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第二章 5月8日 意外な来訪者

*隣町グループの名前を変更しました。

 パソコン部を後にすると、ちょこっと顔を出しておくべく演劇部に向かった。

 門倉に出来上がった記事の添削を頼まれたので、それまで時間を潰す事になったからだ。

 こういう事は初めてだが、まあ今回は特殊な事情だから仕方有るまい。


 コンコン


 「ちーす……」

 一応ノックをして、ゆっくりと扉を開けながら遠慮がちに顔をのぞかせる。

 「はーい。あ、いらっしゃい、オーちゃん」

 「どうも……」

 おそらく劇の台本であろう本から顔を上げ、渚さんが微笑む。

 それを見てかえって申し訳なくなり、後頭部に手を当てながら低姿勢で入室すると、各々の仕事をしていた先輩達は手を止め一斉に集まってきた。

 「おう、川上!やったな!」

 「智代さんの当選、おめでとうございます」

 「まあ、私達も智代が当選してくれないと、困るとこだったんだけどね」

 「これでこの部も、晴れて正式な部として認めてもらえそうですね」

 「智代ちゃんが生徒会長になってくれて、とっても嬉しいの」

 「えっと……どうも……ありがとうございます」

 先輩方に囲まれて智代の当選を祝われ、ひたすら恐縮するしかない。

 と思ったら、一人だけ隅っこで背を向けて体育座りをしている金髪の人が居た。

 「どうかしたんですか?」

 「ああ、さっき資料室に行ったら、宮沢のダチが居てな。創立者祭のチケット売ってくれって言うから、売ってやったんだ」

 「……」

 もう、その説明だけで不幸な顛末が予想できた。

 「……どうして岡崎のが一枚500円で……僕のは5円なんだよぉ!?」

 立ち上がって振り返ったかと思うと、泣きながら詰め寄ってきて恨み言を言ってくる。

 いや、実は岡崎さんの500円も相当安いんですけどね……。

 「“御縁があるように”だろ?」

 「値段の理由を訊いてんじゃねえよ!大体、“御縁(5円)があるように”なのに10円と1円玉ばっかで、5円玉一枚もないじゃんか!」

 そう言いながら、わざわざ10円玉2枚と1円玉5枚の計25円を取り出して見せてくれた。

 そこはかとなく悲しくなってくる。

 「よっぽど御縁が無いのね……」

 「そんなに欲しいなら、5円玉に両替してやろうか?」

 「えっ、マジ?」

 「わたしもお財布の中探してみます」

 「しょうがないわねえ……う~ん……一円なら結構有るわね……」

 「あっ、お姉ちゃん、私も一円玉なら何枚か有るよ?」

 両替するだけで嬉しそうな顔をする不幸な春原さんの為に、みんなで財布の中を調べ始め、手の上の25円は5円玉1枚と1円玉20枚になった。

 「やった!“御縁”がきた!……って、何で1円玉がこんなに増えてるんですかね?」

 「10円玉と両替したからだろ」

 「……すみません……」

 一円を出し合った姉妹を代表して、苦笑しながら妹さんが謝っていた。

 残りの10円分は当然岡崎さんの所業である。

 「この1円も10円と両替してくれませんかね?」

 「嫌よ。小銭増えると邪魔じゃない」

 「……って、そういう事じゃねえよ!どうして僕のは5円……あっ!!」

 長い長いノリが終わり、つっこみに転じようとしたとしたその時だった。

 興奮してたくさんの小銭を握ったままの拳を振った瞬間、何枚かが指の間をすり抜け、勢いよく方々に散っていったのだ。

 「ぎゃぁぁぁっ!!僕の5円が無い!!5え~ん!!」

 慌てて手の中を確認してそれが無いとわかると、悲痛な叫びをあげながら床に這いつくばり、必死の形相で飛んでいった御縁を探し始める。

 ある意味笑いの神、もしくは貧乏神とは御縁が有るのだろう。

 居た堪れなくなって思わず目を伏せると、岡崎さんが思い出した様に話を振ってきた。

