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第二章 5月10日 眠れぬ森の野獣

5月10日(土)


 カチャッ

 

 ドアが開く気配を感じて二度寝から醒めると……クマが立っていた。

 それも、小柄な体格の割りに手足が長く、頭部がやたらデカくて間抜けな笑みを浮かべた奴だ。

 「……クマ……か?」

 身体を起こしながら念の為に訊くと、クマらしき闖入者はコクンと頷く。

 まさか……人の言葉が解るのか!?

 「……血に飢えているのか?」

 試しに訊くと、クマはブンブンと首を振った。

 やはり言葉が通じているっぽい。

 「俺を食らいに来たんじゃないのか?」

 ブンブン

 「餌を探してるんじゃないのか?」

 ブンブン

 「まさか、既に下に居た俺の家族を食らってきたのか?」

 ブンブンブン!

 「嘘をつくな!口元に血がついているぞ」

 ブンブンブンブンブ~ン!!

 振り過ぎて首が後ろ向いた!

 慌てて両手で頭部を挟んで戻したが、笑顔のままなので大事には至らなかった様である。

 しかし引っかけにはかからなかったな……血を拭おうとしたら決定的だったんだが。

 「腹が減って人里に出てきた訳じゃないのか?」

 コクン

 「じゃあ、何しに来たんだ?」

 二択ではない質問をぶつけてみると、クマは少し小首を傾げてから俺を指差した。

 「……俺に用があるって事か?」

 コクコク

 「やっぱり俺を食いに来たんじゃないのか?」

 ブンブンブン!

 「違うのか?」

 コクン

 「じゃあなんだ……?まさか……落し物を届けに来たとか!?」

 ブンブン

 「じゃあ、一緒に歌ったりもしないんだな?」

 ブ……

 一瞬首を振ろうとして、クマは動きを止めた。

 そしてそのつぶらな瞳でみつめてくる。

 まさか……一緒に歌いたい?

 「……ひょっとして、仲間を探しに来たのか?」

 コクコクコク

 嬉しそうにクマは頷いた。

 どうやらビンゴらしい。

 「でも、残念だが俺はクマじゃない」

 ブンブン

 否定された!

 「俺を仲間だと思っているのか?」

 コクコク

 「お前は雌か?」

 コクン

 「この雌熊め!」

 コ……

 吐き捨てるように言い放つと、クマは土気色の笑みのまま硬直する。

 だが暫くすると、トコトコとこっちに寄ってきて俺の隣にちょこんと正座したかと思うと、ついにその両腕を振り下ろしてきた。

 ポカポカポカポカ

 強力な爪……は無くモフモフしてるが、それでも結構な膂力で何度も肩を攻撃してくる。

 「何だよ!?雌のクマなんだろ?」

 コクン

 「雌熊じゃん」

 ポカポカポカポカ

 「いや、だから、俺を仲間の雄だと思って来たんだろ?」

 コクン

 「雌熊が!」

 ポカポカポカポカ

「ああっ、もう……雌って言われるのが嫌って事は、実は雄なんだろ!この雄熊が!」

 ズーーーーーーーーーーーン!

 本当に雄だったのか、それとも単に気が済んだのか、熊は叩くのを止めてよつんばいになった。

 とりあえず助かったらしい。

 ふと見ると、手を伸ばせば届きそうな所にデカくて丸っこい頭がある。

 なので、何となくそれを掴み……外してみた。

 「……」

 何と驚いた事に、中から髪の長い女の頭部が出てきた。

 座りなおした体はクマ、頭は若い人間の女は、無言のまま恨めしそうにこちらを見てくる。

 なので……何となく女から外したクマの頭をかぶってみた。

 「フォォォォォォォォォッ!!」

 その瞬間、俺の中で何かが弾けた。

 頭部に組み込まれていたギミックが作動して、針が飛び出し……たりはしなかったが、中に充満していた女の香りが俺の脳を刺激し、あふれ出る脳汁が俺の中の野生を呼び覚ます。

