番外編・人熊(後編)
「では、今日最初に選ばれたのは……オーキくんです」
「えっ……!?」
人狼二回戦、ここまでの犠牲者は、
初日:昼 一ノ瀬さん
初日:夜 渚さん
二日:昼 岡崎さん
二日:夜 芽衣ちゃん
残りの生存者は、秋生さん、春原さん、藤林姉妹、智代、俺の6名となっている。
そして、三日目の最初の投票で容疑者として選ばれたのは、俺だった。
やはりそうなるか……。
予想はしていたが、やはり容疑をかけられるのは気分の良い物ではない。
まだ過半数が残っているとは言え、順当にいけば次の昼のターンで勝負はつく。
ゲーム全体を通しても、ここが勝負所と言えるだろう。
「では、オーキくんからどうぞ~」
「えっと……それじゃあ……」
出来るだけ長めに間をとりながら、考えを整理する。
まず、何故俺に票が入ったのか?
それは、゛智代が襲われなかったから”だ。
途中で止めはしたが、先程の口ぶりからしてこいつが゛猟師”である事はほぼ確定。
このゲームおいて、村人を守れる猟師役は、狼から真っ先に狙われる存在である。
その猟師が生存した事で、智代が守っていそうな俺に疑いがかけられた訳だ。
俺が狼であれば、自分を信じて守っている猟師を襲う必要はないし、むしろ最後の投票でかなり有利になる。
智代の一本気過ぎる性格は皆の知る所だろうし。
初日に渚さんを守らなかった事も、それで説明がつく。
しかし、これらは状況証拠に過ぎず、第三者が簡単に仕組める事だ。
あくまでこの中では一番疑わしいというだけで、覆す事は十分可能だろう。
もっとも、ここで自分が無実だと訴えても、さほど意味はない。
票を入れた方も、そんな事はわかってて入れているだろう。
岡崎さんの時の様に、無実だと言うだけではダメなのだ。
自分以上に怪しいと思われる人間を作らなければ、少なくとも二人にそう思わせて過半数をとらなければ、この場は凌げない。
このゲームは、票を取り合うゲームだとも言えるだろう。
「じゃあ……まず、春原さんに訊きますが……」
「僕?何さ?」
俺が最初に狙いをつけたのは、春原さんだ。
三日目の投票で誰が誰に入れたかを推測すると、
・智代→俺以外。高確率で特に理由も無く春原?
・春原→智代をまだ疑っている?
・秋生・藤林姉妹→二人以上が俺に投票
とみている。
だとすると、智代と春原さんが票を潰しあって無駄にしている可能性が高い。
これでは、こちらがかなり不利になる。
だから、まずは俺の推測が正しいのかを確かめたかった。
「春原さんは、智代が狼だと思っていますか?」
「何だ……そりゃあ、ことみちゃんを庇ってたからね」
名指しした時は訝しんでいた春原さんだったが、疑われている訳ではないとわかると、表情を崩して自信有り気にそう言った。
多分嘘をついてはいないだろうから、やはり智代に入れたのだろう。
これは誤解を解いておくべきだと口を開きかけたが、憤慨した智代が俺の膝の上に横から乗っかるようにして身を乗り出してきたので閉口する。
「おまえは、まだそんな事を言ってるのか!?私は゛狼”ではなく゛猟師”だ!」
「猟師?猟師って村人の味方ですよねぇ?その猟師が、何で狼を庇うんですかねぇ?」
「おまえのやり方が目障りだったからだ!」
「はぁ!?こいつはちゃんちゃら茶をわかすぜ!こっちは狼を見つけようと……」
「まあまあ春原さん。お前も落ち着けって」
片手で智代の額を軽く押し返し、春原さんをなだめながら二人に割って入る。
やってから反則の事が頭を過ぎり、一瞬早苗さんの方を見たが、セーフだったようだ。
まあ、今のは先に密着してきたのはこいつからだし、発言を邪魔しなければセーフの様だが。
「とりあえず、こいつの言ってる事は本当だと思いますよ」
「……証拠は?」
「こいつの性分としか……ただ、多分他の人達も、智代が猟師だと思ってると思いますよ」
「えっ……そうなの?」
「まあ、智代はウソついてる感じじゃないとは思ってるわね……」
杏さんがちらりと隣に目を向けると、妹さんも同意して頷く。
それで、この二人は多分俺に票を入れたなと直感した。
自分の予想を否定された形となった春原さんは、つまらなそうに口を尖らせながら、杏さんに向かって聞いた。
「で、それで何で川上が疑われてるのさ?」
「猟師の智代が襲われなかったからでしょ。猟師が生きてて得するのは、守られてる川上くらいじゃない」
