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第二章 5月10日 降らない雨はない

 まずい……!

 咄嗟の事とは言え、なべを置いてきた事に焦りを覚える。


 「ぷっ……」


 他校の生徒程ではないにしろ、教師にみつかれば酷く面倒な事になるかもしれない。

 事情を話せばわかってくれる人ならいいが……頭の固い連中だったら最悪保健所行きだ。

 

 むしゃむしゃむしゃ


 ここは多少危険を冒してでも急いで戻って回収せねば。

 意を決し、まずはなべと来訪者、もしくは宮沢の反応を確認すべく本棚の影から様子をうかがう。

 だが、

 いない!?

 机の上でいたはずのなべが、パンごと消えていた。

 あいつ何処に行った!?

 何処かに隠れでもしたのか!?


 「ぷひ♪」

 「しーっ。静かにしてような」

 「ぷっ」

 

 足元でなべが嬉しそうに鳴いたので、慌てて注意すると理解した様に頷く。

 ……って、ここに居たー!

 驚きながら、思わず抱え上げる。

 どうやら、俺が隠れた時に一緒に付いて来ていた様だ。

 足元にパンのカスが落ちている事から、ちゃんとパンも咥えてきたのだろう。

 ぼーっと突っ立ってた隣の二人よりか、余程利口だ。

 よしよしと境目の曖昧な頭から背中にかけてを撫でてやる。

 

 「いらっしゃいませー。後藤田さん。実里さん」

 「やっほー。お邪魔しまーす」

 

 なべにかまっていると、本棚越しに宮沢と門倉の声が聞こえてきた。

 なんだ来たのは門倉か……。

 一瞬安堵しかけて、ある事に気づき首を傾げる。

 門倉の前に呼ばれたの……後藤田さんつったか?

 後藤田って、宮沢グループのレディースを束ねている後藤田さんの事か?

 二人一緒に入り口から来たって事か?

 これまで、ここで後藤田さんに会った事は一度もなく、あの後藤田さんが窓から入ってくるというのも想像し難いが……それなら何処から入ったのか?とか、門倉とも知り合いなのか?とか、まさか門倉が手引きしたのか?とか、色々と疑問が浮かぶ。


 「お二人とも、コーヒーでよろしいですか?」

 「ああ、頼むよ」

 「おねがーい」

 「ウチのバカ共はもう来てるんでしょ?有紀寧ちゃんに迷惑かけてない?」

 「今日は特ににぎやかで、とても楽しいですよ。ただ、にぎやか過ぎて、先生方が見回りに来ないか少し心配はしていますが……」


 聞き耳を立てていると、聞こえてきたのはやはり俺も知る後藤田さんの声だった。

 さて、どうするか?

 なべを撫でながら暫し考える。

 億劫だし、このまま隠れてやり過ごすか……?

 いや、まあ、それで得られる物は何も無いのだが……。

 後藤田さんについては色々気になるし。

 それに、彼女がすぐに帰るとは限らない。

 後になってのこのこ出て行くくらいなら、今出ておくべきだろう。

 あの二人になら、なべを見られても問題無いだろうし……。


 「っと……ども」

 

 “今気付きました”的な体で出て行き、恐縮しながら挨拶をする。

 すると、門倉の方が俺と俺が抱いているものを目にして駆け寄って来た。

 

 「わぁ~!何その子~?かわいい~!」

 「へえ、珍しいねぇ。イノシシの子かい?」

 

 後藤田さんも門倉の後ろから覗き込んで目を丸くしていたが、俺はそこで初めて後藤田さんの格好に気付き思わず二度見する。

 彼女が着ていたのは……ウチの制服だった。

 この人、光坂の生徒だったのか!?

 まさか制服をどっかで調達してきたんじゃないよな?

