番外編・人熊(中編)
二日目という最短で初戦が終わり、一人だけ死者の国に行っていた春原さんが戻ってきた。
すかさず杏さんがダメ出しを始める。
「あんた達弱過ぎよ!よ・わ・す・ぎ!」
「あの流れで、どうしろってんだよ!?大体、こいつと一緒で勝てる訳ないだろ!」
「僕の所為にするなよ!そもそも、あそこで川上に嵌められなきゃ、僕だってバレなかったんだ!」
「そういうゲームだし、川上の引っ掛けが無くても、あんた達が狼なのはバレバレだったから」
「ちなみに、狼さん以外の配役は、占い師が芽衣ちゃん、猟師はオーキ君でした~」
「なっ!?じゃあ、結局俺も嵌められてたのかよ!?」
「そうなるわね」
そんなやりとりを苦笑しながら見ていると、隣の智代に袖を引っ張られる。
見ると神妙な顔つきで、じっとこちらをみつめてきた。
「さっき助けてくれたのは、おまえだったのか?」
「まあ……な」
「そうか……すまない。私は、おまえを誤解していた。いや、冷静になって考えれば直ぐにわかる事だったんだ。それなのに私は、頭に血が上って、おまえを狼だと決めつけてしまった。本当にすまない。許して欲しい」
「いや、別に許す事なんて無いけど……」
「そうか……うん」
俺の返事に安堵の表情を浮かべると、智代はにこにこしながら俺の二の腕を掴んできた。
本当に許す事なんて無いと言うか、むしろ利用させてもらったんだが……。
あまり人前でくっつかれたくはなかったが、罪悪感から振りほどけなかった。
「それでは、二回戦を始めますね」
『二回戦』
*配役はランダムで決めています
『昼:一日目』
「二回戦、最初の容疑者は……春原さんです」
「えーっ!?何でまた僕なのさ!?」
「まあ、とりあえずそうなるでしょ」
「当然だな」
「誰か選ばなきゃいけないし……あはっ」
お約束で、まずは春原さんが選ばれる。
しかし、今回は動揺している様子もなく、不貞腐れた様に腕を組んで口をとがらせていた。
「では、春原さん始めて下さい」
「……とにかく、今回は僕じゃないからね」
「それじゃ話が広がらないでしょ」
「そんな事言ったって、誰が犯人かなんて最初にわかるはずないじゃん」
「だから、それを暴く為に会話するんじゃない。後、犯人じゃないわよ」
「……どうしよう岡崎?」
「俺に聞くなっつってんだろうが!企画したおっさんか川上にでも聞けよ」
「じゃあ川上」
「え?……自分も初めてやるんで、詳しい訳じゃないんですが……」
たらい回し的に春原さんに問われたので、一応前置きをしてから、俺は視線を渚さんに向ける。
「えっと、渚さん」
「はい。なんですか?」
「渚さんは……狼ですか?」
素直にど直球で訊いてみた。
まずは判り易そうな人から潰していって、ある程度容疑者を絞ろう。
その程度のつもりだったのだが……、
「いえ、わたしは狼さんじゃないです。占い師さんです」
「……」
予想以上に判り易過ぎた!
だが、驚いているのは俺と秋生さん、藤林姉妹くらいで、他の人はピンときてないらしい。
自分の役職を明かす事は作戦として有りではあるが、当然狙われるリスクも高くなる。
ここは何かしら教えた方がいいのか、それともスルーすべきか……。
「……」
「……」
「……」
「渚ちゃんが占い師って事は、これで犯人が一人減ったわけか」
秋生さん達も迷っているらしく場の空気が重苦しくなりかけたが、春原さんの能天気な声が払ってくれた。
「……まあ、こうやってとりあえず質問してみたらいいんじゃないですかね」
「なるほどね~。それじゃあ……」
判り易いお手本が出来たおかげか、春原さんはすっかり乗り気になった様で、一度目をつぶって表情を引き締めると、オーバーアクションで振り返り様ビシッとある人を指しながら言った。
「犯人はおまえだ!杏!」
「違うわよ!」
それがやりたかっただけだった。
「本当に~?渚ちゃんみたいに、犯人じゃないって証拠でもあんの?」
「しつこいわね。証拠は無いけど、私は村人よ。後、犯人じゃなくて狼よ、オ・オ・カ・ミ!」
春原さんは暫くねっとりと杏さんを見ていたが、視線を杏さんの隣の椋さんに向ける。
「じゃあ、椋ちゃんは?」
「えっと……私も、違います」
「ふ~ん、じゃあ……」
「ッ!!」
春原さんの目が、そのまた隣に座る一ノ瀬さんに向いた瞬間、ずっと俯いたままの彼女は視線に怯える様にビクッとなった。
その不自然過ぎる反応に、春原さんは恰好の獲物をみつけた蛇の様な笑みを浮かべる。
「あれれ~?ひょっとして、ことみちゃんが狼なのかなぁ?」
「ち、違うもん!私、狼なんかじゃないもん!」
