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第二章 4月25日 筋肉達磨は見た!

 江戸時代から続いている……らしい、由緒正しい剣道場『衛武館』。

 俺は小学生の時にその門を叩いた。

 入る為では無い。

 見学する為だ。

 その頃の俺は、少しでも強くなりたくて色んな道場を見学して回った。

 もちろん何か本格的にやれたら良かったんだが、習い事は一つだけと親に言われていたので、せめて見るだけでもと、考え付いた苦肉の策だ。

 そこで俺はとんでもない逸材を目の当たりにする。

 それまで既に空手や柔道と言った幾つもの道場を巡っていたが、正直言って同年代で本当に強いと思った奴はいなかった。

 だが、そいつだけは別格、別次元の存在だった。

 その美しい立ち姿、そのキレのある挙止、そのまとっている雰囲気。

 そして何より、他の門下生を寄せ付けない圧倒的な強さ。

 俺は一目で魅せられたと言っていい。

 「あんた強いな!俺は川上。まだ正式に入門した訳じゃないが、よろしく頼む」

 一試合終えたその背に、興奮のあまり思わず声をかけてしまった。

 しかし、振り返って面をとったその顔を見て「しまった」と後悔する。

 女だった。

 防具をつけていたし、男子と試合をしていたからてっきり男だと思い込んでいたが、ややきつく冷たい印象ではある物の、ドキリとする程の美少女だった。

 「そうですか。こちらこそ、よろしくお願いします」

 「あ、ああ……」

 さして興味も無さそうに、ドギマギしている俺を置いて彼女は行ってしまう。

 それが、“天才剣士”衛武舞との出会いだった。




 「いっつっつ、切られちまった……こりゃあまた、ゆきねぇに治してもらわねえとな……って、へへっ、こんな遅くじゃもう帰っちまってるか……」

 自分を騙し嵌めようとした男を倒しはした物の、タンクトップのよく似合うマッチョな体と、それに似合わぬ繊細な心に傷を負った坊主頭の須藤は、鮮血の流れ出る傷口を押さえながら川原へと向かっていた。

 あの坂上智代を倒し、自分達とも大立ち回りを演じて実力を示した川上に、突然現れ出鱈目な強さで敵を薙ぎ倒した謎の女。

 「まっ、もう終わっちまってそうだけどな」

 あの二人なら大丈夫だろう。

 そう思いつつも多勢に無勢だ。一抹の不安は残る。

 事の顛末を見届ける為にも、須藤は傷の痛みに耐えながら川上との合流を急いだ。

 しかし、土手の上に辿りついた須藤はそこで、予想外の光景を目撃する。

 「なんだ!?まだ終わって無い……!?て、あいつら何やってんだ!?」


 


 初めから嫌な予感がしていた。

 確かに衛武の自宅兼道場からここは割と近く、加えてこいつは不良と言う人種を蛇蝎の如く嫌っており、あそこまで頭の悪そうな連中を見かけたら問答無用で叩きのめしてもおかしくない類の人種だ。

 だが、だからと言ってただ俺を助ける為にこいつが現れたとは考えにくい。

 何しろこいつからすれば、俺も奴等と同類だろうからな。

 つまりこいつの狙いは、初めから奴等でなく俺の方で、加勢してくれたのも邪魔者を始末したに過ぎないのだろう。

 「アホな事言ってんなって。それより、遅いんだから早く帰れよ。道場の練習とかあるんじゃないのか?」

 とりあえず俺は、常識を盾に冗談として受け流す体で答える。

 元より女と戦う趣味は無いが……それでなくても、こんな奴と戦いたかねえ!!

 さっきの動きからして、中学の頃より更に強くなっているのは間違いない。

 それに……その……なんだ……智代とのバトルは色々と見えたり触れたりと言った“不可抗力”の特典が付いてくるが、袴に道着の下には黒いアンダーシャツを着たこいつにはお色気シーンは期待出来ず、そもそも精神までも完全武装している様な女だ、下手な事をしたら本気で殺されかねない。

 そして忘れちゃならないのが、さっきの質問だ。

 どうしてこいつの口から智代の名前が出たのか?

