第二章 4月29日 フライング・ヒューマノイド
オーキの家を追い出されてしまった私は、仕方なく岡崎達と合流して、男子寮に向かう事にした。
また、怒らせてしまったな……。
覚悟はしていたが、あいつなら、それでもきっと力を貸してくれると思っていたんだ。
それなのに……「出て行け」の一点張りで、取り付く島も無かった。
「それにしても、あんたの彼氏も薄情よね……自分の彼女がピンチだって言うのに」
藤林さんの姉の方、杏(でいいと言われた)が歩きながらぼやく。
彼氏……か。
前に古河さんにもそう言われた事があったが、ここは『まだ正式に付き合ってる訳では無い』と断りをいれておくべきだろうか?
あ、いや、私は別にかまわないのだが……。
「だから言ったじゃん。勝手にあんな賭け受けたって知ったら、僕が彼氏でも怒ってるよ」
一番の当事者のはずの男が、我関せずと言った体で勝手な事をほざく。
そもそも、こんな事になったのは、一体誰の所為だと思っているんだ?
「気持ちが悪い事を言うな。お前が彼氏だなんて、考えただけでもゾッとする」
「例えでも嫌って、酷くないスか!?」
「あたしでも嫌ね」
「えっと……その……私も……」
きっぱりと断言した姉に続き、妹の方も遠慮がちにだが春原を拒絶する。
まあ、当然だ。春原と付き合いたいと思う女の子なんて、この世に居るとは思えない。
一ノ瀬さんはよくわかっていないのか、相変わらず岡崎の隣でぼ~っとしていたが。
ん?
ここで私は、一緒に居たはずの古河さんが居ない事に気付く。
そう言えば、芽衣ちゃんの姿も見当たらない。
「古……」
「俺も嫌だな。気持ち悪りい」
「僕だって岡崎とは嫌だよ!!」
二人が居ない事を告げようとしたが、岡崎の馬鹿げた言葉に遮られる。
よかった。本当にそう言う仲だったら、同じ空気を吸うのも嫌だった所だ。
「で、実際どうすんのさ?頼みの綱の川上に断られたんじゃ、勝ち目なんて0だよ。それとも、例の落書きの件で皆に過去がバレちゃったし、もう生徒会長になるのは諦めた?」
「諦めてなんていない。それとこの件とは別問題だ」
「いや、だったら尚更あの賭けはマズイだろ」
岡崎までがそんな事を言うのか……。
私だって売り言葉に買い言葉だったと反省はしているが、
「仕方が無いだろ?サッカー部の奴等が試合を受ける為に出してきた条件なんだ」
「そんなの断ればいいだろ!そもそも、なんで部外者が勝手に試合で決着つけようとか言ってんだよ!?」
「あそこで私が出なければ、サッカー部と喧嘩になっていたじゃないか!」
「はいはい、やめやめ!今更あんた達が揉めても意味無いでしょ?確かに、負けたら立候補を辞退するってのはやり過ぎだけど、話し合いは通じなかった訳だし、サッカー部と乱闘なんてしてたら、それこそ大事じゃない。そこは智代に感謝してもいいんじゃないの?」
春原と言い合いになりそうになった所に、パンパンと手を叩きながら杏が割ってはいる。
どうやら、彼女だけは私の気持ちがわかってくれてるらしい。
「そういや、杏は割と乗り気だよな」
岡崎が思い出したように訊いた。
すると杏は、何故か妹を一瞥してから苦笑して答える。
「まあねえ。前々からあそこの部長の事は嫌いだったし、その上、渚や芽衣ちゃんを球拾いにかこつけて虐めたとあっちゃねえ……一度“ギャフン”と言わせなきゃ、気が済まないでしょ!」
「『勝てれば』の話だろ?こっちが言わされたんじゃ、たまったもんじゃないよ」
「勝てばいいじゃない。あいつらって大して強くないんでしょ?」
「そうだ。勝てばいいんだ」
うん。やはり杏とは気が合うようだ。
勝てないかどうかなんて、やってみなければ判らないじゃないか。
