番外編・人熊(前編)
某日、秋生さんから突然の召集がかかり、俺達は古河家に集まる事になった。
「呼ばれたから来たけど、また何かするのかしら?朋也、何か聞いてる?」
「いや、俺もみんなを集めろとしか……」
「あんた、具体的な事何も聞かずに集めたの?」
「おまえらだって、来てんじゃねえか」
「そりゃあまあ、渚にも誘われたし……ねえ」
「渚ちゃんのお父さんの事だから、野球とかゾリオンとか、またみんなで遊べるスポーツでもやろうってんじゃない?」
「もしそうなら、その……私は運動が苦手なのでちょっと……」
「私もあまり運動は得意じゃないの」
「オーキは何か聞いてないのか?」
「知ってるよ。俺も準備手伝ったし」
「そうか。おまえも知らな……っ知ってるのか!?」
「一体何をしようってのよ?」
「まあ、ちょっとしたゲームですよ。体使う物じゃないんで皆でやれます。ただ、大人数でないとやれない物で……」
「集まった様だな!」
皆に説明しようとした所で、丁度良く秋生さんが渚さんを伴い現れる。
「今日集まってもらったのは、みんなで『人熊』をやってみようと思ってな」
「「「人熊ぁ!?」」」
『人熊』
この場に集まった参加者は、『秋生さん』『渚さん』『岡崎さん』『春原さん』『杏さん』『椋さん』『一ノ瀬さん』『芽衣ちゃん』『智代』そして俺『川上』の計10名。
これから始まる物が、阿鼻叫喚のデスゲームになろうとは、この時誰も予想しえなかった。
「……『人熊』って何よ?」
「大まかに説明するとだな、“ある村に人に化けた熊が紛れ込んでいて、そいつらに全員食われちまう前に熊を処刑できたら村人の勝ち”ってゲームだ」
「はあ?何か複雑そうだな」
「ああ、それTⅤで視た事ある。でも、“熊”じゃなくて“狼”じゃなかった?」
「待て!どうしてオオカミじゃなくて、クマさんなんだ?」
「ああ、それは日本人には絶滅した狼よか熊の方が馴染み深いだろうって、オーキが……」
「おまえか!!」
噛み付かんばかりの剣幕で肩を掴まれ、物凄い力でぶんぶんと揺すられる。
「どうしてそういう事をするんだ!?そもそも、クマさんは人を襲ったりはしない!!」
「いや、襲うだろ」
「襲うから」
「襲いますね」
「うわあああああああああっ!!」
岡崎さんや杏さん達から一斉につっこみを受け、智代はクマの如き叫び声を上げながら一層激しくシェイクしてくる。
「どうどうどう。落ち着け!な?」
「これが落ち着いていられるか!!」
「そんなに嫌なら、別に狼でいいぞー」
「是非そうしてくれ!!」
『人狼』
「じゃ、ルールを説明するぞ。
まず、全員でクジを引いて役を決める。役柄は、まあ初回なので今回は4つにしておこう。
・『狼』二名
『夜のターン』で一人づつ『村人』を襲う事が出来る。
お互いが『狼』である事は前もって知っている。
全滅する前に『村人』と同数になれば勝ち。
・『猟師』一名
『村人』の一人。
『夜のターン』で自分以外の誰か一人を『狼』の襲撃から守る事ができる。
・『占い師』一名
『村人』の一人。
生存者の中の一人を選び、『狼』かどうか知る事が出来る。
・『村人』
『狼』以外全員。『狼』を駆逐すれば勝ち。
次にゲームの流れだが、『昼のターン』と『夜のターン』を交互にやっていく。
まず、『昼のターン』は、
昼1、怪しいと思う一名を投票し、最も票を集めた者を容疑者として立てる。
昼2、お互いを探りあう会話を行った後、再投票で選ばれた一名を処刑して『昼』を終える。
次に『夜のターン』では、
夜1、『狼』『猟師』『占い師』は、役割ごとののターゲットを決める。
夜2、犠牲者が出た場合、『昼のターン』の最初に報告される。
勝負がつくまで、これを繰り返す。
まあ、こんな感じだ。
質問とかるか?無ければ、とりあえずやってみるとしよう」
『一回戦』
*配役はランダムで決めています
『昼:一日目』
「はいはーい。ゲームマスターは私、古河早苗が務めさせていただきますね」
前もって頼んであった早苗さんが、ノリノリで司会進行を始める。
さすが先生だけあって、こういう事には手馴れた感じだ。
「では、最初の投票で容疑者に選ばれたのは…………『春原』さんです!」
