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第二章 4月30日 鷹の目の皇帝

 幸にも俺の足は折れてはいなかった


 かなり酷い捻挫で、大分腫れたが


 それでも数日後に行われた練習試合には出ていた


 テーピングでガチガチにして


 他校への送迎に車を出してくれた部員の親父さんにやってもらったんだが


 上手いテーピングは全然違った


 走る事も出来なかったのに


 ボールを蹴るとちょっと痛いくらいになるのだ


 新品のテープを半分以上使っていたが……


 こんなトコでも貧乏性は敵だと知った




 練習試合はやっぱり勝てなかった


 一敗一分け


 得点0


 いつもの様にワンサイドゲーム


 守れるけど攻められない


 攻められっぱなしじゃ、どうしようも無い


 カウンターの一発を期待出来る程うまいフォワードも居ないし


 せめて中盤でボールを持てる奴が一人居ればなと思っていた


 その考えはどうやら顧問も同じだったらしく


 思い切ったコンバートが行われた


 ディフェンダーだったキャプテンを中盤のミッドフィールダーに上げる


 本来彼は中盤の選手だったが


 そのサッカーセンスを見込まれ、一個上の代から守備の要として起用されていたのだ


 だから、それ自体は妥当な物だった


 思い切ったと言うのは


 そのキャプテンに代わって、俺がディフェンス陣を統率する事になった事だ




 戸惑いしかなかった


 サッカーを始めてずっとディフェンダーだったが


 俺はずっと相手のフォワードをマークするポジション・ストッパーだった


 いつも俺の後ろには、全体のフォロー役・スウィーパーである誰かが居た


 先輩だったり、キャプテンだったり


 いつも誰かの指示で動いていた


 だから他のやつの事なんて、気にした事も無かった


 大してうまくも無い俺が、他人のプレイにアレコレ言う資格は無いと思っていた


 そんな俺に、いきなり仲間を指示しろと言われても


 それも皆から信頼厚いキャプテンの代わりに


 守備の最後の砦となるスウィーパーをやれと言われても


 大会まで一月も無いのに


 俺なんかでいいのか?


 俺経験無いよ?


 俺下手クソだよ?

 

 俺センス無いよ?


 俺ポンコツだよ?


 何をしていいのか


 何をしたらいいのか分からず


 それまで比較的安定していた守備すらガタガタで


 周りからは「指示しろ」「指示しろ」と急かされオロオロするばかりで


 大会直前の練習試合は久々にボロ負けした


 


 情けなかった


 負けたのは


 こんなに点を取られたのは俺の所為だ


 今までは、自分のミスでなければ俺の所為じゃなかった


 俺の所為じゃないと思っていた


 でも、もう違う


 例え味方のミスであろうと


 敵の神がかったスーパープレイであろうと


 点を取られたら俺の責任


 やはり、俺なんかがやるべきじゃないんじゃないか?

 

 一対一なら負けない自信はある


 中学の試合で当たり負けした事は無い


 体力だって、試合終了まで走り続ける自信はある


 でも、それだけだ


 俺はキャプテンとは違う


 彼ほどのテクもセンスも無い


 自分のポジションの動きすらよくわかってない


 何より、今まで皆をまとめてきた訳じゃないんだ


 そんなんで、他人を指示なんて出来るはず無いだろ


 「俺には出来ません」と言うべきだろうか……?


 ……


 ……


 ……


 そんな恥の上塗りが出来るか!!


 後ろ向きな考えを、プライドと責任感が叱咤する


 その台詞を言えば、もう部にはいられない


 俺がやるしか無いんだ


 強くなる為には


 勝つ為には


 点を取る為には


 攻撃陣を厚くする他無い


 キャプテンにゲームメイクをしてもらうしか無いんだ


 そして、どれだけ彼の守備の負担を減らせるか


 ゲームメイクに専念させられるかで、勝敗が決まる


 俺は彼程うまく無い


 ずっと才能無いと言われ続けてきた


 それでも、こんな俺を顧問の先生は信頼して任せてくれた


 そして仲間達もそれに不平を言わず、指示を要求してくる


 やるしかないだろ


 男なら


 


 腹は決まった


 だが、それだけでどうにかなる訳でもなく


 手探りのまま大会を向かえ


 リーグ戦を一試合残し


 予選落ちが決まった


 何をどうしたらいいのだろう?


