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第二章 5月10日 ショーック!クマショック!

 「おまえが辞退すると言っている物を、私が代わりに受け取る訳にはいかないだろ」

 智代は一瞬驚いてから、抗議する様に詰め寄ってきた。

 しかし俺はそれに答える事はせず、無言のまま両肩をつかんで彼女を退けると、今来た道を戻るべく歩きだす。

 「オーキ」

 「また後で説明する」

 追って来た智代にだけ聞こえる声量でそれ以上の発言を制すると、向こうから接近してきていた教師と対峙した。

 俺が戻ってきた事に気付き、向こうはわざわざ足を止め腕を組み威圧してくる。

 つくづく面倒くさい人だ。

 とも思ったが、同時にその僅かなラグから、こちらでのやり取りはよく見えていなかったであろう事もわかり、内心胸を撫で下ろす。

 あまり拗らせると、怒りの矛先が智代に向きかねない……か。

 わだかまりを嘆息とともに吐き出し気持ちを落ち着かせると、そのまま教師の横を素通りして、ステージの方に向かった。

 ステージ上では、丁度自分達のリハを終えた生徒達が撤収を始めている。

 まあ、このタイミングを見計らってたんだが。

 恐らく、俺の出番は次だろう。

 進行に支障が出なければ、文句も言えまい。

 舞台へ上がる階段の下で待っていると、戻ってきた教師は真っ直ぐ脇の扉の中に消えた。

 そして、慌しく生徒がはけていった直後に体育館全体に照明が点き、見覚えのある前髪がウザそうな眼鏡の男子生徒が演台を押して現れ、中央までくるとそいつがそのまま演台の後ろに立った。

 雑用やらされてんのか副会長……。

 ここで彼が出てくるとは思わなかった事もあり、ちょっと吹き出しそうになる。

 「待て。ネクタイを直してやる」

 後ろに付いてきていた智代は、そう言いながら前に回ると、返事も待たずに直し始める。

 誰が見てるかもわからん所でそれはやめて欲しかったが、断るより早く彼女は手を動かしながら訊いてきた。

 「どうするつもりなんだ?」

 「後で説明するって」

 「後って何時するんだ?」

 「……昼飯とか」

 「お昼か……うん、一緒に食べよう」

 場当たり的に適当に答えると、智代は微笑みながらも、釘を刺すかの様にキューときつめにネクタイを締めてくる。

 出来れば詳細は黙っておきたいんだが……これは誤魔化すのに難儀しそうだ。

 



 

 ステージに上って下りるだけのリハを済ませた俺は、さっさと体育館を後にした。

 演劇部がどうなってるか気にはなったが、また絡まれると面倒だ。

 時間的にも、そろそろ宮沢の友人達も集まり始める頃だろう。

 いつもの様にノックして資料室に入ると、中は既に先客でごった返していた。

 ただ、何やらいつもと雰囲気が少し違っている。

 「ゆきねぇ、これでいいのか?変じゃねえ?」

 「いえ、とてもお似合いですよ榎本さん」

 「ゆきねぇ、オレも髪染めてみたんだけどよォ。ムラんなったりしてね?」

 「大丈夫。綺麗な黒髪ですよ大塚さん」

 「ゆきねぇ、傷はやっぱ隠した方がいいよな?」

 「そうですね。傷を隠すテープを使ってみますか蛭子さん?」

 「おまえら何やその恰好。だっさいな~。ワイを見てみい。ゆきねぇ、このおしゃれ七三イケとるやろ?」

 「はい。ばっちりです深沢さん」

 「フッ、てめえらまだまだ甘え。俺なんか丸坊主にしてきたぜ!」

 「てめえはいつもだろうが!」

 「黙れタンクトップ!」

 「タンクトップバカにすんなコラ!」

 「それで制服を着れば完璧ですね須藤さん」

 「やっぱ着なきゃダメかぁ」

 宮沢のうまい返しに、ゲラゲラと笑いがおこる。

 本棚前の空きスペースに並んで立った男達は、普段は着崩している制服を(一部を除いて)ちゃんと着ていたり、髪を黒く染め直したりしていて、パッと見普通の学生の様だ。

 それを見ながらテーブルの席につき、宮沢が淹れてくれたカフェ・オ・レをすする。

 別に彼らは更生した訳ではない。

 明日の創立者祭を、大手を振って宮沢と楽しむ為に変装?してきたのだ。

 チェックが厳しくなるので、そのままでは入場拒否されるかもしれない事を告げると、始めは皆難色を示していたが、“より完璧に変装できた者だけが、宮沢と一緒に行動できる”という事にしたら、この調子である。

