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第二章 5月10日 そして夜はまた来る

 「」

 

 ボスッ!


 「」


 ボスッ!


 「」


 ボスッ!


 先輩は、厚ぼったい一重の蛇の様な目に愉悦を浮かべ、一発毎に何かをのたまいながら、無抵抗な俺の腹を殴り続ける。

 それをほとんど聞き流しながら、おそらく通り雨で濡れたのだろう、少し湿ったシャツを着た腕を掴む両脇の二人をキモく思いつつ、一体どうした物かと迷っていた。

 力任せに振り払う事は可能だろう。

 両脇を抱える二人は、力も大した事なければロックも甘い。

 だが果たして……振り払っていいのだろうか?

 歯向かっていいのだろうか?

 逆らっていいのだろうか?

 なら、このまま耐えるのか?

 気が済むまで殴らせるのか?

 一体、どうしたら諦めてくれるんだ?

 そもそも、この人何がしたいんだ?

 生意気な後輩を締めに来た?

 学校も違う、元部活の後輩をか?

 雨にも降られたのに、わざわざ?

 ゛最強”の座を狙っている?

 その後、自分も狙われる事をわかっているのか?

 いや……理解不能な単純で短絡的な動機の可能性はある。

 気に食わないとか。

 いい所を見せたいとか。

 そんな事の為にでも、労を惜しまない人間も居るかもしれない。

 こちらとしては、面倒くさい限りだが。

 まあ、それは置いておいて、今どうするかだ。


 <選択>

 1、振り払う

 2、謝って許してもらう

 3、我慢比べを続ける


 …………『3』かな?

 中学の頃と違い、もはや彼に従う義理も利益も無い。

 それでも、年長者に対して、腕力に訴える様な真似はあまりしたくはなかった。

 かと言って、謝れる程人間が出来ても居ない。

 悩むまでもなく、初めから選択肢はそれしか残っていなかったのだ。

 いや、大したダメージは無いとは言え、殴られるのはもちろん嫌だし、こんな理不尽に付き合わされるのは出来れば御免こうむりたい。

 故の逡巡、あくまで苦渋の選択。

 歯を食いしばって今は耐えよう。


 「ビビッて声も出ねえか。この腰抜けが!」

 「……」


 ボスッ!


 「おかしいと思ってたんだよ。てめえみてえな坊ちゃん校のチビが強え訳ねえって」

 「……」


 ボスッ!


 「坂上が強えってのも、ただの都市伝説なんじゃねえか?」

 「……」


 ボスッ!


 「けど、写真じゃ相当いい女だったからな」

 「!」


 あいつの……写真……!?

 テンパっていた頭の中が、急速に冷えていくのを感じた。

 選挙に出て生徒会長にもなったのだから、写真くらい出回っていたとしても不思議はない。

 だが……この人が゛敵側”だったとしたら……!?

  

 「坂上も、俺らでさらってやっちまうか。なあっ……!?」


 ガッ!


 それまで弛緩させていた両腕に一気に力をこめ同時にロックを振り解くと、そのまま二人に肘を叩きこむ。


 ドドガッ!!


 「ゲッ!!」

 「うぐっ……!!」


 ドサッ!


 油断しきっていた所に攻撃を受けた男達は、悶絶してその場に倒れこんだ。

 連れ二人が瞬殺された事に狼狽えたのか、はたまた反撃が余程意外だったのか、先輩は殴ろうとした体勢のまま目と口をだらしなく開けて固まっていた。

 その彼に対し、俺はジロリと視線を向ける。


 「ひっ!」


 すると先輩は、怯えた表情で飛び退く様に後ずさった。

 その目には、既に戦意は無い。

 いや、最初からそんな物は無かった。

 この人は、あくまで無抵抗な奴をいたぶりたかったのだから。


 「先輩」

 「な、なななんだよ?」

 「坂上は……あれは真っ当な人間の手に負える奴じゃないんで……止めといた方がいいですよ」

 「へっ!?あ、あ、あ……」


 それだけ言って目を伏せながら、腰が引けた横を擦れ違う。

 尋問すべきかとも思ったが、さすがにそれは憚られた。

 これ以上、無駄な時間を浪費したくはない。

 嘆息しつつ家路を急ごうとしたその時、ブーンと言うバイクの排気音が近づいてくるのに気づく。

 一応、振り返って確認し、少し端に寄ってやり過ごそうとしたのだが……元々そんなに飛ばしてなかったそれは、手前で更に減速したかと思うと、ぴったりと俺の横にくる位置で止まった。

 

 「よう、オーキじゃん。ひさしぶりー」


 その男は、中型のバイクにまたがったまま、フルフェイスヘルメットのシールドだけを上げて話しかけてきた。

 そのツリ目がちな目元と陽気な声に懐かしさを覚える。

 

 「せ、芹沢ー!?」


 しかし俺より先に、後ろの先輩が上ずりながらその名を口にした。

 そう、噂をすればなんとやら、芹沢当人と出会ってしまったのだ。

 

 「ああ、先輩も居たんですか。ちーす」

 「お、おお、おう。じゃ、じゃあ、俺はもう行くわ。おら、行くぞ」

 「ういーす」


 ぞんざいな芹沢に怒った様子もなく、先輩はまだ腹を押さえている連れを半ば強引に立たせ、そそくさと逃げていった。

 面倒な相手が去ってほっとする一方、腑に落ちない物を感じる。

 まったく、この態度の違いは何なのか?