 いや、頭の良い人だから、その点では不思議じゃないけど……。

 それならそうと教えてくれりゃあいいのに……。

 

 「どうしたのこの子?オーキくんが連れてきたのぉ?」

 「先輩のペットだよ。たまに主人を探して、学校まで来ちゃうらしい」

 「そうなんだぁ……あっ、そういえばぁ学校の近辺で謎の生物が度々目撃されてるんだけどぉ、この子の事かなぁ?」

 「かもな。犬猫とは、明らかにフォルムが違うし」

 「じゃ~ぁ、今度記事にしちゃおっかな~?」

 「それは、飼い主の藤林先輩に聞いてみないと」

 「そうだね~。コロコロしてかわい~」

 「ぷひ♪」

 

 門倉に撫でられて、ナベは気持ちよさそうにしていた。

 追い回されたりしなければ、基本人懐っこい奴である。

 初めて会った時も、こいつの方から足元に寄ってきて、しきりに足のにおいを嗅いだ後スリスリと身体をこすりつけてきたのを覚えている。

 別段動物に好かれる性質でもないのだが……持ち歩いてるパンの匂いにでも反応したんだろうか?

 そんな事を考えていると、後藤田さんが興味深い疑問を口にした。

 

 「猪なんてペットショップに置いてないだろうし、やっぱり近くの森ででも拾ってきたのかね?」

 「それは聞いてませんが……てか、居るんですか?この辺の森に」

 「新聞か何かで、目撃されたって話を見た覚えがあるよ。まあ、そんなに知られてもいない辺り、何かの見間違えか、居ても個体数は少ないだろうがね」

 

 両手で脇を抱える様にして、改めてマジマジと見る。

 お前は、あの森の子なのか?

 つぶらな瞳に無言で問いかけるも、ぷひ?っと不思議そうに鳴くだけだった。

 同じ森で育った者として更なる親近感を抱くと同時に、感傷が首をもたげる。

 ゾリオンの時に森に居たのは……親や仲間を探していたんじゃないか?

 そしてまた、数年もすればこいつも成体になる。

 デカくなった時、杏さんはどうするつもりなんだろう?

 一抹の切なさと寂しさを覚え、ぎゅっと抱きしめ頭を撫でた。





 

 



 「さて、私達はそろそろ戻るかね」

 「コーヒーごちそうさまぁ。いつもありがとぉ」

 「お粗末さまです。部活のお仕事頑張って下さい」

 「オーキくんとウリ坊ちゃんもまたねぇ」

 「ああ」

 「ぷひ♪」

 出されたコーヒーを飲み終えると、二人はあまり長居する事なく帰っていった。

 てか、


 「後藤田さんて、部活やってんの?」

 「ええ。みのりさんと同じ報道部ですよ」

 「ああ、やっぱそうか……」


 答えながらフフッと微笑む宮沢を見て、今まで伏せていたのは作為的な物だったのだと確信する。

 別にあまり気にしてはいないが、一応抗議のジト目を向けていると、またぞろ隠れていた男達が這い出てきた。

 その中でも真っ先に出てきた平子が、部活の先輩に呼ばれた後輩の様な暑苦しさで寄ってくる。

 そのノリはあまり好きになれなかったが、しかし口を出たその内容は、意外な物だった。


 「ゆ、ゆきねぇさん、さっき後藤田の姐さんと一緒に居た眼鏡の方は、ゆきねぇさんのお友達ですか?」

 「はい。お友達の門倉さんです」

 「そうっスか……実はこの前、佐々木組の奴に絡まれてるとこを助けたんスよ」

 「えっ……!?」


 余程衝撃的だったのか、普段は目を細めている事の多い宮沢の瞳が大きく見開かれる。

 確かに、門倉が絡まれていたという事も気になるが……。


 「それで、どうしたんだ?」

 「もちろん助けてやったよ。ここの制服だったし、ウチらのシマでナンパなんてナメた真似してやがったからな。いや~、しかし、やっぱ助けて正解だったぜ!まさかゆきねぇさんと姐さんのダチだったとはなぁ」

 「相手が佐々木組って、何でわかったんだ?」

 「そいつはあの『猛牛バイソン箱部はこべ』だったんだよ。まあ、割って入ったら、俺にビビッて逃げちまったけどな!」


 ショックを受けている宮沢の代わりに訊くと、平子は得意気にべらべらと話しだした。

 『猛牛の箱部』と言えば、通り名の由来でもある゛背中に牛が描かれた革ジャン”がトレードマークの、名の知れた佐々木組の幹部である。

 まあ、盛ってはいるだろうが、とりあえず暴力沙汰にはなっていない様か。

 宮沢と顔を見合わせホッとするも、それも束の間、鈴城が余計な事を言い出す。


 「はっ、あの人がテメエなんかにビビるかよ」

 「ああん!?」

 「相手にされなかっただけだろ。そもそもナンパとか、やる人じゃねえし」

 「てめえ、さっきから喧嘩売ってんのか!?」

 「お二人とも、喧嘩はダメですよ!」

 「うっ!いや、でもよぉゆきねぇさん、こいつが……」

 

