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第二章 4月26日 はくちゅん大魔王

 4月26日(土)


 「ハッ……クチュン!」

 トレーを持っていて両手がふさがっていたので、出そうになったくしゃみを咄嗟に肩口で押さえる。

 マズイな……川に入って濡れて帰ったせいか、昨晩から少し風邪気味だ。

 「てめえ……」

 「あ、すんません」

 見ると古河パンが誇る不良店主が、険しい顔をしてた。

 くわえタバコはどうなんだ?とは思うが、やはり食品を扱ってる所でくしゃみはマズイわな。

 「女みてえなくしゃみしてんじゃねえ!!」

 ええっ!?キレるとこそこ!?

 「男ならもっと豪快にやりやがれ!いいか?こうだ!ぶえっっっきしっ!!」

 難癖をつけてきた秋生さんは、すかさず演技指導とばかりに往年の加藤茶を思わせる豪快なくしゃみで唾を飛ばしまくる。

 いち早く身の危険を感じて飛び退ったから良かった物を、つっ立って居たらモロにかぶっていた所だ。

 「さあ、やってみろ!!」

 「いや……無理にやるもんじゃ無いでしょ……」

 「なにい~!?」

 「秋生さ~ん、お店で派手なくしゃみはやめてくださいね~」

 “俺のくしゃみがやれないのか!?”的な理不尽な怒りを向けられた所を、店の奥から現れた優しい声に助けられる。

 早苗さんが来てくれた!

 助けられた安堵と、顔が見れた喜びで、思わず顔がほころぶ。

 朝はパン作りや家事が忙しいのか、あまり出てきてくれないのだ。

 「くちゅんっ」

 気が抜けた途端にまたくしゃみが出そうになって、片手で口を押さえる。

 一晩寝れば治ると思っていたが……これは朝飯食ったら薬飲んどいた方が良さそうだ。

 「オーキ君、風邪ですか?」

 「ええ。すいません」

 「生理現象ですから、気にしないで下さい。それにオーキ君は、子供の頃から咳やくしゃみをする時も、ちゃんと周りに配慮して手で押さえてくれますから」

 そう言いながら少し昔を懐かしむように目をつぶると、聖母の様に微笑む。

 褒められた気恥ずかしさと、この人にとって俺は永遠に子供なのだと改めて思い知らされ、苦笑しながら恐縮するしかなかった。

 「そういう時こそ早苗のパンだ!早苗のパンにかかりゃ、風邪のウイルスなんざイチコロだぜ!さあ、ここにあるやつ全部買っていきやがれ!!」

 「さすがにそんなに食えませんよ」

 つっこみつつも早苗さんをちらりと見ると……、

 「そうだ!では、来週の新作パンは、オロナミンパンにしましょう!」

 と、何故かパンと手を打って瞳を輝かせていた。

 どうやら、滋養強壮に効くとかいい方に意味をとったらしい。

 いや、“ウイルスをも死滅させる破壊力”とか思ったのは俺の深読みかもしれんし、特に今日は走っていかれると困るんだが。

 「オーキ君、どうでしょう?」

 「あ、いや……」

 「それとも、リポビタンパンの方がいいですか?ユンケルパン……だと、少しコストが高くなり過ぎてしまいますね……」

 栄養ドリンクそのまま入れるんかい!

 「いいです!大した事無いんで、直ぐ治ると思いますから!」

 「そうですか?デカビタパンなら、割とコストも抑えられると思いますけど……」

 「いえ、気にしないで下さい!」

 どれを入れるか本気で悩んでいる早苗さんに、引きつった笑顔でご遠慮願う。

 いや、ちゃんと作れば結構うまそうな気もするが、早苗さんだからな……。

 「早苗、赤まむしパンなんてのはどうだ?」

 きりっとした男前の貌で秋生さんが言った。

 どうだ?じゃないだろ。

 「まむしパンですか……精はつきそうですが、まむしなんてこの辺りに居るでしょうか?」

 いや、それ違います!てか、現地調達!?

 さすがは早苗さん、ボケにボケで切り返した!

 「じゃあ、一個だけ……」

 このままでは収集が付かないので、とりあえず香ばしい湯気をたてている早苗パンを一つトレーにのせた。

 「ありがとうございます!」

 「あん?一個だあ?半額にまけてやるから、全部買っていきやがれ!」

 開店したばっかで焼きたてパン半額セールかよ!

 「まあまあ、秋生さん。もし売れ残ったら、またお宅の方に届けてあげましょう」

 100%届く訳ですね……。

 「それじゃあ」

 「おう」

 「お大事にしてくださいね」

 「はい」

 早苗パンとミートパイ、それと体に良さそうなシナモンロールを買って、古河パンから一度帰宅した。

 



 布団に入って、時間ぎりぎりまで仮眠する。

 まだひき始めって所だが、学校行きたくねえな……。

 まったく、何でうちの学校は土曜が休みじゃないんだ?

 まあ、その辺まったく調べず入った俺が悪いのかもしれんが……今時有り得なくね?

