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第二章 4月30日 弱い者達が夕暮れ

 4月30日(水)


 坂の前で立ち止まり、桜の散った並木道を見上げる。

 物心ついた時から、ずっと見てきた桜並木。

 ここに在るのが、当たり前だった桜並木。

 来年にはもう、無いかもしれない桜並木。

 わざわざ編入までして、智代が守りたいと言った桜並木。

 (そうじゃなかったのかよ?)

 わからない。

 あいつの事も。

 俺が何をどうすべきなのかも。

 かつて“こいつなら”と感じた予感。

 あれは……間違いだったのだろうか?

 それとも……あいつの選んだ選択肢の方が正しいのか……?

 論理的にとか、倫理的にではなく、結果的に、この件があいつにとってプラスに働くと言うのか?

 だとしたら…………。

 どれだけ凝視していたか。

 それでも木々は、ただそよ風に僅かに揺れるだけで、何も語ってはくれない。

 泰然自若、あるがままにそこに在るだけだ。

 長嘆息して歩き出す。

 馬鹿みたいだな……俺……。

 

 

 

 昇降口前の掲示板には、また人だかりが出来ていた。

 どうやら選挙ポスターの他に、報道部が校内新聞の新刊を張り出しているらしい。

 爪先立ちでそれにざっと目を通す。

 どうやら、選挙のネタと、例の落書きの件が書かれている様だった。

 それだけ確認して、その場を後にする。

 今日も落書きが有ったのか、あいつのポスターは無くなっていた。




 その日は、担任が来るのがいつもより少し遅く、ホームルームでは選挙ポスターへの落書きに対する注意が行われた。

 報道部にまでネタにされたんだ、さすがに教師も動かない訳にはいかなくなったのだろう。

 ホームルームの終わり際に担任に呼ばれ、直々にお言葉を賜ったが……。

 まあいい。

 “もたもたしてると俺に無茶をされる”

 そう認識されて煙たがられる分には、何の問題も無い。

 むしろ好都合だ。

 これで恐らく落書きは無くなると思うが……。

 智代の過去が多くの人間にばれた事に変わりなく、噂の類までは防ぎようが無い。

 だと言うのに……まったく……。

 「まさかあの落書き、あんたの仕業なの?」

 担任に呼ばれた事で勘繰られたか、嘆息しながら椅子にもたれかかると、隣の仁科のとこに来ていた杉坂に随分と的外れな事を訊かれた。

 「……犯人が判ってたら、わざわざホームルームで言わんだろ?」

 「じゃあ、先生に何言われたのよ?」

 「別に……大した事じゃない」

 曖昧に答えながら『もう訊くな』とばかりに机に突っ伏して寝に入る。

 本当の事を言った所で、また優しい仁科さんに心配かけるだけだろう。

 

 

 