「待て!どうしてたったそれだけの事で、オーキが疑われなければならないんだ!?」
「今のとこ、他に怪しい人が居ないからだろ」
理由を聞いた智代が膝立ちになっていきり立ったので、俺自身が代弁する事でそれを止めた。
すると彼女は、俺の方に向き直ると、沈痛の面持ちで項垂れる。
「すまない。私がおまえを守ったばっかりに、おまえが疑いをかけられる事になってしまった。だが、私はおまえを何としても守りたかったんだ。それなのに、私がおまえを守ろうとすると、かえっておまえが疑われてしまう……うわぁぁぁっ!!私はどうしたらいいんだぁぁぁっ!?」
「いや、だから落ち着けって……俺は大丈夫だから……」
パラドクスに陥った智代は、頭を抱えて長い髪を振り乱し取り乱しはじめた。
しかし、有る事にようやく気付いたかピタリと動きを止める。
「そうだ!これは、オーキに罪を着せようとする狼の罠だ!そうに違いない!どうしてみんなそれが判らないんだ!?」
「もちろんそれは分かっちゃいるが、他に狼候補が居ない以上な……さて、どうするんだオーキ?」
それは、子供の頃から何度も見てきた、試練を課す時の男の微笑だった。
あまり前置きが長くなると、時間切れになりかねない。
そろそろ推理を披露するとしよう。
と、思って口を開こうとしたのだが、それより早く智代が再び膝立ちになって口走る。
「実は、本当は私が狼なんだ!猟師というのはウソだ!」
「だから、そういうのいいから!!」
パヨンッ!
「あっ……!!」
「っ!!……どこを触ってるんだ」
止めようと思わず入れたツッコミが……胸に入ってしまった。
やっちまった!
サーッと血の気が引いていく。
そして、すっかりさび付いたロボットの様にギギギギと軋みながら早苗さんの方を向くと、いつもの優しい笑顔で弾むように言った。
「オーキくん、二回目のおさわりでレッドカードです!」
「あっ、オーちゃん来ました」
死者の国となっている二階の客間に入ると、そこに居る人達が一斉にこちらを向いた。
送られた理由が理由だけに、とてつもなく恥ずかしい。
ちなみに、一階の様子はライブカメラで中継しているので、ここで視られる様になっている。
脱落者が退屈しない様配慮だったのだが……こんな物設置しなければ良かった!
「不運でしたね」
「むしろある意味ラッキーだろ?」
「朋也くんHです。さっきのは、故意じゃないですよねオーちゃん?」
「いや、故意じゃないからラッキーなんだろ」
「わざとじゃないですって……!」
ああっ、もうマジで死にたい。
しかし、そう思っているのは俺だけじゃないらしく、TVにはズーンと四つん這いになっている智代が映っていた。
「ううっ……すまないオーキ……結局私は、おまえを守れなかった……」
「これってどうなるの?昼のターン終わり?」
「いいえ。今のはイレギュラーですので、投票はしてもらいます」
「それって、川上が狼じゃないからって事?」
「それは関係ありません。例え、現時点で狼が不在になっていたとしても、あくまで勝負の結果を出すのは夜のターンに持ち越されます」
「そうなるのか……」
画面の向こうでは、早苗さんの説明の後ゲームがリスタートする。
想定外の出来事に、まだ落ち込んだままの智代以外みな頭を捻って居る様だったが、口火を切ったのは春原さんだった。
「でも、もうこれ智代ちゃんで決まりじゃないの?狼だって自分で言ってたし」
「違う!さっきのはウソだ!ああ、いや、猟師ではなく本当は狼だと言った事がウソで、私は本当は猟師なんだ!」
「えっ……!?」
智代のややこしい言い回しに、春原さんの情報処理能力が追い付かずフリーズする。
「まあ、智代は違うでしょ。そうすると、他に誰が怪しいのかって事になるけど……」
杏さんは、椋さんと秋生さんを交互に見比べた。
その視線に気づいた椋さんは苦笑し、秋生さんは不敵に笑う。
「まっ、これで智ぴょんが狼だったら脱帽だがな」
「私は狼では……いや、もう私が狼でいい。処刑してくれ……」
「あんた、どんだけ落ち込んでるのよ」
すっかり自棄になってる様だが、こっちは顔から火が出そうだ。
それを見兼ねたのか、秋生さんは大袈裟に呆れて見せながら、挑発的な言葉を投げかける。
「あのオーキが選んだんだ、さぞかし性根が座ってるだろうと思えば……とんだ腰抜けだな」
「何!?」
いや、そこまで……ではあるけど、皆の前では止めて下さい……!!
