第二章 5月10日 新世代の頭角
クマを追い帰した後も、資料室には続々と男達が集まってきていた。
己のスタイルを貫く事を選んだのか、いつもどおりの恰好の田嶋や溝口みたいのもいるが、多くは普段の挑発的なスタイルを幾分マイルドにし、中には一般人と遜色ない、と言うかむしろ優等生キャラレベルの完成度の奴もちらほら居る。
その所為もあってか、誰だか判らない奴が割と居た。
いや、明らかに“マジで知らない奴”や“他所者(まあ、俺からすれば全員なのだが)じゃね?”って奴まで混じっている。
例えば、椅子にもたれ掛かりながらイヤホンでジャカジャカと洋楽らしき物を聴いている、身体も態度もデカイ隣のドレッドヘヤーを頭の上でまとめたパイナップル男だ。
こいつも仲間なのか?と疑問に思っていると、ツンツン頭の童顔が絡みはじめた。
「てめえ鈴城じゃねえか……他所モンが何で居んだよ?」
「……」
バンッ!!
「シカトしてんじゃねえぞコラッ!!」
「んあ?」
童顔が机を叩いて切れだしたので、男は日本人にしては彫りの深い顔をゆがめながら面倒くさそうに大音量のイヤホンを外す。
『鈴城』と言えば、タメ年の中学の頃から結構名の通っていた奴だ。
確か今は小人数の族系チームを結成していたはずである。
そんな奴が何故居るんだ……?
「何で他所者のてめえがここに居んだよ!?」
「……あんたこそ誰よ?」
「なっっ!!○○校の平子だ!」
「あぁあぁ!……やっぱ知らねえや」
「てめぇっ!?」
「喧嘩はダメですよ。平子さん」
「は、はい!ゆきねぇさん!」
宮沢に窘められた平子と名乗った奴は、直立不動になって緊張した面持ちで敬礼してみせた。
『平子』は俺も知らねえが、口ぶりや宮沢が知ってる事から多分仲間なんだろう。
「噂で、何かコンテストに勝てばゆきねちゃんとデート出来るって聞いたからさ、オレもエントリーしようと思ってね」
「『ゆ・き・ね・ちゃ・ん』だあ!?てめえ、俺等のゆきねぇさんを馴れ馴れしく“ちゃん付け”すんじゃねえ!」
「他所モンはお呼びじゃねえんだよ!」
「まあまあ、いいじゃん。固い事言うなよ。ねえ?ゆきねちゃん」
「ええっと……」
鈴城の人を食った言動に、それまで騒がしかったガヤがピタリと止み、刺す様な視線が注がれる。
しかし、そんな場の敵意を一身に浴びながらも、鈴城はハーフを思わせる甘いマスクに笑みを浮かべながら、宮沢だけをみつめて口説くかの様に同意を求めた。
うまいな。
場慣れてると言うか、如才ないと言うか。
宮沢にさえ許諾を得られれば、周りは黙るしかないのをわかっていてやってるんだろう。
加えて、自分がモテるのも自覚していやがる。
『デカイだけでなく、度胸やクレバーさも持ち合わせていて、噂以上に手強そうだ』
そう評価する一方で、あんまり好きなタイプではないとも思った。
「いいんですか?彼女さんに悪いですよ」
宮沢がどう答えるのかと静観していると、彼女は微笑みながらそう切り返した。
返事に困っているようなら助けるつもりではいたが……場慣れしているのはこいつも同じか。
「あーダイジョブダイジョブ。オレ、女友達は多いけど、決まった彼女とか居ないから」
「そうなんですか。でも、コンテストの目的は、明日の創立者祭のチケットが人数分用意できなかったので、なるべく公平に参加者を決める為にやる事になった物なんです。なので、グループ以外の方にチケットをお譲りする余裕もありませんし、行く事になったみなさんと回る事にはなるかもしれませんが、“デート”ではないんですよ」
