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第二章 4月28日 生かした者の責務

 覚悟はしていた。


 プレハブが建っていた地面ごと崖下に落ちたんだ。生存者が居るはずもない。


 実際に、この一週間の捜索で新たな生存者が発見される事はついに無かった。


 次々と読まれる死亡者リストに、あやちゃんの父親らしき名前は無く。


 身元不明の遺体の中にそれがあるのか、まだ土砂の中に埋まっているのか。


 ただ一つ確かな事は……彼女は父親を失ったのだ。


 唯一の肉親かもしれない父親を……。


 公子さんと吉野さんが時折様子を見に来てくれていると、看護師さんから聞いた。


 他に彼女を見舞いに来ている人間は、恐らく俺だけだとも……。


 少し考えれば分かりそうな事だった。


 何故、彼女の父親は、幼い彼女をずっと連れていたのか?


 愛娘と片時も離れたくなかった?


 ただの放浪の旅なら有り得るだろう。


 だが、戦地に足手まといにしかならない幼子を連れて行くだろうか?


 “連れて行くしかなかった”と考えるのが普通だろう。


 母親は生きているのか死んでいるのか。


 祖父母は?父親の兄弟とかは?


 どんな事情なのかは分からない。


 それでも……最早そんな都合のいい希望を当てにする気にはなれない。


 ずっと、考えないようにしていた事がある。


 災害現場であやちゃんを見つけた時は無我夢中だった。


 腕の中で命の灯が消えそうだった時には、自分の命を分け与えてでも救いたかった。

 

 病院で目を覚ました時には、彼女が一命を取り留めた事に安堵した。


 でも……、


 未だに目覚めず、何本もの管につながれた姿はあまりに痛々しく。


 例え目覚めても、重大な後遺症が残るかもしれない。


 その上……父親を失い、身寄りも無くなった彼女は、


 これから一体どうやって生きていけばいいのだろう?


 俺がやった事は……


 正しかったんだろうか……?


 






 4月28日(月)


 3限目が終わると、俺は門倉と共に例によって人気の無い特別教室棟……ではなく、堂々と教室の前の廊下で話していた。

 今朝登校すると、智代の選挙ポスターに落書きがされていた件についてだ。

 予測はしていたが、あまりに卑劣で稚拙なやり方と、“それをやらせた人間”に憤りを覚える。

 「あいつとは話ししたのか?」

 「うん……『放っておけ』って……事実だからって……」

 「そうか……」

 何ともあいつらしく男らしい言葉だ。

 まあ、あいつが直接解決出来る物でも無いし、下手に抗議したり、見苦しい真似をするよりずっといいが……。

 「選管や、教師達の動向は何か掴んでいるか?」

 「ポスターは新しい物にするみたい」

 「犯人探しは?」

 「どうだろぉ?そこまではしないんじゃないかなぁ?」

 「見て見ぬ振りか?筆跡鑑定でもすりゃ一発だろうに。教師なら、誰の字かぐらい見当がつくだろ」

 「それはそれで、やったら問題になるんじゃないかなぁ?」

 「選挙ポスターへの落書き自体、立派な犯罪だ。それを指導もしないつもりかよ」

 「確か公職選挙法だったかなぁ?実際それで捕まったってニュースもあったと思う」

 「報道に携わるんだから、法律くらい頭入れとけよ」

 「えへへぇ、後でちゃ~んと調べておきますぅ」

 「まあ、俺も細かい事まで憶えてないけどな……だが、町一番の進学校の生徒が、選挙ポスターへの落書きが犯罪である事すら知らないんじゃ、いい笑い者だな」

 「ちょっと恥ずかしいねぇ」

 「……とまあ、こんな所か。じゃあな」

 「うん。貴重なご意見ありがと~」

 俺はひとしきり言いたい事だけ言って、後ろ手を振った。

 それをメモに書き留めながら、門倉は礼を言う。

 これは密談ではなく、あくまでインタビューだからな。

 彼女はきっと中立的な立場で、うまく記事にしてくれるだろう。

 