「ええええええ~~~~っ!?な、何で僕になるのさ!?」
高らかに名前を呼ばれた当人は、驚きで思わず立ち上がる。
「まあ、とりあえずそうなるでしょ」
「当然だな」
「あ、ほら、誰か選ばなきゃいけなかったし……ね?あはは……」
だが、苦笑を向けたのは妹さんくらいで、残りの反応は至極当然といった感じの物だった。
この初回で選ばれる人間と言うのは、厳密には『誰でもいい』という物でもないのだが……まあ、大体は『選び易い』『イジり易い』人間になる物である。
春原さんは、色んな意味で“打って付け”の人なので、この結果は当然だろう。
「では春原さん、弁明があればどうぞ~」
「えっ……!?」
早苗さんに促されるも、春原さんは苦笑したまま固まってしまった。
額には脂汗がにじみ出ている。
ん~、これはまさか……
「えっ、何?まさか、いきなりビンゴなの?」
その場の思いを代弁するかのように、杏さんがじと目で呟く。
それにより、春原さんに向けられていた皆の視線が、より一層険しい物となる。
「ひぃっ!!お、岡崎、どうしよう?」
「知らねえよ!俺に聞くな!」
困窮した春原さんは、思わず岡崎さんに助けを求めたが、苦笑しながらつっぱねられる。
それは、俺には別段普通の対応に見えたのだが、杏さんの鋭い眼光が今度は岡崎さんに向けられた。
「朋也、あんたも狼でしょ?」
「はぁ!?何でそうなるんだよ!?」
「だって、いつものあんたなら、もっと冷たく足らう所じゃない?」
「おまえは俺を何だと思ってるんだ!?」
皆の疑惑の目が、一斉に岡崎さんの方に向けられる。
確かに、言われてみれば春原さんへの対応が普段よりマイルドな気が……してきた。
「ちょ、ちょっと待とうぜみんな。いくらなんでも、強引過ぎやしないか?そもそも、春原だってまだ狼と決まった訳じゃないんだし」
「じゃあ、あんたは誰が怪しいと思うのよ?」
「そりゃあ……杏、おまえだ」
岡崎さんは少し考えてから、思い出した様に切り替えした。
しかし、杏さんはその反撃を想定していたのか、微塵も動じていない。
「あたし?あたしの何処が怪しいのよ?」
「一番始めに、一方的に決め付ける様な事を言ってきたのはおまえだろ?」
「へえ、じゃああんたは、あの状況で陽平が怪しくないって思った訳?」
「それは……あれだ。初めてやるんだから、どうしていいかわからないのが普通じゃないか?なあ渚?」
「えっ?」
淡々とした杏さんに対し、岡崎さんは若干上ずった声で渚さんに同意を求めた。
渚さんは急に話しを振られ暫しキョトンとしていたが、少し考える素振りをしてから杏さんに向かって済まなそうに口を開く。
「杏ちゃん、初めてやるんですから、どうしていいかわからないのも仕方ないと思います。わたしも何をしたらいいのか、よくわかってないです」
「さっすが渚ちゃん!誰かさんと違って優しいねえ!」
「あのねぇ渚、これは狼を探すゲームであると同時に、自分の生き残りを賭けたゲームでもあるの。その為には、少しでも疑わしいならどんどん追求していかないといけないし、逆に自分が疑われたなら、疑いを晴らすか、自分以上に疑わしい人を作らないと生き残れないわけ。かわいそうだからなんて言ってられないの」
「そうなんですか?」
「そうよ。容赦なんてしてられないのよ」
杏さんに窘められても、渚さんは浮かない顔のままだ。
まあ、渚さんがあまりこのゲームに向いてる人じゃないのは、俺も秋生さんもわかっていた。
それでもあえてこの面子でやってみようと言う事になったのは、単なる好奇心もあったが、一応ちゃんとした別の名目もある。
「渚、ならこう考えてみろ。これも演劇みたいな物だと」
「演劇……ですか?」
「ゲームの背景の説明と、配役をしたろ?なら、こいつはもうそれぞれの役をアドリブで演じる即興芝居みたいな物だ。おまえも演劇部員なら、与えられた役を演じきってみせろ」
「即興芝居ですか……わかりました。うまく出来るか分かりませんが、やってみます」
「おう。何事も挑戦だ」
秋生さんに演劇みたいな物だと言われ、ようやく渚さんもノリ気になった様だ。
優しく素直な渚さんも、お芝居という事ならいけるんじゃないか?
