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第二章 4月24日 悲しい優しさ

 教室の前で智代と別れると、中に入ってふうっと溜息をつく。

 まったく……あいつと居るとホント調子が狂う……。

 気を抜くとあいつのペースに乗せられそうになるのは毎度の事だが、暫く距離を置いていた所為か少しパワーアップしている様にも感じた。

 てか、今日は俺の方がテンパリ気味だったからかもしれんが……。

 まあ、明日から選挙だと言うし、こんな事も今日までだろう。

 ……なんだよな?

 「おはよう。川上君」

 「ああ……おはよ」

 今日も声をかけてくれる仁科に挨拶を返し、もう一つ溜息をつきながら自分の席に着く。

 ああっ、やべっ……これじゃあ、如何にも声をかけて欲しいみたいじゃないか。

 そう後悔したが時既に遅く、案の定優しい仁科は心配して話しかけてきた。

 「どうかしたの?」

 「ん?ああ、いや、この頃色々とあってな……」

 「そう……そういえば……」

 何かを言いかけて、仁科ははっとして急に微笑を曇らせ口を噤んだ。

 そして一度視線を泳がせると、噛んだ台詞を言い直すかの様に同じフレーズを繰り返す。

 「あっ、そう言えば、手のギプスもう外れたんだ。よかったね」

 「ん?ああ、元々大した事無かったからな」

 外れたんじゃなく、破壊されたんだが……。

 彼女が話を誤魔化したのには気付いたが、智代とのやりとりで疲れていた事もあり、言い辛い事にあえてつっこむ事もないと、それには触れる事無く話を切り上げる。

 ひょっとして仁科が言いかけたのは……杉坂の事か?

 俺がそれに気付いたのは、一眠りした後だった。

 





 今日も杉坂は、学校には来ていたが仁科とどこか余所余所しく、休み時間になっても彼女の側に来る事はなかった。

 仁科の方もそれを気にしているからか、やはり元気がない。

 う~ん……杉坂の事について仁科に適当にそれっぽい言い訳をしといた方がいいかな?

 でも、それも何か変か……。

 それより、杉坂にどうするつもりなのか訊いておくか?

 でも、またキレられるかもだしな……。

 心苦しいが、ここは静観しておく方がいいかもな。

 そういえば、先輩達の方はどうなってんだろう?

 今朝は渚さんとも会ってないし、一度経過報告しておくか……?

 そんな事をうだうだ考えてる間に四限目が終り、待望の昼休みとなる。

 演劇部の部室に行けば会えるだろうか?

 三年の教室に行くのは気が引けるので、かつて拉致られた部室の方に行ってみる事にした。

 



 しかし、旧校舎の演劇部室には誰も居なかった。

 まあ、先輩達が毎日ここで食べてるって保障は無いか……。

 少し待とうかとも思ったが、来るかどうかもわからないので戻る事にすると、少し行った所で、新校舎へと続く廊下の向こうから見知った顔の二人組が歩いてくる。

 一人は弁当を抱えた仁科だったが、しかしもう一人はいつも一緒の杉坂ではない。

 もっと大人しそうな……一年の時同じクラスだった……仁科が合唱部に誘ったっていう……名前なんだっけ?いかん、ど忘れした。

 まあいい。それよりも杉坂が一緒に居ない事が気になる。

 「ああ、仁科」

 「あれ?川上君、杉坂さんと一緒じゃないの?」

 俺が訊くより早く、もう一人の女子部員の方からそう尋ねられ、おや?と思う。

 どういう事だ?

 「いや、ここに来たのは別の用件だけど、何で?」

 「だって、杉坂さん今日もお昼用事が有るって言ってたから……また昨日みたいに川上君と居るのかなって」

 「ああ……いや、あれだ。お前等と演劇部の件で色々とな。話を聞いてたんだ」

 「そうだったんだ」

 俺が一応仁科への言い訳用に考えていた文面を答えると、仁科はほっとした様に微笑む。

 やはり杉坂の事が心配だった様だ。

 「でも、ただ相談にのってたって割には、昨日から杉坂さん大分様子がおかしかったけど……目が赤かった事もあったし」

 しかし、もう一人の部員がいらんつっこみを入れてくる。

 まあ、それも想定済みだ。

 俺は腕を組み神妙な顔つきで、弁解しつつもさりげなく女子生徒を諭しにかかる。

 「まあ、結構キツイ事も言ったからな……ほら、相手は先輩だし、なんて言うか、有名な人達も居るだろ?あいつもそれをえらく気にして、強引に顧問をとられるんじゃないかって思ってたみたいだけど。でも、そんな風に最初から相手を敵視していたら、まとまる物もまとまらないだろ?」

 「そうだけど、私もやっぱり少し怖いかな……」

 「岡崎さんも春原さんも、優等生ばっかのうちでは相対的に不良扱いされてるけど、他所じゃあれぐらい普通……まあ、ちょい悪くらいなもんだ。今回だって、友達の部の立ち上げを手伝ってる。根は悪い人達じゃない。それに部長の古河さんは、どちらが上級生だとかは関係なく、あくまで対等な立場で話し合いたい、そして出来ればどちらもうまくいく様に願ってる。大切なのは、一人の顧問を取り合う敵としてでなく、同じ問題を抱えた者同士協力し合う事じゃないか?」