「本当に~?あやしいな~」
「う~~~、春原くんいじめっ子」
「へっへっへっ、ことみちゃ~ん本当の事言っちゃいなよ~。君が狼なんだろ~?」
「違うもん!う~……朋也くん……」
執拗に追及してくる春原さんに、一ノ瀬さんは堪らず今にも泣きだしそうな声で岡崎さんに助けを求める。
しかし、岡崎さんも下手に擁護する訳にはいかない。
「悪いことみ。こういうゲームなんだ」
「ゔゔ~……渚ちゃん、椋ちゃん」
「あっ……えっと……」
「……」
信頼する岡崎さんに突っぱねられた一ノ瀬さんは、尚も渚さんや椋さんを頼ろうとした。
返答に困って苦笑する椋さんに対し、渚さんは悲し気に一ノ瀬さんを見つめた後、とんでもない提案をしだす。
「何だか可哀相です……私の占い師さんの役と、狼さんの役を代わってあげる訳にはいかないでしょうか?」
「いいわけないでしょ!」
「渚、そんな事をすれば、ゲームが成り立たなくなってしまいますよ」
「でも……」
「渚、それは役になりきっての台詞か?それとも、おまえ自身の物か?」
「私のです……」
「そいつはダメだ。言ったろ?このゲームは芝居だと。ゲームが始まったら、おまえはおまえの与えられた役になりきって、演じきらなきゃならねえ。わかるな?」
「……はい。ごめんなさいです」
両親に注意を受けて、渚さんはシュンとなる。
事の成り行きを見守っていた一同だったが、それが終わるや否や、春原さんは再び一ノ瀬さんを追い詰めにかかった。
「うひょひょっ、ことみちゅわ~ん、そろそろ観念しちゃいなよ~。楽になるよ~?」
「うっ、うう~」
「いい加減にしろ春原」
見るに見かねてそれを止めたのは、智代だった。
興を殺がれてムッとした春原さんだったが、それ以上に智代が怒気を顕わにしているのを見て気圧される。
「うっ……な、なんだよ?」
「目障りだ。おまえはもう喋るな」
「……はっは~ん、さては、もう一人の狼は智代だな。゛飛んで気になる夏の牛”ってね!」
春原さんにしては咄嗟によく思いついたが、その後の言葉は意味がわからない。
けれど、智代はいつもの凛とした態度で、張った胸に手を当てながら答える。
「私も狼ではない」
「へえ、証拠でもあるんですかねぇ?」
「証拠か。いいだろう。何故なら私は……うひゃっぁん!!」
威風堂々と何かを言いかけた智代だったが、突然奇声を発しながら体を゛く”の字にして横に倒れこんだ。
他でもなく、隣に居た俺が脇腹をつついたからだが……。
「突然何をするんだおまえは!?」
「いや、なんだ……」
すぐさま上体を起こして肩口まで詰め寄ってくる智代に、俺は言葉を濁しながら首を振る事で意味を伝えようとした。
しかしそれは、早苗さんの予想外の言葉によって阻まれる。
「オーキくん、相手に直接触れて妨害してはいけません。警告1です」
「へっ!?いや、今のは……」
「警告1です。警告は累計2で退場になります」
「……はい……」
反則をとられた……。
まあ、当然と言えば当然か……。
「では、一日目の話し合いはここまでにしましょう。みなさん投票をして下さい」
このタイミングで打ち切ってくれただけ有情である。
「一日目に処刑されるのは……一ノ瀬さんです」
「ゔゔ~、みんなのいじめっ子~!」
『夜:一日目』
一ノ瀬さんは、早苗さんになだめられながら死の国の部屋に連れ去られた。
まあ、この部屋を映したTVもあるから、寂しくはないだろう。
長い一日目が終わり、そして夜が明ける。
『昼:二日目』
「まず始めに、前日の夜に犠牲者が出ました。犠牲者は……渚です」
「えっ!?」
「わたしですか……」
早苗さんの発表に、一部から驚きの声が上がる。
けれど当の渚さんは、むしろ何処かホッとした様子で穏やかな微笑さえ浮かべていた。
「みなさん、頑張って下さい」
「ダメだ」
「えっ?」
ぺこりと頭を下げた渚さんだったが、秋生さんのダメ出しに初めて驚いて顔を上げる。
「おまえは狼に襲われて死んだんだ。なら、ちゃんとそれらしい死に際を演じてから行け」
「死に際を……ですか?」
「それは……ハードル高過ぎません?」
「他の奴は別にやらなくてかまわねえ。が、渚は演劇部部長なんだ。これぐらい即興でやってもらわんとな」
「……わかりました。やってみます!」
改めて父から課せられた試練に、渚さんは少し考えてから両手をギュッと握り、決意のこもった声で応えた。
彼女のこの場限りのステージが、今幕を開ける!
「そ、そんな……あなたが狼さんだったんですか?キャ~!やらてしまいました~!」
「……」
……とんでもない大根だった!
