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第二章 4月23日 蒼穹の太陽

 帰りのHRが終り、皆それぞれの場所に散っていく。

 それを横目で見ながら、俺は直ぐには動く気にはなれず、暫くイスに座っていた。

 今日も俺は、一度帰ってから隣町の病院まで行くつもりだ。

 あやちゃんは……いつ目を覚ますのだろうか?

 手術から丸三日、彼女はずっと眠り続けている。

 大事故の後、意識が戻らないなんてのはよく聞く話だが……。

 このまま目を覚まさなかったら……?

 容体が急変したら……?

 そんなよくない事ばかりが何度も頭をかすめる。

 どうしようもない。

 彼女の生命力を信じて待つしか、祈る事しか出来ない。

 だが……、

 「川上……ちょっと」

 横から声をかけられ、感傷から覚める。

 見るとそこに立っていたのは、思い詰めた顔をした杉坂だった。

 その雰囲気だけで察し、ほとんど空のカバンを掴んで俺も立ち上がる。

 「りえちゃん、ごめん。今日は部活出れないかも……」

 「えっ……?ええ……」

 仁科も杉坂の表情からただ事じゃないと感じているのか、曖昧に了承した後不安そうに俺を見つめる。

 それに一度頷いて見せ、俺は杉坂と共に教室を出た。

 「あっ、オーキ!よかったら一緒に……!」

 廊下に出るなり、主人をみつけた犬の様に智代が駆け寄って来る。

 しかし何故か急に尻切れトンボの言葉と共に失速し、少し手前で止まった。

 「何だよ?」

 「……ひょっとして、その人と一緒に帰るのか?」

 「は?」

 「そんな訳無いじゃない!ただちょっと話があるだけよ。変な誤解しないで」

 あからさまに落胆している智代の問いに、何言ってんだ?と思った俺に代わって杉坂が力一杯否定した。

 すると智代はホッとしたように破顔する。

 「そ、そうか」

 「でも、いつ終わるかわからないから、急ぎの用じゃなきゃ帰れよ」

 「ああ。わかった」

 それに水を注す様に俺は付け加えたのだが、智代はそのまま嬉しそうに素直に頷く。

 少し訝しく思ったが、まあ、いいかと、深く考えずに俺は彼女の横を通り過ぎた。




 「私決めたわ……こんな学校辞めてやる……!」

 「はぁ!?」

 人気のな旧校舎の一室に着くなり、杉坂はあまりにも突飛過ぎる事を言い出した。

 「いや、何をどうしたら、急にそんな結論が出る?」

 「だって、それしかもう方法が無いじゃない!先輩達には弱味を握られてるんだし、このままじゃ、りえちゃんまで共犯にさせられちゃう……それだけは絶対に嫌!だから、そうなる前に私が責任とって辞めれば……」

 「いや、だからな……そこまでせんでも、先輩達に謝れば済むつったろ?」

 「嫌よそんなの!!」

 あまりに極端な言い分に辟易しながら俺は唯一とも言える打開策を提示してやったのだが、彼女はそれをヒステリックに拒絶する。

 「そもそも、先に脅迫してきたのは、あっちじゃない!」

 「……先輩達に何かされたのか?」

 「言われたわよ……顧問の取り合いだって……でも、僕たち先輩だしなって……」

 “僕たち”って……ああ、春原さんか……まったく余計な事を……。

 「それって、春原さんが勝手に言ってただけだろ?他の先輩達には、そんなつもりはねえって」

 「そんなつもりじゃない?ただでさえ先輩ってだけでも気を使うのに、あんな大勢で、それも有名な三年生の不良の人達まで連れて来て、それが脅しじゃないって言うの!?」

 興奮気味な彼女の訴えに、俺は目眩を覚え頭を抱えた。

 なるほど。そういう点からすれば、はじめから合唱部は分が悪かったと言える。

 ただでさえ遠慮がちな仁科なのに、相手が先輩では尚更だろう。

 そして脅迫観念に囚われた杉坂は、その劣勢を覆そうと考えあぐねた末に、こんな事しか思いつかなかったと言った所か。

 だからって、脅迫状なんて卑怯な物は容認出来ないし、やり方も稚拙過ぎるが。

 「別に部活のメンバーが付き添いで来ただけだろ?そもそも、お前が学校やめてどうすんだよ?それこそ合唱部の頭数が足りなくなっちまうだろうが」

 「……あんた、あの坂上って子と付き合ってるの?」

 「はい!?」

 杉坂はそれまで俺を睨みつけていた視線を横に逸らしながら、また突然何の脈絡も無さそうな事を訊いてくる。

 「別に……付き合ってねえよ。ただのダチだ」

 「そう……ならあんたが合唱部に入ればいいじゃない」

 「……はぁ?」

 それとこれと何の関係があるんだ?と訝しく思いながらも事実を告げると、杉坂は目を伏せ何処か諦めたように、また訳のわからない事を言ってきた。

 「確かに名前を貸してやるとは言ったが、そういう問題じゃねえだろ。お前が学校辞めたら、仁科はどうすんだよ?」

 「だから、りえちゃんの事はあんたに任せるって言ってるんでしょ!!」

 放課後の旧校舎に、癇癪をおこした杉坂の叫びがこだまする。

 いくらこの教室には俺達だけとは言え、放課後のこの時間は旧校舎を部室にしている連中が結構居るんじゃなかろうか?