 「んじゃあ、ゆきねぇ、こん中で一番完璧なのは、誰だと思う?」

 「えっ……!?」

 まったくの不意打ちだったのか、それとも恐れていたがゆえか、男の一人の無粋な問いに、宮沢はにこやかな笑顔こそ保った物のその額に汗をにじませた。

 「え~と……まだ来ていらっしゃらない方達も居るんじゃ……」

 「まっ、そうだけどよ。とりあえず、この中で一番になれねえんじゃ、他の連中が来た後でも勝てねえだろ?」

 「おお、そりゃそうだな」

 「おいおい、待てよ!俺今日は学ラン持ってきてねえよ!」

 「おめえはどうせタンクトップしか持ってねえだろうが!」

 「んな訳ねえだろ!ゆきねぇ、俺は学ラン着てると思って判定してくれ!」

 「まっ、どうせ俺が一番だけどよ」

 「オレオレ!オレだよな?」

 「ワイにきまっとるやろ」

 「え、え~と……」

 宮沢が困っているにもかかわらず、猛烈なアピールをしながら迫る男達。

 田嶋や後藤田の姐さんあたりが居れば止めさせてくれるんだが、今はたしなめ役も不在である。

 俺が止めるしかなさそうだが……出きれば角が立たぬよう“きっかけ”が欲しい。

 そう思っていると、思いが通じたか彼女がちらりとこちらを見たので、頷いて応える。

 「えっと、では……」

 

 ガララッ


 宮沢が答えかけたその時、ドアが開けられる音がした。

 途端に男達は、どけた石の下に居た蟲の様に血相を変えて隠れる。

 誰だか知らんが助かった。

 感謝の念をこめながら振り返った俺だったが、相手を視認して思わず口がデー(Д)の字になる。

 入ってきたのは、“俺”だった。

 いや、“クマ”だった。

 俺がよく知る“とても間抜け面したクマ”だった。

 しかし、“来るにはまだ早いはずのクマ”だった。

 「まあ、いらっしゃいませクマさん」

 最初は少し驚きつつも、例え相手がクマでも分け隔てない態度と笑みで向かえる宮沢。

 だが、他はそうはいかない。

 「ク、クマー!?」

 「クマだー!クマが出やがった!!」

 「なんでこんなトコにクマが居るんだよ!」

 「ゆきねぇが危ねえ!!お前らゆきねぇを守れー!!」

 大慌てで現れ、宮沢の周りを固める男達。

 それを見てクマの方もピクリとして歩みを止め、まとっていた雰囲気が変わった。

 ゴゴゴと空気が張り詰め、両者がにらみ合う。

 「あ、あの~……」

 苦笑する宮沢。

 俺は俺で、九分九厘中身は判っている物の、違う可能性も無くは無いので様子を見守る。

 「お、おい、待てお前ら、クマにしては小さくね?」

 男の一人が、ようやく気付いて疑問を口にした。

 さすがにこいつらでも、あんな間抜け面の着ぐるみをいつまでも本物だとは思うまい。

 「きっとまだ子供だぜ。あれなら勝てんじゃね?」

 「おっしゃ!ここは俺に任せろ!一度クマと戦ってみたかったんだ」

 本物のクマ見た事ないのかよ!

 まるで気付いていなかった。

 バシバシと顔面を叩いて気合を入れながら前に出たのは、1001の傷を持つ男・蛭子。 

 「やったれ蛭子ー!」

 「前足の一撃には気をつけろよー!!」

 「わかってるって!オルアァァァーーーッ!!」

 仲間の声援とアドバイスを受け、蛭子が殴りかかる。

 だが、

 

 バキッ!!


 「ぶべらっ!!」

 飛んで来たのは前足ではなく、後ろ足だった。

 カウンターの前蹴りを顔面に食らい、蛭子は壁まで吹っ飛び一撃KO。

 「蛭子ー!クソがぁ、蛭子の仇ー!!」

 「くたばれクマ公!!」


 ズッバーーーーン!!