 すかさず宮沢が再び仲裁に入ったが、納得できない平子は依然燻っている様だ。

 ここはきっちり鎮火しといた方がいいだろう。


 「鈴城、箱部と知り合いなのか?」

 「同中の先輩でな……昔ちょっと世話になった事がある」

 「ほう……平子、門倉を助けようとしてくれた事には礼を言う。すまんな」

 「ありがとうございます。平子さん」

 「い、いやぁ……いいんスよ。ゆきねぇさんのお役に立てれば本望っス」


 宮沢からも礼を言われ、平子からもようやく険が取れる。

 こいつも、単純なだけで悪い奴ではなさそうだが……。

 

 「雨降りそうだな……そろそろ帰ろっか」

 

 すると、それまで窓の外をぼんやりと眺めていた蕪木かぶらぎが、そう呟くと椅子から跳ねながら立ち上がった。

 厄介な火種が、ようやくお帰りになるらしい。

 

 「おう、帰れ帰れ!」

 「予報では降ると言ってませんでしたが、降るんでしょうか?」

 

 男達は邪魔者が帰るなら何でもいいという感じだったが、宮沢だけは素直な疑問を口にした。

 確かに予報は一日晴れだったし、空が曇って暗くなってきたりといった様子でもない。

 けれども、この男はわざわざ方便を用いる様な類の人間ではないだろう。

 窓を開け放ち、身を乗り出して風を感じてみる。

 

 「空気が少し湿ってきた……気がしないでもないかな。降るかどうかは微妙な所だが……」

 「まだ30分くらいは持つかな。まあ、直ぐにやむやつだろうけど、俺ら単車だからさ」

 「こいつの予想は、天気予報より正確だぜ」

 「ふむ、゛村雨”か」

 「えっ、ムラサメ!?」

 「通り雨の事ですね」

 「へえ~、今度からおれも使おうっと」

 「何でもいいから、さっさと帰れよ!」

 「それじゃあ有紀寧ちゃん、またね」

 「また来るぜ」

 「はい。お二人ともお気をつけて」

 「二度と来るんじゃねえ!」

 

 来た時と同じく、鈴城と蕪木は嵐の様に慌ただしく窓から去っていった。







 蕪木が予想した通り雨が止むのを待って、俺も一度帰宅する。

 夜に何か動きがあるやもしれんし、少し仮眠でもしておくかな。

 これから明日にかけてやる事、備える事を考えながら歩いていると、丁度大通りを抜け人気の少なくなった自宅近くで、たむろしていた三人組の中に見覚えのある顔を見かけた。

 中学の時の部活の先輩だ。

 名前は確か……憶えてねえや。

 名前は憶えてないが、人となりは覚えている。

 一個上のキャプテンの腰巾着の様な男で、大して巧くも練習熱心でもなく、よく言えば汚れ役、ぶっちゃけ後輩イビリを目的に部活をやっている様な人だった。

 出来れば二度と見たくない顔だったが……進路上に居る以上、無視もできんか。

 擦れ違い様に会釈でもしておけばいいだろう。


 「よお、川上。久しぶりだな」


 距離が詰まった所で声をかけられ、ぬらりと立ち上がると、向こうから寄って来た。

 ほぼ同時に立った残り二人を後ろに従えながら、ポケットに手を入れて肩をいからせ、ドヤ顔蟹股でのしのしと歩く所謂チンピラ歩きで。

 やっぱりそういう事かよ……勘弁してくれよ面倒くせえ……!

 

 「どうも」

 「待てよ」


 会釈して逃げようとするも、首を伸ばして前を遮られ、左右に分かれた配下の二人に挟まれて両脇を抱えられる。

 


 「最近随分調子乗ってるらしい……なっ!!」

 「ぐっ!」


 そして挨拶替わりのワンパンを、ガードの出来ない無防備な腹にぶち込まれた。

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