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第二章 5月10日 無神経社会

 「おわっ!!……なんだ着ぐるみか……」

 



 「くすくす……何あれー」




 「またおかしな事やってる……」



 

 「ふん……」




 「何だ?中身川上だよな?おい、川上。寝てるのか?」

 「川上くん」

 「ん……」

 仁科に揺すられて起きると、担任が来ていた。

 どうやら朝のホームルームが始まる今まで熟睡していたらしい。

 着ぐるみの中は暖かく、アロマの効果もあって短時間ながらもよく眠れたようだ。

 「川上、頭だけでも取れ」

 やはり注意されたので、中毒性のある頭部を取る。

 くすくすと笑いが漏れた。

 楽しんでいただけたなら幸いです。

 「それと川上、…………に行くように。いいな?」

 「はあ……」

 担任からまた何か言われた気がしたが、寝起きでぼーっとした頭で聞き流し、HRが終わった後も暫し呆けていた。

 「オーキ……なんだ、まだ着てるのか」

 約束通り智代がやってくる。

 「……場所変えよう」

 ここで脱いで渡しては意味が無い。

 人面熊状態でむくりと立ち上がり、頭を抱えて歩き出す。

 すると、背後から接近する声があった。

 「坂上、これから直ぐに体育館で打ち合わせだ」

 「わかっている。用事が済んだら、直ぐに向かうつもりだ」

 「……遅れるなよ」

 メガネを上げながらそれだけ言うと、末原は足早に俺達を追い抜き教室を出ていった。

 一応ここは末原のホームだし、あまり険悪な所を見せ無い方がいいんだがな……。

 ひとまずここを離れた方がいいだろう。

 そう思いながら、俺はシリアスな顔でクマの頭部を装着する。

 「行くぞ」

 「ああ……って、何でかぶってるんだ!?」

 険しい表情を隠そうともしない智代を促し、つっこませてから俺達も教室を出た。






 智代にクマを返し終えた俺は、結婚式場の設営を少し手伝う事にした。

 明日行けるか判らないし、幸村先生となら気楽だろう。

 などと軽く考えていたのだが……。

 「失礼します」

 「川上か。わしに何か用かの?」

 「あ、いえ、自分も伊吹さんにはお世話になってるので、少しでもお手伝いしようかと……」

 「ほう、そうじゃったか……実は今日の設営は、男子寮の寮母をやっている相楽さんに一任しておる。わしの方は、今日いっぱい顧問の仕事に係りきりになりそうじゃし、こういった事はやはり若い女性に任せた方が良いじゃろうからな。そういう訳じゃから、済まぬが相楽さん達が来るまでここで待っていてくれ。わしはこれから、体育館で行われる明日の予行演習に行かねばならん」

 「はあ……わかりました」

 「では、頼んだぞ」

 そう仰られて、先生は直ぐに行ってしまわれた。

 教室に一人取り残され、少し後悔する。

 相楽さんか……智代からよく話は聞いているが、直接喋った事はほとんど無い。

 これを機に少し話しておくべきなのかもしれないが……。

 出来ればバックレたい……。

 人見知りの俺にとって、“きれいなお姉さん”というのは、かなりの負荷となる。

 いまだに早苗さんや渚さん相手でも少し緊張するし、藤林姉妹や一ノ瀬さん、宮沢組のお姉さま方でも周りに人が居ないと厳しい。

 同級生以下なら大分余裕も出来るんだが……。

 まあ、相楽さんならある程度俺の事を知ってくれてるだろうから、その分マシか……。

 そう前向きに考え覚悟を決めていると、教室のドアが勢いよく開かれた。

 「おはようございまーす!」

 「すみません遅くなりまして~……あれ?幸村先生が若返ってる」

 何か見知らぬお姉さんが二人来た!

 反射的にペコリと会釈する。

 「何バカな事言って……あら、川上じゃない」

 やや遅れて、大きな箱を抱えた相楽さんが顔をだした。

 それにちょっとほっとしながら、再び頭を下げる。

 「どうも」

 「えっ、何?ひょっとして、美佐枝の彼氏?」

 すかさず相楽さんの友人らしき一人が、お約束のゲスの勘繰り。

 「どうして顔見知りの子が居ただけで、いきなりそこまで話が飛躍するのよ!?」

 「寮生の子?」

 「違うわ。通いよね?」

 「ええ、まあ……」

 「で、彼氏なの?」

 「だから違うってば!!てか、そいつ彼女居るわよ。それも飛び切り優秀で可愛い彼女がね」

 「ちょっ……!!」

 出合って物の数秒で、一番弄られたくないとこバラされたよ!!

