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第二章 5月9日 ロマンスブレイカー

 長い坂道を、二人並んで歩く。

 一人では苦行でしかなかった道のりも、二人なら……

 「坂上先輩!あっ、じゃなかった生徒会長、おはようございます!」

 「ああ、おはよう」

 「会長就任、おめでとうございます!」

 「ありがとう」

 まったく落ち着かねー!

 大通りに入ってからと言う物、智代に挨拶してくる奴が後を絶たない。

 してこない奴らも、こちらを見てはニヤニヤしてるし。

 まあ、新生徒会長様の御通りなんだから仕方がないのかもしれんが……。

 「……えっと、川上先輩もおはようございます」

 「おう」

 たま~に思い出した様にこっちにも挨拶してくる奴がとてもウザイ。

 ホントいらん気をつかわなくていいから……。

 こういった事は今に始まった事ではないし、俺も大分慣れたつもりだったが……生徒会長になった事で坂上智代人気も更に加熱した様だ。

 「おはようございます、会長」

 「おはよう」

 考え事に集中できない事もあって辟易している俺に対し、当の本人は既に一年勤め上げたかの様な堂々たる会長ぶりである。

 まあ、善い事だ。

 きっとこいつは、何年先もこうやって人垣のレッドカーペット歩んでいくのだろう。

 ……いくよな?

 今朝の秋生さんとの話もあって、不安になってくる。

 これだけの才能を埋もれさせたら、きっと俺は俺を許せないだろう。

 いやまあ、とりあえずは生徒会と桜を守る事でいいんだが……。

 この際だ。ちらっと訊いてみるか。

 「なあ」

 「なんだ?」

 「お前って……将来の夢とかあるか?」

 「夢か?奇遇だな。実は昨日、みのりにいくつか質問されたんだが、その中で将来の夢について聞かれたんだ」

 「ああ、毎年やってるあれな」

 選挙直後の号には新体制発表のついでに『新会長への10の質問』が掲載される。

 10と言っても好きな食べ物やら科目やらどうでもいい質問ばかりで、ぶっちゃけ尊敬する人物と座右の銘以外要らない気もするんだが、テンプレ化してるのだろう。

 すると彼女は、少し照れくさそうに頬を染めながら、大仰に質問に質問を返してきた。

 「さて、ここで問題だ。私はそれに一体何と答えたでしょう?」

 いや、俺が訊いてるんだが……。

 だが俺はそれで、その答えがろくでもない物であると確信する。

 だとすると、どうせ如何にも“女の子らしい”物だ。

 「どうせ“お嫁さん”だろ?」

 呆れた様に即答してやると、たちまち目を座らせ食って掛かってくる。

 やっぱりか……やっぱりそうかぁ……。

 「正解だ。正解だが、“どうせ”とは何だ!“どうせ”とは!!」

 「だって、お前ならそんな夢直ぐに叶っちゃうだろ?」

 「!!!」

 予想以上に大きく見開かれた瞳を見て、しまったと顔を引きつらせながら視線を逸らす。

 あくまで客観的一般論のつもりだったのだが……都合よく脳内変換されてしまった様だ。

 「そ、そうだな……直ぐに叶ってしまうな……」

 恥じらいながら両手で鞄を持って首をすくめる。

 こんな人の大勢居る、それも注目されてる所でデレられてはかなわない。

 マズイな……ここは何とかしてこの雰囲気をぶち壊さねば……。

 「女子には多い夢だけど、じゃあ具体的に努力とかしてんのかよ?」

 「もちろんだ。料理の勉強もしているし、家事も一通りこなせるつもりだ」

 「それも大事だが、もっと生活するのに必要な物があるだろ?」

 「具体的で、結婚生活に必要な物か……ひょっとして、子供は何人欲しいかって事か?」

 真っ赤な顔でとんでもない勘違いしたよこの子!

