで油断を誘っておいていきなりトップギアに。

 緩急をつけた切り替えしに、杏さんは振り切られてしまう。

 続いてそれを止めに行った岡崎さんを、右方向へのフェイントから強引に左側へ身体を割り込ませるようにして弾き飛ばし、一対一でキーパーもかわしてボールは無人のゴールへ。

 ピッピーーー!

 圧倒的な実力差を衆目に見せ付ける様な個人技での逆転ゴール。

 やはりな……。

 「あの10番、なかなかやるわね。テクニックだけでなくパワーとボディバランスもかなりの物よ」

 「ん~、先制して勢いに乗れるかなぁとも思ったけどぉ、やっぱり現役は強いねえ」

 「当然だ。何だかんだで、鬼監督の厳しいシゴキに耐えてきた連中だ。人並み以上の体力や根性は持ってるだろうし、個々のタレントもそう悪くないんだ、弱いはずが無い。実際、大きな大会では結果は残せてないが、勝率は7割近いしな」

 「へえ……随分詳しいのね」

 解説してやると、まるでこちらの意図を全て見透かしているかの様な意味深な笑み。

 やはりこの女も、油断ならない……。

 そんな事を思える事が何か可笑しくて、フッと笑みが洩れる。

 だがその楽しさは、長くは続かなかった。

 「門倉の受け売りだ」

 「門倉?」

 「……こいつ」

 「あれぇ、オーキ君のお友達?」

 この学園一顔の広そうな門倉を知らない?

 意外に思いつつ反対に居る門倉を親指で指すと、門倉の方もまるで今始めて朱鷺戸に気付いたかの様だった。

 何だ?

 いくら間に俺が居たからと言って、この距離で気付かないって事があるのか?

 「報道部の『門倉実理』です。よろしくねぇ」

 「『朱鷺戸沙耶』です。こちらこそよろしく」

 「『宮沢有紀寧』です。よろしくお願いします」

 当たり前の様に互いに自己紹介をしあう三人の姿に、俺は妙な違和感を感じていた。

 そもそも、これほどの美少……こんな目立ちそうな奴を、門倉が知らないなんて事があるのか?

 朱鷺戸沙耶……一体こいつは……?

 ピッ!

