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第二章 5月10日 クマクマ詐欺

 智代が朝から生徒会の集会があると言うので、俺は朝飯も食わずに登校するハメになった。

 当人は、クマを見せたら自分だけ先に行くつもりだった様だが……。

 「なあ……本当によかったのか……?」

 さすがに気まずいのか、こちらを見ないようにあさってを向いたまま、しかしソワソワと落ち着かない様子で、時折こちらをチラチラうかがいながら訊いてくる。

 「学校で寝るからいいよ。飯はパンがあるし」

 「うん。その事についてもそうなんだが……その格好の事だ」

 そう言いながら、智代は上気させた顔をこちらに向けた。

 どうやら気まずいのではなく、照れているだけだったらしい。

 まあ、無理もない。

 なにしろ今の俺は、“フルアーマー・クマ”だからな。

 「クマ~?」

 『why?』的なニュアンスで小首を傾げてみる。

 すると彼女は、何かに耐えられなくなったかの様に視線をそらした。

 「可愛すぎる……でも、本当にこのまま学校に行く気なのか?」

 『クマ~』で通じたクマ!

 「校則違反クマ?」

 「校則?ああっ!!」


 ズーーーーーーン!!


 突然大声を上げたかと思うと、智代はその場に膝をつく。

 それにはこっちも驚いて、思わずキョロキョロと周囲を見渡した。

 運よく誰も居なかったが、こんな所を誰かに見られたなら、問答無用で通報されるだろう。

 「しまった……学校指定の制服以外の着用は、校則違反だ……」

 「いや、祭りなんだから、これぐらい平気だろ……んな事言ってたら、出し物の衣装とかもアウトになるじゃん……」

 「そ、そうか……うん。クマさんは創立者祭で着る為の物だからセーフだ」

 自分を納得させて、ようやく立ち上がる。

 もっとも、着たまま登校するのはアウトかもしれんが……黙っておこう。

 「校則違反を心配してではなく、その……おまえがそれを着るとは思っていなかったら、意外に思ってな。いや、似合っていないと言う意味ではないんだ。むしろ、似合いすぎて、自制していないと思わず抱きしめたくなるくらいだ」

 いや、いくら似合うと力説されても、まったく嬉しくないんだが……。

 あれか?足短いからか?胴長短足だからか!?