 「明るい家族計画じゃねえよ!いや、それも含めてだが……生活したり子供を育てていくには、それだけ先立つが要るだろ?」

 「ああ、なんだ。お金の事か」

 かなり際どい単語が出てしまったが、必殺金の話(ロマンスブレイカー)が決まり、どうにかデレデレモードを解除に成功する。

 「でもな、20代の男の平均年収程度じゃ子供一人育てるのだってきついし、それ以下じゃとても結婚なんて出来ないのが現実だ」

 「何だそんな事か。その時は、私も働けばいいだけの事じゃないか」

 「本当にそれでいいのか?」

 「えっ?」

 「空き時間にバイトやパートしたって高が知れてるし、かと言って正社員になんてなったら子供といられる時間が無くなるぞ」

 「……」

 智代ははっとなって黙り込む。

 彼女の両親は共働きで、忙しさから子供も家庭も顧みなくなってしまった。

 その結果、智代は荒れ、弟の鷹文は一家離散を止める為に大怪我を負っている。

 もちろん、全ての共働きが不幸になる訳ではないし、鷹文のおかげで智代の家も関係修復出来たんだろうが、それでも智代にとってそれは少なからずトラウマになっている筈だ。

 「すまない……やっぱり、私はできるだけ子供の傍に居てやりたい……」

 「だろ?そうなると、結婚する前に一生分とは言わないまでも、ある程度稼いでおく必要があるが、そんな大金を短期間で稼ぐ方法となるとずっと限られてくる」

 「大金て、いくらくらい必要なんだ?」

 「確か子供一人成人まで育てるのに、平均三千万くらいだったかな……」

 「そんなにかかるのか!」

 予想を遥かに超えた額だったのだろう、半ギレつっこみの様に驚く。

 まあ、俺も自分に大体いくらかかってるか調べた時は、申し訳ない気持ちになったが……。

 「もちろん、学歴とかで大分変わるし、服や食事や玩具、習い事とか諸々含めてだから個人差は大分ある。運悪く大怪我したり大病を患えば、治療代でもっとずっとかかるだろうしな」

 突きつけられたシビアな現実に、智代は神妙な面持ちで俯いた。

 “お嫁さん”になる事が如何に難しいか思い知っただろう。

 晩婚化や高齢出産が問題になってきているが、結局若い世代に金が無いのがその最大の原因だ。

 もっとも、

 「もっとも、お前なら手っ取り早く大金を稼ぐ方法があるけどな」

 「そんな物が有るのか!?」

 「テニスかゴルフをやれ。4大メジャー大会で優勝すれば、億単位の金が稼げる」

 提示された希望に、智代はすがる様な瞳を輝かせたが、直ぐに口を尖らせ眉を寄せた。

 「世界一になるって事じゃないか!いくらなんでもそれは無理だろう」

 「俺がサポートに回ってもか?」

 「……ん?それなら……いや、待て!しかしな、私はテニス部でもないし、ゴルフにいたってはやった事すら無いんだ」

 どうやら俺のサポートがあれば出来るんじゃないかとちょっと思ったらしい。

 これは押し切れそうだ。

 「なら、テニスはやった事あるんだな。どうだった?」

 「どうと言われても……別に普通だ」

 「テニス部にも勝ったんじゃないか?」

 「うん……でも、ほとんど互角の勝負で、勝てたのはたまたまだ」

 こいつにとっては、部活やってる奴に勝つ事も普通の事の様だ。

 「本当にそうか?お前にはまだ余力があったんじゃないか?全力でサーブしたりしたか?」

 「それはしてないが……だが、加減しないとコントロールがうまくいかないし、何より女子だけの授業だったんだ。万一全力で打った球を当ててしまって、怪我をさせる訳にはいかないだろう?」

 その時、テニスウェアに身を包んだ智代が、長い髪をなびかせながらジャンピングサーブを打つヴィジョンが浮かんだ。

 ラケットとのインパクトの瞬間に火花を散らせながら放たれた打球は炎を纏い、さながら流星の如く光の尾を残しながら目にも留まらぬ速さで飛んで行き……。

 向こう側に立っていた春原さんの顔面に直撃した!

 春原さんはそのままぶっ飛んでフェンスにめり込み、それでも球威が収まらず暫くギュルギュルと顔面にめりこみ削り続け、ついには摩擦熱で着火!

 全身火達磨になった所でようやく球から開放され、消し炭になって地に落ちる所まで想像できた。

 こいつなら『テニスの王女様』にだってなれるだろう。

 「つまり、全力サーブをコントロール出来る様になれば、世界だって取れるって事だな」

 「どうしてそういう事になるんだ……そんな簡単に世界一になんてなれる筈ないだろう」

 「別に世界一になれなくたって、入賞したり下位の大会で勝てばある程度の賞金は入るし、有名になればスポンサーがついたりCMやTV出演とかでも相当稼げる。そっちで稼いでる選手も多いしな。お前なら“和製シャラポア”になる事だって夢じゃない!」

 「さすがにそれは買いかぶり過ぎだ……それにそんなに有名になったら、とても忙しくなってしまうんじゃないか?」

 「そりゃあな。でも、仕事は選べばいいし、普通に就職したって通常業務で8時間、通勤時間や残業、同僚との付き合いなんか入れたら一日潰れちまうだろ?なら、同じ拘束時間でも何十倍何百倍も稼げる仕事の方がはるかにいいし、十分稼いだら引退すればいい」