あまりの酷さに一同は言葉を失い、秋生さんも無言で目を伏せ苦い顔をする。
「こんな感じで……どうでしょうか?」
反応が無いので不安になったか、渚さんは恐る恐る虎の尾を踏みに行ってしまう。
芝居に関しては厳しい秋生さんの事、これはやり直しに違いない。
そう思いながら見ていると、ついに秋生さんの目がカッと開いた。
「ウオオオォォォォォォオッ!!渚ぁぁぁぁぁぁっ!!チクショウ!!チクショウ狼の野郎め!!俺の……俺の大事な渚を!!クソッ……!!この仇は、この仇は俺が必ずとってやるからなぁっ!!」
いきなり叫びだしたかと思うと、壁や床殴りながら慟哭しだした!
これは渚さんの演技もアレでOKという事なのか、それともお手本としてやったのか、とにかく熱のこもった演技だった。
「はい。では、二日目の投票を始めましょう」
渚さんが退出し、最初の投票が始まる。
そうして選ばれたのは……、
「岡崎さんです」
「はっ?俺?何でだよ?」
岡崎さんだった。
まさか選ばれるとは思っていなかったのか、頭を掻きながら首を傾げている。
「なあ、投票した奴に理由を聞くってのも有りなのか?」
「言ってもいいって人が居るならいいんじゃない?ちなみに、あたしもあんたに入れたけどね」
「おまえもかよ!」
「まあ、理由は単純よ。さっきことみが、真っ先に頼ったのがあんただったじゃない」
「それだけかよ!?」
「だって、一日目はほとんどことみの追及で終わっちゃったし、他に取っ掛かりないが無いもの」
「渚や委員長にも、頼ろうとしてたじゃんか」
「それは、あんたに見捨てられたからでしょ。もちろん、椋もまったく怪しくないって訳じゃないけど」
「見捨てたんじゃねえ!狼じゃないから、肩持つ訳にはいかなかったんだよ!」
「どうだか」
「ちっちっちっ、岡崎は狼じゃないよ杏」
いつもの様に杏さんと岡崎さんが話を進めてくれていると、舌打ちではなく゛ち”を口で言いつつ、否定する様に指を左右に振りながら春原さんが気障男風に割って入る。
「へえ。まあ、聞こうじゃない」
「ふっ、ことみちゃんが狼の皮を被った人である事を見破ったこの僕の眼力、デビルイヤーによると、犯人は……」
目なのか耳なのかよくわからないが、とにかく春原さんは目を瞑って金髪を半分かき上げながら、ある人物を指しながら告げる。
「犯人は、智代だ!」
ああっ、やっぱり……といった白けた空気が流れる。
ただ、名指しされた当人は面白いはずもない。
「私じゃないと言ったはずだ」
「ウソだね。ことみちゃんを庇おうとしたのが、何よりの証拠さ」
「違うわよ。智代じゃない」
「何だい?杏も鬼の皮を被った狼のグルなのか?」
「坂上さんは違うよお兄ちゃん」
「オウッ、マイブラジャー!おまえまで鬼の肘持つのかよ?」
「もう、どっから突っ込めばいいかわからないよ。とにかく、坂上さんは狼じゃないの」
自信満々で持論を展開する春原さんだったが、杏さんはともかく妹さんにまで否定された事でやや勢いを失う。
すると、それを待っていたかのように秋生さんが口を開いた。
「智ぴょんが白確定だとすると、やはり小僧が一番怪しいって事になるが……どうなんだ?てめえが……てめえが渚を裏切ったのかぁ!?」
「裏切ってねえよ!!」
こっちはこっちで私情挟みまくりだった。
「では、このへんで二日目は終わりにして、投票にしましょう」
ついに決定打が出ないまま締め切られ、吊るされる事になったのは……、
「岡崎さんです」
「やっぱりかよ!でも、俺は狼じゃねえ!違うんだ~!」
『夜:二日目』
岡崎さんがスケープゴートとなる形で、二日目が終了する。
恐らく狼はまだ残って居るだろう。
だとすれば、今夜襲われるのは゛あいつ”になるはずだ。
『昼:三日目』
「再び犠牲者が出てしまいました。犠牲となったのは……」
この時、ほぼ全ての目が一斉に智代の方を向いた。
だがしかし、早苗さんが口にしたのは、まったく別の名だった。
「芽衣ちゃんです」
「えっ、わたしですかぁ?んっと……じゃあ……」
指名された芽衣ちゃんはかなり驚いた様子だったが、少し考えた後、その場にペタンと座り込み、演技を始めた。
「お、狼!?そんな……いやっ!!来ないで!!いやだ!!わたしまだ死にたくない!!いやーーーーーーっ!!ウギャア!!バリバリバリッ!!グチャグチャ!!ベチョー…………」
一同からおおっ!!という感嘆の声が漏れ、自然と拍手が鳴り響く。
狼に喰われた挙句、最後は血だまりになった所までを完璧に表現した見事な演技だった。
正直、渚さんよりよっぽど……いやいや、渚さんだってちゃんと練習すれば……ただ、あまり即興には向いてないかなって……。
そんな失礼な事思ってる間に芽衣ちゃんが退場し、投票が始まる。
「では、今日最初に選ばれたのは……オーキくんです」
「えっ……!?」