 まったく……キレたいのはこっちだ。

 「勝手な事言ってんなよ。お前が辞めた所で何の解決にもならんし、それで仁科が部活なんてやってられる訳ねえだろ?それこそ、あいつまで責任感じて辞めるって言い出しかねないぞ」

 「じゃあ、一体どうしろって言うのよ!?」

 「だから、とりあえず先輩達に謝れつってるだろ」

 「謝ったって、どうせ顧問を譲る事になるだけじゃない!あんたどっちの味方なのよ!?」

 「あのなぁ……いいか?お前等の敵は演劇部じゃなくて、融通の利かない学校や生徒会なんだよ。分が悪いって判ってんなら、潰し合う事より協力する事を考えろ」

 「学校や生徒会が悪いって言ったって、どうしようも無いじゃない!」

 「有るだろ?今の生徒会はもうすぐ任期が終わる。選挙で生徒会が一新されれば、双方の要望が通って校則だって変わるかもしれないだろ」

 「!」

 ハッとなって言葉を失った杉坂だったが、うなだれながら「無理よ」と呟く様に言った。

 だが、相手が冷静になったと見た俺は、すかさず諭しにかかる。

 「無理じゃない!少なくともまだ可能性が有るんだから、自棄になるなよ。それに演劇部の先輩達も合唱部と争う事は望んでないんだ。でも、今のままじゃ話し合いなんて出来ないだろ?な?変な意地張っても、益々こじれるだけだぞ」

 急に音が遠くなる。

 西日の射す普段は使われる事の無い薄暗い教室。

 そこに独りたたずむ少女の姿に寂寥感を感じ、絵になるなと思った。

 「とにかく、学校辞めるなんて馬鹿な事はもう言うなよ。それと、今からでも部活には出とけ。仁科達が心配してるだろうからな」

 背を向けて歩き出しながら最後に念を押し、ずっと黙り込んでいる杉坂と別れた。




 まったく……話をややこしくしやがって……。

 靴を履き替え、溜息をつきながら昇降口を出る。

 まあ、今度こそ大丈夫だとは思うが……杉坂の言い分にも一理無い事も無い。

 結局の所、現状では顧問の取り合いになるしかないんだろう。

 それこそルールが変わらなければ……。

 ん~……こんな事なら智代を待たせて……、

 「オーキ!」

 って、居たし!

 校門で待っていたらしく、近くに来ると本人が小走りで駆け寄って来た。

 驚きとあきれと嬉しさとバツの悪さがないまぜとなり、複雑な表情でそれを迎える。

 「……急ぎの用じゃなきゃ帰れつったろ?」

 「うん。だから、今日中に話したい事があったから、待ってたんだ」

 半分照れ隠しの皮肉を言うと、何故か得意気な笑顔でそんな事を言いながら、クルリと長い髪をひるがえし、当たり前の様に智代は俺の右隣にピタリと並ぶと、ポケットに入れていた包帯の巻かれた腕をとる。

 「怪我はどうだ?痛くないか?」

 ああっ……こうなると坂上智代は無敵だな……。

 懐かしい感覚に苦笑する。

 はたから見たら腕を組んでるようにも見えそうだが、杉坂との舌戦で疲れていた事もあり、俺は無抵抗でいる事にした。

 「平気だ。もうじきギブスも取れるしな。で、用件は何だよ?」

 「うん。いよいよ明日から選挙戦が始まるな」

 「だな」

 「暫くは選挙活動で帰るのが遅くなると思う。だから今日は、お前と一緒に帰りたかったんだ」

 「……それだけ?」

 「それだけって言い方は無いだろ?女の子がわざわざ一緒に帰る為に待っていたんだ。もっと嬉しそうな顔をしたらどうなんだ?……それとも、やっぱりさっきの人と帰るつもりだったのか?」

 右手をポケットにしまいながら、いつもの自信満々の智代節にあきれ顔で受け答えしていると、急にしおらしくなってそんな事を訊いてくる。

 たまたま一緒に居ただけで勘繰るなよとも思ったが、渡りに船でもあった。

 「違うつったろ?まあ、丁度いい。お前にも話しておきたかったからな」

 「ん?私にか?」

 俺が否定して話を振ると、途端に機嫌を良くして食いつく様に身を寄せてくる。

 完全に肩は密着し、風に揺れる髪が頬に触れ、少し首を傾ければ頭同士も触れ合いそうだ。

 「実はな……新規に部を立ち上げたいって所が二つあってな。でも、顧問になれる先生が一人しかいないんで、ちょっともめてるみたいなんだ」

 「なるほど。お前はその相談にのっていた訳だな」

 「まあ、そんなとこだ。お前ならどうする?」

 「そうだな……顧問を掛け持ちしてもらうとかはダメなのか?」

 「うちの学校は顧問が監督してないと部活出来ないし、前例が無いからダメだとさ」

 「前例が無いなら、自分達が前例になればいいじゃないか」

 「今の事なかれ主義の生徒会にそれを期待しても無駄だな」

 「そうか……なら、私が生徒会長になって、前例を作る他無いと言う訳だな」

 相変わらずどこから出てくるんだ?ってくらいの揺ぎ無い自信に満ちた笑顔で、智代は言い切る。

 その眩しさに目を細めながら俺は「そういう事だ」と言って空を見上げた。

 どこまでも澄んだ穏やかな春の午後の蒼天に、暫し目を奪われる。

 ああっ、そういえば……ここ最近、空をみていなかったな……。

 そんな心の余裕すら無かった事に気付き、思わずフッ……と自嘲の笑みを洩らす。

 「どうしたんだ?」

 「いや……とにかくそういう事だから、選挙頑張れよ、智代」

 「ああ。もちろんだ」

 やっぱりこいつと居ると、気が晴れるな……。

 暗く分厚い雲に被われていた長く陰鬱な春の嵐が去り、ようやくうららかな太陽をみた気がした。

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