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第二章 4月26日 川上リテラシー

 いつもと変わらぬ長い長い坂を上りきると、校門の方から声が聞こえてきた。

 「光坂の伝統をリスペクトして踏襲しつつ、みなさんがよりよい学園生活を送れるよう……」

 「みなさんの清き一票を、どうかよろしくお願いします」

 それぞれの名前の書かれた襷をかけた男子と女子が、数人のお供を連れて仁王の様に校門の左右に立ち、大声で登校者に向けて演説をしていた。

 あれは確か……生徒会長候補の二人だ。

 名前までは覚えていないが、顔は選挙ポスターで見た憶えがある。

 時折足を止めて聴いている者も居なくもないが、ほとんどの生徒は興味も無さそうに素通りしていく。

 それでも彼等は、まるで競い合う様に自分のアピールを続けていた。

 「もう朝から演説をしている生徒が居るんだな」

 「お前のライバルだ」

 足を止めて彼等を眺めながら他人事のように言う智代を置いて、そのまま足早に校門をくぐる。

 嫌な予感がした。

 聴こえて来た演説の内容その物はあたり障りの無い凡庸な物。

 しかし、『兵は拙速を尊ぶ』と言うだろう。

 多少拙くとも、いや、拙いなら尚の事、速さで勝負と言うのは悪くない。

 例えまともに演説を聴いていなかったとしても、一番乗りと言うだけで生徒の記憶には残るはずだ。

 いや、問題はそこでは無い。

 俺が気になったのは……彼等の“声”だ。

 選挙は始まったばかりだと言うのに、彼等の声にはどこか切羽詰った様な物を感じた。

 いくら隣に別の候補者居るとは言え、必死過ぎる気がする。

 「待て!先に行く事ないだろ」

 すぐに智代も小走りで追いついてきて、文句を言いながら隣に並んだ。

 それにかまわず、むしろ振り切る様に歩くペースを加速させる。

 「怒っているのか?」

 だが、足の長さの差ゆえか苦もなく追いつかれ、不安顔で覗き込まれる。

 「昨日のアンケートの結果が気になる。急ぐぞ」

 「アンケート?ああ、実里達がやってたアレか」

 仕方なく目的を言うと、さして興味も無さそうな返事が返ってきた。

 自分も関わるアンケートすら、まったく気にもかけていないとは……。

 こいつらしいと言えばらしいし、いたずらに気にしすぎるよりマシかもしれん……が、その大物ぶりが仇になる事もある。

 「お前の事だろうが……」

 「それはそうだが。でも、選挙はまだ始まったばかりなんだ。現状を把握する目処にはなるかもしれないが、あまり意味は無いんじゃないか?」

 「30点」

 「30点って一体何の事だ?私の答えがって事か?」

 「とにかく、続きは結果を見てからだ」

 

 

 

 下駄箱で靴をはきかえ、既にかなりの人だかりの出来ている掲示板を爪先立ちで確認する。

 そこに張られたアンケートの結果は……やはり俺が懸念していた通り最悪の物だった。

 

 生徒会長候補

 ・坂上智代…34%

 ・山下登……31%

 ・武藤吉秋…11%

 ・森喜子………8%

 ・無効票……16%


 副会長候補

 ・末原悠仁…22%

 ・斉藤三平…16%

 ・無効票……62% 

     ・

     ・

     ・

 

 「坂上先輩!おめでとうございます!」

 「ああ……でも、これで選挙に受かった訳じゃない。本番はまだまだ先だ」

 「本番でも、絶対先輩に一票入れますね!応援してます!」

 「ありがとう」

 背後から聞こえてきた会話に振り返ると、丁度後輩と話し終えた智代と目が合う。

 「あまりいい気になるなよ」

 「何だいきなり……いい気になんてなってない。さっきも言った様に、今一番になったからって本番で勝てるとは限らない事ぐらい、私にだってわかっている」

 「だから、その認識じゃ30点だって言ったろ?お前はこれでますます窮地に立たされたんだ」

 「!?どういう事なんだ?説明してくれ」

 元よりそのつもりの俺は、首でくいっと智代を促し、場所を変えるべく歩きだした。

 