「あんたら、サッカーなめてませんかねえ」
しかし、春原は半眼で私達を睨みながら凄んでみせる。
もちろん、まったく迫力は無い。
「お前だって、合唱部を見返す為にバスケ部と試合しようとか言ってたじゃんか。それが、サッカーに代わっただけだろ」
「岡崎、あんたどっちの味方だよ?」
「わりい、少なくともお前の味方じゃねえな」
「味方しろよ!お前だって、今さっきマズイって言ってただろ!?」
「だから、バスケだろうとサッカーだろうと、素人が現役に勝てる訳ねえんだから、正直、俺はどっちも勘弁して欲しい」
なるほど。岡崎はどちらにしろ乗り気では無いと言う事か。
「はあ?朋也、あんたも渚達と一緒に居たんでしょ?悔しくないの!?」
「そりゃあ、春原や智代が来てなかったら、俺がキレてたトコだったけどよ。どんだけムカついても、勝てなきゃ意味ねえだろ?せめてバスケとか野球なら、まだ勝ち目があるけどな」
「それじゃあ、意味が無いだろ」
「そうよ。それにそんなフェアな条件、あいつらが受ける訳無いじゃない。どっちにしろ、もうやるしかないんだし、覚悟を決めなさいよ。それとも陽平、あいつらに頭下げる気有る?」
「どうして僕が?悪いのは勝手な事した芽衣や智代じゃんか」
「てめえ、まだそんな事言ってんのか!誰の為だと思ってやがる!」
「芽衣もお前も、余計なお世話だって言っただろ!」
「お前は……少しは芽衣ちゃんの気持ちも考えろー!!」
「うごっ!!」
私は怒りのあまり、思わず春原を蹴り上げる。
「渚だって、あんた達兄妹の事を、本気で心配してんでしょうが!!」
「ぶべらっ!!」
そして空中の春原に向けて、杏がどこからか取り出した辞書を投げつけ、見事顔面に命中させる。
「そしてこれが……この俺の怒りだぁぁぁっ!!」
「ほげっ!!」
最後に落下してくる春原を力いっぱい岡崎が殴りつけ、ブロック塀に叩きつけた。
うん。どうやら私達三人のコンビネーションは完璧だな。
これならサッカー部との試合も、どうにかなるんじゃないだろうか?
この時の私は、そんな根拠の無い自信を何となく抱いてしまった。
現実と言う物がどれだけ厳しい物であるか、判ってはいなかったんだ……。
「あっ、古河先輩と……妹さん……」
再び鳴ったチャイムに出ると、そこには渚さんと春原さんの妹さんが立っていた。
少し伸びをして二人の背後を確かめるが、智代や他の先輩達の姿は見えない。
「オーちゃんと少しお話したくて、芽衣ちゃんと二人できました。かまいませんか?」
それで気付いたらしく、渚さんがそう説明してくれる。
ああ、やはり渚さんは優しいな……。
単にもう一度頼みに来たってだけでなく、俺と智代の事も気にしているのだろう。
「ええ。それで、なんでしょ?」
大よその目的は判っていたが、あえてそう訊いて促す。
すると、渚さんの影から妹さんが進み出て、俺に向かって深々と頭を下げた。
「ごめんなさい!悪いのは全てわたしなんです!わたしが勝手な事をしたから……。坂上さんはわたし達を助けてくれただけなんです!だから、坂上さんと、彼女さんと仲直りしてあげて下さい!そして出来たら、わたし達に力を貸してくれませんか!?」
「オーちゃん、わたしからもお願いします。もし試合に負けてしまったら、坂上さん選挙を辞退しなくちゃいけなくなります」
「……すみません。いくら渚さんの頼みでもそれは出来ません」
予想していた通りの願いに、前もって用意していた言葉を答えた。
それでも、妹さんは頭を下げたまま上げようとせず、渚さんはとても悲しそうに俺を見つめる。
まるで俺が虐めてるみたいだな……。
二人を悲しませていると思うと、心臓を鷲掴みにされる程に辛い。
けれど今は、それにぐっと耐える他無かった。