 それにより、獲物をみつけた猛獣の如く目を輝かせ食いついてくるお二人と、狼狽する俺に代わって自分の事の様に誇らしげに答える相楽さん。

 「へえ~っ!!どんな子?どんな子?」

 「今度新しく就任した新生徒会長よ」

 「ええーっ!!凄いじゃない!!」

 「そういえば、パンフに写真載ってなかった?」

 「ちょっとまって……ああ、この髪の長い子ね。本当にお世辞抜きで可愛いじゃない!!」

 「あ、ヘアバンドおそろいなんだぁ。ラブラブだね!」

 「い、いえ、これは怪我を隠す為に着けてるだけで……」

 「じゃあ、彼の彼女は、美佐枝の後継者って訳ね」

 「まあ、一応そうなるかしら」

 「恋愛面では、既に超えられてるけどね」

 「悪かったわね!!」

 姦しさに圧倒され苦笑するしかなかったが、相楽さんに彼氏が居ない事はわかった。

 てか、既に超えてるって事は、付き合った事も無いと言う事だよな……。

 モテそうなのに……余程理想が高いか、出会いに恵まれなかったんだろうか?

 「まったく……いきなり話が変な方向に行っちゃったけど、ここに居るって事は、手伝いに来たって事かしら?」

 「あ、はい」

 「ふうん……もしかしてあんた、先輩の……“芳野祐介”のファン?」

 「えっ……!?」

 それはテンパッてる俺にとって、不意打ちの様な問いだった。

 俺が芳野祐介のファン?

 俺が彼の歌が好きだったのは事実だ。

 いや、好きなんて単純な物ではない。

 毎日、毎晩、家に居る間中聴き続け、聴けない時は口ずさんだ。

 “救い”だった。

 彼の歌と出会えなければ、俺は今以上に後ろ向きで卑屈に生きてただろう。

 この学校にだって、これていなかったかもしれない。

 でも……“ファン”なのか?

 そう自問すると何か違う気がして、答えに詰まった。

 「あれ?ひょっとして違った?」

 「この反応は、歌手の芳野祐介だって知らなかったんじゃない?」

 「もしくは、芳野祐介自体知らないか……」

 「あんな事があって引退してから、大分経つもんね……」

 「ああ、いや、えっと……知ってます。てか、好き……でした……つっても、伊吹さんとも知り合いなんですけどね」

 複雑な心境を抑えこんで、重くならないよう努めて明るく答えた。

 芳野さんを先輩と呼んだって事は、この人達も公子さんを知ってるだろう。

 それにしても、“芳野祐介”にこれ程自分が動揺するとはな……。

 公子さんの恋人である芳野さんと、ロックシンガー芳野祐介。

 無意識的に、どこかで両者を別物と思い込もうとしていたのかもしれない。 

 「えっ、伊吹先生とも!?」

 「じゃあ、私達よか詳しいのかな?先生や先輩が今何してるか知ってる?」

 「伊吹さんは、妹さんの看病で仕事はしてないんじゃないですかね。芳野さんは……工事関係……なのかな?一度偶然お会いした時は、作業着姿で社名の書かれた車乗ってました」

 「ああ、そうなんだぁ……先生本当に辞めちゃったんだね……」

 「先輩も、地元に戻ってきて就職したとは聞いてたけど、苦労してそう……」

 俺が知る範囲の事実を告げると、二人は顔を見合わせ肩を落とした。

 その反応を予想していただけに、少し罪悪感に苛まれる。 

 「はいはい、そろそろ始めるわよ」

 「はぁい」

 辛気臭くなった空気を払うかの様に、手を叩きながら相楽さんが仕切り始め、ようやく飾りつけの作業が始まった。




 それから小一時間程して……。

 「あんたって、意外とどんくさいのね」

 「すいません……」

 俺は相楽さんを飽きれさせていた。

 いや、だって、仕方ないんだって。

 元々俺は、不器用だし人に指示された事をこなすのが苦手だ。

 その上、初対面のお姉さん方に囲まれてる緊張感と、仲良しグループに一人混ざる気まずさ、更にしょっちゅう話しかけられ弄られては集中しようもない。

 そんな状態なので、受け持った作業は遅々として進まず、手元が狂ったり何処かに引っ掛けたりで装飾物を幾つか破損させる失態を演じ、ミスればミスる程焦り新たなミスを呼ぶ悪循環。

 ユキさんとサキさん(相楽さんがそう呼んでいた)はフォローしてくれたが、それでますます自分が情けなくなる。

 適当な理由をつけて暇乞いしようか?