 「気に入ったのか?」

 「別に」

 「別にって、それなのに着てるのか?」

 「お前が渡したんだろ」

 「それは、おまえにとても似合うと思ったからだ。それに、先に私がかぶっていた頭を外して、自分でかぶったのはお前じゃないか!」

 「それは何となくだ!」

 「何となくか……それなら、学校に着いたら返してはくれないか?後で使おうと思っているんだ」

 「ホームルーム終わったら返すクマ」

 「そうしてくれ……いや、まて!クマさんのままHRに出るのか!?」

 「そうクマ」

 「そうクマか……私はそれでもかまわないが、大丈夫なんだろうか?さすがに怒られるんじゃないか……?」

 さすがの坂上智代も、着ぐるみでHRを受けてはいけない事はわかるらしい。

 まあ、注意はされるだろうが、創立者祭で使うとか言って適当に誤魔化して脱げば没収まではされないだろう。

 無論、伊達や酔狂でこんな事をする訳では無い。

 俺がクマの着ぐるみを着ていけば、クラスの連中をはじめとする目撃した人間に“クマ=俺”だと強く印象付ける事になるだろう。

 その上で、智代がクマの格好で動き回れば、俺だと勝手に錯覚するはず。

 これで俺は、実際に学校に居なくても、学校に居るっぽいと思わせる事が出来る訳だ。

 言わば影武者、いや、“影クマ”だ。

 どうせ今日は、一日準備だろうし。

 明日は、どうなるか分からんからな……。

 公子さんと芳野さんの結婚式もあるし、出来れば参加したい所なのだが……。

 「そういえば、明日の結婚式の準備ってどうなってるんだ?」

 「結婚式?ああ、それなら幸村先生が担当して下さっている」

 「幸村先生が?」

 「うん。新婦さんは光坂の元教員で、幸村先生とはその頃からの知り合いだそうだ」

 「へえ……」

 幸村先生とも繋がりがあるのか……。

 いや、教師として勤めた時期が被ってれば有って当然なのだが、不思議な“縁”を感じる。

 と、人が少し感慨に浸っていると、智代が何故か期待に瞳を輝かせていた。

 「結婚式に興味があるのか?」

 「ん?いや、俺も世話になってる人達だし」

 「世話になってるって、新婦さん達にか!?」

 「言ってなかったっけ?」

 「初耳だ」

 「新婦の伊吹さんは、河南子の同門で兄弟子にあたる人だ」

 「そうだったのか……元々見に行くつもりだったが、そういう事なら私も挨拶をしなければならないな」

 しなくていいから……。

 余計な事まで言いそうなので止めたかったが、自分が行けない時の事を考え言葉を飲み込む。

 すると、智代は何かを思い出した様子で、眉間にしわを寄せた。

 「そうだ。河南子と言えば、昨日のは一体何だったんだ?鷹文と河南子からおかしな電話がかかってきたが、おまえもそこに居たんだろ?」

 「ん……?うん……」

 「一体何があったんだ!?ちゃんと説明してくれ」

 ああ、やっぱりその事を憶えてたか……。

 疑惑の目を向けてくる彼女に、どう説明したものかと、俺は昨日を記憶を辿り始めた。

 





 「どういう事?」

 自分達の中学校舎内に、本当に俺が居る事に目を丸くしていた鷹文だったが、河南子が居る事に気付くと、柔和な態度を一変させ険しい表情で俺を睨みつけてきた。

 「……メールで伝えたろ?非常事態だ」

 初めて見る彼の怒りに多少驚きつつも、ポーカーフェイスを崩す事無く冷静に返す。

 ここまで露骨に出るとは思っていなかったが、鷹文が嫌な顔をするのは織り込み済みだ。

 二人を引き合わせる以上、どうしたって避けては通れない道だろう。

 あいつは理知的な人間だし、道理を押し通せばいけるはず。

 問題は河南子の方だ。

 鷹文に対してもだが、智代や俺に対してどう思っているのかさっぱりわからん。

 今も隣で不機嫌そうに腕を組んではいるが……こいつの場合本当に嫌なら直ぐに帰りそうだし、大人しく残ってるだけ脈がある……といいんだが……。

 「にぃちゃんがここに居る事が既に非常事態だよ。先生にでも見つかったらどうすんのさ?」

 「逆だろ?そのリスクを冒してでも、わざわざここに来る必要があったって事だ」

 俺の切り返しに、鷹文は一瞬苦い顔をしたが、観念した様に溜息をつく。

 「ハア……じゃあ、用件は何?説明してよ」

 「そうだな……じゃあ順を追って説明すると……『坂上智代の最大の弱点』て何だと思う?」

 「……えっ?」

 「だから、智代の弱点だよ」

 「いやいや、“順を追って”と言いつつ藪から棒過ぎるでしょ」

 予想外の問いだったのか、面食らいながらつっこんで時間を稼ごうとしてくる。

 答えが直ぐに返ってこなそうなので、ここはいったん河南子の方に振ろう。

 「河南子、智代の弱点」

 「あ?『おっぱい』」

 「……」

 即答がそれかよ!

 まあ、確かにこいつのはそれ程大きくは無いが、中学生なら並程度じゃないだろうか?

 「どこ見てんだ?」

 「中学生なら、そんなもんじゃないか?」

 「んだと?中学なら、これぐらいが平均……って、そこは嘘でも『小さい』言うとこだろ!」

 「いや、そんな事はないだろ。まだまだこれから育つだろうし」

 

 ゲシッ!


