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第二章 5月10日 蛇の目のお迎え

 『平子さんが……意識不明の重体で病院に運ばれてしまって……それが佐々木さんの所の箱部さん達に集団で襲われてしまったらしくて……それで、みなさんが仇を討ちに行くと……』

 

 「行っちまったのか?……こんな時だってのに?」


 『明日の事もあって、はじめは慎重な意見が多かったんです。けれど一部の方達が……その……みんなが協力してくれないのなら……自分達だけでも行くと言って……』


 「…………」


 言葉を選びながら話す宮沢の声が、僅かに震えている。

 それは仲間が大怪我を負って、その報復に向かった事もあるだろうが……。

 そいつらに、何か辛辣な事を言われたんじゃないだろうか。

 リーダーを失った宮沢グループは、一枚岩ではない。

 宮沢和人の死を隠している事や、その妹の手前もあり、グループは鳴りを潜めざるをえなかった。

 それをいいことに、佐々木の所をはじめとした他のグループが幅を利かせ、襲撃を受ける事も多いと言う。

 それでも、宮沢和人との絆が深い古参達はまだ辛抱しているようだが……その舎弟や新参組ともなれば、相当不満を募らせているはずだ。

 平子も比較的新参だろうから、平子が手酷くやられても尚動こうとしない古参を見て、あれと近しい連中が爆発しそうになったとしても不思議ではない。

 だが……よりにもよって、このタイミングでと言うのが気にかかる。


 「宮沢、とりあえず合流しよう。詳しく話が聞きたい。それと、あいつらが向かってる場所と、連絡が取れるなら話が通じそうな奴に少しでも時間を稼ぐように言ってくれ」


 携帯を頭と肩に挟みながら上着を羽織り、階段を駆け下りてそのまま家を出た。







 報復に向かった宮沢グループの奴らは、向こうのたまり場まで押し掛けたが、当事者の箱部が居なかった事もあって、改めて双方河原に集まる事になったらしい。

 ひとまず時間は稼げた様だが……さて、どうした物か?

 既に日が落ちた暗い路を、自転車をとばしながら考える。

 当事者が居なかったとは言え、その場で乱闘にならなかった事から、話し合う余地はありそうだが……。

 近しい宮沢グループと違って、佐々木グループについてはあまりよく知らない。

 聞いてるのは、佐々木が宮沢和人のライバル的な存在で、昔から小競り合いを続けてきた事と、最近特に攻撃的になっているらしいと言う事。

 そして、この前の佐々木との会見での会話と印象……。

 俺にハイドラへの警告をしておきながら、自分達は同じ町内で潰しあいをしている。

 そんな場合じゃないだろうと言いたい所だが、長年いがみ合ってきたのだ。

 共通の脅威が出来たくらいで、簡単に仲良く協力してと言うわけにはいかないだろう。

 それに、肝心の宮沢和人が不在では、リーダー同士腹を割ってと言う事も出来なかった。

 あるいは、佐々木グループもまた一枚岩では無いのかもしれない。

 その気であったのなら、もっと早くに潰しにきていただろうし、かと言って距離をとって小康を保とうと言う訳でもなく、かなり攻撃的とすら言える。

 その一貫性の無さは、意思統一がなされていないからと考えれば納得がいく。

 そして奴らもまた、好戦派を非戦派が抑えきれなくなってきているとも。

 つまり、今回の事は佐々木グループの総意ではなく、あくまで一部の暴走だとすれば……。

 そこまで考えた所で、後ろから一台のバイクが迫って来る事に気づく。

 ……芹沢じゃないよな?

 首を捻って肩越しに確認すると、芹沢の物とはフォルムが違うバイクに乗ったノーヘルの男だった。

 違ったかと一度向き直ったが、ん?と今見た顔……と言うか頭に見覚えがあった気がして、二度見する。

 

 「よお」


 そのバイクの男は、俺に追いつくやスピードを落とし、並走しながら声をかけてきた。

 やはりそうだったか。

 そいつは、今日学校で顔を合わせたパイナップル頭の、確か……鈴……城?だった。

 

 「ちょっと止まってくれ。話がある」


 何の用だ?

 不信に思いはしたが、何か有益な情報が得られるかもしれない。

 素直に自転車を止めると、向こうも少し前で止まりバイクを下りる。

 

 「あんた、佐々木んトコと宮沢のトコがやりあうのを、止めに行くんだろ?」

 「……ああ」

 「そうか……なら、わりいがここは通せねえ」

 「……はぁ?」


 予想外の展開に眉を寄せる。

 たちの悪い冗談かと思ったが、鈴城からはそれまでの飄々とした物が抜け、真っすぐ見据えてくるギラリとした眼光がマジである事を物語っていた。

 何でだよ?

 反射的にそう問おうとしたが、普通過ぎて面白くないので言葉をのみこむ。

 初めからやりあう気でいくならそれでもいいが、無駄な戦闘は避けたい。

 簡単に勝てる相手でもないだろうし……。

 ここはなるべく舌戦で丸め込みたい所だ。

 が……奴に関する情報が少な過ぎる。

 そもそも、こいつは何が目的なんだ?

 そう言えば……。

 資料室でのやりとりを思い出す。

 確か、佐々木グループの箱部の後輩だったな……。

 そして、平子をやったのも箱部か……。

 宮沢グループと決着を付けたい箱部が、こいつに俺の足止めを頼んだ?