 「そうだね……私も古河先輩と同じ思いです。みんなで話し合えば、きっと良い案が出ると思う」

 先に仁科が同意してくれた。

 それでもう一人も「仁科さんがそれでいいなら……」と頷く。

 よし、うまく話を摩り替えられたな。

 「じゃあ、俺も用事あるから」

 「ああっ、ごめんなさい。引き止めてしまって……色々と力になってくれて、ありがとう」

 「別にお前等の為だけでも無いし、勝手にやってる事だ。気にすんな」

 「じゃあ」

 杉坂の事も気にかかるし、長居して話を蒸し返されてもなんだ。

 仁科達に後ろ手で応えながら、俺は颯爽とその場を去った。




 その後俺は、先輩達と杉坂の姿を探して、駆け足で校内を回った。

 杉坂の用事とは、先輩達の所に行ったんじゃないか?と思ったからだ。

 いや、もしそうだとしても、単に謝罪に行ったのならそれでいい。

 だが、嫌な予感がする。

 廊下で仁科達の姿を見た時から、そこに居るべきはずの物が無い事に違和感を覚えた。

 やらかしてくれるなよ……!

 食堂にどちらも居ない事を確認し、他に昼食を食ってそうな所はどこか?と考えながら動き出す。

 三年の教室……なら安牌だろう。流石に上級生の教室で喧嘩を売るような真似はしない筈。

 部室……はさっき行ったし、遠いから後回しだな。

 屋上……は立ち入り禁止だから、そこに居ると確信が無い限り杉坂も行かないだろう。

 後は……中庭とかか?

 気になって廊下の窓から中庭を見下ろしてみると、ビンゴだった。

 中央の花壇の縁石に腰かけている、渚さんと岡崎さんの姿を発見する。

 杉坂は……ここからはその姿は確認出来ない。

 ひとまずセーフか……。

 だが、出来るだけ急いだ方がいいだろう。

 俺は依然感じ続けている予感に急かされるように、再び走り出した。



 

 昇降口で靴に履き替え中庭に向かった俺は、しかしその入り口で立ち止まる。

 先輩達の前に立っているショートカットの女子生徒……杉坂が既に来ていたからだ。

 そして場所を変えるのか、杉坂は渚さんと岡崎さん、それとやはり俺が来るまでの間に来たらしい春原さんの三人を連れ立って歩き始める。

 どうする?割って入るか?

 いや……単に謝るだけかもしれんし……。

 迷った俺は、とりあえず杉坂にみつからないように後をつける事にした。




 四人が向かったのは、人気の無い校舎裏だった。

 俺は角に隠れながら、趣味が悪いと思いつつも聞き耳を立てる。

 そこでまず、脅迫状は自分だと素直に白状した杉坂だったが、しかし次に彼女が語ったのは、謝罪の言葉では無く、仁科の過去だった。

 仁科には音楽の才能が有り、子供の頃からヴァイオリンでコンクールに何度も入賞していて、将来を嘱望され、高校も海外留学をする予定だった。

 しかし、それが決まる直前に仁科は事故に遭い、ヴァイオリンを弾けなくなる。

 それで彼女はこの学校に来る事になったが、色々な物を失ったショックで元気を失くしていた。

 だが、幸村先生に音楽の素晴らしさをもう一度教えられ、楽器が弾けなくても歌う事は出来ると仁科は立ち直り、彼女は合唱部を作る事を目指した……。

 「お願いします。りえちゃんの邪魔をしないでください」

 「古河、言う事をきくなっ!」

 一通り話し終えた杉坂に対し、激昂した春原さんが叫ぶ。

 「そんなハンデで、人の同情を誘うような奴は卑怯者だ!そんなハンデでっ……ひいきされたいなんて考えが甘すぎるんだよっ!そんな……ハンデでっ……!」

 まずいか!?

 いつでも飛び出せるように臨戦態勢で居た俺は、駆け寄ろうと身を乗り出す。

 だが、聞こえてきた渚さんの言葉が、その足を止めた。

 「そんなの……そんなのわたし、断れないです」

 渚さんはそう言った。

 ああっ、クソッ……!何やってんだ俺は……!?

 自分の不甲斐無さに歯噛みする。

 思わず俺も杉坂の話に聞き入ってしまった。

 そんな話をされれば……あの優しい渚さんが同情しないはずが無いのに……!

 話始めた時に直ぐ、止めるべきだったのに……!

 「あきらめます」

 ついに渚さんは言ってしまった。

 その優し過ぎる優しさが、悲しかった。

 「ありがとうございます」

 杉坂は礼を言って顔を上げ、澄んだ表情で校舎に戻っていく。

 「馬鹿野朗!」

 人気の無い裏庭に、春原さんの罵声だけが木霊していた。

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