 昼休みになり、確認しに行くと、門倉が言っていたとおりポスターは張り替えられていた。

 果たしてこれで収まるのか、はたまた……。

 とりあえず、今は様子を見る他無い。

 自販機でカフェ・オレを買い、屋上に向かう。

 誰も居ない吹きざらしのコンクリートは物寂しく。

 柵越しの眺望は実に清々しい。

 やはり俺には、ここが一番落ち着く。

 ここに独りで居る事が……

 「ホールド・アップ!」

 一瞬、心臓が凍りついた。

 誰も居ないと思っていた所に、不意に背中に突きつけられた“何か”。

 だが、それ以上に、聞き覚えのあるその台詞と声が、幻聴かと思えた。

 それを確かめるべく、俺はおもむろに振り返る。

 「ちょっと!何で手を挙げろって言ってるのに、普通にこっち向くのよ?」

 そこに不満顔で立っていたのは、小学生くらいの女の子……ではなく、見覚えの無いうちの制服を着た女子生徒だった。

 いや……似ている……気がする……。

 あれ……?

 誰……に……?

 「あなた、川上君よね?」

 「え……?うん……」

 脳がまだ混乱しているのかまったく働かず、そこに名前を問われ、つい間抜けな返事を返してしまう。

 ああ、いかん!落ち着け!常在戦場!戦場では常にクールに!

 まずは相手の観察からだ。

 ツリ目がちな大きな瞳に、智代並に長い髪の両端には羽を思わせる白く大きなリボン。

 スタイルもなかなかの物だ。背は俺よりやや低い=智代より低いが、胸の方はほぼ互角……

 「ちょっと、どこ見てるの?」

 「校章だ。タメみたいだな」

 胸への視線に気付かれ白眼に晒されながらも、動じずクールに返す。

 しかし、こんな美少女、あっ、いや、浸っていたとは言え俺の背後を易々と取れる女が、まだこの学校に居たのか……。

 もしや、智代と同じく二年からの編入組か?

 「ふ~ん……まあ、いいわ。そういう事にしといてあげる」

 俺の切り返しがお気に召したか、女生徒はフフッと笑みを見せた。

 自信満々でも智代のそれとはまた違う、“余裕の笑み”と言うやつか。

 「何で俺の名前を?」

 こいつ……やはり出来る……!

 そう判断し、こちらも当たり障りの無い質問で探りを入れてみる。

 すると、彼女はその長い髪をクルリとひるがえし背を向けると、

 「そりゃあ、なかなかの有名人みたいだし……」

 と、含みのありそうな事を言って、校舎に向かって歩き出す。

 「ああ、あたしは朱鷺戸ときと沙耶さや。よろしくねオーキ君」

 そして思い出した様に首だけ捻って名乗ると、朱鷺戸沙耶は扉の中に消えた。

 

 

 

 「何だったんだあの子は……?」

 屋上の柵に寄りかかり昼食を食いながら、さっき出会った少女の事を振り返る。

 智代と並べても遜色無いくらいの美少女だ。

 本来なら出会えてラッキーと思う所だろう。

 なのに、この妙な違和感と言うか、腑に落ちない気持ち悪さは何だ?

 その答えを探そうとするも、考えようとしても頭がズキズキと痛み、思考力を殺いでいく。

 ひょっとして……風邪をぶりかえしたか……?

 そう思ったら、少しだけ楽になった気がした。

 ここは風があって寒いからな……体が冷えたかも。

 額を触ると、やはり熱く感じる。

 熱が出ててきたかもしれない。

 さっさと教室に戻って寝るか……。

 そうしようと、少し早いが教室に戻る事にした。

 しかし、階段を下りる途中でポスターの事が気になり、念の為にもう一度掲示板を確認しに行く。

 すると……張り替えられたはずの智代のポスターには、また落書きが書かれていた。

 それも、完全に智代の過去を暴露する内容の文が書き加えられている。

 この短時間で……。

 一度だけなら、ただの気の迷いで済むだろう。

 だが、これは明らかで執拗な悪意に他ならない。

 そう言う事なら、こちらにも考えがある。

 俺はそのまま、掲示板の前でタイミングを待った。

 チャイムが鳴り、他の生徒が帰った後もずっとその場に留まる。

 「おい、川上!もう授業は始まってるぞ。戻れ!」

 ようやく、たまたま近くを通った教師が俺を見つけてくれた。

 それも、おあつらえ向きに普段俺を目の仇にしている二年の生活指導だ。

 こういうのも、“ついている”と言うんだろうか?

 自嘲の笑みを押し殺しながら、異変を感じた教師がこちらに向かって来るのを見計らい……俺は智代のポスターを破り捨てた。

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