 衛武の中学は俺と同じだから、あいつとは違う。

 部活でも無いから、接点が有るとすれば……ただ一つだろう。

 前々からそうじゃないかとは思っていたが……間違い無い。

 智代も話していた、かつて智代と真剣で戦った女剣士とは、こいつの事だろう。

 「……今日は道場の練習はありません……それよりも、もう一度言います。私と戦いなさい。たった今、暴漢に襲われていた所を助けてあげたばかりでしょう?」

 淡々とした声音で、無茶苦茶な理屈を押し通そうとしてくる。

 助けてくれたのは恩の押し売りの為かよ!

 こいつは頑固爺を絵に書いた様な祖父から厳格に育てられた所為か、生真面目で融通が利かず、自身のジャスティスを他人にも押し付けようとしてくる所が有る。

 しかし、この時ばかりは少し違和感を覚えた。

 台詞の前の若干の間……普段キッパリとした物言いが売りの衛武が言いよどんだのだ。

 たまたま練習が無い事が、そんなに言い難い事だろうか?

 まさか……サボりとか?

 「俺は女とは戦わない主義だって、前から言ってるだろ?」

 「坂上さんとは戦ったのに、私とは戦えないと?」

 「坂上とお前じゃ、立場が全然違うだろうが……部活やってる、それも部活推薦で学校行ってる人間が、喧嘩していい訳無いだろ?お前は全国区で有名人なんだし」

 「貴方には関係の無い事だと言ったつもりですが?」

 「無い訳ねえだろ!一応知り合いなんだし……それこそ恩を仇で返す事になるだろうが。それとも初めから勝気が無いのか?」

 苛立ちでかゆくなった頭をがりがりとかきながら、さりげなく川を背にして衛武と対峙する様な立ち位置を取る。 

 こいつは一見落ち着いていて慇懃な物腰だが、その実かなり気性が激しくすぐに手が出る……実力行使、鉄拳制裁を得意とする烈女だ。

 何とか今は会話で牽制出来ているが、いつ業を煮やして襲って来るかもわからない。

 もちろん戦闘を回避出来ればベストだが、こいつが現れた時から“もしも”の事態も想定済である。

 「言ってる意味がわかりませんが?」

 「お前、坂上を倒した事で、俺がこの町最強になったって事わかってる?」

 「ええ。だからこうして貴方に決闘を申し込んでいるんです」

 「いや、だからな……もしお前が俺に勝ったら、当然お前が喧嘩したのが広まるし、今度はお前がさっきみたいのから狙われる事になるんだぞ?」

 「そんな事まで心配してもらわなくても結構です。貴方の方こそ、私に勝つ自信が無い様に聞こえますが」

 「当前だろ?たかだかこんなちっぽけな町の不良共の中で一番になったからって、全国制覇したお前に勝てる訳ねえだろ?心配しなくたって、お前の方が強えって」

 「それでも、貴方は私に一度勝っています」

 「小学生の時だろ?それもこっちは何でも有りの喧嘩殺法だったんだし」

 衛武の実家でもある道場に通っていた時、俺はただ一度こいつと本気で戦った事があった。

 道場主である彼女の祖父に、俺の目的を見透かされたからだ。

 その上で爺さんは、俺に孫娘との試合を強いた。

 剣道じゃ敵う訳が無いので、ルール無用でかまわんと。

 そのまま戦わずに去る事も出来ただろう。

 でも、その時は衛武と本気で戦ってみたいという気持ちが勝ってしまった。

 どうせ最後なら、惹かれていたその強さを肌で感じたかったからだ。

 そして俺は、あくまで剣道で戦おうとする彼女に奇策に奇策を重ね、一瞬の隙をついて組み伏せ勝ちを収めた。

 「わかりました。なら、潔く戦って、負けてください」

 「何もわかってねえだろ」

 「私は中学の時に坂上さんにも負けた事があります。その坂上さんに貴方は勝った。なら、貴方には私の挑戦を受ける義務が有ると思いませんか?」

 「んな義務ねえよ。てか、真剣使って負けたのって、お前だろ?」

 「……その事まで知っていましたか……ええ、その通りです。私は真剣まで使いながら、坂上さんに負けました」

 「違うだろ?“真剣なんか使うから”負けたんだ」

 やや自嘲のこもった言葉を、俺は自分なりに分析した結論で打ち消す。

 暗くて彼女の表情はよくわからなかったが、その険しい眼光が少しだけ和らいだ気がした。

 「……どういう意味ですか?」

 「いくらお前でも、竹刀程真剣に慣れてる訳じゃないだろ?形が似てても、リーチや重さは違うだろうし、それに刃は光を反射して夜だと逆に目立つ。お前がいくら速くても、見えているなら坂上の反射神経を持ってすれば避けられるだろ。それにだ……そもそも、お前坂上を殺したかったのか?」

