第二章 4月21日 稀によくある話
お昼休みになり実理と合流した私は、購買で昼食を買ってから宮沢に会う為に旧校舎の資料室に向かった。
前に来た時の事を思い出す。
あの時は、ガラの悪い他校の生徒達が沢山隠れていた。
「なあ、実理……あいつらがまた居たらどうするんだ?」
不安に思って並んで歩いている実理に訊いてみる。
先週はあいつにはぐらかされたが、いくら宮沢の友人だからと言って、今日も居たら見過す訳にはいかない。
しかし実理はあっけらかんと答えた。
「大丈夫だよぉ。あの人達は、有紀寧ちゃん以外の人が居る時は隠れてるはずだからぁ」
「何だそれは……?この前はぞろぞろと出て来たじゃないか」
「あれはぁ、智代ちゃんに驚いて声出しちゃったから仕方なかったんだよぉ」
「じゃあ、例え姿は見えなくても、またどこかに隠れているかもしれないと言う事か?それは覗かれているみたいで嫌だ……」
「そうだねぇ。あんまり際どいガールズトークはぁ、やめといた方がいいかもしれないね」
「ん?どうしてだ?女の子が女の子らしい話をする分には別にかまわないんじゃないか?確かに男が聞き耳立てているかもしれないと思うと嫌だが、それはどんな内容でも同じ事だ」
「ふふっ、そうだねぇ」
何故か可笑しそうに笑う実理を不思議に思っている内に、目的の資料室の前についてしまった。
ノックをしようとした手を止め扉越しに気配を探っていると、代わりに実理が叩いてしまう。
「はーい。どうぞ」
直ぐに中から声が聞こえた。
中で人が激しく動いている様な気配は無い。
良かった。奴等は居ない様だ。
内心胸を撫で下ろしつつ教室の扉を開けたのだが、しかしそこには宮沢以外にもう一人別の人間の姿があった。
その人はうちの制服を着た長い黒髪をお下げにした、この前の連中とは月とすっぽん、いや、それではすっぽんが可哀相か……とにかく上品で落ち着いた感じの女生徒だった。
「ああ、坂上さんとみのりんさん、いらっしゃいませ~」
こんな人もここに来るのか。
そう思って呆けていると、宮沢が笑顔で迎えてくれる。
「こんにちわぁ有紀寧ちゃん。あっ、後藤田先輩、お久しぶりです」
「あら、貴女は確か報道部の……」
「門倉実理で~す」
「ああ、門倉さんね。そちらは……」
実理が後藤田と呼んだ女生徒は、私の方に視線を向けるなり立ち上がって近寄って来る。
「貴女が坂上智代さん?」
そう問われて軽いショックを受ける。
まさかこの人も私の過去を知っているのか?
「そうだが……私の事を知っているのか?」
「そりゃあ、あれだけ派手な事をしていればね。校内新聞にも出ていたし」
「ああっ、そういう事か……」
よかった。それなら仕方がないかとほっとする。
しかし、先客が居たのか。
これではまた今度にした方がいいかもしれないな。
そう思っていると、
「それじゃあ、お邪魔みたいだから私はもう行くわね」
後藤田の方から先にそう言ってくれた。
「すみません先輩」
「貴女の方が先に来ていたんだ。お邪魔したのは私達の方なのだから、気を使わないでくれ」
「いいのよ。有紀寧ちゃんの顔見に来ただけだし。それに有紀寧ちゃんに同じ学年の女友達が出来る事は、私としても嬉しいしね」
「マチさん!もう、女の子のお友達もちゃんと居ますって……」
「ふふふっ、じゃあ、またね有紀寧ちゃん。坂上さんと門倉さんもその内またゆっくりお話しましょ」
「すまないな。ああ。その時は是非」
「今度先輩の取材もさせて下さいねぇ」
「取材も何も、私部活も何もやってないわよ?」
「“我が校の綺麗なお姉さん特集”っとかぁ」
「ふふっ、それは遠慮するわ」
実理達と軽いジョークを交えたやりとりをしながら、後藤田は颯爽と去っていった。
「……この学校には、あんな出来た人も居るんだな……」
きっと“育ちがいい”とは、ああいう人の事を言うんだろう。