 本とかでも調べたが、いまいちピンとこなかった


 と言うか、理屈だけ述べられても、実際のやり方がわからないし


 そもそも、高度な戦術以前の話であるように思えた


 ノーマークの相手を見つけたら、マークにつくように指示している


 オフサイドのラインも意識している


 抜かれたりすれば、そのフォローもしている


 それでも、いいようにやられてしまう時が有る


 俺がフォローに行けば、どうしたってスペースが生まれてしまう


 抜かれたり、競り負けたりする仲間に、絶対に負けるなと言っても仕方ないし


 やはり個々がレベルアップする他無いのだろうか?


 途方にくれて天を仰ぐ


 よく晴れた春の青空


 だと言うのに、俺は一人暗闇の森に居るようだった


 そう、“あの日のあの場所”の様に……


 目を閉じ、“あの時”の事を思い返す


 真っ暗な森の中で死すら覚悟したあの時


 俺は……


 俺は…………


 俺は………………


 網膜の裏で光が弾けた


 


 試合中なので、こみあげてくる笑いを必死に堪えた


 ああっ、俺は本当に馬鹿だ


 あの日気付けた事を、もう忘れてやがる


 本当に愚鈍だ


 本当に、まったくもって才能ねえ……


 8年近くサッカーをしてきて、ようやくそれを自覚出来た


 どうやら俺は、自分で思ってる以上にテンパリ易いらしい


 俺はずっと、ボールしか見えてなかった


 マークする相手の事しか見えてなかった


 ただ相手を止める事しか、守る事しか、その場を凌ぐ事しか考えてなかった


 ただガムシャラに、必死に、一所懸命に


 そうすれば、漫画やアニメの主人公の様に


 その内活路が見い出せるんじゃないかと


 彼等の様な特異な才能も力も


 ご都合主義な幸運も無いと言うのに


 思い出せ


 森の中での特訓を


 かじってきた武道を


 森の中では、目の前の木にばかり気を取られれば、他の木にぶつかってしまう


 武道でも、相手の拳や蹴りにばかり気をとられれば、その動きに惑わされる


 なら、サッカーも同じではないか?


 選手個々ではなく、味方を一つの、敵を一つの生き物と捉えろ


 全体の動きを、その流れを、


 把握し


 読み


 掌握せよ


 はるか天空から俯瞰するかの如く


 よくサッカーでは、優秀なゲームメイカーにはそういった能力が備わっていると言われている


 “ホークアイ”


 漫画とかでも頻繁に、「そんなにごろごろ居るかよ」とつっこみたくなる程出てくる能力


 俺にある訳も無く、DFだからあまり関係無いと思っていた能力


 でも、もしDFにそれがあったなら?


 いや、そこまで大それた物は要らない


 視界も悪くプレッシャーのきつい中盤と違って


 DFの俺は全体が見える位置に居るのだから


 “観の目”で十分だ


 そして俺には、経験が有る


 8年間、ずっとずっと負け続けてきた経験が


 あらゆる敵の攻撃を、試合中嫌って程受け続けてきた経験が


 もちろん、その一つ一つを憶えている訳じゃない


 だが、脳内に記憶しているはずだ


 その屈辱を


 その悔しさを


 その怒りを


 その辛さを


 その悲しみを


 辛酸と共にあった体験を、完全に忘れるはずが無い


 そしてそれは、俺がキャプテンよりも優っているであろう唯一の物だろう


 まったく、何だよそれ?って感じだが


 それでも……ずっと重ねてきた想いを、無駄にはしたくない


 それらを思い出せ


 いや、その必要は無い


 考えるな


 感じろ


 全身の感覚を研ぎ澄まして


 敵の動きを


 試合の流れを


 そして情報と経験から、危険の芽を導き出せ


 常に“最悪の事態”を想定せよ


 感じるな


 考えろ


 思考をひらめきにまで昇華させろ


 そして、それを元に味方を動かし


 俺が試合をコントロールするんだ


 そうか


 俺が目指すべくは、至高のファンタジスタであった“あの人”では無く


 もはや伝説となった往年の名ディフェンダー。


 最後尾からフィールドを支配する“皇帝”その人か

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