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第二章 5月9日 会長さんの初仕事

 昇降口をくぐると、いつもと違う雰囲気を感じ取り足を止めた。

 掲示板の前に出来た人だかり。

 それ自体はは見慣れた物であるが、いつもよりも遠巻きに残っている生徒がずっと多く、重苦しく沈んだ空気がここまで伝わってくる。

 恐らく件の記事による物だろう。

 そして記事を読んで動揺している人間=チケットを売った人間がそれだけ多いということだ。

 「どうしたんだ……?ああ、校内新聞か」

 急に足を止めた俺に気付いて振り返った智代だったが、俺の視線を辿って勝手に納得する。

 「上履きに履き替えたら一緒に読もう」

 しかし、下駄箱に向かう彼女は何故か嬉しそうですらあった。

 この空気に気付いてないのか?

 不審者とかは察知できるくせに……。

 呆れながら俺も靴を履き替えて、先に待っていた智代と合流して掲示板に向かう。

 「あ、おい、来たぞ」

 すると、まるで事前に示し合わせていたかのように、人だかりが一斉に割れて道が出来た。

 なんじゃこりゃ!?

 まさかこいつら、智代を待ってたのか……?

 その訝しさに躊躇した俺を追いて、智代は人垣の間を当たり前の様に進んでいく。

 「……これは……!?オーキ!」

 そして暫く記事に目を通した後、振り向きざま険しい目つきで俺を呼んだ。

 同時に彼女が集めていた周囲の目が一斉にこちらを向く。

 恥ずかし過ぎるんだが……。

 かと言って、ここに突っ立ってても仕方がないので、目をつぶり唇を噛んで耐えながら俺も人垣の道を通って新聞の前まで進んだ。

 「見てくれ!みのりが私にしたアンケートの記事が見当たらないんだ!」

 「そっちかよ!」

 思わずつっこむと、くすくすと噴出し笑いが聞こえてくる。

 笑わば笑え!

 てか、ああ、その記事欄を差し替えたわけね……。

 「お前は知ってたのか?」

 「記事の差し替えなんて知る訳ないだろ」

 「そうじゃない。この記事に書かれている様な事をだ」

 やはり例の記事を指差す。

 なら最初からその話題で入ろうよ。

 「まあ、一応な」

 「どうして教えてくれなかったんだ?」

 「俺も昨日まで忘れてたんだよ。知り合いに聞かされて思い出した」

 「なら……」

 前もって伝えなかった事に不満を漏らした智代だったが、ふと何かに思い当たった様で、それ以上非難の言葉が続く事はなかった。

 しかし、かわりに無言でジッとみつめてくる。

 いや、だからな……今は責められるよりそっちの方がきついって……。

 「いくぞ」

 その熱い視線と周りの好奇の目に耐えられず、退散すべく踵を返して歩き出す。

 「もう行くのか?まだ全てに目を通せていないんだが……」

 「どうせ後で個別にもらえんだろ」

 「それはそうだが……」

 直ぐに追いついてきた智代は後ろ髪を引かれている様だったが、構ってはいられん。

 こっちは一秒でも早くこの場を離れたいのだ。

 だったのだが……、

 「お、おい川上、ちょっといいか?」

 一団を抜けた辺りで野太い声に呼び止められてしまった。

 見ると、いかにもラグビーでもやってそうな骨太な男達を数人従えた角刈りの先輩(校章の色で判断)が、その健全そうな肉体に似合わぬ不安気な表情で立っていた。

 ああ、そうだった。

 ここに残っていた奴等の大半が知りたいのは、今後自分達がどうなるのか?

 学校の対応だろう。

 それには、当然処罰される事もだが、チケットを無効にされたりといった事で起こりうるトラブルも含まれている。

 とは言えなあ……。

 「な、なあ、新聞に書いてあったチケットを売っちまった奴らはどうなっちまうんだ?」

 「いや、俺に訊かれましても……」

 としか答えようがあるまい。

 代りに隣に並ぶ答えるべき人物の方をチラリと見る。

 「ん?」

 視線には気付いた様だが、意図にはまったく気付いてくれない。

 仕方ないので、肘で腕を軽くつついて促す。

 すると生徒会長はようやく察してくれた様で、にこりと微笑むと、

 「なんだ。腕を組みたいのか」

 と、俺の作った三角形に自分の腕をするりと通してきた。

 「だーっ!!」

 慌ててそれを振りほどく。

 「何をするんだ!?おまえから組みたがったくせに」

 「組みたがってねえよ!」

 完全な夫婦漫才ぶりで、またもギャラリーから失笑を買う。

 ああっ、もう本当に勘弁してくださいよ……!

 「え~と……坂上は、チケットの件どうするつもりなんだ?」

 見るに見かねたのか、先輩が改めて直接尋ねてくれた。

 助かった……とホッとしつつも一抹の不安がよぎる。

 今さっき知ったばかりなのに、アドリブで巧く答えられるんだろうか?

 こんな事なら、前もって報せておくべきだったか?