私はただただ感心する他なかった。
だが、実はそんな彼女にも裏の顔が在る事を知ったのは、これより大分後の事だった。
「一年生の時の球技大会の事……ですか?」
テーブルにランチを広げ、宮沢の淹れてくれたコーヒーで一息ついた私達は、宮沢にここに来た目的をきりだした。
「ああ……良かったら話してくれないか?」
「いいですよ。あくまで私の知っている範囲でよろしければ、ですが……」
そう前置きをしてから、宮沢はゆっくりと語り始めた。
そうですね。あの時の事を順を追って説明するなら、まず、種目ごとのメンバー決めの所から話さないといけないと思います。
去年の球技大会の種目は、男子はサッカーとバスケ、それと男女混合のバレーボールだったんですが、私達のクラスにはバスケ部とバレー部が二人、サッカー部が一人居たんです。
大会には現役で部活をやっている人はバスケが二人、バレーとサッカーが三人までしか出られないルールがあるので、部員が居るクラスはそれだけ有利な訳です。
そこで、クラスの中で見込みの有りそうなバスケとバレーに運動の得意な人を集めようって話になったんです。
「ん?オーキの種目はサッカーだったんじゃないのか?」
「はい。川上君はサッカーでした。ただ、唯一クラスでサッカー部だった中野君は『たまには他の種目がやりたい』と言って、バスケに入ったんです」
「ちょっと待て、それじゃあサッカーには部活をやってる奴が居なくなってしまうじゃないか」
「はい。でも、中野君に文句を言う人は居ませんでした。それだけ皆サッカーには期待していなかったと言う事です」
「他のメンバーもぉ、余っちゃったあんまり運動が得意じゃない子ばっかりだったしねぇ」
「えっ!?そうか……バスケとバレーに戦力を集めるという事は、そういう事か……でも、オーキは決勝までいったんだろ!?」
「まあまあ、順番に聴こうよぉ」
「あっ、ああ……すまない。続けてくれ」
皆がサッカーに期待していなかった理由の一つに、組み合わせが悪かったのもあるんです。
大会は四クラス総当りの予選と、トーナメントの本選があるんですが、サッカーの予選では優勝候補の二年生のチームと同じリーグだったんです。
サッカー部のキャプテンを含む三人が居て、戦力的に頭一つ抜け出ていました。
そして大会当日、初戦でその二年生のチームと試合だったんです。
「勝ったのか?」
「いえ……負けてしまいました。10対1で」
「10対1!?サッカーの事は詳しくはないんだが、あまりいい結果じゃないんじゃないのか?」
「ん~、超ボロ負けだねぇ」
「超?」
「サッカーで二桁得点なんて凄く珍しいんじゃないかな?普通の試合はどんなに戦力差が有っても大体5点以下、1点も入らない事も珍しくないくらいだよぉ。球技大会の予選は前後半10分づつだしねぇ」
「そんなに酷い結果なのか……オーキは何をやっていたんだ?」
「凄く頑張ってたよぉ。オーキ君はゴールキーパーやって、何度も何度もシュート止めてたし」
「それなのに、そんなに点を取られてしまったのか?」
「そりゃあぁ、ず~~~~~~と相手チームの攻撃だったからねぇ。オーキ君でも流石に何十本も自由にシュートを打たれたら、全部止めるのは無理だよぉ」
「そんなに弱かったのか……一体それでどうやって決勝まで行ったんだ?」
川上君が文字通り孤軍奮闘していましたが、前半だけで5失点。
丁度バスケの試合が始まった事もあって、クラスの大半の人たちの興味はそちらにいってしまい、ほとんどの人達はサッカーに見向きもしませんでした。
でも、大会初日が終わってみると、クラスメイト達は耳を疑い、沸き立ちました。
力を入れていたバスケだけでなく、サッカーも予選二位の成績で予選を突破していたんです。
「凄いじゃないか!……でも、何があったんだ?他の相手がもっと弱かったのか?」
「それは無いよぉ。他のチームも二人くらいはサッカー部は居たしぃ」