「マジ?コンテストで一番になっても二人っきりになれねえの?」
「はい」
宮沢がそう説明すると、周囲から「そうだそうだ!」「俺達のゆきねぇとデートしようなんざ、100万年早えぜ!」などといった野次が飛ぶ一方で、「えっ、マジ!?」「折角、気合いれてきたんだが……」といった鈴城以上に落胆している声も結構混じっていた。
そういえば、さっきも一番決めようとか言ってたから、鈴城が聞いた“尾ひれ”というのも、案外早い段階から付いていたのかもしれない。
それを宮沢も知っていて、鈴城をだしに使ったとしたら、こいつも案外ちゃっかりしている。
「まあ、逆を言えば、自力でチケットゲットできれば、一緒に回る事はできるんだけどな」
肩をすくめお手上げをしているパイナポーが少し憐れになったので、ぽそりと補足を入れた。
「いやぁ、さすがに野郎とセットは遠慮しとくぜ。って、そういや最初から気になってたが、あんたは?その制服、この学校の奴だろ?」
「ああ。この学校の川上だよ」
「やっぱあんたがそうか!噂は聞いてるぜ。あの坂上を物にしたんだってな」
わざとらしく大仰に驚きながら、しかし自然な所作でデカイ手を差し出してくる。
なるほど。
どうやら品定めをしていたのはお互い様らしい。
おかしく思えてフッと微苦笑しながら、俺もその手を掴んだ。
「芹沢から色々話は聞いてるぜ。普段は物静かだが、時々とんでもない事をやらかす面白い奴だってな」
「芹沢って、元ウチの中学の?」
「ああ。二年から同じクラスなんだよ」
「へえ……」
思いがけず懐かしい名前を聞いた。
『芹沢』は、小中と学校が同じで、サッカー部でもずっと一緒だった男だ。
やんちゃ仲間でもあり、よくつるんでは町を徘徊したり、女子も交えてカラオケやパーティーをしたり、昔のヤンキー漫画に憧れて皆でボンタン作ってみたり、爆竹やロケット花火でバトルしたりを、小学生の頃よくやった物である。
中学に上がると、部活漬けであまり遊ばなくなったが、共に先輩達のシゴキに耐え、散々に負け続けながらも弱小サッカー部で最後まで戦い抜いた。
幼馴染であり、悪友であり、戦友。
俺を“カテナチオ”と初めて呼称したのも、あいつだったと思う。
けれど、部活を引退してからは、クラスも別だった事もあってほとんど接点が無く、そのまま自然消滅的に疎遠になっていて、どの高校に行ってるのかすら実は知らなかった。
「……あいつ、サッカーまだやってんの?」
「あ~、そういや中学ん時やってたのは聞いたが、今は部活やってる感じじゃねえから、やってねえんじゃね?」
「そうか……」
一抹の寂しさを感じた。
自分もやめた口だと言うのに、他の奴には続けていて欲しいと思うのは何故だろう。
「それはそうと……」
「ヤッホー!ゆっきねちゃーん!!」
鈴城が何か言いかけたその時、新たな珍客が窓から文字通り飛び込んできた。
やはり見知らぬ顔の小柄で如何にもすばしっこそうな癖っ毛の小僧で、兎跳びの様な体勢で入ってきたかと思うと、手をつく事なく着地し、後ろ手のまま立ち上がる。
「今日も元気いっぱいですね。蕪木さん」
さすがに一瞬驚きながらも、直ぐにいつもの調子で宮沢は来訪者を迎える。
ああ、やっぱこいつがそうなのか。
『蕪木』は、鈴城の所属するチームのリーダー格だ。
鈴城との所謂デコボココンビとして、最近名が売れてきている。
「おう、遅かったな」
「いやぁ、ゆきねちゃんへのプレゼントを捕まえるのに手間取っちゃってね」
「プレゼント……ですか?」
いや、プレゼントよか“捕まえる”って何だよ!?