 「っ!」

 「うわ……むしろ励ましてたのに蹴ったよ……!」

 「余計惨めになるんじゃボケぇ!!」

 必殺『年上の余裕という名のボケ殺し』をかますも、強引なローキックで破られる。

 「じゃあ……その理由は?」

 よっぽどボケたい様なので一応訊いてやった。

 「あの大きさじゃ絶対垂れる。いや、垂れろ」

 「……それはお前の願望だ」

 「はぁ?地球の重力なめんなコラ。所詮、人類は地球の重力からは逃れられないのだよ」

 フッと前髪を掻き揚げ気取りながら、どっかで聞いた様な台詞をのたまう。

 「鷹文、智代の最大の弱点は?」

 「えっと、一つの事に集中すると、周りが見えなくなる事かな」

 「つっこめよ!」

 もう十分に鷹文にシンキングタイムを与えたので、お役御免スルー。

 「間違いじゃないが、そういう性格だからこそ、何が致命的な弱点になるのかって事だ」

 「……」

 ヒントを与えて暫し待ってみたが、わからないようだった。

 いや、勘付いてはいても、認めたくないだけかもしれないが。

 こいつにとって、触れて欲しくないデリケートな部分かもしれない。

 だがそれでも、いずれ踏み込まねばならない場所であり、こうして中学に乗り込んで来た事で、こちらの覚悟を見せたつもりだ。

 「坂上智代の最大の弱点……それはお前だ鷹文」

 「えっ!?」

 「もし仮に、お前が敵の手に落ちてみろ。あいつは動揺して何するかわからんぞ」

 「ちょ、ちょっと待ってよ!敵の手に落ちるって、僕が誘拐されるって事?そんな事……」

 「あるかもしれんから、わざわざこうして来てんだって」

 「……」

 普通の一般人の様な反応をしようとした所を、既に異常事態である事を強調して封じる。

 しかし、割とマジで驚いてる所を見ると、考えもしなかったって事か……。

 まあ、実際に危害を加えられた経験でもなきゃ、普通はそんな事になるとは思わないし、そんな事があったらもっと歪んでいただろうけど。

 「昔の智代の武勇伝は知ってるだろう?」

 「そりゃあ……噂くらいは……」

 「あいつを怨んでいる奴や名を上げようって連中は、いまだに多い。それに加え、光坂の生徒会長になった事で、今度は妬み嫉みの類も買う事になった。あいつの敵は、お前が思っているよりずっと多いし、いつどんな手を使ってくるかもわからない。おまけに、あいつはお前の事をしゃべっちまったしな」

 「僕の事をしゃべった!?」

 「正しくは、荒れていたあいつが立ち直ったきっかけと、自分が光坂に来てやろうとしてる事の動機を明かしちまったんだよ。選挙でな。ああ、もちろん、さすがのあいつでも言葉は選んでたから安心しろ」

 「ああ……そういう事……」

 説明してフォローを入れると、鷹文は安心した様に一度乗り出した身を引いた。

 しかし、一瞬目が血走しったあたり、やはり想定より慎重にいったほうがいいだろう。

 「あいつの過去が過去だけに、様々な憶測やデマが飛び交ってたからな。『俺が全ての黒幕で、あいつを使って学園を支配する計画だ』とか」

 「うわ……今時そんな事やろうとしてたのかよ……!」

 わざとらしくドン引きしてみせてる奴が居るが、当然スルーして続ける。

 「まあ、そう思われてた方が都合良かった面もあったんだがな……結果的にとは言え、あいつにとって家族が如何に大切かを、敵にも知られちまった事になる。しかも、お前は走れもしないだろ?直接智代を狙うよか、はるかにハードル低いと思わないか?」

 「カッコウの餌だな。クルックゥー」

 ちゃちゃで入った鳩の鳴き真似が、無駄に本格的だった。

 もっとも、『お前は走れもしない』は少しきつかったかと思ったので、丁度いい濁しになってくれたが……。

 まさか、こいつなりに気を利かせたのか?

 お返しとして、つっこんでやるか?