 「それはそうかもしれないが……」

 何とか否定的な理由をみつけたい様だが、まんざらでもなさそうだ。

 ここはもう一押ししておこう。

 「それにな。先に富と名声を得ておけば、その先何をやるにしても有利になるだろ?事業を立ち上げたるもよし、政界に進出する事も可能だ」

 「別に私は、そんな物に興味はないんだが……」

 「“今は”だろ?もし、将来この桜並木の様に守りたい物が出来たらどうする?」

 「それは……」

 桜並木を守る為に、わざわざ転校して生徒会長になった奴だ。

 何の肩書きも持たない人間が大きな事をしようとしたって、無理な事は解っているだろう。

 そしてまた、一度やると決めたら何がなんでも成そうとする自分の性分も。

 さて、校門も見えてきたし、ここらで落ちをつけておくか。

 「まあ、別に今直ぐテニス始めろって事じゃない。むしろ今は今やるべき事に集中すべきだろう。その間に他にやりたい事がみつかればそれでもいい。ただ、“お嫁さん”になるのも安易に考えてると大変だぞって話だ」

 少々強引だったが、永久就職という閉鎖的な願望をこじ開け広い世界に目を向けさせるには、これぐらい極端で丁度いいだろう。

 こいつなら、得ようと思いさえすればいくらでも得られるはずなのだから。

 「お前の言いたい事はわかったが……一つ肝心な事が抜けていないか?」

 丁度校門をくぐった所で、暫く黙ってした智代がそう訊いてきた。

 「肝心な事?」

 「おまえの方は将来どんな職業に就くつもりなんだ?夢とかあるのか?」

 ……やっぱりそうきましたか……。

 「俺の夢は、“世界を変える事”だ」

 「ああ、それが夢なのか……なら、その為に具体的に何をするつもりなんだ?」

 「だから、どうしたらいいか分からんから悩んでるって、前に話さなかったか?」

 「ああ、出会ったばかりの頃に話してくれたな。思えばあの屋上でのやりとりで私達は仲良くなれたんだ……随分と遠い日の事の様だが、あれからまだ一月程度しか経っていないんだな……本当に色々あった……って、おまえだって人の事言えないじゃないか!」

 一通り回想シーンを巡って浸りきってから、大分遅れてようやくつっこんできた。

 「いや、だから俺の事はアテにせず、お前はお前で稼いでくれっつってんじゃん?」

 「アテにするなって……おまえは働かないつもりなのか?」

 「いや、だからな……お前をフォローするつったじゃん?そうだな。とりあえずはお前の軍師とか参謀とかマネージャーになるとしよう」

 「なるとしようって、私が働く事は決定なのか!いや、おまえが常に側に居てくれるというのは嬉しいし、こんなに心強い事はないが……自分でやりたい事とかはないのか?そうだ、おまえがプロサッカー選手になったらどうだ?海外の選手の契約金が物凄い金額だったのをニュースで視た事がある」

 「無理!」

 「どうして?この前の試合では、誰よりも凄かったじゃないか」

 「たかが一高校内で凄くても意味ないだろ。それにしたって、個人技は春原さんやサッカー部の方がずっと上だったし」

 「そうなのか?サッカーのことはよくわからないが……私がプロになれると言うなら、おまえだって頑張ればなれるんじゃないのか?」

 「あのなあ……伸び代がまっさらで練習したらしただけ上達できるお前と、ずっと自分を鍛え続けて伸び代がほとんど残っていない俺とじゃ訳が違うだろ?俺はもう選手としての自分に見切りつけてんだよ。だからお前に期待してんじゃないか」

 どうもこいつは自分と他人の違いが判っていないようだ。

 俺に自分と同じレベルの事が出来ると思われても困る。

 まあ、選民思想持たれるよりはマシだが……。

 「とにかく、金銭面で俺をアテにするな!」

 「そんな事で威張るな!おまえは頭が良いんだから、きっと何か考えつくんじゃないか?」

 「だ・か・らぁ、お前にテニスでグランドスラムを達成させるのが一番手っ取り早く確実に稼げると……」

 「それの一体どこが確実なんだ!しかも、さっきより難しくなってるじゃないか!」

 「誰でも出来る事で大金が手に入る訳ないだろ!それでも宝くじで一等や競馬で大穴当てるよか確実なんだよ!」

 「無茶苦茶じゃないか……!」

 「今まで散々無茶苦茶やってきたお前が言うな!いいから、とっととテニスやれ!」

 「さっきは今直ぐじゃなくていいって言ってたじゃないか!」

 結局、俺達の言い合いに結論は出ず、それは昇降口に入るまで続いた。

 しかし、この時の俺は痛い所をつかれて冷静さ欠いていた事もあり、おもいっきり墓穴を掘っていた事に気付いていなかった。

 俺もまた、おもいっきり二人でやってく事前提で話をしていた事。

 そして、それをおもいっきり回りに聞かれていたであろう事。

 後に冷静になって、おもいっきり死にたくなったのは言うまでもない。

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