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第二章 4月23日 海星記念日

 先輩達から真相を聞いた俺は、足早に旧演劇部室を後にした。

 杉坂も馬鹿な事をしてくれる。

 しかし、確かにきつい所はあるが、陰湿な事は好まない奴だと思ってたんだが……。

 状況証拠だけで決め付けるのもよくないしな。

 何にせよ、双方から話を聞くべきだろう。 

 彼女は教室に居るだろうか?

 どの道飯もまだだし、いったん戻ろう。

 などと考えながら旧校舎の廊下を進んでいると、

 「あの……」

 不意に背後から声をかけられた気がした。

 足を止めて振り返る。

 するとそこには、長い髪を先の方で大きなリボンでまとめた小さな女子が立っていた。

 丁度あやちゃんくらいの……小学生でも通用しそうな背丈の子だ。

 校章から一年だとわかったが、それよりも、

 あれ……今擦れ違ったか?

 声をかけられるまで気配をまったく感じなかった事に違和感を覚える。

 後を追い駆けてきたという様子でも無く、脇の教室から出てきたのかとも思えば、彼女の背後の教室の扉は閉じられていた。

 「あの……どうぞ」

 「ん?」

 まあ、きっと考え事していたから気がつかなかったんだろう。

 自分の中でそう結論づけていると、少女は唐突に俺に向かって何かを差し出してくる。

 それは文字通りの荒削りで手作り感満点の、木彫りの星?だった。

 何だ?ティッシュ配りみたいな何かの宣伝か?

 好意的なプレゼントにしては物が怪し過ぎる。

 それになんかこの子……。

 よく言えばミステリアス、ぶっちゃけ得体が知れん。

 出会い頭の件もあるし……何者だ?

 もう少し観察しようと彼女に目を向けると、挑みかかる様な目つきで俺を凝視している。

 とりあえず、適当にとぼけて反応をみるか。

 「これは……五芒星?」

 何か呪術めいた物を感じたので、試しにそう答えてみた。

 すると少女は真顔で言う。

 「ごぼう製じゃないですっ、惜しいけど違いますっ、材質は木製ですっ」

 いや、惜しくはないだろ。どんだけ太い牛蒡だよ。

 「そうじゃなくて、ペンタグラム?」

 「ぺッ、ぺぺペンヒャッ!ン~~~~~~~~~~~!!」

 後ろに向かって駆け出したかと思うと、少し行った所でしゃがみこんでうずくまる。

 おもいっきり舌を噛んでいた。

 どうやらそっち系じゃなさそうだな……。

 「ペンヒャムひゃなひれふっ、れんれんひはいまふっ」

 暫くして復活してもどってはきたが、涙目で痛そうに口をすぼめている。

 しかもガンダムみたいになってるし……。

 「じゃあ……ヒトデ?」

 「ヒンフォンヒンフォーンッ!せいはいれふっ!」

 「えっ……?」

 星じゃなさそうって事で適当な事を言ったら、当りだったらしい……。

 「正解者の者の方には、記念品としてこのヒトデとっ、風子の姉の結婚式にご招待しますっ」

 風子?は嬉しそうに両手で持ったヒトデ?を更に押し付けようと突き出してくる。

 やはり釣りだったか。

 お姉さんの結婚式ねえ……親戚の冠婚葬祭ですら興味無いのに、知らない人を祝えと言われても……。

 あれ?てか、ひょっとして俺達過去に会った事あるのか?

 まさかあかの他人を結婚式に呼ぶとも思えんし、俺を知ってるから声をかけてきたと考える方が自然か?

 いやでも、こんな風変わりな子を忘れるハズはないと思うが……。

 「えっと……何処で?」

 知り合いである可能性を考慮し、且つ遠ければ足が無い事を理由に断るべくそう訊いた。

 「この学校です」

 滅茶苦茶近かった。

 て事は少なくともうちの関係者だよな……?

 そもそも学校で結婚式とか出来るのか……?

 「お姉さん先生なの?」

 「はい。おねぇちゃんは、美術の先生です」

 「へえ」

 美術教師に女の先生も居たのか……。

 「三年前に辞めましたけど……」

 「いや、それじゃあ知る訳無いって」

 「やっぱり、そうですか……でも、もしよろしければ、一緒に祝って欲しいです」

 「う~ん……」

 女の子は一度しゅんとなって下を向いたが、すぐに気を取り直して食い下がる。

 一生懸命さは伝わってくるが……。

 「式の日取は?」

 「創立者祭です」

 「創立者祭か……まあ、当日用事が無ければ」

 「来てくれますかっ?ありがとうございますっ!」

 どうせ登校するついでなら、まあいいか。

 真剣さにほだされ軽い気持ちで了承すると、少女はヒトデを突き出したまま深々と頭を下げた。

 表彰状を貰う小学生みたいで、何となく微笑ましい。

 「それで……お姉さんの名前は?」

 「伊吹公子です」

 「えっ……!?」

 思いがけず出てきた名前に、暫し呆気にとられる。

 公子さんがお姉さんだって?