 俺の方がまだ頭下げて面子を立てようと気を使っているのに。

 中学の頃からそうだった。

 同じ後輩でも、レギュラー組には甘く、特に中二で既に170後半あった芹沢には、俺と大差ない身長の先輩は当時からビビっていた。

 それでもって、その鬱憤をこっちに向けてきやがるんだから、堪ったモンじゃない。

 ホントに、どいつもこいつも……。

 

 「災難だったな」

 

 などとウダウダと考えていると、芹沢は妙な事を言ってきた。


 「見てたのか?」

 「いや……でも、どうせ絡まれてたんだろ?あの人、他の奴らにもちょっかい出して回ってるみたいだからな」

 「そうなのか?」

 「こまっちゃん居んじゃん?古間木。あいつ今コンビニでバイトしてんだけど、先輩に見つかったらしくてさ、それからしょっちゅう入り浸られてるらしいぜ。駐車場で菓子食い散らかしたり、座り込んで長い事立ち読みしたりであまりにも態度わりいから、代わりに店長にスゲエ怒られたって」

 「うわぁ……!」


 こまっちゃんこと『古間木』も、同じ中学のサッカー部だった奴だ。

 かつての戦友の苦境を聞かされ、心の底から同情する。

 先輩は当然の事ながら、その店長も大概っぽいな……。


 「まっ、゛最強”のお前の敵じゃねえだろうけどな」

 「面倒な事にかわりないけどな」

 「おっ、゛最強”は否定しないのか?」

 

 メットの奥の目をニヤつかせながら、芹沢が吹っかけてきた。

 まあ、会えば来る問いだろうなとは思っていたが。

 

 「便宜上な。その方が都合がいいってだけだ」

 「都合ねえ……実際の所、坂上ってマジで強ええの?」

 「強いな。デタラメに。屍の山が出来ただの、真剣持った剣士に勝っただの、色々眉唾な噂があったろ?だが、それが全て事実だと思えるくらいには強い」

 「おいおい、盛り過ぎじゃねえ?」

 「それがガチなんだよ。身体能力や反射神経がハンパねえ。それこそ、フィジカル面はあの『衛武』と同等かそれ以上だろうな」

 「それ、全国どころか世界レベルって事か!?」

 「ああ。種目次第じゃ、オリンピックでメダルも十分狙えるかもしれん」

 「マジかぁ!?ヤベエな坂上智代!」

 

 俺が言った事をどこまで信じたか判らないが、芹沢は愉快そうに笑った。

 そして一頻り笑った後、腕組みをしながらまたニヤけた視線を向けてくる。


 「なるほどな。それで゛都合がいい”か……じゃあ、容姿の方も噂通りか?」

 「まあ……」

 「へえ~、で、光坂に行けるって事は、当然勉強もできる、か……完璧だな?」

 「そうでもねえよ」

 「性格悪いとか?」

 「いや、悪くはないが…………大分変わってる」

 

 一瞬、融通が利かないとか、猪突猛進とか具体的に答えようかと思ったが、やめておいた。

 すると芹沢は、今までで一番爆笑した後、


 「はっはっはっ、すっげえお似合いじゃん!変わり者同士」 

 

 と言ってバイクのハンドルを叩きながらまた笑った。

 確かに変わってる事は自覚しているが……。

 返す言葉もなく羞恥に耐えていると、不意にどこからか電子音のメロディーが流れてくる。

 すると芹沢は、胸ポケットから携帯を取り出してチラッと確認して、直ぐにしまいながら言った。


 「悪い。もう少し話したかったが、用事ができた」

 「ああ。気にすんな」


 シールドを下げて前を向いてハンドルを握り、エンジンをかける。

 そして二、三度ふかした後、独り言の様に呟いた。 


 「お前はみつけたんだな……守るべき物を……」

 「……」

 「じゃあな。貫けよ!カテナチオ!」

 「ああ。またな」


 右手の親指をぐっと立てて見せながら爽快な台詞を残し、芹沢は走り去った。


  

 


 

 

 携帯の着信音で、仮眠から起こされる。

 直ぐに反応して手に取り確認すると、宮沢からだった。

 珍しいなと思うと同時に嫌な予感がした。


 「もしもし?」

 「あっ!川上くん。宮沢です」

 「ああ。どうした?」

 「実は……大変な事が起きてしまって……」


 電話越の宮沢の声は、今までに聞いた事が無い程悲痛な物だった。

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