 「そうだ。川上、お前に聞きたい事が有ったんだ」

 「ん?何でしょ?」

 「お前って、古河家との付き合い長いんだよな?」

 「ええ、まあ……」

 「じゃあ、あの話について、こいつなら何か知ってるんじゃないか?」

 「そうですね。オーちゃん、こんなお話をどこかで読んだ事がありませんか?」

 岡崎さんに促された渚さんが口にしたのは、終わった世界の女の子の話だった。

 世界に一人っきりで、最後は冷たい雪の中に埋もれていく、とても悲しい物語。

 ヴィジュアルを思い浮べながら、記憶を辿ってみる。

 なんとなくだが、既視感があった。

 特に、力尽き倒れた少女が雪に埋もれていくラストの場面。

 「う~ん……どこかで見たような気もするんですが……」

 何か引っかかってはいたが思い出せず、今はそう答えるしかなかった。

 「やっぱり、お前もそうか」

 「そうですか……オーちゃんご本がとても好きな子でしたから、何か知ってるかと思ったんですが……」

 「いや、それはウチのお袋が好きなだけで、俺は特別好きって程では……」

 まあ、活字に抵抗が無いのは、お袋の影響では有るが。

 「もしかして川上の家に有るんじゃないか?」

 「どうでしょう?絵本の類は、大分前に処分したか誰かにあげちゃって残ってないんで……お袋は図書館や知り合いからも借りまくってましたし……」

 「特定するのは厳しいか……」

 「アニメや映画の可能性もありますしね……一応、お袋にも聞いてみます」

 「悪いな。まあ、台本はもう出来上がってるから、特に必要ではないんだけどな」

 と言う事は……その話を劇でやるって事か。

 世界に一人っきりの少女だから、やっぱり渚さんの一人芝居になるんだろう。

 まあ、役者志望が実質一人だから仕方ないんだろうが……。

 こんだけ“有る意味タレント”な人達が揃ってるんだから、少し勿体無い気もした。

 

 




 結局、記事を一通り読んで「これでいいんじゃないか?」の一言で添削?を終え、校舎を出た頃には既に日が落ちかけていた。

 いわゆる“逢魔時”である。

 夜明けが太陽の誕生なら、日暮れは太陽の死だ。

 これはただの地球の自転による現象で、見えなくなるだけで太陽が無くなる訳ではない。

 それが分っている現代人でも、落日にはどこか喪失感と不安を感じてしまう。

 実際、事故が多い時間帯でもあるらしい。

 まあ、それは、急に暗くなったり、帰宅者で交通量が増えるからだったりするんだろうけど……。

 そういえば、部活をやっていた頃は、帰るのはいつもこのくらいの時間だったな……。

 沈み行く赤黒い太陽と、上がる準備を始めている部員達を交互に見つつ郷愁に浸る。

 しかしそれも束の間、校門をくぐった先には……魔が待っていた。

 薄暗い木立の陰に佇む人影。

 漆黒のライダースーツにフルフェイスヘルメット。

 本物の魔物かと見紛うシルエットのその男は、バイクに跨ったまま俺を待っていた。

 そう、彼は俺に会いに来たのだと、直感で悟った。

 最低限の警戒と、最大限の気迫をこめつつ、見据えながら近寄っていく。

 「お前が川上か?」

 「ああ。あんたは?」

 俺が俺である事を確認すると、男は初めてヘルメットを脱いで素顔をさらした。

 黒髪のリーゼントが似合う、目つきの鋭い男だった。

 「俺は佐々木ってもんだ」

 「佐々木……あんたが……!?」

 ただ者ではないと感じてはいたが、思わぬビッグネームに目を見張る。

 宮沢グループと共にこの町を大きく二分している勢力、そのトップが佐々木である。

 つまり、この町では『宮沢和人』や『坂上智代』と同格の男だ。

 一度会っておきたいと思ってはいたが、宮沢グループと敵対しているという事もあって接点が無く、今まで叶わなかったのだが……その男がまさかあちらからやって来るとは……。