 「うごっ!!」

 「ぐあっ!!」

 続いて二人が同時に襲いかかるも、横薙ぎの蹴りで文字通り一蹴され仲良く倒される。

 「つ、強ええ……やっぱ熊強えーよ!!」

 「どうすんだ?全員で行くか!?」

 「いや……ここは俺に任せて、お前らはゆきねぇと逃げろ」

 「須藤!いくらお前でも、アレを相手に一人じゃ無理だ!」

 「へっ、これでもカズさんと数々の修羅場を潜り抜けてきてんだぜ。時間稼ぎくらいやってやるさ」

 「須藤……」

 「さあ行け!クマァ、俺が相手だぁー!!」

 叫びながら走り出した須藤は、大きく踏み切ると両手を広げながら飛び掛った。


 ドガガガガガガガガガガズガン!!


 「ぐぎゃぁぁぁっ!!」

 「須藤ーーーーーー!!」

 だがしかし、空中で蹴りの連打を浴びせられ、時間を稼ぐどころか秒殺される。

 まあ、時間稼ぎしようってのに、飛びついたのが失敗だろうな……。

 「クソ、なんて強さだ。下手するとあのクマ、坂上よか強いんじゃないか?」

 いや、当人だから。

 「こうなりゃもう最後の手段だ……ゆきねぇ、俺達全員で少しでも時間を稼ぐから、ゆきねぇだけでも逃げてくれ」

 「いえ、その必要はないかと……」

 「さすがゆきねぇ、肝が据わってるぜ」

 「ゆきねぇは優しいから、俺達を犠牲にしたくねえのはわかる。けど、頼むから逃げてくれ!ゆきねぇにもしもの事があれば、カズさんに顔向けできねえ!」

 「さあ、早く!窓から逃げるんだ!!」

 「えっ!窓からですか?」

 このままでは宮沢が窓から放り出されそうなので、この辺にしておくか。

 立ち上がってゆっくりとクマに歩み寄り、立ちはだかる様にクマと向き合う。

 「か、川上!」

 「やるのか!?」

 まだ信じている奴も居る事だし、この場は正体がバレないようにした方がいいだろう。

 そこで、俺はおもむろに右手の平を差し出した。

 クマさんは、その手を見て、いったん俺の顔を見てから、もう一度手を見て、ポンと俺の手の上に自分の手を置いた。

 「おおっ、お手をさせやがった!」

 男達の声で自分のとった行動にハッと気付き、恥ずかしさでキョロキョロと挙動不審になるクマ。

 そこをすかさず、デカイ頭をなでてやる。

 一瞬ビクッとなるも、なで続けていると落ち着いた様ですっかり大人しくなった。

 「とりあえず外行こう」

 こくんと頷いたクマの肩を掴んで回り右させ、背中を押して外に連れて行く。

 「すげえっ!!あいつクマを手なずけやがった!!」

 「やりやがったな!!てめえが『クママスター』だ!!」

 また訳のわからん称号が一つ増えたようだ。


 


 「で、何でクマで来てんだ?」

 廊下に出て後ろ手で扉を閉めた所で、さっそく尋問を開始する。

 「まあ、いいじゃないか。それより、少し早いがお昼にしよう」

 あからさまに誤魔化しながら、クマは弁当を取り出した。

 予想通り過ぎて溜息しか出ない。

 「お前、勝手に抜けてきたんだろ?」

 「どうせ演習を見るだけだ。私の残りの出番は最後だから、それまでに戻れば問題無い」

 「いや、わざわざ居させるのは、色々手伝ったり順番とか覚えたりしろって事だろ?」

 「仕方ないじゃないか。先生が、昼食も会議をしながらだと言うんだ。先約が有ると言ってもダメだと聞き入れてくれなかった」

 「それは仕方ないな」

 「だろ?」

 「仕方ないって解ってるから、俺との約束よか、ちゃんと生徒会の仕事を優先しろ」

 「……」

 クマのままなので表情はわからないが、顔を逸らして俯いてるので拗ねた様だ。

 それを頭をぽんぽんと叩いてなだめながら、諭す様に言い聞かせる。

 「別に、飯なんてこれから先いくらでも一緒に食えるだろ?こんな事で、教師や生徒会のメンバー敵に回すのも損なだけだ。大事にならない内に戻れよ」

 「……表彰状はどうするつもりなんだ?」

 「それは俺の方で何とかするから、お前はまず生徒会長として、創立者祭全体の事を考えろ」

 「何とかって……いや、わかった。仕事に戻る……」

 「ああ、頑張れよ」

 クマは何か反論しようとした物の、無駄と悟ったか聞き分けて、項垂れたまま体育館の方に戻っていった。

 「ちゃんとクマ脱げよー」

 ちょっと厳しかったかなと心配になったが、今はその背に忠告する事しか出来なかった。 

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