「多分、川上君がキーパーではなく、前に出てきたからだと思います」
「それだけで、そんなに変る物なのか?」
「オーキ君の本職は元々ディフェンダーだからねぇ。それにオーキ君以外ゲームをコントロールして攻められる人が居なかったからぁ」
「攻められないんじゃ負けるに決まっているじゃないか!どうして最初からオーキが前に出て来なかったんだ?」
「多分、作戦なんじゃないかなぁ。他のチームを油断させる為の」
「油断……?」
私もそう思います。
敵を欺くなら、まず味方からとも言いますし。
反撃の狼煙は、実は初戦から上がっていました。
終了間際に味方のゴール前で相手からボールを奪った川上君は、そのまま一人で攻めて行って相手をどんどん抜きさり、ついには相手のキーパーまで抜いて点をきめてしまったんです。
「それは凄いのか?」
「ん~、プロの試合でやったら、歴史に残っちゃうだろうねぇ」
「そんなに凄い事なのか!?そんな事が出来るなら、ちゃんとやれば勝てたんじゃないのか?」
「それは、あくまで相手が油断しきっていた隙をついたから出来たと、川上君も言っていました」
「そういう物なのか……?でも、10点も差がついていたんだろ?1点ぐらい取り返しても、焼け石に水じゃないのか?」
「それは大分違うと思うよぉ。例え一点でも一矢報いた事も、一桁差で抑えられた事も気分的には大きいし、それがスーパープレイなら尚更だと思うよぉ」
そうですね。みのりんさんの言う通りだと思います。
実際、あれだけ大差で負けたにも拘らず、サッカー組の人達はやる気を失ってはいませんでした。
そして、そこから快進撃が始まったんです。
とは言っても、どの試合も一つとして楽な試合はありませんでした。
戦力的に厳しく、常に押され気味で。
でも、川上君を中心に、チームは一丸となって相手の猛攻を懸命に防ぎ続けました。
そして少ないチャンスを物にして、接戦を制してゆく。
その様はとても劇的で、ついには決勝まで勝ち進んだ彼等を“奇跡”とすら言う人も居ました。
でも、午後に決勝戦を控えたお昼休みに、あの事が起きてしまったんです。
「オーキが帰ってしまったんだな?」
「はい。でも、それにはちゃんとした理由があったんです。始まりは、中野君が自分も決勝戦に出ると言い出した事でした」
「ん?そいつは確か、自分は出ないと言っていなかったか?」
「はい。しかしバスケが準々決勝で負けてしまった事もあって、出る事は出来たんです」
「そんな事許されるのか?」
「メンバーチェンジ自体はルールで禁止はされていないし、どこのクラスもやってたからねぇ」
「はい。その事は、当事者である川上君達の意見を聞く事も無く、クラスの雰囲気的に決まってしまいました。そして、だったら運動の得意な人達で固めようって話になって、結果、川上君ともう一人のサッカー経験者だった足立君以外入れ替える事になってしまったんです」
「何だそれは!?そこまで戦ってきたのはオーキ達なのに、他の人間が勝手に決めるなんておかしいじゃないか!」
「その通りですね。でも、一年生のチームでの決勝進出と言う快挙にクラスはすっかり盛り上がってしまい、何が何でも優勝しようって雰囲気になっていたんです……そして、そこで初めて川上君は立ち上がって口を開きました。『あきたから帰る』それだけを言って、本当に帰ってしまったんです」
「どうしてあいつは文句を言わないんだ……?そんなのおかしいって、言えばよかったんだ」
「多分、言っても無駄だと思ったんじゃないかなぁ?そんな話になっちゃったら、そこまでやってた人達はやる気無くなっちゃっただろうし」
「だからって……」
「そうして、川上君抜きのベストメンバーを組んだ私達のクラスは、順当に勝ち進んできた予選の初戦で負けた二年生のチームと決勝を戦い、10対0という校史に残る大敗をしました」