 昼休みになると、俺は旧校舎の資料室に向かった。

 サッカー部との試合は、今日の放課後に行われると渚さんから聞いている。

 何かしらの手を打つなら、今しかないだろう。

 「春原先輩とサッカー部との確執はぁ、単純に一つの大会に出場停止になったってだけじゃなくてぇ、もっと根深い事情があるみたいなのぉ」

 事前に情報収集を頼んでいた門倉が、俺の隣で広げた弁当を食べながら間延びした声で報告をはじめた。

 エプロン姿の宮沢は、教室の隅に置かれたガスコンロで、冷凍物のピラフを炒めている。

 なんだか緊張感に欠けるが、パンをかじってる俺も人の事は言えない。

 「だろうな。プロ野球やサッカーで例えれば、県外からのスポーツ推薦て、助っ人外人みたいなモンだからな……それが問題起こして部活も辞めたんじゃ、ただの契約金泥棒だ」

 岡崎さんもそうだが、あの二人が実情以上に不良扱いされているのは、その辺りの事情も有るのだろう。

 町一番の進学校である光坂に、特待生として恐らく入試も無く入学しながら、部活も勉強もせずに遊び歩いている。

 自分達はやりたい事もやれず、我慢して勉強してると言うのに……。

 そのやっかみを、多くの人間は彼等を“落ちこぼれ”と貶める事でしか解消出来ないのだ。

 わからない事じゃない。

 俺だってタメで特に親しくもなかったら、抱いたかもしれない感情。

 もっとも、逆を言えば彼等はそんな針のむしろの中で、高校生活を送ってきたと言う事だろう。

 「うん……それでぇ、春原先輩や岡崎先輩の件もあって、学校側はスポーツ推薦に対して消極的になったみたいなのぉ。特にサッカー部はぁ、成績が芳しくない事もあって、私達の代から推薦枠をカットされちゃったらしいの」

 「そんな事情があったんですか……」

 作り終えたピラフをテーブルに置き、エプロンを外しながら宮沢も俺の向かいに座った。

 「で、それもこれも全部先輩の所為か」

 「顧問の先生はぁ、学校側から結果を出す事を求められてぇ、今まで以上に厳しくなったみたい。その一方でぇ、そのストレスを上級生が下級生にぶつける“下級生いびり”も酷くなったらしくてぇ、そんなんだから辞めちゃった子も多いのぉ」

 「悲しい負の連鎖ですね……顧問の先生は部を強くしたくてより厳しくしてるんでしょうけど……」

 「指導者として無能なんだろ。今時スパルタが通用するのは、部員の大半が推薦の超強豪ぐらいなもんだ。うちは進学校なんだし、無駄に厳しくしたって進学したい奴は辞めるに決まってる。大体、自分達の弱さを、いまだに春原先輩の所為にして逆恨みしてる時点で終わってる」

 「ははぁ……」

 俺が歯に衣着せず両断すると、門倉は乾いた笑声をあげ、宮沢も苦笑しながらピラフを口に運んだ。

 春原さんは、本当に凄い選手だったのだろう。

 他県から呼ばれた時点で、ここまで名が知れ渡っていたと言う事だし。

 そして彼を失っただけでチームがガタガタになり、他の部員が腐る程の影響力を持っていたのだ。

 「まあ、でも、これで春原先輩をサッカー部が受け入れるはずが無い事は明白だろ。つまり、賭けなんて成立しないし、顧問にチクるだけで無かった事に出来るって訳だ」

 そう結論を出し、宮沢の淹れてくれた温めのカフェ・オレを飲んで一息つく。

 この会議の議題は、『如何に智代を勝たせるか』ではなく、『如何に賭けをぶち壊すか』なのだ。

 そもそも、春原さんに部に戻る意思も無いのに、勝ったって意味が無い。

 それで、負けたら智代が全てを失い、しかも相手の土俵で勝負とか、理解不能だろ。

 確かにこれで勝ったら、これ以上無い程痛快だろうけどな……。

 現実はそんなに甘くねえんだよ!!

 ほっとしたら怒りがぶり返してきたので、食いかけパンと一緒にカフェ・オレで飲み込む。

 だが、それもほんの束の間、門倉の報告にはまだ続きが有り、それが全てを台無しにしてくれた。

 「でもぉ、サッカー部の顧問の先生、今日出張でいないみたいなのぉ」

 「はぁ!?」

 

 


 顧問が出張で居ないから、お遊びの試合が出来る。

 少し考えればわかる事だった。

 結局、俺達は確実な手を打つ事も出来ずに、放課後を向かえてしまう。

 試合の場所はグランドの片隅。

 20m×40mのコートに、通常の物の半分程のゴール。

 あまり弾まない小さ目のボール。

 サッカーと言っても当然11人でやる方ではなく、5人制の“フットサル”形式である。

 コートの外で練習している智代達の中に、一人見慣れない女性の顔があった。

 “女生徒”ではなく、“女性”である。

 まだ若く長身で学校指定のジャージを着ているが、雰囲気的に高校生って感じじゃない。

 先輩達もどこか気をつかってる感じだし、誰かのお姉さんか、知り合いのOGだろうか?