 と逡巡していると、俺より先に鷹文がぼやくように応えた。

 「それは鳩」

 「ハトの餌だな。このパンくず野郎」

 「……僕もスルーしときゃよかったよ!」

 狡猾な罠だった。

 ちなみに、カッコウの餌のカッコウは、当然鳥のカッコウの事ではない。

 それにしても、なるほど、ボケとツッコミでこいつら相性は良さそうだ。

 なんだかんだで、相手をかまってるし、受ける感触は悪くない。

 あまり長居する訳にもいかんし、そろそろ本題にいくとしよう。

 「そんな訳だから、河南子、暫くの間鷹文の護衛を頼む」

 「はい!?」

 「ちょっ、待ってよ!どうしてそうなるのさ!?」

 状況から察っせるだろうに、鷹文は慌てて物言いをつけてくる。

 往生際の悪い奴だ。

 河南子の方は、腕を組んで苦笑したまま固まっている。

 「こいつよか強くて、一緒に登下校出来る奴なんて居ないだろ?」

 「要は、一人にならなきゃいいんでしょ!?なら、別に誰でもいいじゃん!」

 「確かに一人っきりよかマシだが、敵がかまわず強行してきたらどうする?そいつに、トラブルに対処できる機転や度胸はあるのか?何より、そいつは巻き込んで平気な奴なのか?」

 「そりゃあ、出来れば巻き込みたくはないけどさ……」

 「おい、あたしは巻き込んでいいのか?」

 「お前は既にこっち側だろ」

 「何で?」

 「智代の真似して不良狩りしたあげく、俺に挑んできた時点で既にこっち側だ」

 「え~……」

 「じゃあ、なるべく大勢で居るよ。それなら安全じゃない?」

 「……別に、二人きりで並んで歩けつってる訳じゃないし、他に協力者を増やすのはかまわない。ただし、それは事情を説明した上で承諾した奴に限られるぞ。例え、何も起こらなくたって、勝手に利用する訳にはいかないからな」

 「……」

 そもそもお前、“リアル”の友達はそんなに多くないだろ。

 とも思ったが、人の事を言えた義理ではないので、そこは触れないでおく。

 言い逃れしてないで、さっさと観念してくれ。

 そう念じていたのだが……河南子が余計な事に気付きやがった。

 「てか、あたし部活あんだけど」

 「そうだよ!こいつには部活があるんだから無理だよ!」

 やっぱそこ気付いちゃったか……。

 部活ってのは、実に厄介なネックだ。

 こればっかりは力技で乗り切るしかない。

 「そこは休め!用事が有るって言やぁ……そうだよ!結婚式の手伝いが有るとか言っときゃ2、3日くらい平気だろ?」

 「け、結婚式!?」

 咄嗟に思いついた大義名分を言ってみたのだが、何故か鷹文の方が素っ頓狂な声を上げた。

 心なしか顔が紅潮してきている様にも見える。

 何だ?まさか地雷だったのか?

 どういう事かと河南子の方に目を移すと、こっちはこっちで俯いて表情がわからない。

 「結婚式ってどう言う事!?まさか河南子、にぃちゃんにしゃべったのか!?」

 「んな訳ないじゃん。道場の先輩のだよ!」

 「元うちの教員でな。創立者祭で式をやる事になってる」

 鷹文のあまりの取り乱し様に、こっちまで少々狼狽してしまう。

 “結婚”でこんなに動揺するって……まさか……!

 ……ここは下手に触れてやらずに、むしろ譲歩してでも逃げ道を用意してやるべきだろう。

 「別に、興味なきゃ鷹文は式には行かなくていい。つうか、そっちの方がいいなら、うちの学校に居る間は別の奴を付けてやるよ。それくらいなら手を回せるだろうし。ただ、行き返りは暫く我慢してくれ。その間に、なるべく早く別の手を考えとくから」

 「と言うか、そう言う事なら、創立者祭自体行くの止めるよ」

 「はあ?来ないのか?」

 「ねぇちゃんに誘われたから行くつもりだったけど、行かない方がいいみたいだし。それに、一応そいつにも、部活とか用事はあるだろうしね。暫く外出はなるべく控えるし、登下校も気をつけるからさ。護衛とかはいいよ」

 「一応って何だ。一応って」

 温情かけたら、振り出しに戻してきやがった~!