 「自己紹介はいらねえようだな。なら、会って早々なんだが、ここいらじゃあまり長居もしてられねえんでな。悪いが用件だけ手短に伝えさせてもらう」

 この辺は一応宮沢グループの勢力圏内という事になっているので、敵対勢力のトップが来ている事が知られれば、面倒な事になりかねない。

 それを気にかける理知と配慮を持ち合わせている事に好感を持ちつつ、同時に危険を冒してまで自分に会いに来た意味の重さを知って一層気を引き締める。

 「なんでしょう?」

 「隣町の『ハイドラ』は知っているか?」

 『ハイドラ』

 隣町を牛耳るギャングの名前だ。

 極力一般人には迷惑をかけない方針の宮沢グループや佐々木グループと違い、傍若無人で犯罪行為も平気で犯す外道集団だと聞いている。

 そんな奴等の名を、まさか佐々木の口から聞かされようとは……。

 これはどうやらただ事では無い様だ。

 「噂くらいは……奴等がどうかしたんですか?」

 「この町を狙って、近々大きな動きが有るらしい」

 「それって……ウチの学校を狙ってるって事ですか?」

 「そこまではまだ掴めちゃいねえ……ただ、宮沢が不在の今、奴等にとって邪魔なのは、俺らと、今も根強く残る坂上の伝説だ」

 「……坂上が潰されれば、奴等になびく連中も出てくると?」

 「既に息のかかってる連中は居る。だが、そんな奴等にデカイ面させる訳にはいかねえ」

 この町の治安はすこぶるいい。

 それは、一本筋の通った二大グループの台頭もあるが、三年前に割拠していた悪党集団は粗方一人の少女によって駆逐され、それ以降鳴りを潜めているからだ。

 しかし、もし強大な抑止力の一角が崩れれば、そういった連中が息を吹き返さないとも限らず、そいつらがハイドラと組めば、大きな脅威となるだろう。

 「わかりました。ご忠告ありがとうございます」

 あちらにとっても看過出来ぬ問題とは言え、わざわざこうして報せに来てくれた事に素直に頭を下げる。

 すると佐々木は、一度視線を地面に落とすと、わざとらしく咳払いをしてから少し言い辛そうに口を開いた。

 「話は変わるが……一つだけ訊きたい事がある」

 「何でしょう?」

 「お前……本当に坂上に惚れてんのか?」

 「えっ……!?」

 あまりに意外な問いに、呆気にとられる。

 てっきり、「宮沢グループと組んでるのか?」と訊かれると思っていた。

 あるいは、「本当に坂上を倒したのか?」ならば何度も訊かれた事があるが……。

 智代に惚れてたら、あるいは惚れてなかったら、何か不都合が有るんだろうか?

 それとも、俺の性根を試しているんだろうか?

 「お前が坂上とつるんでるのは、単に箔を付けたいからじゃねえのか?本当に坂上を、一人の女として見てんのか?」

 真意を測りかねた事もあり言葉につまっていると、佐々木はぶっきらぼうにそう続けた。

 ……ひょっとして、この人も智代が好きなのか……?

 それとは少し違う気がするが、そう思える程に彼は照れながらも真剣だった。

 何でこんな事を訊いてきたのかは判らない。

 しかし、本気の問いには、こちらも本気で答えるのが筋だろう。

 一度大きく息を吸って心を落ち着けると、覚悟を決めて答えた。

 「確かに、きっかけはあいつが“坂上智代”だったからだとは思います。けれど、あいつが“坂上智代”でなくとも、きっとあいつに惚れていたと思いますよ」

 さすがに照れくさくなって、最後の方は苦笑しながらになってしまった。

 すると、佐々木は無表情のままその鋭い眼光を向けてきたが、

 「……そうか……」

 と、乾いた声でつぶやくと、表情を隠すかの様に持っていたヘルメットをかぶる。

 「すまん。妙な事を訊いちまったな。忘れてくれ」

 「いえ……」

 「ハイドラの件、確かに伝えたぜ。どうするかは、お前ら次第だがな」

 そう言い残し、佐々木はバイクを走らせ去っていった。

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