 その他のメンバーは体操着姿から判断するに、智代と岡崎さんに春原さん、それと杏さん。

 制服のままで練習にも加わっていない渚さん、椋さん、一ノ瀬さん、春原さんの妹さんは出無いだろう。

 5人丁度か……。

 サッカーと違って、フットサルはバスケの様に何度でも同じ選手の交代が出来る。

 交代要員は少しでも多いに越した事は無いのだが……この短期間では仕方無いか。

 「川上君」

 背後から名前を呼ばれ振り向くと、仁科と杉坂、そして……確か原田が居た。

 合唱部がこんな所で揃ってどうしたんだ?

 「何だ?お前等も見に来たのか?」

 「古河さんに、『もしよかったら試合をするので見に来て下さい』と、誘われたから……」

 「一体どういう事?サッカー部とサッカーの試合して、勝てる訳ないじゃない」

 「俺が知るか」

 当たり前過ぎる杉坂の問いに、そっぽを向く体で前に向き直る。

 だが、思いがけない続く問いに、俺は再び彼女の方を向く事を強いられた。

 「何よ?まさか、あんた出ないつもりなの?自分の彼女が立候補を取り消すかもしれないのに」

 「彼女じゃねって。つか、賭けの事まで古河先輩から聞いたのか?」

 「えっと……誰だっけ?」

 「古河さんは言ってなかったと思う。原田さんに教えてもらったんじゃ……?」

 「えっ?私もクラスの子がたまたま話してたのを小耳にはさんだだけだけど……」

 噂はこうやって広まっていくのか……。

 マズイな……ギャラリーらしき連中もちらほらと集まってきている事には気付いていたが、賭けの事まで広まっているとなると、ますます賭けを反故にし辛くなる。

 しかし……一体誰がリークしたんだ?

 普通に考えればサッカー部だろうが……。

 「それで、賭けの事は事実なの?」

 「まあな」

 「ふ~ん……じゃあ、もし勝ったら何か有る訳?サッカー部の顧問の先生が、演劇部の顧問になってくれるとか?」

 その手があったか!!

 「いや、そんな事有り得ないだろ」

 「じゃあ、何の為に試合すんのよ?」

 「……名誉?」

 「はぁ?何よそれ?」

 「だから俺に聞くな。こっちが知りたいんだから……」

 何だか言ってて泣きたくなってきた。

 顔を背けるように向き直って溜息をつく。

 「川上君……本当にいいの?」

 今度は仁科が背中越しに問いかけてくる。

 彼女が心配してくれている事は、切なげな声だけでわかった。

 でもな……。

 「無茶苦茶でも、それを受けたのはあいつなんだ。どうなろうと自業自得だろ」

 「……そう……」

 「行こうりえちゃん。一応、古河さん達に挨拶するんでしょ?」

 「うん……」

 杉坂に促され、三人は連れ立って先輩達の方に向かってくれた。

 正直、今ばかりは素っ気無い杉坂に感謝したい。




 それから暫くして、試合は始まった。

 先輩チームからのキックオフ。

 「杏!」

 まずは春原さんから、やや後方左サイドに開いた杏さんにパスが通る。

 「朋也!」

 直ぐにプレッシャーをかけてきた敵のフォワードより早く、杏さんがさらに後ろの岡崎さんにボールを下げる。

 「智代!」

 岡崎さんのロングキック。

 あまり正確ではないが、丁度いい具合に敵陣の誰も居ないスペースに転がった。

 そしてそのボールには、誰よりも早く智代が追いつく。

 「ヘイッ!智代ちゃん、パスだ!!」

 そしてゴール前に走りこむ春原先輩めがけ……

 「春原ーーー!!」

 ドゴンッ!!

 智代の弾丸シュートが放たれた!?

 「ひぃっ……!!」

 その一撃は見事に春原先輩の顔面を捕らえ、彼の身体は錐揉みで派手に吹っ飛び、

 「ピッピ~~~!」

 なんとボールは相手ゴールに入っていた……。

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