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第二章 5月7日 スターダストビーチ

 “あの場所”で出会った女の子


 嵐の朝に遭遇した、悪夢の様な惨事


 病院の治療室の中で、機械に囲まれ眠る少女の姿


 全てを思い出した


 今も病院に居るはずの、あの子の事を


 「おい、川上!」

 担任に二の腕を掴まれ我に返り、壁に手をついて崩れかかった身体を支える。

 「大丈夫です。ちょっと目眩がしただけで……」

 「辛いなら保健室に行くか?大事をとって早退してもかまわんぞ」

 「いえ、大丈夫……あ、いえ……やっぱり早退しておきます」

 折角、担任から勧められたのだ。ここはお言葉に甘えよう。

 一刻も早く病院に向かいたかった俺は、そのまま教室にも戻らず壁に手をつきながら歩き出す。

 「一人で帰れるか?」

 「はい……そうだ……感謝状の件ですが……」

 当初の用件を思い出し、立ち止まって首だけ捻る。

 「ああ、創立者祭で授与式をやるから、ちゃんと出るようにな」

 「辞退しますんで……断っておいて下さい」

 「いや、しかしだな。もう表彰式の予定も組まれているんだぞ?」

 「感謝される資格なんて無いんで……」

 「お、おい、川上」

 教師の制止もかまわず歩き出して会話を打ち切り、俺は全ての答えが待つであろう隣町の病院へと向かった。




 受付で病室を尋ねると、聞き覚えの無い場所を教えられた。

 前は集中治療室に居たはずだから、病室が移ったと言う事は少なくとも容体が安定したのだろう。

 しかし、期待を込めて訊いた問いの答えは、まだ意識が戻ってはいないとのことだった。

 あの事故から十……十七日か……。

 最悪の状態は脱したとは言え、このまま意識が戻らない事も有り得るだろう。

 もし、そうなったとしたら……。

 頭を振って悪い想像を消去する。

 いかんな。一人になるとつい悲観的になってしまう。

 まずは、彼女に会ってからだ。

 所々にある院内地図や進路案内の表示を頼りに進んでいくと、じょじょに人が疎らになり、教えられた病室のある廊下まで来るとついに無人となる。

 祖父ちゃんが亡くなる前に長期入院していた事もあって見舞いには何度か来た事があるが、ここまで人気が無いのは初めてで、どこか異質に思えた。

 平日の午前中と言う事も有るんだろうが……それでも時たま患者がうろついていたり、TVや話し声など何某かの音が漏れ聞こえて来る物だ。

 そうか……音か……。

 静寂が、壁一枚隔てた室内の様子を物語っている様で、空寒さを覚える。

 一番手前の病室に掲げられた名札に目を向けると、名前が一つしか書かれていない。

 その次の部屋も、その次も。

 どうやらこの棟のこの階は、全て個室の様だった。

 そういえば……大部屋はドアも無かったっけ。

 だから人気を感じられなかったのかと、納得しながら探していた部屋の前で立ち止まる。

 名札には彼女の名前。

 ドアノブに手をかけて、手を止める。

 ノックをした方がいいんだろうか?

 いや、そんな事はどうでもいい。

 目を瞑り一度深呼吸をすると、そのままノブを回した。

 一瞬、強い光を受けて目が眩む。

 大きな窓から陽光が差し込み、それが真っ白な壁に当たって反射してきたのだろう。

 慣れてきた目に映ったのは、備え付けのTVと見舞い客用の椅子しかない殺風景な部屋。

 窓際のベッドに横たわる少女は、一見するとただ寝ている様にしか見えなかった。

 けれど、彼女とつながれた規則正しい機械音を発する装置の存在が、それを否定する。

 「ごめん……あやちゃん……ごめん……」

 ベッドの脇の椅子に座り、彼女に謝罪する。

 どうしたらいいのか、何をしたらいいのかもわからず、ただひたすら謝る事しか出来なかった。





 まぶしい日差しに目を細める。

 気がつくと、何故か目の前には青い海と白い砂浜が広がっていた。

 「ん?」

 人の気配を感じて視線を落とすと、足元で見覚えのある髪の長い女の子が座り込んで砂で何かを作っていた。

 星型のあの形は……五稜郭?

 「……」

 「……」

 こちらの視線に気づいたか、顔を上げた少女と目が合う。

 「えっと……」

 「サービスカットです」

 「はっ……?」

 脈絡の無い台詞に戸惑う。

 いや、確かに女の子はスク水姿で可愛らしくはあったのだが。

 俺的にはもう少し成熟している方が……。

 などと思いながら智代や早苗さんや一ノ瀬さんの水着姿を想像していると、

 「いいいぃぃぃやほっぉぉぉぉぉぉい!!」

 背後から若い男の雄叫びが聞こえてきた。

 振り返ると、海パンいっちょで頭にピンク色の星型のかぶり物をかぶった二人の男がこちらに向かって爆走してくる。

 「お、岡崎さんと春原さん!?」

 「ヒトデ、サイコォォォーーー!!」

 「ええっ!?」

 二人は謎の言葉を残して物凄い速さで俺達の横を通り過ぎると、そのまま海に突っ込んでいく。

 だがその先には、いつの間にか二人の背丈の倍はあろうかという高波が迫っていた。

 こいつはやばい。

 「せ、先輩!危ない!!」

 

 ザッバァァァァァァァン!!