 「まず、あのアンケートだが……昨日門倉達がどうやってアンケートをとっていたかが問題だ。憶えてるか?」

 智代を人気の無い特別教室棟に連れてくると、俺は某池上氏ばりの解説を始める。

 「ああ。確か、掲示板の横で選挙の告知を見ている生徒達に協力を呼びかけてたな」

 「そうだ。つまりあのアンケートは、ランダムに選ばれた人間でなく、答える側が任意で答えてた訳だ。じゃあ、例えばお前が選挙に出てなくて、特に入れたい奴も居なかったらどうする?答えようと思うか?」

 「思わないな」

 「だろ?でも、まだ演説も何もしてない内から、候補者の名前とポスターだけ見て誰が役員に相応しいかなんて決められる訳が無いよな?」

 「その通りだ」

 「て事はだ。要するするにあれは、ただの選挙前人気投票だ。個人的に応援してる奴が居る奴しか答えてない。その証拠に、副会長以下の大半が無効票だったろ?恐らく、あれは空欄やまだ決めてないと書いた奴が多かったからだろう。もちろん、適当に答えた奴も居ただろうけどな」

 「なるほど……でも、それで一番になった事で、どうして私が窮地に立たされるんだ?」

 「まず、あのアンケートから解るのは、お前のファンが30人くらいは居るって事だ」

 「そう……だな。ありがたい事だ」

 「でも、本番の選挙でそっから票が増えるかはまた別だ。3~40票で勝てる訳が無い」

 「うん。それぐらいはわかっている」

 「しかしだ。じゃあ、他の候補者からしたらどうだ?実態はどうあれ、現時点ではお前が一番手強い相手だと認識されると思わないか?つまり、有名無実なアンケートのおかげで、何の経験も実績も無いお前が、他の候補者から追われる立場になったって事だ」

 「なるほどな……」

 一通り解説を終えると、智代は表情も変えず納得した様に頷く。

 「つまり、これで他の候補者も私に負けじと必死になるって事だな。そう言えば、さっきも校門の所で二人演説していたが、アンケートの結果も影響しているんだろうか?」

 「60点」

 「えぇ!?」

 俺が溜息混じりに点数を告げると、彼女はキョトンとして素っ頓狂な声を上げた。

 「……違うのか?」

 「ただ発奮して躍起になるだけならいい。問題なのは、お前の足を引っ張る為に粗を探しに来ないかって事だ」

 「私の粗?」

 「お前の過去に決まってるだろ」

 「ああ……」

 「もしバレて噂でも流されてみろ……票を集めるどころか、お前のファンだって離れていくかもしれない」

 「考え過ぎじゃないか?いくら生徒会長になる為とは言え、そんな事までするだろうか?」

 「甘いな。“この町一番の進学校”光坂の生徒会長だ。ある意味一生を左右するだけの箔付く。引っ張れる足はいくらでも引っ張られると思え」

 「そんな物か……」

 ようやく事の重大性を理解したのか、智代は表情を曇らせ黙り込んだ。

 丁度その時、始業を告げるチャイムが鳴り始める。

 「まあ、今更どうしようも無いが、覚悟だけはしておけ。行くぞ」

 「あ、ああ」

 言いながら踵を反すと、それで初めて予鈴に気付いたかの様に、少し慌てながら智代も後からついてくる。

 俺が言った事について逡巡しているのか、教室までの道すがら彼女は無言だった。

 「じゃあな」

 「オーキ」

 しかし、そのまま挨拶だけして教室に入ろうとした所で呼び止められる。

 振り返って何気なく合った彼女の瞳の熱さにドキリとして、言葉が直ぐに出ない。

 「……何だ?」

 「すまない。お前は私の事を色々と心配してくれているのに、私は自分の事しか考えていなかった」

 「いいよ別に……」

 「今の私には、友達や応援してくれる後輩も沢山いる。でも、こうやって私の悪い所や気付いていない所を指摘してくれるのは、お前だけだ。やはり、私にはお前が必要なんだ。だから……」

 「わかったから、早く教室行け!先生くるぞ!」

 「うん!またな」

 堪らず続く言葉を遮り、教師をダシに追払う。

 それでも彼女は元気に頷くと、満面の笑みで跳ねるように自分の教室に向かった。

 まったく……人の教室の入り口で、何を言ってくれるんだ!

 確認するまでもなく、思いっきりクラス中の注目を浴びている。

 俯いて火照った顔をなるべく隠しながら、俺は自分の席についた。

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