 明日からバイトも始まるし、大事をとって休みたい所だが……気になる事もあるしな……。

 昨日、門倉達がやっていたアンケートの結果は知っておきたい。

 実際の選挙でも選挙前調査は当たり前の様にやってはいるが……。

 あれと同じ物だと思ったら大間違いだ。

 アンケートの結果次第では、あいつにとっては更に厳しい戦いになるだろう。

 まったく、報道部も余計な事をしてくれる……。

 あいつは……今日は来るだろうか?

 出来れば、一緒に結果を見てその場で対処したいが……。

 せっかく昨日我慢してこれで終りって雰囲気にしたってのに、その矢先にこれだ。

 まあ、来ないなら後で話をすればいいし、その方がいいのかもしれんけど……。

 色々考えながらうとうとしていると……トントンと階段を上がってくる音が。

 さすがは天下のKY娘。あの程度の事じゃ通じないようだ。

 「おはよう、オーキ」

 「おはよう」

 当然ノック無しで元気にドアを開けて入ってくる長い髪のKY娘に、起き上がりながら普通に挨拶を返す。

 すると、何故か少女は呆然とその場に立ち尽くした。

 「どうした?」

 「あ、いや……おはようオーキ」

 智代は少し戸惑いを見せたが、気を取り直した様に笑顔で再び挨拶を言いながら入ってくる。

 一応は、邪見にされるとでも思っていたんだろうか?

 いや、いつもならする所だが、今日は特別なだけだ。

 テキパキと折りたたみテーブルの用意を始める智代を、無言のまま眺める。

 主に短目の制服のスカートの裾辺りを中心に。

 相も変わらず脚長いな……。

 脚繋がりで、昨日見た光景を思い出す。

 網膜に焼きついた魅惑のシルエット。

 まったく期待していなかっただけに、あれは衝撃的だった……。

 衛武とどっちが長いだろうか?

 胸は智代の方がデカイと思うが……。

 「はっ……くちゅん」

 川原の寒気や水の冷たさまで思い出してしまい、思わずくしゃみが出た。

 「今のくしゃみはお前のか?」

 振り返った智代は、驚き顔でそんなわかりきった事を訊いてくる。

 今までネタにされた事は何度かあるが、そんなに俺のくしゃみは変なのか?

 「可愛いくしゃみだな。女の子みたいだ」

 「悪かったな」

 「誰も悪いなんて言ってないだろ?むしろ褒めてるんだ」

 「だから、男は可愛いなんて言われても……」

 ムッとした俺の言葉を、伸びてきた智代の手がさえぎる。

 「風邪か?熱は無さそうだな……」

 俺のおでこにあてた手を、前髪を上げながら自分のおでこにあてて確かめると、安心した様に微笑む。

 直接おでこをくっつけられるよりは100倍マシだが、それでもやはり照れくさい。

 「そうだ。伝染るからあんま寄るなよ」

 「そんなのかまわない」

 「選挙どうすんだ?」

 「問題無い。これでも体力には自信があるんだ。風邪なんかに負けないし、例えひいたとしても、この選挙は戦い抜いてみせる」

 「……」

 智代は胸を張り自信に満ちた瞳で言い切った。

 絶対根拠なんかねえだろうに……。

 そう思いつつも、久々に自信満々な彼女を見て、対処に迷った。

 やっぱり、こいつには偉そうなくらいの方が似合っている。

 俺とて、こいつの鼻っ柱を折るつもりは毛頭無い。

 だが……。

 「……すまない。怒ったのか?」

 沈黙に不安を覚えたのか、急にしおらしくなって恐る恐る訊いてくる。

 「別に……心当たりがあるなら、やる事やれ」

 「ちゃんとやってる!来週からは朝も選挙活動をする予定だ。だから、朝迎えに来れるのも、今日が最後なんだ……」

 そう言った智代は、ドナドナの幻聴が聞こえそうな程寂しそうだった。

 いやな。俺とて来てくれるのは凄く嬉しい。

 あれだけ拒絶したのに、またこうして懐いてくれてる事に感動すら覚える。

 許されるなら、今すぐにでも抱きしめて、そのまま押し倒して色々やりたい。

 でも、それは許されない。

 誰よりも、俺が許さない。

 「もういいから。さっさと飯食って学校行くぞ」

 「風邪の方は大丈夫なのか?」

 「大した事無いから平気だ」

 「そうか。でも、無理をしてはダメだぞ。風邪はひき始めが肝心だからな。はい、あ~ん」

 智代は布団の脇に置かれたテーブルにお盆を置くと、条件反射の様に箸を取り、おかずをつまんでそれを俺の口元に差し出してくる。 

 「あーんは昨日で終り」

 「どうして?今日までだって言ってるじゃないか!」

 「ダ・メ・だ。ほら、返せ」

 唇を尖らせて食い下がろうとした智代だったが、俺が箸をつまむんで眉を寄せると、渋々と手を離した。

 だが、直ぐによからぬ事を思いついて立ち直ると、人が食ってる前に身を乗り出してくる。

 「じゃあ、選挙が終わった後ならいいだろ?」

 「……気が向いたらな」

 「うん、約束だ!ゆ~びき~りげんまん……♪」

 無理矢理俺の手を掴んで小指を出させると、智代は強制的に誓約を交わした。

 もちろん不本意ではあるが……それでモチベーションが上がるなら善しとしよう。

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