 「キャ~~~!!」

 笛の音と甲高い悲鳴で思考が中断される。

 サッカー部の猛攻を、また智代が自陣ゴール前で防いだらしい。

 朱鷺戸の事はかなり気になるが、今は試合に集中した方がいいだろう。

 先制しながら逆転されすっかり勢いが削がれた演劇部に対し、サッカー部の容赦ない攻めが続いていた。

 攻撃の基点である春原さんには常に一人はマークにつき、時には二人がかりで徹底的に潰しにきている。

 杏さんはよく動いてはいるが、相手のキャプテンとのマッチメークは流石に荷が重く、岡崎さんも相手の個人技やパスワークに翻弄され、まったく止めれられていない。

 キーパーのお姉さんも、遠目からのシュートは何とか防げてはいるが、距離を詰められるとどうしようも無かった。

 そして智代も守備にまわらざるをえず、すっかり自陣ゴール前に張り付いてしまっている。

 「さすがに押されてますね……」

 「むしろ演劇部はよく凌いでるって言った方がいいわね。ほとんど坂上さんの身体能力頼りだけど」

 「智代ちゃん、凄いよねぇ!スーパープレイ連発!」

 「下手だから、いつもギリギリ追いついて派手なプレイに見えてるだけだ」

 「はは……」

 相手のシュートをゴール寸前で蹴り返して防ぐ様なプレー。

 それは観客や苦笑する門倉的には派手な方が見応えがあっていいんだろうが、既に守備が崩壊しているから智代が水際で止めるしかないのが実情である。

 もちろん、あいつの凄まじい瞬発力と長い足があってこそではあるが……。

 俺からすれば、『何でわざわざそんな非効率的な事をやっているのか』甚だ疑問だ。

 「手厳しいわね。確かにそれは真理の一つだけど……まあ、攻め手は完全に封じられているし、このままじゃ失点は時間の問題ではあるわね」

 「大分疲れも見え始めてきてますし……大丈夫でしょうか?」

 「まっ、後2~3点とられれば、この攻撃も止むだろうけどな」

 「へえ、その根拠は?」

 「相手はなめて油断してた所にラッキーパンチを食らって、衆人の前で赤っ恥かいたんだ。そりゃあ、ムキにもなるだろ。気が済むまでこの攻撃は続く」

 「ああ、なるほど。先制した所為で本気にさせちゃったと。だから最悪の展開って訳ね」

 「そこで相手の攻勢を凌げるなら、逆に浮き足立たせる事も出来ただろうがな……」

 分不相応の幸運は、時により大きな厄災を招く物だ。

 それに相手の実力を実感出来ていない開始直後のラッキーパンチは、『大した事ない?』などといった変な幻想や油断を生む事もにも繋がる。

 僥倖は僥倖。

 そんな物を当てにして調子に乗ったら、待ってるのは破滅しかない。

 「でもぉ、後2点も取られたらぁ、ますます勝つのが難しくなっちゃうよ?」

 「まあ、それはそうよね」

 「いや、もう既に絶望的と言うか、端っから勝ち目なんて無いだろ」

 「そうかなぁ?意外とこの面子なら“ひょっとしたら”って思ったんだけど」

 「……」

 “ひょっとしたら”……か。

 試合前に宮沢や門倉達も言っていた言葉だ。

 でも、

 「お前、坂上や岡崎さん達とも知り合いなのか?」

 「え?ううん、直接会った事は無いけど、何て言うか雰囲気があるじゃない。色々噂は聞いてるしね」

 「まあ……な」

 「それより、あなたはどうするの?」

 俺の勘繰りを見透かした上で、逆に挑みかけてくる様な視線で、朱鷺戸は問いかけてくる。

 俺より少し背の低い美少女の挑発的な上目使い。

 それは反則的に魅惑的で……。

 男であるなら、この期待に答えてこそ……。

 『危ない!!』

 ブオンッッッ!

 宮沢と門倉の警告に、俺は咄嗟に朱鷺戸にかぶさる様にして身をかがめ、その直ぐ上を弾丸が通過していった。

 「すまない。大丈夫か?」

 そして智代が謝りながら駆け寄って来る。

 もしかしなくても、今のは智代が蹴ったボールだった様だ。

 「ああ、俺は別に……朱鷺戸は?」

 「あたしも大丈夫よ。ありがとう」

 「そうか……すまなかった」

 俺達が支えあって立ち上がったのを見届けると、智代は言葉とは裏腹にプイッといった感じで長い髪をなびかせ戻っていった。

 ん……?

 何だ……?

 ひょっとして……?

 わざと狙いやがったのか!?

 「あら……坂上さんに誤解されちゃったかしら?」

 そう言いながらも、朱鷺戸はやけに満足そうなにやけ顔だ。

 面白がってやがるなこいつ……。

 「どうするも何も、俺は部外者だ」

 「ふうん」

 俺的には素っ気無い返事をしたつもりだが、朱鷺戸は相変わらず含みのある笑みを浮かべただけだった。

 



 前半開始から10分以上が経過し、得点はいぜん1対2のまま。

 だがしかし、戦力差は得点差以上の物だと言う事は、誰の目にも明らかだった。

 試合のほとんどが演劇部側のコートで行われているワンサイドゲーム。

 時折、単発で攻める事も無くはないが……。

 「へい!智代ちゃん、僕の前に出せ!」

 「春原!」

 「うごっ!!」

 智代から春原さんへのパスは何故か全て春原さんの顔面を捉え、しかし、それが相手ゴールに入るようなミラクルは最初の一度きりだった。

 「だから前に出せつってんだろ!!せめてゴロだよゴロ!!」

 「こっちはボールの扱いに慣れてないんだ。経験者のお前がどうにかしろ!」

 そしてそのたびに言い争う両者。

 また、長いサッカー部のターン。

 パスワークに翻弄され、走り回らされる岡崎さんや杏さんは既に足が止まりがちだ。

 逆にお姉さんは、何かすっかりキーパーに慣れてきたらしく、この短期間で見違える程上達している。

 そりゃあ、これだけシュートが飛んでくれば、いい練習にはなるわな。

 そして智代は、相変わらずお姉さんが止められなかったボールをカバーリングして叩き落す曲芸を披露し続けてる。

 内容自体はダメダメながらも、試合は膠着状態に陥っていた。

 このまま一点差で終盤までいけば、あるいは、ひょっとしたら、まさかの、ニ度目のミラクルが起こり得るかも?

 そんな淡い期待がちらつきはじめたその、ついに均衡は崩される。

 それは、飛び出してきたキーパーをかわす為に7番が放った浮き球、ループシュートだった。

 大きな弧を描いて落下をはじめたボールはゴールの上部ギリギリに入っていたが、そこにはカバーに入ったスーパーヒロイン坂上智代の姿が。

 少し高目だが、彼女ならきっとジャンプ一番止めるだろう。

 シュートを放った7番を含む誰もがそう思っていた。

 だがしかし、何を思ったか坂上智代は飛び上がる事はなく、

 ただゴールに吸い込まれていくボールを見送っただけだった。

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