 俺が居ない方が捗りそうだし……。

 いや、しかし、世話になった二人の為に何かやっておきたい。

 でも、それも所詮俺の自己満足だしな……。

 心が折れそうになりながらも騙し騙し作業を続けていると、意外な所から助け舟が来た。 

 『二年C組の川上央己。至急体育館に来るように』

 校内放送でお呼びがかかったのだ。

 何かバレたか?

 心当たりは沢山あるが、職員室ではなく体育館にってのがよくわからない。

 てか、今体育館は予行演習中じゃなかったか?

 まあ、何だかわからんが、とりあえず助かった。

 「今呼ばれたのあんたよね?何したの?」

 「彼女とHな事してたのがバレたとか?」

 「だからしてませんて。とりあえず行ってきます。あっ、他にも用事があるので、長引いたら戻ってこれないかもしれません」

 「はいはい、おつかれさん」

 「いってらしゃ~い」

 「またね~」

 「お疲れ様です」

 一応、戻らない事を断り入れてから、俺は頭を下げつつ小走りで退散した。






 そろりと入った体育館の中は暗幕が張られ、唯一照明が当たったステージ上では、生徒達が演目らしき事をやっていた。

 やはり明日の練習してるとなると、説教の類ではなさそうだが、そうなると考えられる可能性としては、演劇部で何かあったか、あるいは坂上智代が荒れだしたとか……。

 「オーキ」

 そんな事を考えていると、その当人が向こうからやってきた。

 「どうどう」

 「どう……?すまない。よく聞きとれなかった」

 「……どうしたんだ?呼び出されたから来たが、何かあったのか?」

 なだめようとしたが、どうやら別段荒れてはないようなので適当に誤魔化しておく。

 「ああ、これからお前の感謝状授与式の演習をやるんだ。聞いてなかったのか?」

 「はぁっ!?それなら辞退するって伝えたはずだけど?」

 「そうなのか?でも、式をやる事にはなっているから、ちゃんと伝わっていないんじゃないか?」

 「マジかよ……」

 一難去ってまた一難、降ってわいた面倒事に目の前が暗くなる。

 そういえば、そんな話有ったな……。

 断ったつもりだったし、忙しくてすっかり忘れていた。

 「あ~……どうすっか……?」

 「辞退するにしても、とりあえず先生方に話すべきだろうな。プログラムの変更をしなければならないだろうし、関係各所への連絡も必要だろうからな」

 「だよな……はぁ……めんどくせ」

 このままバックレたかったが、渋々ステージの裏に向かうと、いきなり怒声が聞こえてきた。

 「遅い!何をやっていたんだ!?」

 例によって、俺を目の敵にしている生活指導だ。

 幸村先生とかなら話が早いのに……こういう時に限って話が通じない奴が出てくる。

 「知らなかったんですよ」

 「知らなかったじゃないだろ!担任から連絡が行ってるハズだ」

 「どの道辞退するんで、練習は飛ばして下さい」

 交渉の余地無し。

 そう判断した俺は、それだけ言って踵を返し歩き出す。

 「何!?何を勝手な事言ってるんだ!コラ、待てっ!!」

 勝手なのはどっちだよ!

 耳障りな教師の静止を無視して、しかし歩きながら落とし所を探って考えを巡らす。

 自分で断りを入れなかった俺にも落ち度があるのかもしれない。

 いや、それを言うなら、そもそも何で直接俺にではなく、学校に連絡が行って勝手に式までやる事になってんだ?

 別に俺の行動と学校とは無関係なんだから、普通は直接連絡がくるはずだろ?

 そしたら、その時に断ればそこで終わってたんだ。

 そういう物なんだろうか?調べてみないとわからんな……。

 わからんが……やはり変に思える。

 そう変だ。

 何しろ俺は……まだ誰も救えちゃいないのだから。

 「オーキ、待ってくれ」

 体育館の扉に手をかけた所で、追いかけてきた智代が追いつく。

 もっと早く来ると思っていたんだが……まさか、何がしかのフォローをしてくれたんだろうか?