「いいのか?このまま処刑されちまって?いや、あんたの気はそれで済むかもしれねぇ。だが、いいのか?オーキの仇をとらなくて?何より、死んだあいつに、それで顔向け出来るのか!?」
やめてー!!
仇って何だよ!?
強いて言うなら、出っ張り過ぎてた胸じゃねえか!!
あまりの羞恥に、手足は諤々と震え精神が決壊しかける。
だが、KO寸前の俺とは対照的に、智代の瞳には意志の火が戻っていた。
「そうだ……私は、オーキに代わって、オーキの汚名をそそがなくてはならない!あいつを罠に嵌めた狼を倒すまで、私は死ぬわけにはいかないんだー!」
だから……もう……やめて下さい……お願いします……!!
俺はもう再起不能だが、智代はそれで復活を果たす。
そんな智代を見て、秋生さんも満足そうにふっと微笑む。
だがそんな時、椋さんが遠慮がちにポソリと言った。
「えっと……あの……渚ちゃんのお父さんも……渚ちゃんの仇をとるって言ってた割に、あまり積極的ではない様な……」
「それ、あたしも思ってた。あんだけ怒ってたのに、あんまり会話に入ってきてないわよね」
藤林姉妹の秋生さんに対する唐突な連携攻撃。
いや、そうではない。
智代が白、春原さんも多分ウソをついていないとなれば、三人の勝負となるのは必然だ。
当然、秋生さんも心得ていて、むしろ待ってましたとばかりに反撃を始める。
「ああ、おめえらがどんどん話を進めてくれていたから、つい聞く側に回りがちになっちまった。だが……そうだな。オーキがあんな事になっちまった以上、ここは俺があいつに代わってケリをつけるとするか」
「誰が狼なのか判ったのか!?」
「ああ。そもそも、おまえらは一つ大きな勘違いをしてるんじゃねえか?」
「勘……違い?」
「お前らは、狼が一人になっていると思い込んでいる様だが……まだ二人とも残っている可能性が有るんじゃねえのか?」
「!」
満を持してという感じで話し始めた秋生さんの大胆な持論に、一同は釘付けになる。
「あ、あれぇ?狼って三人だったけ?」
「二人だ。要するに、ここまで処刑してきた初日の嬢ちゃんも、小僧も、オーキも、みんなハズレだったんじゃねえかって事だよ」
「岡崎はともかく、ことみちゃんは確定だと思うけど?」
「それがそもそもの間違いだったんじゃねえのかつってんだ。よく思い返してみろ。あの子は、おまえに怯えてパニックになってはいたが、一度も自分が狼だと認めてはいなかったはずだ」
「そのとおりだ!一ノ瀬さんは、ずっと違うと訴え続けていた。それなのに、春原が強引に決めつけて怖がらせていたんだ!」
智代もそれが気になっていたのか、秋生さんの意見に同意しながら春原さんをにらむ。
「な、何だよ?そんな事言ったって、犯人を暴くにはあれぐらい普通だろ。それに、他のみんなだってことみちゃんを選んだから、味噌糞一緒じゃん」
「何それ?同罪って言いたいわけ?まあ、ことみは違うのかもってちょっと思い始めたし、朋也も関係なかったのかもしれないけど、じゃあ、一人目の狼は陽平って事?」
「なんでだよ!?」
「私は最初から春原が狼だと確信していた」
「ムッカー!!」
「まあ待て。金髪小僧はまず狼じゃねえ。うまく利用されただけだ」
「そうだよ!僕はまんまと利用されただけさ!」
疑いが晴れればいいのか、何故かちょっと得意気だった。
一方、否定された智代はちょっと不服そうな顔をする。
「じゃあ、狼は一体誰なんだ?」
「そりゃあもちろん、ミスリードする為に小僧と一番話してた奴だろ」
「ちょ、ちょっと!」
「ふ、ふっふっふっ、やっぱり真犯人はおまえだ杏!!」