どうやら後手にしていたのは、プレゼントを隠していたかららしい。
「じゃ~~~~~~ん!!」
そしてドヤ顔で蕪木が出した物は……
「ぷひ」
猪の子供だった。
逃げ疲れてか、はたまた既に観念しているのか、あまり元気が無い。
「まあ……!」
「へっへ~、変な犬だけど、かわいいだろ?」
てかそれ、な……えっと、本当の名前なんだったか……?まあ、いいや。
「なべ?」
「ぷっ……ぷひっ!ぷひぷひぷひーっ!!」
試しに名前を呼んでみると、俺に気づいたウリ坊は必死にもがきだした。
やっぱこいつなべだ。
「コラッ!暴れんなよ!」
「いや、そいつ飼い主居るから!」
「へっ?あっ……!」
「ぷひぷひーーーーーーっ!!」
俺の言葉でホールドが緩んだ拍子に、なべは蕪木の手から脱出し、机にワンステップしてから俺の胸にダイブしてきた。
それを抱き抱える様に受け止め、よしよしと頭から背中にかけて撫でてやる。
「ぷひっ!ぷひ~」
「なんだ。そいつ、あんたのペットなんだ」
「いや、飼ってるのは知り合いだが、こいつとはダチなんだよ」
「子供の猪ですか?」
「ああ。藤林先輩とこの仔だよ。たまに先輩を探して学校まで来ちゃうらしい」
「まあ、そうなんですか」
「イノシシって、ブタの強そうな奴でしょ?食えんの?」
「ぷひっ!?」
「食べてはダメですよ。蕪木さん」
「ぷひー!ぷひー!」
「ほらほら、大丈夫だから」
蕪木を警戒してなべは大分興奮していたが、暫く撫で続けていると大人しくなった。
そこで俺は、常に携帯している昼飯と非常食が入った袋から、早苗さんのパンを取り出す。
「ほら、食え」
「ぷひ♪」
パンを机に置くと、なべはしっぽを振って嬉しそうに食い始める。
「ふふっ、とっても可愛いですね」
「でっかくしてから食うんだね」
「ぷひっ!?」
「はいはい、大丈夫だから安心して食え」
そのネタが面白いと思っているのか、はたまた本気なのか、肉ネタから離れない蕪木。
こいつも思った事を即言動にしちゃうタイプなんだろう。
智代も空気を読まないが、こいつに比べたら大分マシだ。
出会って数分で辟易し始めたが、蕪木の我侭は止まらない。
「おれも腹減ってきちゃったな。ゆきねちゃん、何か作ってよ」
「ああ、オレもゆきねちゃんの手料理食いたい」
「てめえらいい加減にしろや!」
「ゆきねぇの料理は、俺等の分しかねえんだよ!」
「他所モンはさっさと帰れ帰れ!」
「ええっと……さすがに数人分しか買い置きは無いんですけど……」
口々に勝手な事を言い始めた馬鹿共に現実を突きつけるべく、宮沢は苦笑しながらクーラーボックスの中身を取り出して見せる。
冷蔵庫が有る訳ではないので、当然在庫はそれだけだ。
すると、『え~~~~!』という落胆の声が周囲から一斉に上がった。
まさか、ここに居る奴の大半が宮沢の飯目当てだったのかよ……。
「さて、どうすっか?買ってくるか?」
「いや、いくら冷凍物でも、全員分作るのは宮沢が大変だろ……」
「だな。ここは有る分を賭けて、何かで勝負して決めね?」
「いや、もう全員外で食ってこいよ……」
「そうそう。今あるのはお客のおれらの分って事で」
「もう我慢できねえ!!てめえら表出ろや!!」
宮沢の手前、耐えに耐えてきた男達の堪忍袋がついにブチ切れるかに思えたその時だった。
ガラガラガラ
教室のドアが開く音がした。
「おろ?」
「ちょっ、こっち来い」
手馴れた宮沢グループの連中は瞬時に隠れたが、凸凹コンビはキョトンとしたまま突っ立っていたので、慌てて俺が二人の手を掴み本棚の影に引っ張り込む。
「おわっ!何すんのさ?」
「しっ!しゃべんな。お前らが教師にでもみつかったら、宮沢の立場が危うくなる」
傍若無人を画に描いた様なこいつらでも宮沢に迷惑はかけたくないのか、黙って従ってくれた。
小柄な蕪木はともかく、でかい鈴城は隠し様が無いが、ここは死角になってるのでこちらに来なければ何とかやり過ごせるはず。
そこまで考えた所で、ある重大なミスに気づいて蒼くなる。
やべえ……なべ置いてきた!!