 ああ、クソ、やはりもっと危機感を煽らないとダメか。

 時間をかけ過ぎて、侵入してきたインパクトが薄れたってのもあるだろうが……こうもNGワードが多くてはな。

 この手だけは使いたくはなかったが……やむを得まい。

 時計を確認して、タイミング的にもいけると判断した俺は、最後の手段に出る。

 「じゃあ、こうしよう。実際にやってみて、智代が冷静に対処出来たら、護衛の話は無しでいい。そのかわり、ダメだったら河南子に護衛をしてもらう」

 「やってみるって、何を?」

 「狂言誘拐」

 「ええっ!!ちょ、ちょっと待ってよ!どうしてそうなるのさ!?」

 「いくら口で説明したって、実感沸かないだろ?だからやってみようつってんだ。さ、お前の携帯からかけるから、貸せ」

 「そうじゃなくて、僕が捕まりさえしなきゃいいんでしょ?」

 「違うな。大事なのは、お前が“拉致られない”事ではなく、お前の“安全が保障されている”事だ。お前が一番危ないってだけで、今のあいつに、どれだけダチが居ると思ってる。お前だけ守りゃあいいなら、俺が張り付くさ。」

 「えっ……!!」

 「でもな、これはあくまで俺の想像でしかないし、そもそも智代が冷静に対処出来るなら、致命的な弱点にならないなら、俺だってこんな面倒な事までしたくない。だから、試そうって言ってんだ」

 「……」

 話の切り口を変えたのが功を奏したか、はたまた智代に友達が沢山いる事にショックを受けたのか、鷹文の表情に困惑の色が浮かんだ。

 この機に畳み掛けるべく、隣の河南子に指示を出す。

 「河南子、智代の番号教えるから、お前がかけろ」

 「えっ、マジ……!?つか、あたしもやるとは言ってない」

 「頼むよ。バイト代やるから」

 「いくら出す?あたしは高いぞぉ」

 「ガリガリ君買ってやるから」

 「安っす!この前の野球の助っ人よか安いじゃんか!一回千円寄越せ」

 割と安い女だった。

 「お前途中で寝返ったから、本来なら違約金払うとこだろ……まあいい。払ってやる」

 「げっ!!マジか!?一日千円じゃなくて、行き帰りやったら二千円だぞ?」

 俺が払えないとでも思っていたのか、オーバーアクションで驚かれる。

 毎日バイトしてる高校生の財力なめんなよ。

 「その代わり、犯人役ちゃんとやれよ。ふざけて失敗したら、ただでやってもらう」

 「ふっ、まかせな!この河南子さんの演技力に、吠え面かくなよ!」

 ボケなのかマジなのかよくわからんが、ドヤ顔で乗り気な様なので、そのまま智代の携帯にかけさせる。

 数回の呼び出し音の後に、『もしもし』という智代の声が聞こえた。

 だが、河南子の放った第一声に、俺は泣きこそしないが驚嘆する事になる。

 「あ、ねぇちゃん?僕だよ僕」

 そう答えた河南子の声は、完全に鷹文の声だった。

 思わず目を丸くした鷹文と顔を見合わせる。

 元々、声変わり前なのか、男にしては高い方だが、それにしたって似過ぎていた。

 『ん?なんだ鷹文か。どうしたんだ?』

 電話の向こうの智代も、まったく気付いていない様だった。

 それだけ似ているって事だろう。

 これは期待出来ると思ったのだが……、

 『私に何か用か?これから生徒会の会議があるんだ。手短に頼む』

 「ハアハア……ねぇちゃん、今日の下着どんなのはいてんの?教えてよ」

 いきなりふざけやがった!!