 「じゃあ、公子さんの妹さん?」

 あまりの衝撃に、つい当たり前の事を訊いてしまった。

 「はい。おねぇちゃんをご存知なんですか?」

 「ああ……なら、お相手は……芳野祐介、さんか?」

 「わあっ!ユウスケさんの事まで知ってますっ。驚きですっ!」

 「そうか……」

 喜ばしい事であるはずなのに、何故か素直に喜べず曖昧に頷く。

 そうか……公子さんと芳野祐介が……。




 あの時止めた車に乗っていたのが、かつてハマッていたあの芳野祐介だったと知ったのは、入院中に彼が見舞いに来てくれた時の事だった。

 ただただ彼女の事に必死で、運転手の顔なんて気にしてられなかったんだ。

 だが彼が病室に現れた時、その容姿を見てまさかと思い、声を聴いて確信する。

 本物の、『芳野祐介』だと。

 どうして彼がここに!?

 感動と言うよりも驚愕。

 嬉しさよりも戸惑いが優り、正直その場から逃げ出したかった。

 公子さんに紹介され、ぎこちなく頭を下げ合う。

 「わあっ!本物の芳野祐介さんだぁ!ファンなんです!」

 なんて言えるはずも、死んでも言いたくも無く。

 俺達は互いに、初見の人間同士の対応に終始する。

 彼は言葉数少ないながらも、俺を気づかいねぎらってくれた。

 そして去り際に、「何かあったら連絡してくれ」と名詞を渡される。

 そこに書いてあったのは、電気工事関係らしき社名。

 そう言えば、あの時乗せてくれた車も作業員が移動に使ってそうなワゴン車だった。

 やるせなさと少しの安堵。

 彼が引退して数年。

 今何をしているんだろう?なんて考えた事もあったが……。

 まさかこんな近くに居たとは……。

 ひょっとしたら、もっと前にも何所かで作業中の彼と擦れ違っていたかもしれない。

 かつてあれだけ惹かれ、そして裏切られた芳野祐介と……。

 

 

 

 その芳野さんと昔一時世話になった公子さんが恋人同士で、もうじき結婚を間近に控えたこのタイミングで再会するとはな……。

 これも何かの縁なのだろう。

 「わかった……そういう事なら出席させてもらうよ」

 「やりましたっ!来てくれる人一人ゲットですっ!」

 ヒトデを両手で掲げるようにして万歳をして全身で喜びを表す妹さんが微笑ましい。

 余程公子さんの事が好きなんだろう。

 もっとも、ヒトデを持ってはしゃぎまわるその姿は、やっぱり高校生には見えないが……。

 「じゃあ、これで」

 話も終わった事だし、あまりのんびりもしていられない。

 俺は止めていた足を再び教室に向かわせようとする。

 「待ってくださいっ」

 しかし数歩行った所でまたも呼び止められた。

 そして小走りで寄って来た彼女は、例のヒトデを突き出してくる。

 「これ、お礼ですっ」

 「いや、別にいいよ」

 苦笑しつつ、やんわりと押し返しながら即答した。

 「どうしてですか?おねぇちゃんの結婚式に来てもらうのに、何もお礼しない訳にはいきません。風子、とても義理堅いです。近所でも、あの子はとても義理堅いとよく言われてます」

 その歳でか……。

 「そ、そう。でもほら、俺は公子さんの知り合いな訳だし、行くのは当然だからさ……」

 「それでは風子の気がすみません。それとも、ヒトデ、欲しくないですか?これは自分でも、とっても可愛く素敵に彫れたと思います。自信作ですっ」

 「いや、だったら尚更自分で持っておけば?記念に」

 「記念?何の記念ですか?」

 「えっと……ヒトデ記念?」

 「ヒトデ記念ですかっ!?」

 冗談のつもりだったんだが、彼女は真に受けたらしく大袈裟に驚き、

 「……」

 はにゃ~んとなって、そのまま動かなくなった。

 「……」

 「……」

 「……」

 ……まあ、ここなら滅多に人も通らないし、ほっといて平気だろう……。

 一応「じゃ」と一声かけて、俺は逃げるようにその場を立ち去った。

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