 「そんな訳が無いでしょう?当時、何かと世を騒がしていた彼女を、少し懲らしめたかっただけです」

 「だったら、殺す気も無いのに刃物使うなよ。その分攻撃出来る部位も使える技も限られるじゃんか。つまり、お前は慣れない武器で坂上を殺さない様に手加減しながら戦った訳だ。でなきゃ、お前があんな素人に負ける筈が無い」

 「素人?」

 「あいつは虎とか熊みたいな物なんだよ。身体能力は人間離れしてるが、ちゃんとした武術を習ってる訳じゃないからテクニックは無い。まあ、それでも十分過ぎるくらい強けどな。でも、お前が竹刀を使っていれば、問題無く圧倒出来ていた筈だ」

 「……」

 『坂上智代は、素手で真剣を持った達人にも勝った』

 半ば都市伝説となっている坂上最強伝説の一つだが、その事実はこんな所だろう。

 “刃物を持った方が強い”

 その固定観念は根強いが、それはあくまで殺人を是としたネジのとんだ人間が持った場合の話で、真っ当な人間には逆に足枷にしかならない。

 衛武がなんで真剣なんて持ち出したのかが甚だ疑問だが……これで頭に血が上ると結構無茶する奴だからな……。

 中学でクラスメイトとして再会した俺達は、事あるごとに度々衝突した。

 まあ、主にこいつが一方的につっかかってきてたのだが……。

 生真面目な頑固娘とアウトローの対立は、神話の時代から続くお約束だろう。

 当時はうんざりする事も多かったが、今思えば悪くない関係だったと思える。

 「なるほど。そうやって、坂上さんの事も丸裸にして勝った訳ですか」

 「まあ、そんな所だな」

 「相変わらずHな人ですね」

 「ええっ!?」

 「冗談です……まさか、本当に裸にしたんですか?」

 「してねえって!」

 疑惑の白眼を向けながら、冗談なのか本気なのか判らない事を言ってくる。

 こいつは武道家のたしなみで基本ポーカーフェイスな上に冗談なんて滅多に言わない奴なので、本当にわかり辛い。

 「まあ、そういう事だから、坂上よりお前の方が強いよ。実際戦った俺が保障してやる。『勝敗は兵家の常』だ。たまたま一度や二度負けたからって、いちいちそれに拘るなよ。じゃあな」