 「うわぁぁぁっ!!何て事言ってんだよ!!」

 『何を言ってるんだお前はぁぁぁーーーっ!!』

 携帯を奪おうとする鷹文をかわした手の先から、聞こえてくる智代の怒鳴り声。

 いかんな……ここは早めに警告を入れておこう。

 「真面目にやれって。バイト代やらんぞ」

 「ちぇっ、わーったよ……いやぁ、実はさ、今悪い奴に捕まっちゃっててね」

 『!?さっきから、一体何を言ってるんだおまえは?』

 「あっ、敵のボスと代わるから、後よろしく」

 『待てっ!!どういう事なのか説明……』

 「ふふふ……お前の弟の命は預かったわ」

 別人役に代わった河南子の声は、鷹文程ではないが、地声より低い大人びた物だった。

 それこそ、風紀委員長でもやっていそうな……。

 確かにこいつ、声を変えるのは上手いかもしれん……。

 と、感心したのだが……、

 『何!?……どういう事だ!?』

 「大人しく返して欲しくば……猫の鳴き真似をやりなさい!」

 またやりやがった!!

 これはレッドカード物だろ!!と怒ろうとしたのだが、

 『………………にゃー』

 あっちもやりやがった!!

 「プッ……ぷふっ……!!」

 『やってやったぞ!さあ、早く鷹文を、弟を解放しろ!!』

 「まだ足りないわね……そうね。次は犬よ!」

 吹き出しそうになりながらも、調子に乗って要求する。

 これは、さすがに智代も気付くだろ……。

 『…………わん』

 やっちゃったよ!!

 『やったぞ!さあ、鷹文を返せ!!』

 「まだよ。次は鳩!」

 『鳩か?ぽっぽっぽ』

 だんだん羞恥心が薄れてきたのか、今度は早かった。

 「違うわ!鳩は『クルックゥー』よ!」

 やらせといてダメ出ししていた。

 『くっ……くるっく?』

 「クルックゥー」

 『く、くるっくぅ』

 「クルックゥー」

 『くるっくぅー』

 「……全然ダメね。鳩に食べさせるパンくず以下だわ」

 ダメ出しがやたら厳しかった。

 てか、何で鳩だけそんな厳しいんだよ!

 『くっ……鳩の鳴き真似なんて今までやった事が無いんだ。これで許してくれ!』

 ついに泣きが入った。

 「仕方無いわね。じゃあ次は……」

 『まだやらせるのか?こちらも恥を忍んでやっているんだ。次の要求で最後にして欲しい』

 ついにあっちからもクレームがきた。

 てか、本当に智代は気付いてないんだろうか……!?

 わざとやってない?いや、むしろそうあってくれ!

 「いいわ。なら……お前が今履いているパンツをよこしなさい!」

 パンツネタそこに繋がんのかよ!

 『なっ……!?しかし、おまえは女だろ?私のパンツなんて、何に使うんだ?』

 「かぶる」

 つこっみ所はそこじゃ……って、お前もかよ!