 そう考えれば辻褄は合うが……。

 よし、やはり“アレ”に持っていくか。

 考えをまとめ、俺は口を開く。

 

 「まさかお前……“ハイドラ”の手先か?」

 「はぁ!?」

 

 俺のカマかけに、今度は鈴城が眉をしかめる番だった。

 その反応や表情を注意深く観察し、“黒”か“白”かを見極める。

 

 「何でオレがあんな奴らと……てか、何で今“ハイドラ”が出てくる?オレは箱部さんに頼まれただけだ。宮沢のトコとケリつけるから、あんたが邪魔しに来るなら足止めしろってな」

 「それは、箱部本人から頼まれたのか?」

 「いや、知り合いの舎弟の奴だが……何が言いてえ?」

 

 声に若干の苛立ちをにじませながら、鈴城は狙い通り食いついてきた。

 これは、まず“白”だと見ていいだろう。

 ならば、いけるかもしれない。


 「一昨日……だったか。俺は、佐々木さんと会ってるんだ。それも、わざわざ向こうから出向いてくれてな。その時話したのは、“ハイドラ”についての警告だけで、宮沢グループとケリを着けるだの、手を出すなだのって話はまったくなかった」

 「だから何だよ?わざわざあんたに許可を取る事でもねえし、そん時はその気が無くても、気が変わったのかもしれねえだろ?」

 「かもな……だが、これがもし佐々木の意向ではなく、他の誰かが仕組んだ物だったら?」

 「“ハイドラ”が潰し合わせる為に仕組んだってか?飛躍し過ぎだろ」

 「もちろん“ハイドラ”の仕業かどうかはわからないし、無関係ならそれでいい。だがな……知っているか?平子が意識不明で病院に担ぎ込まれた。それをやったのは、箱部達だって話を」

 「あん?……平子って言やあ……」

 「今日学校でお前に突っかかった奴だよ」

 「ああ、あの小僧か……打ち所が悪かっただけじゃねえか?」

 「それだけなら、そういう可能性も有るかもな。だがよ、今回はこいつを火種にしてるんだぜ?故意でなかったとして、丁度いいから焚き付けて炎上させようなんてするか普通?佐々木や箱部ってのは、そういう事が出来る奴らなのか?」

 「……」

 

 それまで、のらりくらりと俺の言葉をかわしてきた鈴城が、初めて押し黙った。

 そこで俺は、あえて間をとり思考させる。

 俺よりも鈴城の方が佐々木グループと近しいし、何よりこいつは頭が切れる。

 俺が感じてる“違和感”を、こいつもわかるはずだ。

 

 「……箱部さんがやったって話……マジなのか?」

 「そう聞いてるが……実は俺も疑っている。宮沢グループの奴らが、既に一度佐々木のトコのたまり場に向かった事は知ってるか?」

 「何!?やりあうのは河原だって聞いたぞ?」

 「ああ、その場に箱部が居なかった事もあって、場所を移したらしい」

 「居なかった……!?」

 「色々とおかしな話だろ?箱部がやったのなら、報復に来るかもしれない事くらいわかるだろうし、初めからそれが狙いなら、待ち構えてその場でやり合えばいい。それは、佐々木も同様だ。それに……」

 「チィッ!!あの野郎、箱部さんの名をかたって俺を騙しやがったのか!?」

 

 俺が言うより早く、鈴城はカッと声を荒げて、傍にあった標識の鉄柱に裏拳を叩き込んだ。

 不在だった箱部がこいつに俺の足止めを依頼したと言うのも、時間的に無理が有る。

 しかし、鈴城はすぐにクールな表情に戻ると、確かめるように言った。

 

 「だがよ。わかっているのか?小僧をやったのが箱部さんじゃねえって事は……」

 「ああ。宮沢グループにも裏切者が居る可能性が高い。だとしたら、そいつらは“グル”だろうな。そもそも、部外者の俺が出張る事を知ってるのは、宮沢と、その近くにいる……」


 そこまで言いかけて、ハッとなる。

 俺の動向を知ってるのは、連絡を取り合った宮沢とその傍に居る奴だけだろう。

 それはつまり……


 「どうした?」

 「宮沢の傍に、裏切者が居る」

 「ゆきねちゃんの傍にか!?」

 「俺が来た事を知ってるのは、直接連絡を取った宮沢と、その周囲に居た人間だけのはずだ。そして、メンバーの大半が出払った今、宮沢の傍には少数しか残っていない……」

 「ゆきねちゃんが危ねえって事じゃねえか!!」

 

 言うや否や、鈴城は身を翻してバイクに向かって走り出した。

 

 「待て!」

 「何だよ!?急いでゆきねちゃんを助けねえとヤベエんだろ!?」

 「いや、まだそうと決まった訳じゃない。宮沢に危害を加えるって事は、しくじれば自分達に矛先が向いて仕掛けが台無しになる事ぐらいわかっている筈だ」


 思わず止めてそう言ったが、それは半ば己の迂闊さが帳消しになって欲しいと言う希望的観測だった。

 だが、焦りは禁物。

 冷静に、クールに、判断し、即決しろ。

 今まずやるべき事は……。


 「とりあえず、俺は宮沢に連絡を取ってみる。だが鈴城、すまないが俺一人じゃ手が足りそうにない。お前と、お前の仲間の力を借してくれ」


 迷ってる暇は無い。

 ここからはスピード勝負、こいつらの数と機動力が必要だ。

 俺は駆け引きを捨て、率直に頭を下げた。


 「フッ……あいにく、あんたと馴れ合う気はねえよ。だが、ゆきねちゃんのピンチは見過ごせねえし、俺を利用しようとした奴らにも、相応の礼はしねえとな……」


 俺の頼みに鼻で笑ってそう返しながら、鈴城は仲間に連絡を取り始める。

 すまない。

 心の中で謝辞を述べ、俺も宮沢の無事を確認すべく携帯を取った。

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