 「じゃあな、じゃありません!!」

 必殺“イイ事言ったどさくさに撤退”は失敗し呼び止められる。

 腐れ縁だけあって衛武もまたこちらの手の内を知り尽くしており、やはり一筋縄ではいかないようだ。

 「あくまで勝ち逃げをするつもりですか?」

 「いや、だからな。俺達がやりあった所で、お前にも俺にもメリットなんて無いだろ?」

 「……わかりました。なら、もし貴方が勝ったなら、私の事を好きにしてかまいません」

 「はあ?」

 衛武がまた真顔でとんでも無い事を口走りはじめた。

 呆れつつも、同時に少しだけこの勝気な美少女を屈服させた図を想像してときめき、しかし理性が鳴らす警鐘でいやいやと冷静になる。

 確かにこいつは美人だが、この性格だ。下手に手を出せば火傷どころか炎上しそうだ。

 どうやら相当キレかかってやがるな……どこかで落とし所を見極めた方が良さそうだ。 

 「アホな事言ってんなよ」

 「貴方と坂上さんは……その……恋人同士だと言う噂も聞きましたが、本当ですか?」

 暗くて顔色こそわからないが、衛武は珍しく照れている様な素振りを見せる。

 「いや、付き合ってないけど……」

 「なら、例え私と貴方がそういう関係になっても、何の問題も無いはずです」

 いや、無い訳無いだろ……。

 「……お前、俺が好きなのか?」

 「なっ、何を言ってるんですか!?やれば絶対に勝つ自信があるからです!おかしな事を言わないで下さい!」

 俺の揺さぶりに、今度は暗がりでも完全にそれと判るほどの動揺が見てとれた。

 つけこむなら、テンパッてるここがチャンスか。

 「わかったよ。そこまで言うならやってやる。ただし、制限時間は5分な」

 「5分ですって!?それは、あまりにも短過ぎます!」

 「そうか?剣道の試合って確か5分だろ?」

 「決勝は10分、延長に3分あります」

 「5分だ。その代わり、やるからには逃げ回ったりしないから安心しろ」

 「……」

 「まっ、嫌なら俺は別にいいけどな。じゃあっ!?」

 なら交渉決裂だと再び帰ろうとした瞬間、返答の代わりにザッと砂利が鳴った。

 咄嗟に後方に飛んだ俺の残像を、紫電の如き一撃が袈裟斬りに両断する。

 バチャッ!

 そのまま俺の足は川に浸かり、たちまち冷たい水が靴の中に入り込む。

 「覚悟!!」

 川に入った事で素早く動けない俺を狙い打つべく、衛武は間髪入れず次の斬撃を放とうとする。

 だが、ここでトラップカード発動!

 ほくそ笑みながら俺は、浸かっている右足を振り上げる。

 バッシャーン!!

 カウンターの水の弾幕。

 そう、初めからこれが狙いの位置取りだ。

 如何に衛武と言えど、これは流石にかわせまい!

 だが、水の壁が無くなると、そこにずぶ濡れになった筈の彼女の姿は無かった。

 「やべっ!!」

 振り上げた反動を利用して軸足でバックステップして何とか二撃目をかわすも、バランスを崩して片手をつきケツが半分水に浸かる。

 冷てえ!!てか、アレをかわすのか!?読まれていた!?

 驚愕しながらも追撃に備えて慌てて立ち上がったが、それが来る事は無かった。

 衛武は仕切り直しとばかりに水辺から少し離れた所で待ち構えている。

 どうやら俺の狙いは的を射ていたらしい。

 機動力を最大の武器とし、また袴姿でもある彼女は、濡れる事を嫌い川に入る事は出来ないのだ。

 「卑怯な貴方の事ですから、そう来ると思っていました。さあ、上がってきなさい」

 「断る」

 「逃げないと約束した事を、もう忘れたんですか!?」

 「ああ、逃げんよ。食らえ!!」

 彼女が向かってこないのをいい事に、俺は再び水面を蹴り飛ばした。

 「ちょっ!ふざけないで下さい!」

 この距離でも飛沫は届くのだろう。

 片手で顔をガードしつつ、文句を言ってくる。

 だが、そんな物は覚悟の上だ。

 「こっちは攻撃してるじゃんか。お前の方こそ向かって来いよ。このままじゃ、俺の判定勝ちだぜ。っと、時計を進めないとな」

 「どこまで卑劣な……!!」

 「お前が勝つには残された道は二つ。袴のまま水に入るか、袴を脱いで水に入るかだ!!」

 携帯のアラームをセットしながら、既に俺の勝ちだと宣言してやった。

 衛武の怒気が空気を通して伝わってくる。

 だが、何をしたって勝ちは勝ちだし、俺とて負けられないんだ。

 これで呆れてくれて、二度と俺と戦おうなどと言う気が起きなくなれば、それが一番だ。

 などと俺は思っていたのだが、それは甘かった。

 そもそも、この程度で終りにしてくれるなら、俺達の縁はとうに切れている。

 「ふっ……ふっふっふっふっふっ、いいでしょう!貴方の土俵に付き合ってあげます!」

 えっ……衛武が壊れた!!

 あまりの事に、呆気に取られるしかなかった。

 突然笑い出したかと思うと、彼女は袴の紐を解き、脱ぎ始めたのだ。

 ストンと落ちた袴の下から現れたしなやかな脚線のシルエットは、普段隠しているのが罪だと思える程見事な物であり、胴着の間からわずかに覗くデルタ地帯に心臓が驚喜する。

 そこまでして俺に勝ちたいと言うのか!?

 や、やべえ……なんか、惚れちゃいそうな程男前だ!!

 「お、お前、正気か!?」

 「何を言うかと思えば、こうしろと言ったのは貴方じゃないですか。どうせ暗くてよく見えないでしょうし、ま、負けたらどの道見られてしまう物ですから……。ならば、肉を切らせて骨を断つまでです!」

 いやむしろ暗いからこそ、逆に妄想を掻き立てられてエロチック!