 『かぶるのか!?』

 「あと、嗅ぐ」

 『嗅ぐな!百歩譲ってかぶるのはいいが、嗅ぐのはダメだ!!』

 譲っちゃうのか……。

 「んじゃ、はく」

 『はくな!!他人のはいたパンツなんて、気持ちが悪いだけだろ!?そうだ!私が新品のパンツを買って、おまえにやろう。その方が良くないか?』

 「“坂上智代がはいたパンツ”だから良いんじゃない」

 まともそうな提案だったが、問題はそこではないし、相手が悪かった。

 いや、まあ、確かにあいつの物なら、かなりのプレミアが付きそうだが……。

 「にぃちゃん……」

 弱々しく服をひっぱられて、二人のやりとりにすっかり夢中になっていた事に気付く。

 思い出した様に振り返ると、鷹文がすがる様な視線を向けてきた。

 「ん?」

 「わかったから、もうねぇちゃんをからかうの止めてあげて」

 「そうか……おーい、河南子ー、いー加減にしろー」

 ようやく弟(の心)が折れたので、わざと智代にも聞き取れるくらいの声量で呼びかけ、強制終了すべくネタばらしに入る。

 「今いい所……って、名前を出すな~!!」

 『かなこ……?おまえ……河南子なのか!?』

 「うっ!!」

 携帯越しでも判る、嵐の前の静けさ的な、感情のこもらない冷め切った声での問い。

 まだ特定された訳では無いが、ゆえに河南子はもう、声を出す事は許されない。

 すかさず手を差し出して、蒼くなった河南子から携帯を受け取り、軽いノリで呼びかける。

 「もしもし、智代か」

 『ん……?その声は、オーキか!?』

 彼女の声から殺気が消えたのを感じて、内心ほっとした。

 よし、このまま追求される前に、速攻で終わらせよう。

 「鷹文は無事だ。お前は生徒会の方に集中しろ」

 『そ、そうか……おまえが居るなら安心だな……』

 「ああ、そういう事だ。じゃあな」

 『あっ!待っ……』

 俺は、一方的にまとめて、一方的に通話を切った。






 と、言うのが事の真相である。

 「鷹文からは何も聞いてないのか?」

 とりあえず、話の整合性を合わせる為に、どこまで知っているのかを聞いておく。

 「訊いたな。でも、あいつはとてもおかしな事を言うんだ。最初に電話をかけてきたのも、下着の事を聞いてきたのも、自分ではなく、自分の真似をした河南子だと言い張るんだ」

 「ああ、それはマジだ」

 「そうなのか!?でも、確かに鷹文の声だったぞ?」

 「それがマジでソックリなんだよ。まあ、話し方のクセとかよく掴んでるってのもあるんだろうけど。そんな訳だから、鷹文の言っていた事は本当だから安心しろ」

 「そ、そうか……良かった。鷹文が変態になってしまったんじゃないかと心配だったんだ」

 心底ほっとしている智代を見て、俺もうんうんと頷く。

 これでこの話は、めでたしめでたしって事で……

 「なら、あいつが言っていた、全部河南子とおまえの悪戯だったというのも、本当なのか?」

 終わる事はなかった。

 あの野郎、人が折角フォローしてやったと言うのに、仲間を売りやがったな。

 再び向けられた疑惑の視線はまったく笑っておらず、背後にゴゴゴと擬音が浮かんでいる。

 どうやら相当ご立腹の様だ。

 「どうなんだ?」

 「クマ~?」

 「クマさんで誤魔化そうとしてもダメだ」

 切り札の“クマ~”が通じないだと!?

 だが、ここはジャブを打ち続けながら、打開策を探るしかあるまい。

 「うま~?」

 「お馬さんでもダメだ」

 「うまう~?」

 「ん?うまう?それは聞いた事がないな……動物なのか?」

 「さあ」

 「さあって……からかっているのか?」

 「クルックゥー」

 「やっぱり私をからかっているんだな!!」

 ついノリで火に油を注いでしまった。

 仕方有るまい。普通に答えよう。

 「いや、あれは訓練みたいなもんだったんだ」

 「訓練?動物の鳴き真似をさせたり、パンツをくれと言うのが訓練なのか?」

 「それは河南子がアドリブでやった事だ。てか、お前もおかしいと気付けよ」

 「始めからおかしいとは思っていた」

 「じゃ、まともに付き合うなよ。お前が言われた通りやっちゃうから、あいつもどんどん調子に乗っちゃうんだろ。どこに鳴き真似やパンツを要求する誘拐犯が居るんだよ」

 「仕方ないだろ。鷹文を誘拐したと言われて、気が動転していたんだ」

 「だから、その為の訓練て事だ」

 「……」

 説教臭くなったが、何とか言い包める事に成功した。

 もっとも、智代はむくれたままで、まったく納得いっていない様だったが……。

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