 「もっと、ちゃんと説明した方がいい。行き違いが有ったんだろう?」

 「今回の件、何か変だ。俺に直接連絡が来なかった事も、勝手に創立者祭で式をやる事になってる事も……何者かの思惑を感じる」

 扉に手をかけたままその場に足を止め、考えていた事をまとめるべく切り出す。

 「何者かって誰だ?」

 「わからんが、この件で得する奴だろうな」

 「おまえに感謝状を送って得する奴か……おまえだな」

 「俺は迷惑だつってんだろ……」

 「冗談だ」

 視線を逸らしながらふてくされた様に言っても、まったく説得力が無い。

 まあ、可愛いけど……。

 「例えば、この学校の関係者やOBは、自分でなくとも生徒が感謝状を貰うとなれば鼻が高いだろう。後は、先日の土砂災害の件でバッシングを受けてる行政が、批判を逸らす為に俺を利用した……とかな」

 「考え過ぎじゃないか?」

 「そうか?むしろ、大なり小なりこの辺は絶対有るだろ……問題は、何故直接俺の所に連絡がこないで、学校に行ったかって事だ。まるで、伝えたら俺が辞退する事まで見越した上で、断れない様嵌めたみたいじゃないか」

 送る側や学校側に思惑があるのは当然だが、見極めねばならないのは、そこに更なる悪意が潜んでいるかどうかである。

 表彰式によって生じる利害関係、あるいは状況の変化を、誰かが利用しようとしてしているとしたら、それは何であるか?

 そんな風に俺は推理していたのだが……智代がふとこんな事を訊いてきた。

 「なあ、直接連絡がこなかったと言っていたが、おまえが不在の時にでも家族の他の誰かが連絡を受けて、その場で了承してそのまま伝え忘れてしまった、という事はないだろうか?」

 「そんなバカな事は……まったく無いとは言えないか……」

 家族に感謝状が送られると聞いて、本人の代わりに断る人間はまず居ない。

 だが、そんな大事な事を伝え忘れるだろうか?

 それも無くはないな……。

 お袋や親父は大丈夫そうだが、それとて忙しくてうっかりも有るだろうし、滅多にない事だが、ボケはじめてる婆ちゃんや無責任な弟が偶々電話をとっていたら、俺に伝わる訳が無いと言い切れる。

 確かに、その発想は盲点だった。

 「やばい……そんな気がしてきた……」

 「そもそも、どうしてそんなに辞退したがるんだ?いや、そういう物に執着しない所は凄くおまえらしいし、表彰式みたいな物に出るのが嫌だと言うのもわかる。行政や学校側の、打算的な思惑も気に入らないだろう。でも、今回はもう時間が差し迫っている事だし、仕方がないんじゃないか?」

 「俺に道化になれと?」

 「確かに陰徳は美徳だが、おまえは隠し過ぎだ。だから先生や一部の人に誤解されてるんじゃないのか?私はおまえの良さを、もっとみんなにも知ってもらいたい」

 まさかこんな形で諭されると思っていなかったので、一瞬ほだされそうになる。

 けれど、それでも俺は受ける訳にはいかない。

 だから、精一杯の誠意と愛情をこめて、俺は譲れぬ理由を告げた。

 「無理だよ。だって俺が助けた子は……まだ昏睡から目覚めてないんだ」

 「助けた……子!?」

 唐突に出てきたワードを理解できなかったらしく、彼女は困惑表情を浮かべた。

 しかし、直ぐに理解した様子で、一度大きく目を見開いてから俯いて肩を震わせる。

 「そうだったのか……すまない……私にとってあの事故は、もう過去の出来事だったんだ……でも、おまえにとっては、まだ終わっていなかったんだな……すまない……」

 そして、ワナワナといっそう身体を振るわせたかと思うと、弾ける様に飛びついてきた。

 「すまない!!おまえはずっとその子の事を気にかけて、心配していたのに、私は、そんなおまえの気持ちをまったく考えていなかったんだ!すまない!私が浅はかだった。許してくれ……」

 智代は、力強く抱きついてきながら、涙声で謝罪の言葉を連呼した。

 判ってくれるとは思っていたが、こんなになるとは予想外で少し戸惑う。

 鷹文が事故った時の事でも、想起したのかもしれない。

 気持ちに応えてやりたいが、こんな所を見られたらそれこそ誤解される。

 背中越しに回した手で彼女の頭を優しく叩きながら、俺は慰める様に言った。

 「別に、お前は何も悪くないだろ。でも、それじゃ気が済まないってんなら、お前が代わりに感謝状を貰っておいてくれ」

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