 などと思ってる場合じゃない!

 バシャバシャと躊躇無く川の中を彼女が向かってくる。

 袴を脱いだ事で、もはやイニシアチブは無いに等しい。

 バシッ!バシッ!バシッ!

 「てってってっ!」

 放たれる連撃を必死に両腕でガードするも、ガードの隙間を的確に打たれ、後退を余儀なくされる。

 流石に自慢の運足は使えないらしく、手打ちなので威力も無い。

 とは言え、やはり彼女の方が速く、何より竹刀の分リーチが違い過ぎる。

 このままではジリ貧だ。

 「形勢逆転のようですね!」

 「フッ、どうかな!」

 何とか体勢を立て直した俺は、後退しつつ再度水の弾幕を張る。

 バッチャーン!!

 「きゃあ!!」

 既に膝辺りの深さまで入り込んでいた事もあり、流石に逃げ切れなかったのだろう。ようやく衛武に水がクリーンヒットした。

 頭から水をかぶり、怒りと寒さでブルブルと振るえ出す。

 「貴方って人はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 そしてついに憤激しながら、水に浸かっていた竹刀を振り上げ水の飛沫を飛ばす。

 目元を撃つ水に、たまらず俺は手でそれを拭った。

 だがそれは、ただの目くらましであり、あくまで次の一撃への布石だった。

 「はあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 もはや技術うんぬんはそこには無く、弓反りから必殺の気合と共に怒りの一撃が放たれる。

 殺られる!!

 俺は死を覚悟した。

 まさにその瞬間だった。

 「おーい、お前ら何川で遊んでんだよ?」

 衛武の背後から聞こえてきた間の抜けた声に、竹刀が額に触れるか触れないかという所でピタリと止まる。

 そして首だけで振り返ると、

 「きゃーーー!!」

 川辺に人影が在る事に気付いて、衛武は少女らしい悲鳴を上げて俺に抱きついてきた。

 「うおっ!?」

 そしてドキリとして棒立ちになった俺を支点に、隠れる様にクルリと背後に回った。

 そこでようやく俺も岸に目を向け、その正体に苦笑する。

 肩紐の一つが切れたタンクトップを着た坊主頭、須藤さんだった。

 「まだ4月だぞ。寒くないのか?」

 いや、あんたにだけは言われたくない。

 「だ、誰ですか?」

 俺の上着を握りしめ背中にピッタリとくっつきながら、衛武が訊いてくる。

 「知り合いだよ。さっき俺と一緒に居たろ?」

 「見ている人が居たなら、早く言って下さい!」

 「いや、今来たんじゃないか?さっきまで居なかったし」

 「そ、そうですか……」

 「暗いから、別に見られても平気なんじゃないのか?」

 「それとこれとは話が違います!」

 どうやら須藤さんの登場で彼女の気勢は完全にそがれたらしい。

 こうしていると普通の女の子っぽくて、妙に可愛く思えてしまう。

 そしてその時、

 ピッピッピーーー!

 “3分間”に設定しておいたゲーム終了を告げるホイッスル風アラームが鳴った。




 「やはり貴方とは、いつかちゃんとした形で決着をつけないといけないようですね」

 並んで立つ男二人の背後で袴をはきながら、衛武は愚痴る様に呟く。

 とりあえず俺の上着を腰に巻いて、更に俺を盾にしながら川から上がった彼女は、横槍を入れた須藤を物凄い形相で睨みつけ、時間が短かった事を指摘してきた物の、戦いを続けようとは言わなかった。

 まあ、お互いすっかり濡れ鼠なので、早く風呂にでも入りたいのだろう。

 「じゃ、今度は昼間の川の中でやるか」

 「なら、下に水着を着て来ないといけませんね」

 「まあ、どちらにしろ、もっと暖かくなってからだな」

 背中越しの軽口の言い合いに、懐かしさを覚える。

 ウザくもあるし、色々あったが、俺はこいつの事が嫌いじゃない。

 どこかで通じる部分がある様な気がするからだろうか。

 「風邪ひくなよ」

 「貴方こそ、今日みたいな事にならぬ様、気をつけなさい。私以外の人に負けたら、承知しませんから」

 最後にほん少しだけ微笑んで、孤高の天才剣士は去っていった。

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