 「グォーッ!!」

 思わず立ち上がって唸る。

 今解った。

 俺はクマだ。

 こいつの言ったとおりクマだったのだ。

 「……」

 クマ女はさっきとは打って変って、潤んだ瞳で俺を見上げていた。

 しかし、彼女はやおら立ち上がると、自らの背中を破って脱皮する様に毛皮を脱ぎだした

 「……」

 じょじょに露になる女の肢体。

 残念ながら衣服は着ていたが、それでも何かエロい。

 高まる期待。

 そして、最後にスラリと長い足を毛皮から抜き取った女は……脱いだ毛皮を俺に差し出してきた。

 ……着ろと?

 予想はしていたが、ちょっとテンション下がった。

 それでも、ここまで来たらままよとそれを着る。

 「グゥオオオオオオオオッ!!」

 最後に背中のジッパーを女に上げてもらい、向き直って万歳をしながら雄叫びを上げて見せる。

 なんと言う高揚感!

 完全体となった俺は……いや、我こそは絶対者!

 地上の王・クマなり!!

 するとどうだろう。

 堪えきれなくなった様に、女が胴に手を回して抱きついてきたのだ。

 どうやら我の魅力にまいってしまったらしい。

 わかるぞ。

 我はこの世で最も優れた存在であるゆえ、雌として至極当然なことだ。

 ならばこちらも応えてやらねば、男……いや、雄ではあるまい。

 両差しの上から被せる様にして女の背中に手を回すと、片足を彼女の膝裏に入れ、支えながら布団に押し倒す。

 「!」

 女は驚いて身を固くする。

 だが我はジェントルメンだ。

 いきなり獲物の臓物に食らいつくような、そこいらの冬眠開けのクマとは違う。

 片手で優しく頬をなでながら、とてもイケメンな笑みでみつめる。

 それで安心したのか、女もこちらの頬をなで返してきた。

 これはもう“OK"のサインだろう。

 そう判断した我は……むしゃぶりつく様に女の胸に自慢のぷりてぃふぇいすを埋めた。

 ぐりぐりぐりぐりぐり

 「んんっ!!」

 女は堪えるように、片目をつぶり声を押し殺して息を呑む。

 それでもかまわず、むしろより高速で胸に押し付けた首を振る。

 ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり

 だがしかし、

 ガッ!

 頭を掴まれた!

 かと思うと、

 スポッ!

 頭部を外された!!

 真っ赤になったへの字口と至近距離で向かい合う。

 すげえ気まずい。

 なので、とりあえず頭部を奪還する……と同時に再び装着した!

 そして引き続き任務を再開する。

 ぐりぐりぐりぐり

 ガッ!スポッ!

 また外された!

 さっきと同じ顔が間近で睨んでいる。

 仕方が無い……また被ろう!

 ぐりぐりぐ

 ガッ!スポッ!

 お約束の様に再開したら、お約束に速攻で外された!

 だが、取り返す!

 ポイッ!

 延ばした手をかわされ、そのまま投げられた!