それが秋生さんと二人で考えた作戦なのだが……どうなる事やら……。
「さて、俺ももう小僧二人で決まりだと思ってるが、どうする?もう投票しちまうか?」
「ちょっと待ておっさん!まだ全員の意見を聞いてもいないのに、そうやって結論を急ぐのは逆に怪しいんじゃないか?」
「ほう、じゃあ他に意見ある奴いるか~?」
何とか食い下がろうとする岡崎さんだが、場の空気は変わりそうも無い。
特に、春原さんに何の弁明もないのが致命的で、一人で反抗している岡崎さんがかえって怪しくなっていく。
そう思っていると、春原さんの妹さんが手を挙げた。
それを見た春原さんは、期待で目を輝かせる。
「はい、芽衣ちゃん」
「芽衣、にいちゃんを助けてくれ!」
「わたしも、おにいちゃんが怪しいと思います」
「ズコォ!!」
見事に裏切られ、ズッコケてその場に倒れ伏す春原さん。
「おまえまで僕が狼だと思ってるのかよ!?」
「だって、違ってたらおにいちゃんもっと『僕じゃない!』って否定すると思うもん」
「うぐっ……ぼ、僕じゃない!僕じゃないぞ!!」
「わざとらしい」
「どうしたらいんですかね?」
他ならぬ妹さんのこの弁で、もはや春原さんの処刑は不可避だろう。
これで最初のターンは終わりか……と、思っていたのだが、秋生さんが俺の隣で不機嫌そうにしている智代に目をつけた。
「他にないか~?智ぴょん、何かあるか?」
「ん?私か。私は、オーキがオオカミだと思う」
「はっ?」
「ほう、理由は?」
「クマさんに人を襲わせようとする様な奴は、オオカミに決まっている!」
完全に私怨だった。
「あんたそれゲーム関係無いじゃない」
「ハハハッ、オーキ、弁明はあるか?」
「俺が狼だったら、真っ先にお前を食ってやる」
「面白い。返り討ちだ」
「いや、抵抗とか無理だからな。襲われたら、猟師が守ってくれない限りやられるしかない」
「どうして!?」
「どうしてって、そういうルールだからな」
「むう……どうすればいいんだ……?」
やはりルールをよくわかってなかったか、根拠の無い自信で満ち溢れていた顔がしゅんとなる。
すると、春原さんが興奮した様子で立ち上がった。
「それって、僕でも智代ちゃんに勝てるって事だよね?」
「まあ、狼なら……」
「何!?オーキならともかく、春原にも勝てないのか!?」
「イヤッホゥ!!せんべい一枚食うチャンスだ!!」
あまり大したチャンスではなさそうだ。
千載一遇のチャンスに飛び上がって喜ぶ春原さん。
だが、そんな彼に杏さんが冷淡に宣告する。
「無理よ」
「なんでさ?」
「あんたこれから処刑されるもの」
「えっ……!?」
「はい。では、話し合いはここまでです。投票に移りますね」
手を叩きながら早苗さんが終わりを告げ、投票が始まる。
選ばれたのは……
「結果がでました。最初に処刑されるのは……春原さんです」
「ひいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ……!!」
最初の死者となった春原さんは、悲鳴を上げながら早苗さんに連れられ死者の国(二階の客間)へと向かった。
「では、これから夜の行動に移ります。狼さん、猟師さん、占い師さんは、ターゲットにする人を決めてくださいね」
『昼:二日目』
「はい。昼の部二日目です。まず、昨夜の犠牲者ですが……いませんでした」
「ほう」
「猟師グッジョブね」
「……私は無事だったのか?」
「そういう事だ」
「そうか……良かった……」
そんなに心配だったのか、智代はほっとした様に胸を撫で下ろす。
まだこのゲームがよくわかってない様だ。
「では、容疑者を決める投票を開始しますね」
そうして選ばれたのは当然……
「岡崎さんです」
「やっぱり俺かよ!!」
「では、岡崎さんの弁明からどうぞ」
「俺が怪しいと思っているのは……川上だ!」
皆の目が一斉に俺に向けられる。
なるほど、夜の間に作戦は練られている様だ。
「理由は、自分が狼なら智代を襲うと言っていたからだ」
「それはない。私は無事だったじゃないか」
「それは、猟師役がおまえを守ったからだろ」
「ん?そうなのか?」
「でも、陽平にとどめさしたのは川上よね。おかしくない?狼同士はお互い知ってるんだし」
「それはあれだ。春原の弁解は無理だと思って、切り捨てたんだ」
「ふ~ん、なるほどね~。つまり、あんたは川上に罪を着せようと智代を襲ったけど、猟師にブロックされた訳ね?」
「そんな事一言も言ってねえだろうが!」
「ちっ、引っかからないか……」
「はい。わたしいいですか?」
よくわかっていない智代はともかく、杏さんの執拗な追及や引っ掛けも岡崎さんは強引ながらも何とかかわしていた。
しかし、ここで挙手をした芽衣ちゃんが、またも決定的な情報を告げる。
「あのぉ、わたし実は占い師なんですけど、それでさっき岡崎さんを占ったら、狼さんだって……」
「げっ……!?ああっ、そうだよ!俺が狼だよ!」
こうして、人狼一回戦は、観念した岡崎さんの自白によって幕を閉じた。