 「生徒会や学校側とも話し合ってみない事にはわからないが、私としては創立者祭のチケットを部外者に売る行為に関しては禁止するべきだと思っている。取引の際のトラブルや、不審な輩が侵入してくる様な事になれば、生徒達を危険にさらす事になるからな」

 ついさっきまでのデレッぷりが嘘の様に、智代は凛として答えてみせた。

 その内容に一同から失意の嘆息が漏れる。

 だが、そんな周囲の反応など目に入っていないかのように、毅然とした態度で彼女は続けた。

 「しかし今回の分については、例年通りの対応に止めておく方が無難ではないかとも考えている」

 続けて発せられた言葉に、生徒達から唸り声が上がる。

 どうやら大丈夫そうだな……。

 要らぬ心配だったかと、自嘲の笑みを浮かべながら俺も続きを聴く。

 「新聞にも書かれているように、既に売ってしまったチケットを無効にするような事をすれば、否応なくトラブルは起こってしまうだろう。それでは本末転倒だ。もちろん、持ち物検査や見回りを増やすなどして警備を強化する必要はあるだろうが、それに協力してくれさえすれば入場を拒否する様な事はしない方針でいきたいと思っている」

 強硬手段は用いない事を確約した生徒会長に「いいぞー坂上ー!」「キャー智代さーん!」といった賞賛と拍手が沸き起こる。

 そしてそれが一頻り盛り上がると、集まっていた生徒達は誰彼ともなくゾロゾロと教室の方に戻っていった。

 「……これで良かったんだろうか?」

 俺達も行くかと歩きだした所で、生徒達の背を見ながら智代がそうつぶやく。

 「あんなもんでいいと思うが?」

 「チケットを売ってしまった事を、もっとちゃんと注意するべきだったんじゃないか?」

 「ああ……」

 彼女が何に疑問を持ったのかを理解して頷くと、あちらも追いついてきたのでそのまま並んで歩く。

 喉もと過ぎれば何とやら、さっきまで御通夜状態だった奴等がもう笑ってやがるのだ。

 ずっと凹んでろとは言わないが……反省してんのかと思うのも無理もない。

 「やばいと思って焦ってたから残ってたんだろうし、校則違反て訳でもないから、これぐらいでいいんじゃないか?まあ、俺も呆れてるけどな」

 「そうか……しかし、そもそも何で彼らはチケットを売ってしまうんだ?いくら禁止されてはいないとは言え、元々は家族や友人を招待する為に配られた物なんだぞ」

 「誰かが売って得したって聞けば真似する奴は出てくるだろうし、今はネットで手軽に面識の無い人間に物を売れるからな……結局、禁止されてないなら、やるやらないは個人の勝手って事になっちまう。だから学校側で対策すべきだって事だろ」

 「それにしたって……危険に巻き込まれるかもしれないとは考えないんだろうか?」

 いや、お前が言うなよ……。

 「リスクをまったく考えてない訳じゃないだろうが、実際トラブる確立なんて低いモンだし、自分だけは平気だと思ってるんだろ。もちろん、学校や生徒会はその万が一を警戒するべきだし、学校の品位を下げたくないなら尚更放置すべきじゃない」

 「私は別に……いや、チケット売ってしまうという行為が品位に欠けると言えるか……」

 智代は一度否定しようとして、直ぐに気付いて言い直してから視線を落とし改めて熟考を始めた。

 俺もそれを待って無言で歩く。 

 「そうか……あの記事はチケット売買に対する問題提起だけでなく、学校側が学校の品位を守る事のみを優先しないよう釘を刺す為の物だったのか」

 「まあ、そんなとこだな。こういった時に学校が一番気にするのも、学校の品位とかにやたら五月蝿いのも、PTAやOB会だ。そして、そちらの目ばかりを気にするあまり、生徒をまるで無視した対処をする事も珍しくない」

 「なるほど。いざとなったら私が学校側に掛け合えと言うんだな?」

 神妙な顔つきで色々と思案していた様だったが、全て納得した様子で男前に微笑む。

 「そういうこったろうな」

 「了解した。後の事は私に任せて欲しい」

 「ああ。頑張れ」

 「うん!」

 しかし激励してやると、今度は少女の笑みで無邪気に頷いた。




 「智代ちゃんと同じ中学出身で、中学時代陸上やってた子?」

 二限目の休み時間に例の如く門倉が新聞を配達に来たので、ついでに鷹文と河南子の件について手がかりを探るべく何でも知ってそうなこいつに訊いてみた。

 「出来れば一個下で居るといいんだが……」

 「う~ん……ちょっと調べてみないとわかんないや……」

 ですよね~。

 さすがにそうだよな……特に活躍してた奴でもなきゃ、いちいち憶えてないよな……。

 「誰か探してるのぉ?」

 「ああ、いや……坂上に弟が居るのは知ってるだろ?」

 「うん。事故で怪我した事は聞いてるしぃ、選挙演説でも話してたよねぇ」

 「その弟が怪我するまで陸上やってたらしいんだよ。だからその頃の話を聞きたいと思ってな……」

 「そうなんだぁ……じゃあ、今色々立て込んでるから直ぐにぃ、とは言えないけどぉ、調べておくねぇ」

 『なら本人に聞けよ』

 とは決して言わず、“察して”くれるのが心地いい。

 「ああ。別に急いでないから、暇んなったらでいいよ。悪いな」

 「ううん、お互いさまだよぉ。それじゃぁ他にも配る所有るから、またねぇ」

 そう言って彼女はにこやかに手を大きく振りながら去っていく。

 「彼女の弟の事なんて、本人に聞けばいいじゃない」

 隣の仁科の横で聞き耳立ててやがった杉坂がジト目で言ってきたが、聞こえない振りをした。

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