 「ッ!!」

 何故か投げた当人も「しまった!」という顔をして、頭部の行方に気を取られた俺の下から素早く抜け出て、慌てて自分が投げた物を拾いに行く。

 そしてスライディング正座で滑走しながら落ちていた頭部を掴むと、傷がないか入念に確かめてから、大事そうに抱きしめる。

 布団の上に一人残された人面熊の居た堪れなさ。

 う~ん……これはあれか……。

 悪ノリはここまでにしておこう。

 「いや、てかな……なんで着ぐるみなんか着てきてんだよ?学校に持ってくのか?」

 とりあえず、もっと最初の方ですべきだった問いでつっこむ。

 しかし智代は、何故か口をつぐんだまま俺を指差した。

 「……俺に着せたかったのか?」

 コク……フルフル

 一度頷いてから慌てて否定する様に首を振る。

 こいつ……。

 それが目的ではないが、俺に着せたくもあったと。

 「じゃあ、何だよ?」

 再び訊くと、また俺を指差してさから、今度は自分を指差す。

 「俺……お前?」

 フルフル

 首を振ってから、何度も自分を……目の辺りを指差して見せた。

 「目……?」

 フルフル

 繰り返し、俺を指差してから自分の目をアピールしてくる。

 「ん~……俺に見せに来た?」

 コクコク

 智代は満足そうに頷いた。

 その仕草はとても可愛らしい。

 可愛らしいんだけどね……。

 「てかさ……喋らないのには何か理由があるのか?」

 最初の方でつっこむべきだった事その2を振ってみる。

 「……あっ!」

 暫く目をぱちくりさせてから、胸元に抱いた物に気付いてようやく声を上げた。

 「すまない。クマさんになっておまえを驚かせてやろうと思ったんだが、声を出してしまったら直ぐ私だと判ってしまうだろ?だから、喋ってはいけないと思っていたんだが、もう脱いでいるんだから別にかまわないんだった」

 やっぱりそんなとこですか……。

 まあ、根が素直な分、強く念じ過ぎて自己暗示みたいになってたんだろうけど……。

 よく考えたら、結構やばかったな……。

 普通に喋られてたら、胸ぐりぐりで大声だされてたかんもしれん……。

 「いや、最初からお前だって判ってたけど……」

 「なっ……!」

 「でなきゃ追い出すだろ普通……」

 「一体どこで判ったんだ!?」

 「……まあ、なんとなく」

 「なんとなくか……」

 こんな朝早くに、クマの着ぐるみ着て来るのはお前しかいねえよ!

 と強くつっこみたかったが、セクハラの負い目があるのでやめておく。

 「なら、おまえは私だと判ってて、あんな事を聞いてきたのか?」

 「うん」

 「私をからかったのか?」

 「うん」

 ようやくそれに気づいた智代は、ムッとしながらこちらに戻ってきて座ると、またポカポカと肩を叩いてきた。

 着ぐるみアーマーでダメージは軽減されてはいるが、HPが削られるのはよろしくない。

 「お前だって俺にドッキリを仕掛けに来たんだから、おあいこだろ」

 「おあいこな物か!おまえはまったく驚いていないのに、私だと判っていて散々酷い質問をしたり、おっぱいに顔を埋めたりしたじゃないか!」

 頼むからデカイ声でおっぱい言うな。

 先に抱きついてきたのはそっちだろと言いたい所だが、これ以上そこに触れるのは完全に薮蛇なので、ここは全力で話をそらすしかない。

 「こっちも気を利かせて乗ってやったんだ。てか、どうすんだよコレ?ここに置いていくのか?」

 「いや、もちろん学校に持っていく」

 「持ってくのかよ!」

 「当然だろう?その為に昨日買ってきたんだ」

 「俺に見せに来たつったじゃん」

 「それは言葉のあやだ。正しくは、学校に持っていく前に、おまえに見せたかったという意味だ」

 「てか、何?創立者祭で使うのか?」

 「うん。当日は、これを着て校内を巡回しようと思う」

 「それで回るって……」

 おいおい……いや、意外と悪くはない……か?

 とにかく目立つこいつだ。姿をさらして歩けば、何が起こるかわからない。

 着ぐるみも目立つことには変わりないが、祭りの最中ならそこまでおかしくもないはず。

 少なくとも、“坂上智代”で歩き回るよりかはマシだし、何かやらかしたとしても、謎のクマの仕業って事で誤魔化しがきく……かもしれない。

 チケットの事もあるし、こいつなりに考えた結果なのだろう。

 「まあ、その方がいいかもな」

 「だろう?これを着ていれば、“やつら”も私だとは気がつかないだろうからな」

 「そうだな」

 やはりトラブル対策をちゃんと考えての事か。

 この時はそう解釈して感心したのだが、こいつが本当に避けたかった相手の正体を知って愕然となるのは、また先の事である。

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