まるで自分が暴いたかのように、ドヤ顔で決めポーズをする春原さん。
嵌められた事を悟ったか、杏さんに焦りの色が浮かぶ。
「ち、違うわよ!あんたまた利用されてんのがわからないの!?」
「違わないね。そして、もう一人が椋ちゃんで決まりさ」
「あう……!私も違います。そもそも……狼が二人残っているというのも、あくまで可能性の一つなんじゃ……?」
「まあな。今回は死んだ人間が狼だったか判る゛霊媒師”もいねえし、残りの人数がわかっているのは狼だけだ。たがな、もし狼が残り二人だった場合、ここで当てられなければ人数的に二対二の同数になって村人の負けになっちまう事はわかってるか?」
「それはそうだけど、だからってそれがあたしと椋だとは限らないじゃない!渚のお父さんと椋って可能性も有るんだし」
「お姉ちゃん、私も狼じゃないよぉ」
「た、例えばの話よ。智代、あんたはあたしが狼だなんて信じてないわよね?」
「もちろん信じたくはない。だが……すまない。わからなくなってしまった……」
「ああっ、もう!」
「はい。では、この辺で終了しましょう。投票を開始して下さい」
『四日目:夜』
「勝敗が決まりました。勝ったのは……………狼チームです」
「イヤッホーイッ!!」
「ええええええええええええええええええええええ!?」
最後まで残った秋生さんが全身で喜びを表し、同じく残っていた春原さんは驚愕して膝から崩れる。
そう、狼は秋生さんだった。
三日目に春原さんを丸め込んだ時点で、勝負ついていたと言えよう。
ダイジェストで説明すると、
三日目:昼
杏さんと秋生さんの決戦投票にもつれるも、秋生さんの「オーキの為にも負けるわけにはいかない」と言う台詞に智代がほだされ、杏さんが脱落。
三日目:夜
智代が襲われて脱落。
四日目:昼
春原さんが完全に秋生さん信者となっていた為、成す術なく椋さんが脱落し、狼の勝利が確定。
配役は
狼→秋生、一ノ瀬
占い師→渚
猟師→智代
だった。
死者の国から皆が帰還し、反省会が始まる。
「何よ。結局ことみも狼だったんじゃない」
「狼さんは、みんなにいじめられるから嫌だったの」
「何とか勝てたが、大分運に助けられたな。オーキはわかってたんじゃないか?」
「まあ、最初に渚さんが襲われた時点で、怪しいとは思ってましたけど」
「やはりな」
「何?わかっていたなら、どうして先に言わないんだ!?」
「お前が邪魔したんだろうが!占い師の渚さんがあのタイミングで襲われるとしたら、゛何も考えてない”か、゛ダメ元で試しに”か、゛必要に迫られて”でしょうから、じゃあ、必要に迫られてって何かって考えると、渚さんが一番最初に占いそうな人物って事で、一番近しい秋生さんか岡崎さんかなと」
「そんな所だ。まあ、もちろん反論も考えてはいたが、危なかった事に変わりねえ」
「それって……渚、実際どうだったの?」
「はい。誰か一人を必ず選ばなければならなかったので、初日はお父さんを選んでました」
「やっぱり……つまり、智代がちゃんと渚を守ってれば、そこで勝ってたんじゃない」
「そうなるな」
ズーーーーーーーーーーン!!
「すまない……!全部私の所為で負けた様な物だ!」
「まったく、智ぴょん様様だったぜ」
「まっ、猟師が智代になったのは偶然だし、今回はホント運が無かったよな」
「全てを犠牲にしてでも愛を貫こうとするその姿勢、素敵だと思います!」
「……もういいから、立とうな」
智代の腕を持ち上げ立たせる。
まあ……恥ずかしい思いをしまくったが……それなり楽しめたと思う。
ただ……このゲームに向いてない人が多いので、もう当分やらないかな……。