 叫びも虚しく二人は波に飲み込まれた。

 って、これはこっちもやばくないか!?

 「わっ!!」

 座ったままぼ~っとしている女の子の腹に後ろから手を回して小脇に抱え、岸に向かって走り出す。

 「ん~、放して下さい!!」

 「暴れないで!津波が来ちゃ……う……?」

 ジタバタと女の子が暴れだしたので、なだめながら波の位置を測るべく振り返っったのだが……そこには既に高波は無く、脛が浸かる程度の寄せ波が来ただけだった。

 ほっと一息ついたのも束の間、足に何か引っかかった様な感触を覚え確かめてギョッとする。

 足には何かぬめっとした物がひっかかっていた。

 と言うか、波が引いた後の砂浜が、一面赤黒く染まっていた。

 なっ……!?

 ま、まさか……これ全部……

 「ヒト……デ!?」

 砂地が見えないほどの無数のヒトデで辺り一面埋め尽くされていたのだ。

 「サービスカットです~……」

 思いっきり血の気が引いていた俺とは対照的に、女の子は恍惚の表情を浮かべている。

 えっ……!?

 まさかサービスって……コレ!?

 いつの間にか空や海、周囲の景色全てが赤黒く染まり、異空間召喚でもされ続けているのか、中空から無数ヒトデが浮かび上がっては降り積もっていく。

 「まったく……なんて日だ!!なんて悪夢だ!!」

 そう、これは夢だ。

 俺は始めから夢である事を認識していた。

 その上で付き合っている訳だが……気が変になる前にそろそろ目覚めておこう。

 「あっ、待ってくださいHな人!」

 強制ログアウトを試みようとした所、女の子のトリップが解けた瞬間、無限の夢幻ヒトデ達は消滅し、世界が元に戻る。

 「Hって……」

 「あなたはとてもHな人です!いきなり風子に抱きついて、どこかに連れて行こうとしました!いくら風子が近所でも評判のセクシーダイナマイツだからと言って、踊り子さんには手を触れないで下さい!」

 言っている事は訳が解らなかったが、確かに犯罪臭は自分でも少し感じていたかもしれない。

 「えっと……わざとじゃないんだけど……まあいいか……それより何か用があったんじゃ?」

 誤解を解こうかとも思ったが、どうせ夢なので進行を優先する。

 すると自分を風子と呼ぶ女の子は、きりっとした顔になり相槌を打つ。

 「そうでした。沙耶さんから、あなたに伝えて欲しいと頼まれました」

 「沙耶……から?」

 フットサルやゴールデンウィーク中一緒に戦った、白い大きなリボンをつけた羽の様な髪の少女の姿を思い浮かべる。

 そう言えば、ここ数日あいつを見てないな……。

 まあ、クラスも違うし、接点なんてほとんど無いのだが……。

 などと軽く考えていたのだが、風子ちゃんは思いも寄らぬ事を言い出した。

 「もう、あなたとは会えないそうです」

 「えっ……!?」

 会えないって……一体どうゆう理由で……?

 「きっと、あなたがHな人だからです!」

 「えぇぇっ……!?」

 まったく覚えが無いと言えば嘘になると言うか……パンツ見てたのバレてたのか……?

 いやいやいや、そんな事くらいで絶交される様な好感度じゃなかったはず……。

 「えっと……ひょっとして急に転校したとか……?」

 「いっしんじょーのつごー……だと思います」

 意味はよく解ってなさそうだったが、多分当たらずといえども遠からずだろう。

 そうか……もう会えないのか……。

 思い返してみれば、野球の時何となく態度が変だった様にも思える。

 あれが最後になる事を、彼女は知っていたのかもしれない。

 「そっか……伝えてくれてありがとう」

 「はい。任せて下さい。こう見えて風子、伝言ゲームが得意です。いつもおねぇちゃんと勝負して、降参降参て言わせてました」

 伝言ゲームって、降参とかあったっけ?

 あー……そういえばこの子、公子さんの妹さんだったか。

 「公子さんにも、謝らないとな……」

 「ガーン!!ショックです……!!Hな人は、おねぇちゃんにもHな事してました!!風子、ユウスケさんに顔向けできないです!!」

 「やってないから!Hな事をしたからじゃなくて、色々お世話になったのにろくにお礼もしてないからって意味でね……」

 「本当にやってませんか?神さまに誓えますか?」

 「誓えます」

 「界王様や、海賊王様にも誓えますか?」

 「か、海賊王?」

 誰!?えっと……確かイングランド王って元を辿ればヴァイキングの子孫だったっけ?

 「ま、まあ、誓います」

 「そうですか……やっぱり風子のセクシーダイナマイツが罪作りですか……」

 変な風に納得されたが、訂正するのも疲れそうなので放っておこう……。

 「じゃあ、そろそろ俺は戻るから……じゃあね」

 「そうですか……あっ、待ってください!」

 用件も済んだし、そろそろこの夢を切り上げようとするも、再び呼び止められる。

 「風子、沙耶さんからもう一つ伝言を頼まれてました」

 おいおい、伝言ゲームが得意なんじゃ……。

 「何かな?」

 「『約束通り頑張るから。生かしてくれてありがとう』だ、そうです」

 その言付けを聞いた瞬間、額に巻いていた包帯が弾けて傷口から眩い光が溢れ出し、夢の世界を真っ白に塗り替えた。

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